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小説式eラーニング 「ヒューマンエラー」 シンプルテキスト版 担当講師:蒔苗昌彦


●セクション5

 被災地点では、施設管理部の保全課員が二人、打ち合わせをしていた。

「ご苦労さん。」
 課長は親しみを込めて声掛けをした。彼らとは施設管理部時代からの知り合いのようである。

「で、どうすることになった?」
「特殊なペンキを塗った上、特殊な豆電球で周りを囲み、目立つようにしておくことになりました。昼までに材料は手に入りそうなので、午後一番には処置しておきます。」先輩のほうの課員が答えた。
「えっ? それだけ?」
 私もそう思ったが、課長もそう思ったらしく訝しい顔をして言った。

「今朝もメーカーと連絡を取り合ったのですが、こうした事故は他の遊園地でもないそうで。つまり全世界のコースターの歴史上、初めてのタイプの事故というわけで、他に対策が思いつかないのですよ」
「だいたい、切り替えポイントに立ち入るだなんて、常識外※1ですよ。ライド運営部は、どんな指導をしてるんでしょうかね! こっちは病気になりそうなぐらい忙しいのに、こんな幼稚な不注意で事故を起こして※2・・・。」後輩課員が先輩の話を遮るようにして言った。保全課としては、今回の事故はかなり迷惑らしい。

 たしかに、保全課員は皆、ハードな勤務をしていた。というのも、機械のメンテナンスを担当する彼らとしては入念に点検するため週一回は休園日としてもらいところなのだが、春休みからゴールデンウィークを挟んで夏休みが終わるまで休園日がないどころか、毎晩遅くまで営業している。特に夏休み期間は、混雑に応じて閉園時間を延長することも多い。バトル遊園は、しっとりしたテーマパークとは対局の営利一番の方針を持っているため、入場制限もせず、入れるだけ入れるのだ。※3 だから、あらゆる現場仕事はシフトを組んでの勤務となるが、特に保全課は深夜作業が中心とならざるをえない。

 課こそ異なれ最近まで同じ施設管理部にいたからであろう。課長は、若い保全課員の憤りをそのまま受けとめた。それで憤りは収まった。

「ところで、ここ、マニュアルってある? あったら貸してもらえない?」課長は先輩課員のほうへ訊いた。
「もちろん、ありますよ。機械の操作や修繕に関してまで含んでいて、分厚いマニュアルですが・・・※4
「なぜか全域停止システムの仕様書だけ、別冊になってますけどね」後輩課員が付け足した。
「全域停止システム?」課長は訊き返した。
「ええ。所定の区間にジェットが二台入ってしまった際、追突を防止するための自動装置です※5
後輩課員はさらに説明してくれた。

 同時に何台もの車体を走らせるバトルジェット。レールは細かく区間設定されており、一つの区間に二台が入り込んだ場合には、追突防止のためにブレーキが掛かるようになっている。本線各所に取り付けられたセンサーが発する信号を受け、自動的に作動する仕組みだ。

「ふーん。で、そのブレーキって、二台入り込んだ区間だけに掛かるの?」課長は訊いた。
「コース全域ですよ。そうでなければ、さらに後続のジェットが次々追突してしまうじゃないですか」先輩課員が答えた。
「あ、そうか。じゃあ、今回の労災はさておき、本線の安全はバッチリだ。安心だねえ」
「もっとも、車輪が外れでもしない限りの話ですけどね」後輩課員が水をさした。
「えっ! 車輪って、外れる可能性あるの?」
「そりゃあ、車軸が抜ければ・・・」
「ええっ! 車軸が抜ける可能性あるの?」
「そりゃあ、それを止めるボルトが外れれば・・・」
「おい! やめろよ、そんな話は!」先輩課員は後輩をたしなめた。
「うーむ、なんだか不安になっちゃうなあ・・・」課長は暗い声を出した。
「いや、心配しないで下さい。たとえ一つ車輪が外れても、残りの車輪が体を支えますから」先輩課員は語気を強めた。
「そう。でも、全部の車輪が外れちゃったら?※6
その可能性は限りなくゼロです。※7 長年、放置していれば別でしょうが、我々が毎晩、点検がんばってますから。信頼して下さい!」
「あ、ごめんね。信頼していないっていう意味じゃないから・・・。ところで、車庫内にはブレーキシステムはあるの?」
「一つもありません」
「え? それじゃ、車庫内に入ってきたジェット、止まらないじゃん」
「ええ。すぐには止まりませんよ。でも、見ての通り、本線と違ってレールは緩やかな傾斜です。ショーゾーン側から車庫へ押し出された際の速度はどんどん落ち、いずれ自然に停止します」
「なるほど。あ? でも、もし続けて何台も引き込んだら、それこそ追突しちゃわない?」
「たしかにぶつかりますが、速度が落ちているから、追突という言葉は適切じゃありませんね。それに、車庫内で互いにぶつかることを大前提としたゴム製のバンパーが車体前後に付いていますし」
「それなのに、車体の前にわざわざ飛び出して止めようとしたから、事故につながったのですよ。困ったものだ、まったく・・・」後輩課員が独り言のようにして口を挟んだ。
目撃したわけじゃないんでしょ?※8」課長が確認した。
「ええ。でも、結果から推察できますよ。どんな感じか、やってみせましょうか?」

 先輩課員が申し出た。課長は是が非もなく頼んだ。

 
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※1:安全管理上、人の行動に“常識”を求めてはならない。常識外の行動をも考慮して、施設設計・運営計画をしなければならない。その点、この保全課の後輩課員の発言は妥当性に欠ける。たとえば現実の国日本では、核物質をバケツで取り扱って無数の人が被爆する大規模災害があったが、この作業者の行動は全く常識外の行動である。が、それをすらも防止できる運営計画をあらかじめ立てたうえ実施し、不具合をみつけ改訂していく義務が組織にある
※2:「幼稚な不注意で事故を起こして」と保全課後輩課員は表現したわけだが、そもそも不注意が幼稚だとも言える。が、いずれにしても、こうしたことを防止してこそ、真の組織力なのだ。
※3:テーマパークならば、安全管理上も、クオリティー管理上も、入場制限をする。所定数を超えれば、たとえ遠方から来た家族連れ客が来ても、入場を断る。ところが、デニリア共和国ソルマシティのバトル遊園は、そもそもテーマパークではない上、どん欲な企業イージーメリット社の一事業部門。だから、入場制限は行わない。
※4:マニュアル設定上、これは重大な欠陥だ。詳しくは、いずれ学習オプションにて!
※5:この全域停止システムも、フェールセーフの思想に基づく具体的なシステムとなる。が、しかし。人間行動の観点からは落とし穴が・・・。それはセクションを読み進めていく中、徐々に見えてくるはず。
(c)アイディアファクトリー株式会社
※6:さすがに課長は心配し過ぎ。そこまで心配したら、この世の技術・機械システムは全て信用できなくなる。が、しかし。組織運営上の観点からは落とし穴が・・・。
※7:「限りなくゼロ」とは曖昧な言い方でもあるものの、「ゼロ」と言い切らなかっただけ、保全課先輩課員の発言はまし。たとえ僅かであっても、事故の可能性を認識している証であり、その確率を最小限に抑えようとする技術者精神の発露でもある。
※8:「目撃したわけじゃないんでしょ?」という課長の指摘は鋭いというか、当然というか。くたびれてしまったカバさんというアッちゃんの人物評価は、どうやら間違っているようだ。

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小説本文中に登場する人物・団体・施設・出来事等は全て架空(フィクション)です。
現実世界での労働災害防止活動についての情報は、 中央労働災害防止協会 http://www.jisha.or.jp/
のサイトをご覧下さい。
 


●制作・著作:蒔苗昌彦(担当講師)

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