●セクション16
「うーむ・・・ A子さんが止めようとしたジェット。それが、車庫内に入ってきた理由。やはり、この理由をつかまない限り、その先は見えてこないね」
私の再度の説明を受けて、叔父は言った。
「はい。私も、改めてそう思いました」
「運営中にジェットを引き込むのは、腰が抜けた客が発生した場合、そして車体に不具合が発生した場合なわけだよね」
「はい。あと、今、思い出したのですが、それ以外にも、引き込む場合があるそうです」
「どんな場合?」
「ジェットの稼動台数を減らす場合と、ジェットを交替させる場合です」
「交替させるというと?」
「長時間稼動し続けているジェットを休ませるため、収納したままのジェットと交替させることもあるようです」
「一台引き込んで、別の一台を本線に繰り出すというわけか・・・」
「はい」
「あ? だが、どのジェットが長時間稼動しているのか、どうやって把握するのかな? 運行をモニターするコンピュータがあるということは、それぞれのジェットにアイデンティティーを焼き込んだICチップでもついているのかな?」
「どうなのでしょう。分かりません」
「もし、そうだすれば、A子さんを轢いたジェットの番号のみならず、轢かれた時刻も、秒単位で正確に記録されているかもしれんね。もっとも、コンピュータにジェットの運行記録を残すようになっていればの話だが・・・」
「そうですね。明日、訊いてみなくちゃ・・・」私はメモ帳に書き留めた。
「ま、とにかく、予備のジェットも含め、総台数は結構多いということなんだね」
「はい。今日も、車庫には何台もジェットが置いてありました。収納区画にも、メンテナンスピットにも」
「本線を走行していたジェットは何台だったのか、聞いたかい?」
「事故の時に走行していたジェットのことですか?」
「ああ。それは是非、正確に掴んでおきたいところだね」
「それ、聞き忘れました。さっそく明日一番で聞いてみます」
「何台まで同時稼動が可能か、理論値のほうは分かるかい?」
「ええ。それはマニュアルに書いてありました。最多で10台、運行させていいことになっています」
「10台! ほう、たくさん可能なんだねえ。まあ、追突防止の全域ブレーキシステムがあるから、そいつを当てにして沢山のジェットを同時運行させているんだろうな」
「そうでしょうねえ」
「そのブレーキは、軌道側に付いているのかい?」
「えーと、ブレーキの構造は・・・」
私はテーブルに広げた図表類の中から、車体の断面図と、レールの断面図を探し出した。
「なるほど。車体の下に、アイススケートのフィンみたいなものが取り付けてあるのか。このフィンをレール側に設置してあるブレーキ装置が圧縮空気の力で挟み込むわけだな」
「そうですね・・・」
「いわば直線型のディスクブレーキか・・・。考えてみれば、ぐるんぐるん飛び回る車体へ大きな電力を送り込むことは危険だから、当然と言えば当然だが。ま、よくできているもんだな」
叔父は、ブレーキ以外の図面にも目を通し、ハードウエアの仕組みに感心した。
「いずれにしても、機械の設計は完璧なわけだ。バトルジェットにおいて事故があるとすれば、ヒューマンエラーにあるというわけか・・・」
ヒューマンエラー。
確率の大小はさておき、危ないと分かっていても、人間はうっかりミスを犯すことがある。このような不完全さをヒューマンエラーといい、完璧に排除することはできないという大前提に立って、安全対策を構築しなければならない。
この考え方は軽度の労災にも適用されるので、カフェチェーン事業部にいた頃から私は知っていた。
では、A子さんの労災も、彼女のヒューマンエラーと言えるのだろうか?
「危ないと分かっていても、うっかり犯してしまうミス」という定義を前提に、答えは否となる。
なぜならば、今回の場合、A子さんは、ジェットを前から止めることの危険性を、まだ教えてもらっていなかったからだ。
ただし、たとえ学生のパートタイマーであろうと働く以上は、危険に関する予知能力は要求される。この観点からすれば、A子さんの危険予知能力は低い。
だが、もともと低いのだろうか? それとも、何か外的な要因が、彼女が本来持つ能力を鈍らせてしまったのだろうか? この解明も、当然、私の義務となる。
「さて、A子さんが轢かれたジェットだが、さっきのいずれか、というわけだね」
「ええ。でも、昨日は、年間で最も沢山の乗客をこなす必要があったから、『稼動台数を減らすために引き込まれたジェット』ではなかったんでしょうねえ・・・」
「そうだろうな。実際には、
『腰抜けジェット』
『不具合ジェット』
『稼動時間が長いので交替させることになったジェット』
のいずれかだろう。ま、明日一番でこれを掴みなさい」
「はい」
「が、あくまで勘だけど、『腰抜けジェット』の可能性が高いんじゃなかろうか・・・。というのも、A子さんの安全靴が潰されたことを考えると、なんにしても車体の重量が大きい。空のジェットよりも、腰が抜けた客が乗ったジェットのほうが、その体重分、重くなるだろうから」
「たしかにそうですね。それに、たいていの人は友達や家族と一緒に遊んでいて誰か付き添うことでしょうから、そのぶんの体重も加わりますものね・・・」
「そうだね。少なくとも、空の車体に比べれば、二人以上の体重が加わるというわけだ。ところで、1台のジェットに何人乗ることができるかといえば・・・」
「一列2人がけで一両4列、計8人。それが二両編成だから、合計16人です」
「一人平均の体重が50キログラムだとしても、800キログラム。満杯の場合には、車体を含めて1トンを超えるわけだな」
「そうですねえ・・・ 大変な重量になりますねえ」
「ま、いずれにしても、A子さんの事故の直前に、腰抜けジェットが引き込まれていないか、訊かなくてはね」
「はい。明日一番で訊きます」
「あと、それが確認できたなら、その際の連携が実際にはどう行なわれたのか、各ポジションへ訊き回ったほうがいいね」
「ええ、そうですね。やってみます」
深夜が近づいた。色々と教えてくれた叔父が帰宅することになった。母は泊まっていくことを勧めかけたが、明日からの海外出張のことを思い出したのか、撤回した。
「じゃ、アッちゃん、大変だろうけど、がんばって。もし、帰国後にでも引き続き相談したければ、遠慮せずにね。もっとも、労災に関する権限は労基署にあるから、こっそりとね」
「はい。がんばります! 叔父さんも、出張、気をつけて」
「おう。俺もがんばってくるさ。それじゃ・・・」と言ってから叔父は玄関へ行き、その段差に腰掛け靴を履き始めた。が、途中でその手を止めて、振り返った。
「おっと、いけない、いけない。一つ、忘れた」
「あ、是非!」叔父のどんな一言も大変勉強になると感激していた私は、大きな声で答えた。
「藪を突っついてごらん。意外な蛇が飛び出すかもしれんよ」
「えっ?」
「ははは。ご免。これじゃあ、アッちゃんには分からんよね。これは叔父さんたちの世界の隠語さ。たとえば、自分の地位を自慢したがっている組織幹部とか、噂好きの社員とか。そうした連中に、真面目くさったり、雑談めかしたりして、何か適当に尋ねてみるのさ。直接関係なくても、遠くから影響を与えているような事について、思わぬ情報が飛び出てくるかもしれんよ。もちろんガセネタの可能性もあるから、その辺はちゃんと検証する必要があるけどね。調査の合間で充分だから、息抜きのつもりでやってごらん」
「は、はい・・・」
言わんとすることは理解できたが、残り二日の間に、そんなヒマはないだろうと思った私は、すっきりしない返事をした。
そうした私の反応を見て、叔父は不愉快な顔をするどころかニヤリと笑ってウインクをした。



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