3-1「準ヒューマンエラーの原因」
「準ヒューマンエラー」であろうと「ヒューマンエラー」であろうと、実際に個々の対策※1を検討する際には、ケースごとに原因を究明する必要がある。
だが、「ヒューマンエラー」のほうは、該当範囲はヒューマンファクター全体に比べたらまるで針の先のように絞られるので、原因の共通性を仮定※2することに無理はない。そして、個別ケースとの照合により「ヒューマンエラー」の傾向を探ってみることができる。対策を検討する際の参考情報とすることもできる。
これに対し、「準ヒューマンエラー」という分類には、前パートで例示したように、あまりにも多種多様なケースが該当する。それゆえ、「準ヒューマンエラー」の範囲内での小分類すら容易ではなく、ましてや原因を一まとめで考察することには無理がある。
したがって、「準ヒューマンエラーの原因」については、やはり、ケースごとに究明するしか道はない。
ただし、「原因を探る際の共通ポイントはある」と私は判断する。それは次の8点である。
・組織/業務の理念の不備がないか、確認する。
・組織/業務の方針の不備がないか、確認する。
・組織運営/業務運営の仕組みに不備がないか、確認する。
・健康管理体制に不備がないか、確認する。
・人事制度に不備がないか、確認する。
・教育に不備がないか、確認する。
・過酷な作業環境を放置したままになっていないか、確認する。
・職場の人間関係が非良好な状態になっていないか、確認する。
これら以外にも共通ポイントはあるかもしれないが、重大なポイントは以上だと思う。次項より、これらのポイントを個別に説明する。

3-2「組織/業務の理念の不備がないか、確認する」
ここでいう「理念の不備」とは、理念がない・理念が建前でしかない・理念が不明瞭である・理念が希薄である等の状態のことである。
こうした状態であると、職員の士気もさることながら倫理観が低迷することは言うまでもない。いわゆるコンプライアンス(法令遵守)も危うくなる。
理念の不備があればコンプライアンス(法令遵守)が危うくなるという主張の根拠は、自明の理とも言えるほど当たり前で述べるまでもない、と私は常日頃思っている。
が、いちおう述べておけば、たとえば暴力団が隠れ蓑としている会社組織は理念が不備だが(なぜならば建前ではなく本物の理念があるならば暴力団を自主廃業するはずだから※3)、こうした組織の構成員のコンプライアンスは危ういはずだ。
逆に、もし、当初は隠れ蓑として発足した組織であっても、徐々に理念が芽生え始めれば当初の不純な動機は薄まり、構成員のコンプライアンスも実現し、暴力団と呼ばれる不名誉な状態は解消されるだろう。
ぶっそうなたとえをしたが、隠れ蓑ではない通常の会社であっても、理念の不備によりコンプライアンスがないがしろになり、お客様・消費者・下請け会社等々社外の人に甚大な被害をもたらすことがある。そのような時、被害者から「まるで暴力団のような組織だ」と形容されることもあるだろう。
要するに、組織の理念とコンプライアンスは一体となって上下するのだ。それゆえ、「自明の理とも言えるほど」と私は述べたのである。
さて、コース000002「ヒューマンエラー 概論-1『概念論』」のセクション4にて、準ヒューマンエラーのケースとして施設不具合の報告に関するたとえを述べたが、理念が不備で倫理観が低迷しコンプライアンスも危うい中では、特にケースB※5の発生率が高まるであろう。それどころか、「悪意のある過ち」の発生も懸念される。
だから、準ヒューマンエラーの分類に入ると疑われるケースの原因を探る際には、まずは組織/業務の理念の不備がないか確認することが必要である。確認の結果、「不備なし」と判断されれば、少なくとも「理念の不備が事故・災害の背景にある」という選択肢が減ることになり、原因究明に向けての絞り込みが一歩進む。

3-3「組織/業務の方針の不備がないか、確認する」
ここでいう「方針の不備」とは、方針がない・方針が建前でしかない・方針が不明瞭である・理由も示されずに方針が頻繁に変わる等の状態のことである。
組織や業務がこうした状態にあれば、仕事の上で職員が戸惑う機会が増え、その結果、ケースBCD※6が発生する可能性があると私は直感する。
だから理念の不備の有無を確認した後は、方針の不備を確認すべきである。確認の結果、「不備なし」と判断されれば、選択肢はさらに減り、原因究明に向けての絞り込みがさらに一歩進む。

3-4「組織運営/業務運営の仕組みに不備がないか、確認する」
ある程度以上大きな組織においては、組織が組織として自律的に機能するための諸々の仕組みが必要である。もし仕組みが不備であれば、それが直接もしくは間接の原因になり得る。だから、準ヒューマンエラーの原因を究明する際には、組織運営の仕組み等の面で不備がないか、その事故・災害との関係性の観点から、確認する必要がある。
たとえば、コース000002「ヒューマンエラー概念論」のセクション4にて施設の不具合報告に関するケースBCDEFGの事例を述べたが、もし「不具合報告書」がスムーズに記入できる書式で、その提出要領も簡単になっていたとすれば、特にケースCが発生する確率は低くなるだろう。
逆に、組織が「不具合報告書」を利用した「不具合管理体制」を導入していなかったり、体制は一応あるものの書式記入や提出要領が複雑だったりすれば、ケースC※7が発生する確率は高くなるどころか、何かの不具合を職員の全員が放置してしまう事態すら発生し得る。
で、この「『不具合報告書』を利用した『不具合管理体制』」は、お客様の安全管理に責任を負う業種においては、特に大切な組織運営/業務運営の仕組みである。
なお、上述の事例は、組織運営/業務運営の仕組みの、あくまでも一つの事例であり、仕組みは他にも多くある。たとえば、すでに開講済みのコース000030「職務分掌マニュアルのあり方・作り方・使い方」にて紹介した職務分掌 職務分掌マニュアルも有用な仕組みであるが、その他諸々の仕組みについては、次期の別コース「組織運営概論」で具体的に述べることとする。

3-5「健康管理体制に不備がないか、確認する」
健康管理体制も、組織運営/業務運営の仕組みの一つであるが、法律上の義務として定められた基準もある。法律上の基準は、いわば最低限の基準だと私は解釈しているが、それだけに、できることならばそれを上回る、心身の健康管理を行う体制を作ることが、特にお客様の安全に責任を負う業種においては、望ましい。
それにより、ケースD※8の発生率を下げることができる。また、ケース記号を割り振らなかったが、コース000002セクション4の4−2で例示した「精神の病いが原因の事故」や「睡眠不足が原因の事故」も予防できる。
だから、健康管理体制の不備の有無も必ず確認し、その結果、不備があるのなら、それがどのように影響していたか、調査すること。もし不備がない場合には、さらに絞り込みができる。

3-6「人事制度に不備がないか、確認する」
人事制度も組織運営/業務運営の仕組みの一つとなるが、スポットライトを当てておくべきと思う。
人事制度の具体的な仕組みは、コース000070「人事制度の構築と運営・運用の方法」にて詳しく説明するが、ともかく人事制度の運用により、職員各人の能力を把握することが必要である。
正確に言えば、「職員各人の能力を把握できる人事制度を作り、それの運用により、職員各人の能力を把握し、重点を置いて教育すべき事柄を把握し、能力を向上させることが必要」である。しかし、「報酬分配のためだけに作られたのではなかろうか?」と疑ってしまうほど※9、教育との関係が希薄な人事制度も存在するだろう。こうした人事制度は、育成主義人事制度の観点からすれば不備があることになる。
もし、不備があれば、たとえばケースF※10の発生率は高まる。また、いわゆる適材適所という観点からも、準ヒューマンエラーに分類されるような原因による事故・災害を引き起こす要員配置をしてしまう確率が高まる。
だから、人事制度の不備の有無も必ず確認すべきである。不備がなければ、絞り込みはさらに進む。

3-7「教育に不備がないか、確認する」
教育も体制を作って行えば組織運営/業務運営の仕組みの一つに位置づけられることになる。※11 「教育は大事」という考えは、たいていの組織はすでに了解済みだろうが、場当たりに教育を行う組織が意外に存在し、それでは「教育はしているものの、仕組みにはなっていない」ことになるので、注意を喚起しておく。
しかし、体制作りも大切であるが、それ以前に、概念定義がとても大切である。※12 というのも、教育という概念の定義を狭く捉え、その狭さに拘束された上で教育をしようとしている組織状態を見かけることがあるからだ。このような状態では、教育の対象となる事柄は限られてしまう。たとえ体制を整えたとしても、効果が小さい。
では、教育という概念をどのように捉えれば良いのか?
実は、この課題については、私が言うまでもなく、たとえば岩波書店の広辞苑で「教育」と引いてみてもずばりヒントが出ていて、私も講演や執筆等で機会あるごとに紹介してきたのだが、
「望ましい姿になってもらうための働きかけ(広辞苑を参考に記述)」が、教育なのである。
集合研修を開催し有名人を講師として招くことで教育をしたと思ったり、それこそeラーニングや通信教育を受講させ修了証を取得させたことにより教育をしたと思ったりしても全く構わないのだが、そうした方法は、工夫次第では相当数多く考えられるはずの「望ましい姿になってもらうための働きかけ」の、ほんの一部でしかない。もし、ほんの一部しかやっていないのであれば、不備と言えよう。
教育が不備であれば、特にケースEFG※13が発生する確率が高まるであろう。
だから、教育の不備の有無も確認すべきである。不備がなければ、さらに絞り込みは進む。
なお、職員・社員・従業員の教育のあり方・方法論についてはコース000700「社員教育・概論-1」にて説明する。が、とりあえず、「望ましい姿になってもらうための働きかけ」が教育であると理解頂き、さっそく様々な方法を工夫し※14、準ヒューマンエラーの予防に努めて頂きたい。

3-8「過酷な作業環境を放置したままになっていないか、確認する」
職務によっては、一時的に過酷な作業環境に置かれることが、やむをえない場合もある。いくら法律が規制しようと、職務遂行上やむをえない現実はあるのだ。
しかし、たとえそうであっても、組織としては、そうした作業環境を放置しておくのではなく、少しでも改善するか、作業環境そのものを改善できないまでも、そうした環境下で職務に取り組む人たちを心身ともに支える体制を作り、強力に支援しなければならない。
とかく、旧来の日本の組織は、いまだ第2次世界大戦の日本陸軍の戦い方を引き継いでいるのではないか? と疑われても仕方ないような、仕事の最前線の扱いをしがちだと、私は思う。
つまり、まともな補給体制・支援体制もないまま僅かな資源を持たせ、根性で勝利を勝ち取ってくるよう、兵士を最前線に送り出すようなやり方である。※15
不幸で凄惨なたとえを出してしまったが、非戦闘組織の仕事の最前線においても、僅かな資源を持たせ根性で良い仕事をするよう職員に言いつけ後は放置しておくのでは、たとえ一時的には成果が出たとしても、いずれ疲弊するし、士気も下がる。そうなれば、準ヒューマンエラーのケースBCDEが発生する確率が高まるであろう。それどころか、「悪意のある過ち」の発生確率が高まる。いや、過酷な状況から脱することさえできればどうなっていいとばかり、計画的犯罪を起こす者が出てくることすら懸念される。
だから、過酷な作業環境を放置したままになっていないか、たとえ法整備が進んだ21世紀の現代であろうと、念のため確認すべきである。問題がなければ、さらに絞り込みは進み、原因特定のゴールはかなり近づく。
なお、組織による仕事最前線の支援の方法については、次期別コース「組織運営・概論」にて詳しく説明する。が、とりあえず、さっそく、過酷な作業環境を放置したままになっていないか、作業現場を点検して、準ヒューマンエラーの減少に努めて頂きたい。

3-9「職場の人間関係が非良好な状態になっていないか、確認する」
これこそ、今さら言うまでもないことになるが、職場の人間関係が非良好的な状態であれば、士気は下がるし、メンタルヘルスも良くない状態となる。そうなれば、準ヒューマンエラーのケースBCDEが発生する確率が高まる。「悪意のある過ち」の発生確率も高まる。それどころか、恨みをはらさずにおけるものかと計画的犯罪を起こす者が出てくることすら懸念される。
だから、職場の人間関係が非良好な状態になっていないか、念のため確認すべきである。
前項までのポイントに加え、職場の人間関係も良好であることまで確認されたならば、絞り込みはかなり進んだことになる。準ヒューマンエラーとして残された可能性はいよいよ小さくなり、ヒューマンエラーとして原因究明すべき状況へ移る段階が近づくことになろう。

3-10「多数原因の可能性も忘れないこと」
以上、原因究明時のポイントを述べたが、説明の流れとしては絞り込みのステップのようにも扱った。このステップの面での説明は、その事故・災害の原因が単数であるとの前提に立った便宜的なものである。
しかし現実には、事故・災害の原因が、直接・間接あわせ、多数となる場合もある。したがって、原因究明時には、以上の流れで絞り込みをしつつも、多数原因の可能性も常に意識しておき、無理に単数へと絞り込むことのないようにすること。つまり、もし「理念の不備」がありそれが原因であることが確認されたからと言って、次のステップである「方針の不備」はもはや無いと決めつけ、そこで究明を終えてしまうことがなきよう。
これも、前項までとは別の面での、原因究明時のポイントとなるので、最後に付け加えておく。