●セクション27
15時半を多少回った。課長、マネージャー、チーフ、そして私が揃った。
P君がテーブルに呼ばれた。パートタイマーへのインタビューとしては、4人目にあたる。
彼は事故の時、『待ち列誘導係』だった。彼に関しては推察ではなく、事実、そのポジションに就いていたことが確認済みである。
男性。夏休みからバトルジェットに勤務。それ以前は商品販売部に所属。ぬいぐるみショップで、二ヶ月働いていた。
『待ち列誘導係』はすでに何度も述べたように、乗車側プラットホームの混雑を見守る役で、何か異常があった際の遊撃手を兼ねる。
この係に就いていたP君の動きに関しては、かなり想像が進んでいたが、自分自身の混乱を避けるために、私はさきほどの三人と同じ流れで質問を始めた。
一つ前のポジションは?
「『乗車係』です。」
その時に特別なことは?
「何もありませんでした。順調な運行でした。」
『待ち列誘導係』に就いてからは?
「まず、腰抜けジェットへの対応依頼を受けました。」
誰からの依頼?
「『乗車係』から伝わりましたが、実際には、『降車係』『発車係』を経由してきたはずです。」
腰抜けジェットへの対応は順調だった?
「はい。『トンネル出口係』へカットの依頼を出した後、マニュアル通りに対応しました。」
そのあと、安全バーが降りない不具合ジェットが発生したと聞いているが?・・・
「はい。腰抜けジェットに続いて発生し、対応の依頼を受けました。」
不具合ジェットへの対応はどうだった?
「それもマニュアル通りに対応しました。」
「えっ?!・・・」
課長、マネージャー、チーフ、私。四人全員が一斉に驚きの声をあげ、互いに顔を見合わせた。P君は、自分の発言がなぜ人を驚かしたか分からない様子で、目をぱちくりさせた。
「待てよ・・・」マネージャーはP君に対してではなく、チーフへ向かって言った。
「チーフ。君は『不具合ジェットがA子さんを轢いた』と言ってきたよね?」
「ええ。私も、今の今まで、そう思っていました。」
マネージャーへ答えたチーフは、P君のほうへ身体を向けた。
「P君。不具合ジェットへの対応をマニュアル通り行なったということは、その時点で事故は発生しなかったという意味だよね? つまり、不具合ジェットは、A子さんを轢いていないのだよね?」チーフはP君へ確認した。
「はい。マニュアル通り最後まで対応しましたので、不具合ジェットにA子さんは轢かれようがありません。」
「ということは・・・」と私が言い掛けると、
「さらにジェットが引き込まれたのか!」課長とマネージャーが声をあげた。
「えっ? そうですよ。知らなかったのですか?」
P君は逆に驚いた。
私たちは改めてP君へ、起きた事を彼の立場に徹して説明するよう求めた。P君は応じた。私は、あとで確認しやすくするため箇条書きでメモを取ることにした。このことはP君にも伝え、間を空けながら順番に話してもらうよう、お願いした。 P君は了解した。
(1) 引き込みジェットへの対応依頼を受けた。
(2) アクセスドアを抜けプラットホームから車庫内に入った。
(3) 切り替えポイントへ行き、収納区画の方向へ向いていることを確認。
(4) 引き込み口が見える所まで行き、スタンバイ。
(5) 引き込み口のショーゾーン側に、『最終確認係』(と思われるスタッフ)が見えた。
(6) 『最終確認係』が立ち去ってすぐ、腰抜けジェットが進入してきたのを認知。
(7) 自然停止するまでジェットの速度に歩調を合わせアテンド。
(8) ジェットが収納区画をある程度進み停止したのを確認。
(9) 停止したジェットには、家族らしきグループ、計4人が乗っていたのを認知。
(10) 誰の腰が抜けたのか分からなかったので、父親らしき中年男性に確認すると「もう大丈夫。」だとの返事を受ける。
(11) その時、『教育係』が来たのを認知。
(12) 『教育係』が「あとは自分が対応するからポジションへ戻っていい。」と言ったのを認知し了解。
(13) アクセスドアを抜けプラットホームへ戻った。
(14) 戻ると、またジェット引き込みへの対応依頼を受けた。
(15) アクセスドアを抜け車庫内に入った。
(16) 切り替えポイントへ行き、収納区画の方向へ向いていることを再度確認。
(17) 引き込み口が見える所まで行き、スタンバイ。
(18) 引き込み口のショーゾーン側に、さきほど同様、『最終確認係』が見えたことを認知。
(19) 『最終確認係』が立ち去ってすぐ、不具合ジェットが進入してきたのを認知。
(20) 自然停止するまでジェットの速度に歩調をあわせアテンド。
(21) ジェットが収納区画を、ある程度進み停止したのを確認。
(22) 停止したジェットには、出発前の乗客、計16人が乗っていた。
(23) 全乗客を降ろし、アクセスドア経由で、プラットホームへ誘導。
(24) 16人の乗客を、『乗車係』へ引き渡した。
「そうだったのか・・・ 腰抜けジェットに続けて不具合ジェット。P君としても、さぞ慌しかったでしょ?」課長はP君をねぎらった。
「はい。でも、『教育係』をしていた人に、腰が抜けたお客様の対応をバトンタッチしたので、さほど慌しく感じませんでした。ここまでは・・・」P君は答えた。
「そう。ところで、どうしてその人が、『教育係』だと分かったの?」
「アクセスドアから車庫に入った時、見慣れないスタッフとテーブルにいる姿を見かけましたので、たぶん『教育係』だろうと思ったのです。僕自身も以前、同様に新人教育を受けたことですし・・・」
「A子さんのことは、その時、すでに知っていたの?」
「いいえ。彼女の名前を知ったのは、事故の後です。」
「そう。あ? でも・・・」
課長は何かを思い出そうと少し考え込んだ。
「あ、そうそう。チーフは、13時に、A子さんも含め、出勤したスタッフを集めてブリーフィングをしたと言ったよね。」課長はチーフへ訊いた。
「はい。」
「P君の話からすると、その時、P君は参加していなかったみたいだけど・・・」
「はい。P君は昼前からローテションに入ってましたので。」
「誰かが出勤してくるたびに、運行を止めるというわけにはいかないから、全員出席のブリーフィングはできないのですよ。」
マネージャーはチーフに代わって補足した。
「うーむ。言われてみればそうだけど、新人が来ていても、それが全てのポジションに知らされていないというの、なんだねえ。んー、でも、運営上は仕方ないかあ。」
課長は無理に納得したようだった。
「机上の講義が終わって、いよいよ各ポジションで実習をする段階になれば、当然、紹介されるでしょうけどね。」マネージャーがさらに補足した。
「そうだろうねえ。ま、だからこそ、このテーブルで待っているよう、『教育係』はA子さんへ命じたのだろうけど・・・」
「課長。さらに続きを話してもらいましょう。」私は課長へ言った。
「あ、わるいわるい。P君の話、まだ終わっていないものね。」
P君は再開した。
不具合ジェットに乗っていた乗客(出発前乗客16人)を、プラットホームの『乗車係』へ引き渡した後、P君は・・・
(25) アクセスドアを抜け再び車庫へ入った。
(26) 収納区画へ行った。
(27) 不具合ジェットを、切り替えポイント以前の位置まで押し戻した。
(28) 切り替えポイントを、メンテナンスピットの方向へと切り替えた。
(29) 不具合ジェットを引っ張り、メンテナンスピットの方向へ流した。
(30) 切り替えポイントを、収納区画の方向へと切り替えた。
(31) アクセスドアを抜け、プラットホームへ戻った。
「なるほど。お客様を降ろして空になった不具合ジェットを、メンテナンスピットへ流したわけだ。ていねいな対応だねえ。」課長は感心した。
「保全課が運行中も常駐していればいいんですけどね。彼らは閉園後の夜間が中心ですから。」マネージャーが言った。
「マニュアルでは、『不具合シール』を貼っておけば、収納区画に置いたままでもいい取り決めになっています。」チーフが事務デスクの上のトレイに積んである大きなシールを見せながら、説明した。
「あ、でも、今回は、シールを貼らずにメンテナンスピットへ流したことになるんだよね?」課長が少し首をかしげた。
「はい。」P君が答えた。
「メンテナンスピットへ流されたジェットは、シールの有無に関係なく、保全課に全点検されることになっていますので。」
「ふーん・・・」
課長たちのやりとりの間、私は、走り書きとなってしまったメモを、冒頭から見直していった。P君がちゃんと間を空けながらステップバイステップで語ってくれたので、ほぼそのまま書き取ればよかったが、意味を充分に消化していなかった。すると、後半の一箇所、妙な記述に気づいた。
「えー、P君。訊いてもいいですか?」
「はい。どうぞ」
「私のメモ、この27で『不具合ジェットを、切り替えポイント以前の位置まで押し戻した』となっていますけど、合っていますか?」
「はい。」
「ということは・・・」私は課長へそろりと視線を移した。課長も私へ視線を移してきたので、両者はガッチリと噛んだ。
「えー、『押し戻した』ということは、P君は、つまり車体の前面に両手を当てて押し返していったということ?」課長は慎重に確認した。
「はい。なにかそれが?・・・」答えたP君は少し困った顔をした。
「ああ、なるほど・・・」課長とP君のやりとりを眺めていたマネージャーが口を開いた。
「その方法が、マニュアル違反ではなかろうか。そういう指摘ですね。」マネージャーは課長の質問意図を確認した。
「うん、まあ・・・」
「それは違反じゃありませんよ。な? チーフ。たしか、マニュアルは、止まっている車体の動かし方については、何も規定していないだろ?」
「ええ。たしかに。でも・・・」
チーフの顔が曇った。課長と私は、チーフ以前にすでに顔を曇らせていた。マネージャーの視線は、私たち三人の顔へせわしくなく交互に置かれたあと宙に浮き、焦点なく停止した。
「僕、何かまずいことでも?・・・」P君は小さな声で言った。
「んんっ!」マネージャーは大きな咳払いをして視線を平常に戻した。
「いや、いいんだ。P君。君は何も心配しなくていいんだよ」
マネージャーは私が会って以来初めて、大きく優しい笑みを作って見せた。P君は明らかに自分へと向けられたマネージャーの笑顔を見て、安心したようだった。
「さあ、それよりも、P君。続きを話してくれ。頼むね!」
「は、はい!」
P君は残りを一気に話した。私は箇条書きどころかメモすらできず聞き入った。
再びプラットホームへ戻ったとたん、P君は、またジェット引き込み対応の依頼を受けた。車庫へ行きマニュアル通り対応し、プラットホームへ戻ると、またまたジェット引き込み対応の依頼を受けた。
「またまた?」
P君以外の全員が一斉に声をあげた。
「はい。で、このジェット、つまり4台目のジェットに、A子さんは轢かれていたのです。その瞬間は目撃しませんでしたが、アクセスドアを抜け車庫内に入ってすぐ、たくさんの人間の悲鳴が聞こえ、その方向へ向かって走っていくと、切り替えポイントのところでA子さんが気絶していました。ジェットの下になって・・・」
「そうだったのか・・・」
マネージャーは腕を組み大きく息を吸った。チーフはうなだれていた。
P君は、乗客への対応を優先し、気絶しているA子さんは後回しとすることを即断。プラットホームへ十六人のお客様を連れていき『乗車係』へ引き渡した。
それから一番近くに設置されている内線で、連携の要となる『発車係』へ事故発生を伝えた。さらに医務室へ通報しようと思ったが、ふと、『トンネル出口係』へカットの合図をしたきり放置してあったことを思い出した。『トンネル出口係』が見えるところまで行き、ゴーのサインを出した。プラットホームへのお客様の流し込みが再開されたことを見届けたP君は医務室へ内線をした。電話に出た女性が、すでに産業医と看護師が向かっていると応えた。『発車係』がさっそく通報してくれたのだろうと思った。
P君は、事故現場に戻ろうとアクセスドアへ向かった。すると、トンネル出口のほうからアクセスドアへ向かう『教育係』が見えた。腰抜けジェットに乗っていた中年男性とその家族を見送ってから戻ってきたようだった。P君は『教育係』へ駆け寄り、事故発生を耳打ちした。
『教育係』は瞬時慌てた様子だったがすぐに冷静を装い、「あとは自分が対応するから、P君は待ち列整理をするように!」と指示してきた。P君はそれに従い、通常の状態へと復帰した・・・
「よくやってくれた。P君。ありがとう!」
また優しく大きな笑みを作ったマネージャーはP君の肩をたたきながらお礼をいい、P君をローテーションへ戻した。
課長、マネージャー、チーフ、そして私がテーブルに残った。全員、無言となった。ショーゾーンから響いてくる騒音までもが沈黙したように感じられた。
「きっと、A子さんは、P君が慌しく動き回っている様子を見ていたんでしょうね・・・」チーフはうつむいたままつぶやいた。
「ああ。それで、『自分も何かしなくては』と思ったのだろうな。バトルボートではベテランだったこともあって、なおさら・・・」マネージャーもうつむきながら言った。
「それに、P君が停まっているジェットを前面から押し戻すところも、見てしまったのかもしれないねえ」課長もつぶやいた。
「ええ。たぶん・・・」
マネージャーは目をつぶって言った。そして、大きく溜息をついた。
「彼女の不注意、とだけしか捉えていなかったこと、深く反省します。どうやら、そんな単純なことじゃないみたいです。まだ何か掴んでいない事実が、たくさん潜んでいるのでしょう・・・」
「うん。俺もそう思う。ま、ここで挫折したら、元も子もないから。少なくとも、残りのインタビュー、予定通り済ましてしまおう。と言っても、俺、これから事業部長と一緒に、専務の自宅へ行かなくちゃならないから、君たちに頼むことになるけど・・・」
「でも、明日の朝、『発車係』へのインタビューには、立ち会えるのでしょう?」マネージャーが課長へ確認した。
「あ、そうだね。必ず来るよ。じゃ、悪いけど、俺は行くね。アッちゃんも、引き続きよろしくね」課長は車庫を去っていった。マネージャーは屋外の様子を見てくると言い、出て行った。チーフはプラットホームを見てくると言い、出て行った。
今日インタビューできるのは、17時に出勤する『乗車係』と『モニター係』の二人である。30分以上あったが、私はそのままテーブルに残り、メモを整理した。



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