●セクション13
教育係が去った後、マネージャーとチーフが残った。
「チーフも、事故の瞬間は、目撃していないのですね?」課長から振られるまでもなく、私はチーフへ確認した。
「目撃してません。事故発生の連絡を受け、すぐ飛んで行きましたが・・・」
「どこか離れた場所にいらっしゃったのですか?」
「ええ。屋外の待ち列を見回っている時でした。私が事故の発生を知ったのは・・・」チーフはすまなそうに言った。
「大変な混雑だから、当然のことですよ!」
マネージャーがチーフをかばうようにして割り込んだ。
混雑時、3時間以上となる待ち列には、パートタイマーのスタッフを多数配置してあった。そこでは全員が待ち列係ということになるが、彼らはそれ専門のローテーションとしてグルーピングされ、休憩を取っている。このグループには、「やる気が今一つ」「機械操作が苦手そう」「俊敏性がなさそう」に見える人間が配置されがち。また、新人をとりあえずこのグループへ入れておくこともある。その関係で全体にモラールが低めだ。一つ間違えると待ち列のお客様に不愉快な印象を与え、最悪、クレームに発展する。なにしろ炎天下。一触即発状態である。
ただ、ライド運営部もなかなか工夫したもの。小編成のブラスバンドとチアガールをプロモーター経由で芸能人契約してあり、一時間に一回、待ち列全体に音が届く箇所に繰り出し、短いながらも派手なショーを展開する。
オーディションで、大胆で華麗なダンシングスキルのみならず、笑顔も厳しくチェックされたチアガールたち。ミニを着用しての登場だし、同性の私も惚れ惚れとするプロポーションだ。もちろん真夏だから、短い靴下を除きストッキングも履いていない。いわゆる生足だ。それに目を奪われたお客様は、自分が長蛇の列を移動中であることをしばし忘れる。いわばごまかしのテクニックだが、「列が長ければ長いほど多くの回数を観ることができる特典ショーだ」と良いほうに解釈することもできなくもない。
この辺りの待ち列心理は、事務職の私であっても、従業員 券にて何度も客体験をしただけによく分かる。だから、私は、現場の苦心に全面的な理解を表明した。 これで話しやすくなったのだろう。チーフはその立場から知る限り詳しく話してくれた。
事故当日、彼自身のシフトは早番だった。朝7時に出勤し、15時に遅番のチーフと現場を交替し、事務仕事を片付けてから帰る。ちなみに、バトルジェットには、チーフの職位となる正社員が合計3人いて、交替制で原則週5日の勤務をこなす。
午後1時に、中間時間帯のパートタイマーが数人出勤。車庫内のテーブルで手短かにブリーフィングを行ない、ポジのローテへ投入。ローテのグルーピングは、大きくは屋外と屋内に分かれるが、今は年一番の混雑期。ポジションの設定数は最多値となっている。そのため、屋内外ともさらに2つのグループに分け、休憩が回ってくる間隔が延び過ぎないようにしてある。
A子さんには、臨職の彼を専任の教育係として付けた。一対一である。
ブリーフィングが終わって再びフリーの身となったチーフは、まずは屋内のローテを巡回して、スタッフの働きぶりを点検にすることにした。その日は、教育係となった臨職の彼を除き、ローテに入っているスタッフは全員がパートタイマーだった。
まずは二階の監視室へ行き、モニター係に就いているスタッフへ声掛けをした。
外界から隔絶された監視室。混雑した館内を映し出した画像が多数あり、正面はプラットホームを見渡す広い窓となるものの、防音性が高い板ガラスが使われている。それはミラー仕様でもありショーゾーン側からは見えない。諸ポジションの中で唯一、静かなポジションである。何も起きない限り、イスに座り運行管理コンピュータの画面を眺めているだけでいい。
何事も起きず、当たり障りのない会話をしているうち、休憩から戻ってきたスタッフが監視室に入り、バトンタッチした。会話の相手となっていたスタッフは、次のポジションへと移動するため、部屋を出た。ともかく、押し出し式の交替制だ。
チーフはそのスタッフと一緒に部屋を出た。モニター係が含まれるローテーションでは、次のポジションは退出誘導係となる。バックヤードの通路を通り、降車側プラットホームの隅へと抜けた。
退出誘導係がバトンタッチされ、次のポジションへと押し出された。今度はそれに同行せず、プラットホーム周辺の各ポジションを無作為に選び、見て回った。
その後、屋外へ出た。そして、待ち列係として配置されているスタッフ一人ひとりに声掛けをしていった。 声掛けは、建物に一番近い位置から始め、一番遠い位置、つまり待ち列の最後尾まで、順番に行なった。
声掛けが終った。
最後尾から少し離れて、次から次へ列につくお客様の流れを眺めていた。
そこへ、「これからバトルジェットの待ち列に並ぶべきか? それとも混雑度の低いアトラクションを先に見るべきか?」と迷っているお客様の相談を受けた。
アドバイスを終え、お客様が納得した丁度その時、最後尾のスタッフがチーフに駆け寄ってきた。そして、お客様に聞えないように耳元で「車庫で事故発生!」との情報を伝達した。
「誰が?」
とチーフは訊いたが、多数の待ち列係が伝言ゲーム式で伝えてきただけに、情報は欠落していた。が、いずれにしても事故だ。直ちに車庫へ向かった。
激しいアクションが伴うライブショーの出演者を除き、お客様の前で走ってはならないとのルールがあるため、チーフは競歩のようにして急いだ。
いったんバックヤード通路に入り、それからトンネルの後半へ出てプラットホーム経由にて車庫内へ行くルートを取った。ジェットの運行は続いていた。それを見て、ブレーキが全域作動するほどの事態ではなかったことを知った。
アクセスドアを開け車庫へ入った。直感的に切り替えポイントの方向へ足が向いた。すると、ポイントの上で一台のジェットが停止しているのが見えた。
車体の前で仰向けに倒れ気絶しているA子さん。そして、教育係、産業医、看護師がいた。医務室がある棟はバトルジェット館の隣りなので、通報を受け、すぐに到着したのであろう。産業医の指示に従い、チーフと教育係は、A子さんをジェット車体の下から引き出した。
腰が抜けるどころか気を失ってしまったお客様を運ぶために用意してあるタンカを使い、チーフと教育係は、A子さんを医務室まで運んだ。産業医はすぐ救急車を呼んだ。あとは専門家たちに任せるしかない。チーフと教育係は業務へ戻った・・・。


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