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小説式eラーニング 「ヒューマンエラー」 シンプルテキスト版 担当講師:蒔苗昌彦


●セクション28

 17時となった。チーフとマネージャーと私を前に、『乗車係』がテーブルについた。

 女性。パートタイマー。昨年の夏休み。今年の春休み。ゴールデンウィーク。そして今年の夏休み、毎回バトルジェットを経験している。

 乗車側プラットホームの前寄りに立ち、空車のジェットが移動してきたら、「お待たせしました。どうぞ乗って下さい!」と指示する役割。
 お客様がなだれ込むような事態にならないよう、流れをしっかりカットした上で行なう。なにしろ、もしお客様がプラットホームから転落したら死亡事故になりかねない。 複雑な手順が伴う作業ではないが、お客様に対する強い牽制力が必要なポジションである。

 あなたが『乗車係』に就いている間、腰抜けジェットが1台発生したはずだが?
「はい。たしかに発生しました。『発車係』からの対応依頼がありました。具体的にはカットの合図なので、私としては、ただお客様の流れを止めておくだけでした。」

その間、腰抜けジェットが通り過ぎていったことになるが?
「はい。流れを止めている間、目の前を通り過ぎていくのを見ました。」

乗車の再開は?
「その腰抜けジェットが、プラットホームを離脱した後です。つまり、実際には、『発車係』からゴーの合図が来た時です」

乗車再開したジェット。つまり腰抜けジェットの次のジェットが、安全バーが降りず不具合と判定されたことは、知っていた?
引き込みジェット発生の合図を『発車係』から受け、『待ち列誘導係』のP君へそのまま転送しました。※1。 このジェットが、それに該当するのでは? 私は引き込み理由まで聞いていません。」

さらに2台、ジェットが車庫へ引き込まれたことは?
「引き込みジェット発生の合図を、さらに転送したのは覚えていますが、2台だったのかしら?」

台数は異なる?
「うーん、記憶に自信がありません。次々、合図を仲介し、P君から乗客を引き渡されては再乗車させて・・・。なんというか、バタバタした感じで。処理回数まではよく覚えていません。でも、言われてみれば、さらに2台のような気がします。※2。

その2台のジェット、引き込みの理由は聞いている?
「いいえ。腰抜けジェットや、運行台数を減らすため空車の車庫へ入れてしまうジェットは、目の前を通り過ぎていくので、引き込み理由を知ることができます。しかし、これら以外は、引き込み合図の転送はするものの、理由まで知ることにはなりません。※3。 たぶん、いや・・・、間違いなく、その2台についても、出発待機区画に進んだ後に、引き込みの必要性が出たのでしょう。つまり、私の視界から離れた後に、何かしら必要性が出たのだと思います。※4。 そのへんは、出発待機区画にいた『最終確認係』へ訊いてみて下さい.。」

でも、引き込みの合図を受けP君へ転送したことには、間違いない?
「はい。それはたしかです」

整理すると、腰抜けジェットのあと合計3台分、再乗車させたことになるが、それにあたって何か?
「問題ありませんでした。どれもスムーズに行ないました。いったんプラットホームの待ち列をカットし、割り込みをするかたちで作業を行なうので、ブーイングは発生しましたが・・・」

ブーイング?
「ええ。割り込み乗車の人たちが、車庫に送り込まれてしまった上での再乗車なのか、バトル遊園にコネがあって優遇してもらった人たちなのか、列に並んでいるお客様からは判別つきませんので。」

そのあと、変わったことは?
「いいえ。再乗車を終えたあとは、ふだん通りの運営でした。」

次のポジションへ移ってからは?
「それも、ふだん通りでした。」

ちなみに、A子さんの事故を知ったのはいつ?
「自分の勤務時間が終ったあと、ロッカールームで聞きました。」

 『乗車係』への質問は以上だった。彼女はローテーションへ戻った。

「『乗車係』は、引き込みの理由を知らなくても、ルール違反ではないようですね?」私は念のためチーフへ確認した。
「ええ。」
「では、逆に、理由を知った上で対応する必要があるポジションは?」
「えー、『発車係』と『最終確認係』。それから、『最終確認係』と連携して、車庫側の対応を行なう『待ち列誘導係』です。」
「『モニター係』は?」マネージャーがチーフへ確認した。
「『モニター係』は引き込み操作をしますが、理由にかかわらず、操作手順は同じなので。とはいえ、ヘッドセットフォーンをつけているので、『発車係』と『最終確認係』の会話から、自動的に理由を知ることにはなります。※5。」チーフは説明した。
「ふむ。言われてみれば、そうだったね。『発車係』から、引き込みの依頼を受けたら、『モニター係』は・・・」マネージャーはそう言いながら、マニュアルをめくり操作フローチャートを確認した。私も一緒に見た。

 a.(出発待機区画内にある)自動発進システムの解除。
     ↓
 b.ポイントの車庫側への切り替え。
     ↓
 c.ジェットの押し出し(つまり車庫側への送り出し)。
     ↓
 d.ポイントのリフト側への切り替え。
     ↓
 e.自動発進システムの再開。

「引き込みの理由がなんであろうと、この流れで行なえば、『モニター係』としては役割を果たすことになるわけだ。ま、今からのインタビューでも確認してみよう。じゃ、チーフ。『モニター係』に就いていた人、呼んで。」
 マネージャーはチーフへ頼んだ。
「はい。でも、その前に、『待ち列誘導係』だったP君を、もう一度呼んでいいでしょうか? というのも、彼、後半2台の引き込み理由、さきほどのインタビューで言ってなかったと思うので・・・。樫見さんのメモでは、どうなっていますか?」
 チーフは私に確認した。
 私はメモをめくった。すると、チーフの指摘通りだった。P君は、引き込み理由に関して触れていない。

「そう。じゃ、内線掛けてもらうようP君へ伝言を手配しておいて、『モニター係』はもう呼んじゃったら?」
「そうですね。では、今、両方、連絡してしまいます。」

 チーフが内線電話を使って手配している間、私は、『モニター係』へのインタビューに備え、マニュアルをぱらぱらとめくった。参考用の図面やイラスト、写真が掲載しているブロックもめくった。そこには、モニター画像を掲載したページもいくつかあった。

 これらを見ていると、さきほどK君のところへ再度行こうと思っていながら、U子に呼び出されたため、行き損ねたことを思い出した。このインタビューの後に『獣道』を使って直行しようと考えながらさらにページをめくっていると、K君が管制情報室で見せてくれたのとは別の、モニター画像の写真が掲載されていることに気がついた。何度も目を通したつもりだが、まだまだ見落としがあったのだ。
 しかし、今まで様々な人たちから聞いた、生の話によって、勘もよくなってきたのだろう。その画像が何であるかは、すぐ見当がついた。でも、念のため、私はマネージャーにその写真を指し、確認した。

「ええ。樫見さんの言う通り、さっきのabcdeの流れを実際に行なうための、画像ですよ」マネージャーは応えた。
「銀行のATMのタッチパネルみたいに、画面ディスプレーを指先で軽く触れれば、作動するわけです。私が、昨日、説明したような、『ばこん!』と押すごっつい非常ボタンではなく・・・」

 そう言えば、昨日、マネージャーは、大きな音を立ててテーブルを平手で叩き説明した。この情景が思い出されてみると、まだ一日しか経たないのに、何ヶ月もの期間が経過したような、不思議な感覚に囚われた。と同時に、マネージャーとチーフに対する、親愛の情が湧きあがった・・・

<次セクションへ続く>

 
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※1:何も考えず単に転送しただけだが、この手順は、バトルジェットのマニュアル通りであり、乗車係に落ち度はない。
※2:仮にでも、すでに、2台と台数を耳にしてしまっている以上、その印象に引きずられて答えてしまうものである。だから、乗車係の、この情報には、信憑性がない。
※3:マニュアル上、その理由を知る義務は、乗車係にはない。
※4:日頃から、ローテーションによって、他のポジションを経験していることから発生する、勘である。
※5:ヘッドセットフォーンのスピーカーには、発車係・モニター係・最終確認係の3者に限って、彼らの会話が常に流れている。
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小説本文中に登場する人物・団体・施設・出来事等は全て架空(フィクション)です。
現実世界での労働災害防止活動についての情報は、 中央労働災害防止協会 http://www.jisha.or.jp/
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