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小説式eラーニング 「ヒューマンエラー」 シンプルテキスト版 担当講師:蒔苗昌彦


●セクション23

 U子と別れたあと、私はいったんオフィスへ戻ることにした。K君の解説によって更新された知識のもと、マニュアルに再度目を通してみたくなったからである。

 バックヤードを一周した上で本部ビルへ向かう従業員用の巡回バスが、食堂のある棟の前へ、ちょうど到着した。おかげで、今日も続く炎天、その下を歩かなくても済んだ。

 再び小会議室へ入った。すると、五分もしないうちにノックがした。課長が病院から戻ってきたのである。

 外科医の先生はさっそく各方面へ連絡を取り、日曜日に移送の上、火曜日にでも手術ができるよう手配してくれたそうだ。

 課長は手術の具体的な方法に関しても、先生から聞いた通り説明してくれたが、痛ましくて耳を素通りさせた。いずれにしても、剥がれてしまった腱を骨部に再定着させるのが目的なことには違いない。

「とにかく、あの先生の担当日で、本当に良かった。もしそうでなかったら、A子さんの右足はぶらりんと・・・」

私は顔を一層歪めた。課長はようやく気づき、痛ましい話を止めた。

「で、アッちゃんのほうはどう?」

 私は、自分自身の理解を深めるためにも、詳細に更新情報を伝えた。管制情報室でのK君の話を基に、運行管理コンピュータの働きについても説明した。

「よくできているねえ。改めて感心しちゃうね。植栽管理課の時、芝生のスプリンクラーの制御とかの件で入れてもらったとき見学したけど。バトルジェットのコンピュータについては解説を受けなかったからな。あ、そう言えば、全域停止ブレーキは本線だけに設置されているということだけど、まさか全線びっしり設置されているわけじゃないよね?」
「ええ。それでは大変なコストになるでしょうから。このページを見れば、そのあたり分かりますよ。」
 私は課長にマニュアルの該当ページを開けて示した。

「設定した各区間の一番最初の部分。なるほど。そこでブレーキが掛かれば、追突防止できるものね。あれ? でも、昇り下りがうねうねと何度も繰り返されるのだから、えーと、あーと・・・」

 区間は、すべて同一の距離で設定されているのではない。適した距離にて、個別に設定されている。このことをまだ説明していなかったので、補足した。

「そうか。なるほど。走っている最中の区間は、必ず下り坂へと変化する箇所から設定されるわけか。じゃあ、区間の距離は色々となるよね」
「ええ。短いものから長いものまで、様々です」
「ふむ。たとえば第26区間の最終待機区画と第1区間にあたるリフトじゃ、そもそも特性が全く異なるものな。距離が違って当然というわけか。だんだんと分かってきたぞう!・・・ あ、でも、これ、今回の労災に関係のないことか・・・」
「そうですねえ・・・。車庫内にはブレーキ装置がないし、運行管理コンピュータも関与していないし。モニターのTVカメラさえないのですから」
「うーむ、そうだったねえ。本線の運行システムを理解したところで、しょせん、車庫内で発生した労災の解明には役立たないということか。※1
「でも、おじ・・・」
「え?」
「いいえ、なんでもありません」
 でも、直接関係のない情報であっても集めておくように、と叔父がアドバイスしていたことを思い出し、危くそのことを口にしてしまいそうになったが、かろうじて止めた。

「それにしてもなあ。車庫内だって、カメラが設置してあってもいいだろうに。そうなっていれば、今回の事故だって、記録に残っていただろうし」
「そうですねえ」
「ま、会社としては経費がかかって嫌だろうが・・・」
「ええ。それに、車庫内はそもそもスピードは出ないし。高所を走行しているわけでもないので、落下や転落の危険もなし。モニターは根本的に不要。設計段階からの判断だそうです」
「顧客満足第一の会社としては、『乗客の安全に集中しろ』ということか※2。ま、その点、ハードのシステムがよくできているから、安心だね。だから、我々としても、労災のことに集中するとして・・・。おっ、アッちゃんの携帯だね」

 課長の話の途中で、マナーモードを解除し忘れてあった携帯のバイブレーションが振動した。マネージャーからだった。労災発生時点での各ポジション、まずは三人、インタビューできるようセットアップしたとの知らせだった。昼食はまだの課長だったが、一緒に例の車庫内テーブルへ行くこととなった。到着すると、マネージャーとチーフがスタンバイしていた。

<次セクションへ続く>

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※1:たしかに、今回の労災は、あくまで、車庫内で発生したのだが・・・。
※2:人の命を預かる以上、当然のことだ。

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小説本文中に登場する人物・団体・施設・出来事等は全て架空(フィクション)です。
現実世界での労働災害防止活動についての情報は、 中央労働災害防止協会 http://www.jisha.or.jp/
のサイトをご覧下さい。
 


●制作・著作:蒔苗昌彦(担当講師)

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