●セクション20
車庫の切り替えポイントへ行くと、昨日と同じ施設管理部の保全課員が一人いた。先輩課員のほうだ。昨日の午後に取り付けるつもりだった豆電球が耐久性の高い特殊な仕様のものだったので、納入が延びてしまったのである。
「かなり目立つでしょう?」
二つの色が交互に点滅するラインが周囲にでき、離れた位置からでも相当目立った。ラインの内側はメタリックな赤色に塗られていた。天井から吊り下がった強く冷たい照明の下、異様に浮き立つ。もし催眠術師に利用されたら、どんな意思の強い人でも即時、暗示にかかってしまうのではなかろうか。
「二回目の査察は、月曜日でしたよね」課員は労基署の次の訪問日を確認してきた。
「はい」
「ま、これで、再発防止策を取ったことを労基署にアピールできるでしょう」
「ええ。そうですね。ご苦労さまです」
「いやあ、特に難しい工事というわけではありませんから。それより、被災者がジェットを止めようとした経緯、分かりました?」
「いいえ。まだ・・・」
「そうですか。まあ、何かお役に立てることがあったら、言って下さい」
「ありがとうございます。ところで、このポイント。手動式と聞いてますが・・・」
「そうですよ。ほら、あそこに切り替えレバーが立ってます。今、動かしてみましょうか・・・」
保全課員は、私をポイントの切り替えレバーまで誘導した。
今やメタルレッドに塗られ豆電球で囲まれたポイント。その端から、2メートルほど離れた所に、切り替えレバーがあった。肩の高さほどもある大きなレバーだ。保全課員が両手で握って「えいや!」とばかり切り替えると、ポイントはメンテナンスピット側の方向へ切り替わった。
「切り替えしている人が、自分の足を挟むようなことはありませんね」
ポイントから充分に距離が取ってあるレバーを見れば分かることだが、私は自分が確認したかった点を言葉に出した。
「そうですね。キリンのように足が長ければ別ですが、レバーを引く本人は大丈夫ですよ」
「レバーの操作が中途半端で、ポイントが完全に切り替わらない・・・ そんなことはないんでしょうか?」
「レバーを引き戻さない限り、完全に行き着くまで止まりません。下に付いている錘がついているのでね。じゃ、また戻しますから、ポイントから離れて下さい」
そう言ってから保全課員はポイントを収納区画の方向へ戻した。
「ポイントは、ふだん収納区画のほうに向けておくルールになっているんでしたっけ?」
マニュアルに目を通しながらもその取り決めを見落としたかもしれない私は、課員へ訊いた。
「いいえ。習慣ですよ。メンテナンスピットの方向へ切り替えた人間が戻しておいてあげる癖をつけておくと、親切じゃないですか」
「そうですね。ところで、被災者が轢かれたジェットは、不具合ジェットだったらしいのですが、それについて何か聞いていらっしゃいますか?」
「私は聞いていませんけれど、不具合を発見したならば、何かしら我々の課に連絡があるはずなので、誰かが知っているでしょう。どんな不具合だったのか、聞いてますか?」
「安全バーが降りなかったそうです」
「全部のバーがですか?」
「いいえ。1本だけだと聞いてます」
「あ、そうですか。ならば、分かります」
「何が?」
「不具合を発見したにも関わらず、運行を続けたことがです」
「はあ?・・・」
「いや、実は、全部のバーが降りないケースは、個々のジェットの不具合ではなく、軌道側の装置がおかしい可能性もあるので、非常停止ボタンを押してもらうよう申し入れてありまして・・・。だけど、1台に8本あるうちの1本だけならば、いや、たとえ7本のバーが降りなくても、軌道側装置は生きていることになるので、該当のジェットだけ引き込んでしまえば、運行を続けてもかまいません」
「では、事故の日の、ジェット引き込みの判断には、問題なかったわけですね」
「ええ、問題ないと思いますよ。それにしても、不具合ジェットに轢かれたということは、乗客満杯のジェットに轢かれたわけだから、重さで安全靴も潰れるはずだよなあ・・・」保全課員はポイントのレバーに再び両手を掛け、顔を歪めた。
「ま、これから事務所へ戻るので、不具合報告書をめくってみますよ。何か不審な点をみつけたら、連絡します。えー、お名前は・・・」
「樫見です。番号は内線一覧で、人事課厚生担当の箇所を見てください」
「分かりました。じゃあ、これで戻りますけど、他に何かありますか? ついでだから、どうぞ遠慮なく」
「えーっと、そうですねえ・・・」
私は少し考え込んだ。
「そう言えば、個々のジェットのアイデンテティーを、コンピュータで把握するシステムにはなっていないこと、私、マニュアルで読みましたけれど・・・」
「いや、そんなことありませんよ。コンピュータは本線を走っているジェットの台数と位置を把握していて、それらに番号を割り振っているはずです。マニュアルを読みまちがえたのでは?」
「え? でも、車体にはアイデンテティーを発信するICチップは搭載されていなんでしょう?」
「なるほど。そういう意味で、樫見さんは言ったのですね。たしかにICチップは搭載していません。しかし、運行モニター用のコンピュータがあって、それが本線の各所の・・・。いや、これについては、管制情報室に行って専門家の説明を受けたほうが、分かりやすいでしょう。よければ、今、ご案内しますよ。いかがですか?」
「あ、是非お願いします」


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