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小説式eラーニング 「ヒューマンエラー」 シンプルテキスト版 担当講師:蒔苗昌彦


●セクション32

 3日目。朝7時半。開園30分前。

 1台だけジェットを走らせ、試運転をしているようだった。散発する雷が遠くで鳴ったり近くで鳴ったり。それにも似た音で、ゴロゴロ・ゴロゴロ、と車庫内に響いていた。

 保全課員たちがまだ多く残っていた。一昨日、課長と私へ詳細な説明をしてくれた2人の課員。その後輩のほうも残っていた。車庫内の隅ですれちがう時、両目の充血が私を驚かせた。冷たく強いコントラストの光。その中での点検作業。目の負担は相当大きいのだろう。彼のほうは私の存在にすら気づかず、挨拶するタイミングを失った私は黙って例のテーブルへ向かっていった。

 課長もすぐ到着した。マネージャーは、他のライドで動作不良が発見された関係で、まだ到着していなかった。チーフはすでにスタンバイしていた。

 7人目。『発車係』が出勤し、インタビューが始まった。

 男性。パートタイマー。昨年四月から、祝日と毎週金土日、終日勤務。春休み、ゴールデンウィーク、夏休みのピークもこなしてきた。かなりのベテランといえよう。

 『発車係』は、連携の要となるポジション。降車側プラットホームにある操作盤の前に立つ。操作盤は、国家の首脳や報道官などが会見をする際によく用いる演台のような恰好でプラットホーム中央に設置してある。

・『降車係』から降車完了の合図がくる。(腕のアクションにて。)
    ↓
・空車ジェットを、ボタン操作にて乗車位置まで移動させる。
    ↓
・乗車完了次第、『乗車係』から合図がくる。(腕のアクションにて。)
    ↓
・乗車ジェットを、ボタン操作にて最終待機区画へと移動させる。

 通常時においては、以上の繰り返しである。

 最終待機区画では、リフト側へのジェット押し出しを自動発進システムが行なうので、『発車係』はジェットの位置移動に関与しない。『発車係』という名称は、本線そのものへジェットを発車させるような印象を与えるが、実質は、プラットホームから最終待機区画へ車体を移動させるだけである。

 異常時においては、たとえば腰抜けジェットが発生した場合・・・

・『降車係』からのその知らせを受ける。(腕のアクションにて。)
   ↓
・『乗車係』へ合図を送る。(腕のアクションにて。)
   ↓
・『最終確認係』と『モニター係』へ、車庫への引き込みを依頼する。(ヘッドセットフォーンにて。)
   ↓
・ボタン操作により、当該ジェットを、乗車位置まで移動させる。
   ↓
・さらに続けてボタン操作を行ない、最終待機区画へ移動させる。

 なお、最終待機区画まで腰抜けジェットが移動してしまえば、『発車係』としての責務は終了。あとは他のポジションの連携で、車庫内への引き込みが行なわれる。

 ちなみに、『発車係』が使う操作盤には、ローテクの旧来型ボタンしかない。ハイテクな監視室のタッチパネルとは異なる。「ばこん!」と叩き押す非常ボタンは、ここにも当然、付いている。

 復習を終えた私は、質問を開始した。

あなたが『発車係』に就いている間、腰抜けジェットから始まり、連続合計4台のジェットが車庫へ引き込まれたことになるが、認知しているか?
「はい。」

引き込みはスムーズにいったか?
「はい。」

3台目と4台目の引き込み理由は、全域停止ブレーキの作動を回避するため、と聞いているが?
「はい。」

この判断をしたのは誰?
「私です。」

最終待機区画の自動発進システムが『再開』できなかった事、つまりdeparture inhibit をdeparture habitへと切り替えできなかった事を、『モニター係』から相談されての判断か?
「はい。そうです。自動発進の再開が遅れている様子、私の位置からも見えましたので、『モニター係』へ問い合わせたところ、相談を受けました。」

あなた自身が『モニター係』に就いた経験は?
「数え切れないほどあります。」

その時に、今回のような体験をしたことがあるか? つまり、いったん解除した自動発進システムを、再開させることができなかった経験は?
「一度もありません。」

それなのに、今回の『モニター係』からの相談の意味、理解できたのか?
「はい。そうした現象が起きる可能性については、新人時代から聞かされていたので。一瞬考え込みましたが、すぐ理解しました。」

では、少しは戸惑った、ということ?
「そう言われてみれば、ちょっと戸惑ったかもしれません。しかし、それは3台目のジェットに関してだけで、4台目については迅速に判断できたと思っています。」

管制情報室へ『モニター係』が確認した結果、コンピュータに異常なしと伝えられたことは知っていたか?
「はい。ヘッドセットフォーンの会話で知りました。しかし、そのことよりも、4台目の引き込みのすぐあと、P君からの連絡で車庫内の労災発生を知り、そちらのほうに気を囚われてしまい・・・。操作盤から離れることができない自分としては、正直、焦ってしまいました。何もしてあげられないので・・・。」

何もしてあげられないと言うが、少なくとも医務室への通報をしたのでは?
「あっ! いけない! 医務室の通報、忘れました! チーフをつかまえて事故発生を伝言するよう、あちこちへ内線を掛けたりはしたのですが・・・ 申し訳ありません!」

「えー。じゃ、いったい誰が通報したの?」
 課長は昨日17時のインタビューに参加しなかったため、自動発進システム再開の件はフォローできていないようだが、この医務室通報の謎には気がついたようだ。
「そうですねえ・・・。誰が通報してくれたのでしょう?」『発車係』としても自分が通報しなかったわけだから、答えは知らない。
「誰が通報したかは別にして、産業医と看護師はちゃんと現場に来てくれたのだから・・・。 気にしなくていいよ。」そう言ってからチーフは、『発車係』をローテーションへ戻した。

「でも、なんかすっきりしないから、チーフ、調べておいてくれない?」課長は頼んだ。
「そうですね。皆に聞いて回ってみます。」チーフは了解した。
「忙しいところ悪いけど、よろしく。結果は、次のインタビューの時にでも教えてくれればいいから。えーと、次が最後だったね。時間は・・・」
「時間は13時。『最終確認係』です。今のところ、欠勤遅刻の連絡は来ていませんので、予定通り実施できると思います。では、現場を一周してきますので、またのちほど・・・。」

 このあと課長は、A子さんの移送に立ち会うことになっていた。受け入れ先の大学病院のほうでも立ち会うが、移送用自動車へ一緒に乗り込むわけではないので、救急病院からの出立を見送った後、電車で大学病院へ向かうという。
「ぎりぎり戻ってこれると思うけど、もし遅れたら、またよろしくね。」
 課長はそう言ってバックヤード通用門で私と別れた。

 私はシャトルバスで本部ビルに戻った。小会議室にこもり、これまで収集した情報の整理をした。叔父のレクチャーで念を押された1H5Wをもらすことのないよう、パソコンでの作表にその列を加え、メモから該当情報を転記していった。
 私にとっては生まれて始めての膨大な情報の整理。なかなか進まないまま、すぐ12時となった。昼食はインタビューの後に回すことにして、ぎりぎりまでノートパソコンに向かった。

<次セクションへ続く>

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