「人事制度の構築と運営・運用の方法」(MM式チームワーク主義育成型人事制度 フリーWebカレッジ


フリーWebカレッジ 組織運営学科 コース000070「人事制度の構築と運営・運用の方法」 担当講師:蒔苗昌彦


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<パート4>

●セクション5「導入検討時に発生しがちな論議」

なにも当コースが述べる人事制度でなくとも、人事制度の導入や大幅改定は大変デリケートな課題であるゆえ、様々な論議が起きるものだ。特に、労働組合が活発な組織においては、実に幅広く多様な論議が起きる。

事細かな論議に関する説明はセクション6のQ&Aコーナーにて詳しく行うこととし、当セクションでは、特に発生しがちな論議を以下に二つ紹介し、私の意見を述べる。

1.定量評価を行えば主観が排除できるといった論議

人間には能力や価値観の差があり、役職・職制も同様であるゆえ、考課者の主観を完全排除できる定量評価手法を用いるべき・・・といった類の論議。

この論議は、単に客観的な評価基準を設けようということではなく、「評価者の主観の完全排除」という強い願望に基づくものである。この願望は評価者、つまり役職・職制に就く人たちの評価眼に対する不信感から発生するものだと思う。だが、たとえこの願望は満たしようにも満たしようがない。少なくとも私が知る限り、それは不可能だ。

或る人は、「そんなことはない。たとえばオリンピックのフィギアスケートでも、評価を点数表示するではないか。つまり定量評価するではないか。だから、人事考課においてもやってできないことはない」といった反論をする。

たしかにオリンピックのTV放送を見ていると点数評価(定量評価)をしている。しかし、それは決して「評価者の主観の完全排除」をしたものではない。

Webでの記事を見てもスケート協会としては客観的な基準作りに努力していることがわかるが、それは「なるべく客観的」にする努力であり、百パーセントの客観評価を保証しているわけではない。むしろ逆に、審判(評価者)が持つ極めて高い評価能力、長い経験、絶大な権威と信頼性、強い責任感等を信用しての評価であろう。評価点数は、あくまで評価結果の表現手段であるはすだ。※1

上述のような反論をする人は、おそらく、点数評価(定量評価)をすることはすなわち数学的 → 数学的ということは科学的 → 科学的ということは完全客観である、といった連想をして、フィギアスケートにおける評価の定量表現を引き合いに出すのであろう。だが、その連想は誤りである。

人事制度においても、考課をする人、つまり役職・職制の主観による判断力に対する信頼を前提とする。決して、この信頼ができない人を役職・職制に任命してはならない。

ただし、信頼できるという判断が誤る確率はゼロではない。時には、信頼を損ねるような人を役職・職制に就けてしまい、妥当性に欠く人事考課がされるケースも発生しよう。当然、そうした発生率は少しでも低く抑えるべきだから、評価基準の明確化・精緻化、客観性の向上を図るべきである。しかし、だからと言って、主観の完全排除、完全客観を保証する評価を求めるのは行き過ぎで、たとえ数値により定量表現したところで実現するわけでもない。実現しようがないことで論議を続けるのは時間の浪費ゆえ、なるべく早く終えるよう説得しよう。説得のためには、次の点を相手へ伝えよう。

・人事考課は役職や職制に任命した人の主観による判断力に対する信頼を前提と
 して成り立つ

・時には信頼を損ねるような人を役職・職制に就けてしまう可能性はあるので、
 評価基準の明確化・精緻化、客観性の向上は図るべきである

・しかし、だからと言って主観の完全排除、完全客観を保証する評価を求めるの
 は行き過ぎ

・たとえ数値により定量表現する手法を行ったところで評価者の主観を完全に
 排除することは不可能。評価者の主観的判断が必要なことには変わりない

・たとえ数値により定量表現する手法を導入するとしても、それによって主観の
 完全排除、完全客観を保証する評価ができたとの誤解はしないように

・つまり、数値による定量表現と、主観の完全排除・完全客観の保証とは、関係
 性がない

以上だが、それでも主観の完全排除・完全客観の保証を要求する人には、要求者の自己責任にて、自己の要求を実現できる手法を探し当てるか、新規開発してもらうしかない。

なお、もし探し当てるか新規開発したら、日本国内のみならず世界中に爆発的に流行し、人間社会の永遠のスタンダードとなること必至だ。ノーベル賞どころでは足りないほどの功績となろう。

2.部下側から上司の人事考課をしようといった論議

この論議も、役職・職制に就く人たちに対する不信感から発生するものだと私は受け止めている。

前項でも述べたように、人事考課は役職や職制に任命した人の主観的判断力に対する信頼を前提として成り立つ。それゆえ、不信感がある以上は、それを少しでも減らすべく対策を講じる必要がある。しかし、だからと言って、部下側から上司の人事考課をするのは、組織運営の指揮系統を乱すことになるとの理由において、私は反対である。

ただし、役職・職制に就く人の自己啓発のための参考情報として、いわゆる多面評価(360度評価)をしようという考えには、反対するつもりはない。だが、あくまでもそれは本人だけに手渡す参考情報であり、人事考課の情報として公式採用し、たとえば当コースが述べる人事制度の「昇級候補者選定基準」の一要素とするようなことは、私ならばしない。

どうしても部下側からの評価を人事制度に反映したいのであれば、反映の比率をよほど低く抑えるべきだと私は思う。が、当コースの人事制度はそうした手法を採用してていないため、反映比率の計算式を私は提示できない。

いずれにしても、「部下側から上司を人事考課する制度とすれば、役職・職制に就く人たちに対する不信感が解消される」との着想があるのならばそれは捨て去るべき、と私は思う。

では、その他の論議に関する説明はセクション6のQ&Aコーナーにて行うこととさせて頂き、次のセクションへ移る。

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※1

たしかに何回転のジャンプをするとか、転倒をしたか・否かとかいうような、誰の目からも物理的事実を確認できる事については、完全な客観基準を作ることができる。

しかし、「要素のつなぎ 」「演技力 」「振付け 」「曲の解釈 」については誰が観ても完全一致する基準は作ることができないだろう。

だいたい、もしも、これらの評価基準においても誰が観ても完全一致する基準を作ることができるのならば、高い評価能力・長い経験を持つ審判に依頼せずとも、その辺の素人でも評価が可能となる。素人ではなく、評価能力が世界で最も高い人に審判を任せるのも、その客観性のみならず主観による判断力に対しても信頼を寄せているからこそであろう。

 
 
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●制作・著作:蒔苗昌彦(担当講師)

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