●セクション30
監視室に入った。今までの様々な情報から色々と想像はしていたものの、圧巻だった。二階とはいえ、かなり高い位置にあり、そこからはプラットホームのみならず、ジェット本線も、部分的ながらもよく見えた。
屋外の待ち列からつながるトンネル。そこから続々と人が現れる。カットアンドゴーが小刻みに繰り返される。それでもプラットホームは雪崩のようにして埋まっていく。
待ち列に並ぶ人々は、頭上を舞うジェットを見上げたり、次々と帰還するジェットに視線を走らせたりしながら前へ前へと進んでいく。
帰還し降車した人たちは、興奮さめやらぬ様子でプラットホームを小走りに建物出口方向へ向かう。
空になったジェットは、すかさず一つ前の位置へ移動する。待ちに待った人たちが、すばやく乗り込む。満杯となったジェットはプラットホームから最終待機区画へと移動し、前方のリフトが空くのを待つ。
『トンネル出口係』『待ち列誘導係』『乗車係』『降車係』『出口誘導係』『発車係』『最終確認係』の各ポジションは、大きくハッキリとした腕のアクションで合図を送りながら、機敏に連携。チームワーク以外の何物でもない。
かたや監視室は、防音ガラスで騒音は遮断。床は厚手の絨毯。何もなければただ眺めているだけの、一人きりの『モニター係』。ユニフォームの衣ずれの音すら聞えそうである。
静寂の世界から眺める人々のうねり。氷山のふもとに腰を掛け、眼前の火山から流れ出る溶岩を眺めているにも似た気になり、私は、チーフが横に立っていることを忘れてしまった。
「すごいでしょう?」
つい今しがた、マネージャーとともに険しい顔つきになっていたチーフは、誇らしい笑みで私を現実の世界に引き戻してくれた。
「さて、たまにしか起きない現象なので、再現はできないでしょうが・・・」そうチーフは前置きをして説明を始めた。
「さきほど『あれ』と呼んだ現象は、ボタンを押した時の、すばやい反応のことなのです。と言っても、ボタンとは、ご覧のようにディスプレーの表示ですから、押した感触はありません」
もちろん私も、銀行のATMで現金引き出しを続けてきた普通の人間だけに、コンピュータ画像のタッチパネルの操作感覚は分かる。だが、チーフはさらに詳細を話した。
「で、ここのタッチパネルは押した人間と、機械の間の電位差で、反応する方式だそうで。いや、これは施設管理部側の説明で、私自身が専門的にきっちり理解しているわけじゃないのですが・・・」
「私は、こうした装置は、指で加えた圧力に反応しているのかと思っていました」
「一般には、物理的な圧力を感知する方式もあるそうです。が、ここのパネルは、ともかく電位差だそうで、わずかでも接触すれば反応するのです。そのぶん、『押す』という表現に値するほど強く触れようとすると、操作上よくありません。実際には、ボタンに『触れる』と言ったほうが的確です。新人トレーニングの際にも、その点、徹底的に教えます。ちょっと、お見せしましょう・・・」
チーフは、部屋の隅から折りたたみイスを2つ持ってきた。そして、たくさんのモニターが設置してあるカウンターの前、背もたれが立派な『モニター係』専用のチェアーの脇へと並べた。
チーフは私を座らせた後、自らも座った。そして、『モニター係』に就いている男性へ指示をして、予備のモニターを始動させた。
ショー効果上の音源とは別系統で取り付けられている非常用館内放送。その各所のスピーカーのオン・オフ(ON/OFF)。そして、音量の上げ下げを行なうスライダーが付いている、画像表示だった。
「こうやって軽く触れれば・・・」
そう言いながらチーフは、『OFF』と表示されているボタンにひとさし指で触れた。すると、『ON』という表示へと変わった。
「今のが何か?・・・」
それが当然の作動かと思った私はつぶやいた。
「今のは正常に作動しました。『OFF』と表示されているボタンに触れれば、スピーカーは実際にOFFの状態になり、ボタン表示は『ON』となる。では、元の状態へ戻してみましょう・・・。」
そう言ってチーフは、ボタンに再び触れた。
「今のも正常に作動しました。『ON』と表示されているボタンに触れ、スピーカーは実際にONの状態に戻り、ボタン表示は『OFF』となったわけです。さっきの話に出た、出発待機区画内の自動発進システム。この『解除/再開』も同様です。ただし・・・。」
チーフは話を一瞬止め、『モニター係』が座っている位置の真正面へ視線を移した。私がその視線を追うと、そこには大きな物理的ボタンがあった。
「ただし、あのブレーキの全域停止ボタン。つまり非常ボタンは、別格ですけどね・・・。」
ボタンは赤い半透明のプラスチック製で、小さめのコップに円形の板を貼り付けたような形状だった。その中には電球が点灯していた。マニュアルの参考図でも見た記憶があったが、じかに見てみると、存在感は大きい。 「ばこん!」という表現を用いながらテーブルを叩いてみせたマネージャーの仕草がまた脳裏に蘇った。
「『あれ』と呼んだ現象とは・・・」チーフは説明した。
タッチパネルのボタンを押す際、1度押したつもりが、実際には2度押されたとコンピュータが感知し、結果、1度も押してないと同じ状態となってしまう現象。
たとえばON/OFFのボタンの場合、ONの表示を押し、瞬時OFFの状態に変わってもすぐONに戻ってしまう。これが、自動発進システムならば、『再開』のボタン表示を押し、瞬時再開されてもすぐ解除状態へと戻ってしまい、表示上も運営上も変更していないと同様になる。
力まずにさらりとパネルに触れるのが、この現象を発生させないコツ。だが、このコツを守らなくても、発生頻度は極めて低い。滅多に起きない現象というわけだ。 とはいえ、いざ起きてしまうと、滅多に起きないだけに、かえって操作する人間の混乱を招く。その点、A子さんの事故の際、『モニター係』に就いていた者は、パニックにならず冷静な対応をしたと言える。
「ライド運営部としては、パネル交換などの対策を希望してきたのですが・・・。」
「どちらの部署に対して?」
「管制情報室を配下とする施設管理部です。しかし、滅多にない現象だし、会社がコスト削減に厳しいこともあり、まだ応じてくれていないのです。」
「でも、安全のことを考えれば、そうも言ってられないのでは?」
「いや、それが、施設管理部長は、『安全上の問題なし』という見解なのですよ。マネージャーが怒鳴り込みにいったから、見解をようやく覆すことができるかもしれませんが・・・。」
「具体的には、どういう見解なのですか?」
「自動発進システムの『再開』が一時うまく操作できなかった場合に的を絞って、説明しますね。」
「はい。お願いします。」
「この一時的な出来事のために、ジェットをリフトへ送り出すことができないままとなってしまった・・・としましょう。」
「ええ。」
「そうなると、いずれ後続のジェットが詰まってしまいますよね。」
「はい。」
「すると、自動的に全域停止ブレーキが掛かかります。そうなれば、全ジェットが止まってしまうわけだから、追突とか転落とか、走行中に起き得る事故の可能性がゼロとなるわけです。」
「えー・・・。あ、でも、ボタン操作を一時うまくできないということは、コンピュータに故障があることの証しかもしれず・・・。あ、いや、コンピュータが故障しても全域停止ブレーキは作動するのだから、えーと・・・。」
私は自分の論点が途中で分からなくなってしまい、言葉を詰まらせた。
「すみません。まだ説明不足の点がありました。『ボタンを一時うまく操作できない』というのは、あくまで操作者側の観点です。コンピュータに不具合が発生したという意味ではありません。」言葉に詰まっている私をみて、チーフは補足した。
「そうなんですか?」
「ええ。押す人の指とパネルの間に、極めて短い瞬間ながらも、電位差が2度起き、コンピュータとしては正常に作動していることになります。」
「というと?」
「たとえば、0.1秒の間隔で指を動かすことができる超人的な運動神経の持ち主がいた、と仮定しましょう。この人がボタンを続けて2回押した。コンピュータもちゃんと応じ2回反応した。この例と結果的には同じというわけで、コンピュータの不具合とはならないのです。」
「なるほど・・・」
「それに、コンピュータの不具合が発生したら、全域停止ブレーキが掛かるように仕組まれているわけですから、このような現象すら起きません。」
「うーむ・・・。」
私はぐるぐる回るような理屈に、すっかり腕組みをした。
「まあ、施設運営部長にしてみれば、『全域停止ブレーキには安全上の意義があるのだから、それを自然に発揮させればいい』ということなのですよ。」
「それはそうですよねえ・・・。」
「しかし、我々にしてみれば、全域停止後のお客様への対応が大変なので、なるべく回避したいのです。特に、3時間以上の待ち列があるようなピークシーズンには・・・」



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