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「がんばれ!だめお。国際ビジネス奔走記」  NPO法人 フリーWebカレッジ  蒔苗昌彦


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 初参加となる会議は、金星広告の本社ビルで行われた。

 ロビーで藻鷹さんと待ち合わせたが、ともかく僕は遅刻心配症である。三十分以上も前に行き、ベンチに座って待った。

 右手には玄関、反対側にはエレベーターがあり、出入りする人たちがよく見えた。皆、その辺で見かけるサラリーマンよりこざっぱりした格好をしていた。そして、独特の慌ただしさを持っていた。ロビーの中央の壁には「超現代のインテグレードクリエーター/金星広告グループ」と書かれた大きな看板が掲げてあった。

 面接の時と同じ笑顔を浮かべ、藻鷹さんはやってきた。改めてその姿を見てみると、僕のスーツほどではないもののやはり安っぽいスーツがパンパンに張るほど太っていて、不健康そうに見えた。

 会議はすでに始まっていた。

「こんちわ!」

 藻鷹さんはノックもせずドアを開け会議室に入っていった。部屋は二十人近くの人で埋まっていたが誰一人気に留めず会議を続けた。妙に感じたが、スピード印刷の名刺を処分してしまった僕にはかえって都合が良かった。

 テーブルの中央には大男が座っていた。四十代半ばぐらいで、ほどよく太っていた。上唇の輪郭に沿って口ひげを生やし、いかにも高級な服を着ていた。態度はゆったりとして、早口になることも無かった。この人がプロデューサー、つまり、藻鷹さんの元上司の尾倉浜さんであることは紹介されなくてもすぐ見分けることができた。

(やっぱり男は貫録か・・・)

 

 サラリーマンに成り立ての頃、東京郊外の高尾山に登ったことがある。登ったと言うには語弊があるほどなだらかな山だったが、その際、山腹にある猿園に立ち寄った。そこで、僕はボス猿をすぐ見分けることができた。圧倒的な貫録があったからである。

 その猿を遠め控えめに眺めていると、年配の係員がやってきて猿集団の生態をレクチャーしてくれた。

「貫録は外見だけじゃないんですよ。先日も野生の猿が園に侵入しようとした時、先頭切って戦ったのはあのボスですからね。権限も持つけれど、責任も果たすということですね」

 サラリーマンを定年退職した後に今の職務に就いたという係員は、こうレクチャーを締めくくり、意味深けな笑顔でウインクをした。

(尾倉浜プロデューサーはどうなのだろう? 高尾山のボス猿のように責任感もあるのかな・・・)

 初対面での敬意を表する意味でも、僕は肯定的に想像してみた。だが、期待が外れたらガッカリすると思って考えるのはやめた。どのみち僕は単なる記録係である。

 

 それにしても貫録の効果には感心した。会議に出席している全員が、尾倉浜さんを軸に回っている。

(僕にも貫録があったら、祥子ちゃんを惹き付けることができたのかなあ・・・)

 そう思った僕は、尾倉浜さんをよく観察することにした。演劇学校に通ってでも貫録を身につけるべきかもしれないところ、彼から学べば である。猿園以来の良い機会だ。

 二十分もすると、話し方の癖を知った。部下を特定して話しかける時に、必ず「おまえなあ」という枕詞から切り出す。親しみをこめて言っているのか、相手を見下して言っているのか、僕には判断つかなかった。が、考えてみれば高校生や大学生などにも見い出せる平凡な言い回しである。

「おまえなあ」と言われる人間は合計三人いたが、なぜ彼らがプロデューサーの部下だと判ったかと言えば、それは簡単。尾倉浜さんより若いこともあったが、言われる都度、ニヤニヤヘコヘコしているからでもある。だが、彼らが親しみを感じてニヤニヤしているのか、恐れおののいてヘコヘコしているのかは、今ひとつ不明であった。

 

 会議に参加し一時間ほど経った。ようやく話が見えてきた。

 或る中堅企業が北米商圏進出のため、近々、カルフォルニアとメキシコに新工場を完成させるらしい。お披露目として、日本から来賓を多数招き記念イベントを行なう。社長の肝入りプロジェクトだそうだ。

 このイベントの丸請け仕事を、神奈川支局の営業部長が取ってきた。それも、企画書も見積書も出さずして取ってきた。どうやら、これは相当の営業力らしい。

 その営業部長も会議に参加していた。「佐加」という名で、五十過ぎのいかにも大会社の営業マンといった感じだった。濃紺のスーツをキッチリ着込み、短めの髪をポマードでピッタリ貼り付け、上着の襟には金星広告グループのものであろう社章のバッジを付けている。接待営業をやらせたら超一流。そう思わせるような、徹底的にへりくだった雰囲気を漂わせていた。

 仕事を取った佐加さんは、さっそく本社制作局のイベント部門に打診した。ところが、沢山のプロデューサーがいるにもかかわらず、誰一人乗ってこない。日本・米国・メキシコでの三国に渡るという点。そして、それゆえに制作費用が見当つかないという点。準備期間があまりないという点。これらのリスクを恐れたらしい。弱り果てた佐加さんは、金星広告社の子会社「金星催事社」をあたった。ここにもプロデューサーは沢山いるのだが、立ち上がったのは尾倉浜さん一人だったのだ。なにしろ、並みいる競合他社を押しのけての受注である。だから年配の佐加さんまで部下のようにニヤニヤヘコヘコしていた。

 僕はイベントの専門家ではなかったが、米国からノウハウを受けた事業に関わっていたせいだろう。メキシコはさておき、米国で実施するという点には特に抵抗を感じなかった。しかし、クライアントへ見積書を出していないという点は、気になった。なにしろボランティア活動じゃない。ビジネスである。

 が、どのみち僕は記録係である。藻鷹さんが言う通り、プロデューサーが会議で決めたことを文書に書き起すだけが仕事だ。余計なことを考えるのは止め、記録に専念した。

 

 結局、会議は五時間を超えた。僕を除く全員が意見を言ったが、プロデューサーは誰の意見もとり入れず、自分の言う通りとした。

(なんだ。これなら単独インタビューすれば済むことじゃないか。大勢集るだけ、人件費の無駄だ)と僕は思った。

 それに、尾倉浜さんのプランは特段複雑なものではなかった。

 カルフォルニアとメキシコの新工場を風船やリボンで飾る。参列者が工場を見学した後、カルフォルニアでは近くのホテルでパーティー。メキシコでは工場近隣にホテルがないらしく、倉庫の中を飾って立食パーティー。それぞれ地元にゆかりのある有名バンドがパーティの目玉となる。日本から多数連れて行く予定の来賓には、ラスベガスやサンフランシスコなどへの旅行を加える。イベント自体は大して面白いものではないから、観光をたっぷり楽しんでもらおうという企画である。移動手段や宿泊の手配等は一切、現地の日系旅行代理店に任せる。こんなぐあいだ。

 会議終了時、ようやく藻鷹さんは僕の名前と役割を皆に紹介してくれた。が、会議室に入った時同様、誰ひとり関心を示さなかった。

「田中さん、分かりました?」

 会議室から出た後、藻鷹さんに確認された。

「はい」

 僕は答えた。そしてそのまま別れた。

 企画段階なので、実施職務分掌マニュアルまで作る必要はない。だからその日の夜にワープロしまった。ただ、フローチャートをどうやって複雑怪奇にしたらいいのか分からない。藻鷹さんに相談することにして、手をつけなかった。

 

 翌日、完全企画社のオフィスで、藻鷹さんはさらりと目を通した。

「あのう、まだフローチャートを書いてないんですが・・・」

「そうですねえ、こっちで適当に作って添付しておきますよ」

(やっぱり適当でいいんだなあ、フローチャートは・・・)

 藻鷹さんは企画書を閉じると、意外にもすんなり三万円と交通費を払ってくれた。たった一人の女性社員は経理も担当しているようで、源泉分を抜いて封筒に入れてくれた。僕はお礼を言って受け取った。

 魚のアラの臭い。深夜のカラオケ。完全北向き。風呂なし。ついでに、近くで電車が轟音を立てる。安いための諸条件が揃っている僕の部屋は、当時の独身サラリーマンが住むアパートの平均家賃よりずっと低かった。

(これで来月の家賃が払える!)

 ホッとした。企画書1本三万円が適正価格かどうか判らなかったが、少なくとも一ケ月、住む所を失わずに済むわけだ。

「ところで田中さん。来週、尾倉浜さんがクライアントへ企画プレゼンしに行くそうなんですが、同行してやってくれませんか」

 藻鷹さん自身は別件で行けない。僕一人で行くようにとの依頼である。初回にすんなり三万円くれたほどだ。さらに期待して僕は引き受けた。

<次の章へ続く> 

 
  書評 by 大森望氏(書評家・翻訳家) 

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2006年10月22日

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