フリーWebカレッジ 組織運営学科 コース000001 小説式eラーニング 推理小説が教科書フリーWebカレッジ


小説式eラーニング 「ヒューマンエラー」 シンプルテキスト版 担当講師:蒔苗昌彦


●セクション7

 A子さんのご両親からは、まだ連絡がない。

 課長と私は保全課員へ礼を述べた後、彼らの詰め所に寄ってマニュアルを借り、とりあえず自分たちのオフィスへ戻った。そして小会議室に入り、テーブルの上に分厚いマニュアルを置いた。マニュアルにはイラスト、図面、写真等が数多く添付されていた。車庫内でのジェットの止め方に関しても、写実的で分かりやすいイラストがあった。※1

「保全課の連中や、ライド運営部のマネージャーが言う通り、やっぱりA子さんの不注意に尽きるというわけかあ・・・」イラストを見ながら課長は溜息をついた。

 私もその意見に同意しかけた。
 が、一呼吸置いて考えてみると、実に根本的な疑問が沸いた。※2 そもそもA子さんはマニュアルを見ていないのでは? だからジェットの止め方を知らなかったのでは? という疑問だった。

「あっ、そうか。もし見ていないのなら、話は違ってくるよなあ・・・。ん? いや、マニュアルを見ていなくたって、聞いて知っていることだってあり得るよ」課長は反論した。
「ええ。あり得ますね。でも、それすらなかったとか?」
「うーん・・・ 新人ならまだしもなあ」
「そうですねえ。A子さん、春に雇用契約を結んだのだから・・・」

 私はまた同意しかけた。が、またひと呼吸置いて考えた。ライド運営部で春から働いていることには間違いない。しかし、最初からバトルジェットで働いていたとは限らない。

「あ、そうか。言えてるね。マネージャーに確認してみるね」
 課長は小会議にある内線電話を使って、ライド運営部のオフィスへ掛けた。マネージャーは園内巡回中のようで、不在だった。課長は、自分の携帯電話へ掛けてくれるよう伝言を残し、内線を切った。
 ライド運営部では、現場に出る際、たいていの正社員が、無線機を持たされていた。世の中に携帯電話が普及する以前からあるタイプの、基地局を介在して交信を行なう業務用無線機だ。電波出力が強いため、役所に開設許可を取らなければ使用不可のタイプである。
 課長の携帯はすぐに鳴った。ライド運営部のマネージャーからだった。無線基地経由にて即時伝達されたのである。

 答えはすぐわかった。私が直感した通り、事故前日までA子さんは別の施設にいた。それは水流式ライド「バトルボート」であった。

 ジャングル戦を想定した植栽。その中をうねうねと水路がいく。各所に水流を発生させる装置が設置されていて、お客様が乗った小型ボートは流されていく。銃撃や爆撃がひっきりなしに続く戦闘シーンをくぐり抜けると、古代遺跡の中にあるゲリラの拠点に辿りつき、資金源になっている財宝を捕虜と一緒に盗み出して逃げ去る。めでたし、めでたし・・・。開発設計者は、ベトナム戦争の映画を自宅で鑑賞した翌日、海賊が略奪を繰り広げる人形ショーや、先住民が襲ってくるジャングル探検ショーやらをどこぞやのレジャー施設で観ているうち、この混ぜこぜの演出コンセプトを思いついたといわれる。

 ともかく、バトル遊園は遊園地、つまりアミューズメントパークだ。普遍的な理念の下、見事な調和を見せているテーマパーク※3とは対局にある。 世間では「アミューズメントパーク」と「テーマパーク」を一緒くたに考えている人が結構いるが、後者においては厳格に自己定義している。もしテーマパークの関係者に遭ったなら確認してみると分かるはずだ。「お宅は遊園地ですか?」と問えば「いいえ、あくまでテーマパークです」と語気を強めて即答するに違いない。

「バトルジェットでは新人だったというわけか。問い合わせてから言うなんて、マネージャー、隠そうとしていたのかなあ・・・」携帯を切った課長は腕組みをして首を傾げた。
「課長、それは違うのでは? 出退勤管理システムでは、パートタイマーの所属部署コードに、施設別コードもリンクしていますから。検索すればすぐ分かってしまいます。別のライドとはいえ、春から働いていたので、マネージャーとしては彼女が新人という感じがしなくて、特にその点を強調しなかったとか・・・」

 バトル遊園では、パートタイマーの雇用期間は、平均三ヶ月程度だった。私が前にいたカフェチェーン事業部でもパートタイマーを無数に雇っているが平均雇用期間は半年以上で、これに比べるとずっと短い。学校の休みという集中的な混雑時期に合わせて短期雇用を大量にかけるから、このような平均値となるのだろう。

 A子さんは春休み初めからの雇用で五ヶ月以上のキャリアとなる。もうベテランの域と言ってもいい。ただし、それはあくまで事故前日まで働いていたライドでのこと。事故を起こしたバトルジェットでは、初日の新人となる。

「でも、初日だとすると、運営のポジションに就いて実働するわけにはいかないよね。A子さん、何をしていたのかな?」
「たぶん、教育を受けていたのでは?」
「あ、そうかあ。新人なら、新人教育を受ける。言われてみれば当然のことだねえ」
「課長、念のため、マネージャーへ確認してみて下さいよ」
「お、そうだね・・・」

 課長は、今度は直接マネージャーの携帯電話へ掛けた。
「あらま、留守電サービスになってる」
「無線機だけで動いているのでは? 毎日快晴で、今日も入園者数が凄いようですから」
 入園者数に関する情報は、私のような本部事務職へでも、毎日、人づてに速報が入る。一年のピークであるお盆は、特にそうだ。なにしろボーナスに大きく影響する。A子さんたちパートタイマーには一円たりとも出ないボーナスでもあるわけだが・・・※4

<次セクションへ続く>

 
  当コース冒頭へ 

  ビジュアル版へ  

  フリーWebカレッジのTOPページへ  

(c)アイディアファクトリー株式会社
※1:機器操作に関わるマニュアル類にイラストを添付する場合には、写実的であるべき。デフォルメしたイラストは、混乱を招く。
※2:即断せずに一呼吸おくのは、誤った判断しないためのコツである。
※3:テーマパークが普遍的な理念のもとパーク全体の調和を取るのは、架空の国デニリア共和国であっても当然である。なぜならば、その普遍的な理念こそがテーマであるべきだからだ。実際、現実世界の多くのテーマパークは「家族ぐるみで楽しめること」をテーマとしている。このテーマは、普遍的だ。
※4:架空の国デニリアの架空の会社イージーメリット社においてはパートタイマーへボーナスは出さないわけだが、現実の世界では、ささやかながらもパートタイマーへもボーナスを出す会社はある。

他のセクションへ飛ぶには次の該当番号をクリックして下さい(合計40セクション)。
         10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40  


小説本文中に登場する人物・団体・施設・出来事等は全て架空(フィクション)です。
現実世界での労働災害防止活動についての情報は、 中央労働災害防止協会 http://www.jisha.or.jp/
のサイトをご覧下さい。
 


●制作・著作:蒔苗昌彦(担当講師)

二次使用について
当コンテンツはすべて、閲覧者自身の勉強用としてパソコンのモニター画面上で閲覧する行為に限定し、公開しています。それ以外の使用(組織的利用・商業利用・転載等や印刷等)については著者から二次使用許諾を書面にて得て下さい。なお、二次使用許諾を得て頂いた法人・個人には、特典として、印刷に最適のレイアウトデザインをしたA4版PDF版を で貸し出し致します。二次使用許諾についてのお問い合わせは、必ず、電子メールにてご連絡下さい。

 info@free-web-college.com

小説式eラーニング「ヒューマンエラー」日本語版version2.00    


●以下は、推薦サイトです。(フリーWebカレッジ以外の教育・eラーニング系サイト)

1.財団法人高度映像情報センター eラーニングその他各種教材のポータルサイト 7000を超える教材情報を登録
  → http://www.kyouzai.info/ 

2.マサチューセッツ工科大学(MIT)オープンコースウエア(OCW)。同大学が公開する講義・教材にて誰もが で勉強ができる。
  → http://ocw.mit.edu/

3.日本eラーニングコンソシアム(eLC)が運営するeラーニング情報ポータルサイト。eラーニングに関する最新ニュース、企業・学校のインタビュー、講座、イベント、書籍の紹介。また「eラーニング」製品を検索できる。
  → http://www.elc.or.jp

4.総務庁消防庁が運営する、防災・危機管理がテーマのwebカレッジ。
  写真を活用した分かりやすい内容で、子供から大人、一般人から専門家まで、防災・危機管理を幅広く学ぶことができる。
  → http://www.e-college.fdma.go.jp

to the english contents 0000001