●セクション12
ちょうど、プラットホーム周辺の全ポジションについてマネージャーが口早に説明し終わった時、アクセスドアから二人の男性が入ってきた。ネームプレートの色から、一人が正社員で、もう一人は臨時従業員であることが分かった。ちなみに、今回の被災者であるA子さんはパートタイマーだ。
おやっ? 臨時従業員とパートタイマー。どこがどう違うの? 世間には「アルバイト」の一言で括ってしまう人もいるが、両者は似てて非なる存在である。
前者は、雇用期間をあらかじめ定めた従業員。この期間とは、たとえば半年とか一年。企業が何十年、何百年、その存続を目指すのに対し、こうした期間は一時的であり、臨時でもある。それゆえ「臨時(の)従業員」と呼ぶわけだ。
後者は、一般従業員に比べて勤務時間が短い従業員。ここでいう一般従業員とは、いわゆる正社員をさすが、たとえば正社員の就業規則において一日の所定勤務時間が7時間と取り決めてある場合、5時間とか4時間しか働かない人がパートタイマーに該当することになる。
「おっ、チーフも一緒に来たのかい?」
二人の姿を見たマネージャーは、正社員のネームプレートをつけた男性へ声を掛けた。
「ええ。事故時間帯の当番チーフでしたので・・・」上司であるマネージャーの前に出たせいか、私と同じぐらいの年齢のチーフは控えめな態度で応えた。
「そうだったね。じゃ、二人まとめて、インタビューしてもらえますか?」チーフから課長へと視線を移しながらマネージャーは言った。
「でも、運営中にチーフの時間を頂いても、大丈夫なの?」課長はそれなりに気をつかった。
「大丈夫ですよ。私と同じように無線機を携帯してますので。ましてや、ここはアクセスドアのすぐ横ですし、テーブルには内線電話もありますし。異常事態が発生しない限り、時間は気にすることはありません。でも、臨職の彼のほうは、さっきも言った『ポジのローテ』に入らなければならないので、手短かに済ませて下さい」
マネージャーは、臨時従業員のことを、なぜか『臨職』と呼んでいた。現場の慣行のようである。
「じゃあ、臨職の彼氏からインタビューさせてもらうね。えーと、えーと・・・」 課長は言葉を詰まらせて、目線を私のほうへ寄せた。
「昨日、A子さんの教育係をされていたと聞いていますが・・・」
「はい。僕と一対一でしていました」
折りたたみイスに腰を掛けた臨職の彼は、課長のように、つまりくたびれてしまったカバさんのように背もたれへ身体を預けることなく背筋をピンと伸ばし、質問者の私の目をしっかりと見て、はっきりした声で答えた。今まで登場した中で最も信頼できる人、と感じた。それで落ち着きを得た私は、言葉を絞り込みながら、ゆっくりとした口調で質問を続けた。
「事故の瞬間は、目撃しましたか?」
「いいえ。目撃していません」
「でも、A子さんの教育係をしていたのでは?」
「はい。でも、事故の前に、いったん別れてしまいました」
「どこで別れたのですか?」
「ここで別れました」
臨職の彼は、今私たちも利用しているテーブルを目で示した。
「別れるまで、ここで何をしていたのですか?」
「バトルジェットについての新人教育です」
「具体的には?」
「彼女は昨日午後一時出勤だったのですが、初日の一時間目、つまり一単元目で、ジェットの演出コンセプトを説明したところでした」
「それは、所定の教育プログラムですか?」
「はい。『教育チェックリスト』に基づく、正規のプログラムです」
チーフが気を回し、事務用デスクに置いてあったファイルから『教育チェックリスト』なるものを取り出し、私と課長に一枚ずつ渡してくれた。
チェックリストは、A4縦一枚の紙に教育すべき項目を箇条書きした簡素な文書だったが、第三者にも判読しやすく作られていた。初日一時間目の第一単元は、『演出コンセプトの説明』と記載されていた。そして、第二単元は、『ジェット運行の全体的仕組みの説明』と記載されていた。
「A子さんの事故は第一単元と第二単元の間に起きたと理解しますが・・・」
「はい。そうなります」
「ということは、A子さんは、ジェット車体の止め方を教わっていなかったわけですね?」
「はい。その通りです。ジェットの止め方はまだ教えていませんでした」
やはりそうか! 午前中、保全課員が演じてくれた車体の止め方。マニュアルにも分かりやすく掲載されている車体の止め方。A子さんは知らなかったのだ。それで、前に立ちはだかって止めるという自己流の方法によって被災してしまったのである。
「あー、そうだとすると、君がA子さんと別れてしまったのは、教育係としては・・・」
課長が、責任追及するような言い回しの質問を始めた。いくら口調がソフトな課長でも、「これはまずい!」と私は思った。現段階では、誰かの責任を追求している場合ではない。経緯や原因を掴むことに徹すべきだ。 たとえ事故の瞬間を目撃していなくとも、事故の状況に最も近いはずの教育係を萎縮させてしまっては、元も子もない。
ところが、彼は毅然として答えた。
「おっしゃる通り、教育係の僕は本来別れるべきではありませんでした。すみませんでした。責任を取ります。ただ、これだけは伝えさせて下さい・・・」
そう言った彼は、彼女と別れる際に、テーブルで待機しているようハッキリと命じたことを強調した。
「そうかあ。やっぱり原因はA子さん自身にあるのかあ・・・」課長は腕組みをしながら独り言を言った。
「そろそろ、ローテーションに入らないとまずいんじゃない?」ずっと口を挟まずにインタビューを聴いていたマネージャーがチーフへ確認した。
「そうですね。もしよければ、あとは私が質問をお預かりしますが・・・」チーフは課長と私を見ながら言った。いくら臨職の彼が毅然としていようと、責めるような質問を課長がしてしまった後だけに私は遠慮してしまい、何も言わなかった。私の様子を見た課長は、チーフの申し出を受けた。
臨職の彼は、深くお辞儀をしてからアクセスドアを開け、プラットホームへと出ていった。


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