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「がんばれ!だめお。国際ビジネス奔走記」  NPO法人 フリーWebカレッジ  蒔苗昌彦


 5

 クライントの本社は、富士山の裾野に近い工場団地にあった。広大な敷地は林に囲まれ、団地とはいえ隣りの工場や社屋は見えない。この世に富士山とその会社だけが存在する、といった景色だった。

 試験場の実技がノークラッチの90ccだった時代に取った自動二輪免許は持っていたが四輪免許は持っていなかった僕は、小田急線の御殿場駅からタクシーで行った。尾倉浜さんや彼の部下たちは各人の車で向かい、会社の正面玄関に集合する段取りとなっていた。

 例によって遅刻心配症の僕は、待ち合わせ時刻より1時間以上早く現地に着いたが、初めて見る大きな富士山を眺めていたら、時はすぐ流れた。

 

 車はまとめて到着した。インターチェンジで合流したらしい。尾倉浜さんと彼の直属部下三名。神奈川支局の営業部長の佐加さん。加えて、新しいメンツとして佐加さんの部下二名。僕を含めると計八名にもなった。

 尾倉浜さんが先頭。記録係の僕はどん尻。ぞろぞろ八名で社屋に入り会議室へ案内される様子は、まるで金魚糞の軍団といった感じだった。先日の結婚式でも僕は祥子ちゃんの後に付いて行ったわけだが、その時とは大違いだ。それとの落差で、ひどく惨めな気持ちになってしまった。

(どうしてこんな大勢で押しかけなければならないのだろう? プロデューサーと営業部長はさておき、他の人間たちに何か具体的な役割はあるのだろうか?・・・)

 しかし、広い会議室に入ったとたん、なぜ軍団を結成する必要があるのか、理由を知った。クライント側も軍団を編成し、待ち受けていたのである。それも十人を越える大編成だ。

(なるほど、金魚の糞に対しては金魚の糞だ。ましてや、こちらは仕事をもらう側である。多勢に無勢じゃビビってしまう。金魚の糞にも立派な役割があったのだ!)

 僕の惨めな気持ちは少し和らいだ。

 

 それにしても、尾倉浜プロデューサーの貫録は大したものだった。たとえ金魚糞に支えられているにしてもだ。部下が企画書を配った後、大勢の人数など全く気に止めない様子で悠然と説明をし、「何かご質問はありますか?」と話を終えた。

 クライント側のリーダーは常務取締役兼総務部長だった。創業者自身が社長だそうで、この総務部長は社長の実弟であった。どうやら苦労したのは社長だけらしく、五十も終盤と思われる弟さんは栄養がたっぷり行き届いたノンビリした感じの人である。

「ところで費用はどのぐらいなんでしょうかねえ・・・」総務部長は訊いてきた。

(あ、やっぱり・・・。どんなノンビリした人だって、そのぐらい考えるはずだよなあ)

 どんな風に答えるのか興味深々だ。僕の視線は否が応でも尾倉浜さんの顔に向いた。が、彼は表情を変えずに言ってのけた。

「いかんせんアメリカとメキシコで行うことなので、今の段階では全く判らんのですよ」

 この尾倉浜様が判らないのなら他の誰に判るのだ、といった雰囲気が室内に溢れた。

 心配そうに様子を見ていた佐加営業部長は、満面の笑みに転じた。尾倉浜さんは実力プロデューサーという役柄を営業サイドの期待通りに演じたのである。

「ということでございまして、うちの尾倉浜にお任せ頂ければ、万事滞りなく進むものと思います」

 佐加営業部長は得意顔で締めくくった。

 クライアント側もすっかり感心した。が、たぶん話の内容にではなく、尾倉浜さんの貫録にであろう。いずれにしても誰一人突っ込みを入れなかった。

「遠いところお越し頂きご苦労さまでした。お食事を用意しておきましたので、どうぞ召し上がっていってください」

 栄養の行き届いた総務部長は嬉しそうに言った。まるで食事をするのが会議の主目的で、打ち合わせは腹をすかせるための準備運動。そんな感じだった。

 総務部長が合図をすると女性社員たちが運び込んだ。豪華な幕の内弁当。エビフライやらヒレカツやら。どよめいた二つの金魚糞軍団は、後は仕事と全く関係のない話をしながら総掛かりで食べた。ぎりぎりの生活でろくな物を食べていなかった僕は、もちろん誰よりもがっついた。

 

 クライアント側が突っ込みを入れなかったため、企画書の修正作業は発生しなかった。が、気になるのはやはり費用見積もり。でも、単なる記録係の僕にはどうしようもない。

 その後も、金星催事社で何度か会議を行なった。内部会議なのでクライアント側からは誰も出席しない。いつも通り、会議は尾倉浜さんの独壇場だった。だが、彼は肝心なイベントについては簡単にしか触れず、日本から招待する人たちに用意する観光旅行のことばかり話した。

 ラスベガスで泊まるホテルはフラミンゴではなくヒルトンにしようか迷っているだの、サンディエゴでの夕食はオールドタウンのメキシカンレストランにするかマリリン・モンローが出演した「紳士は金髪がお好き」のロケで使われたホテルにするか悩んでいる等々。仕舞いには昨年ヨーロッパを巡った時には、こんなホテルがあっただの、あんなレストランがあっただの、それに比べカリフォルニアのサービス品質は今ひとつだの、等々。

 こうした話を聞かされても企画書に仕立てようがないし、だいたい観光は旅行代理店に任せることになっている。そうは思ったものの、記録係としては黙って話を聞き、言った通り書き留めておくしかなかった。が、何にしても、尾倉浜さんは海外旅行が大好きらしい。おかげで僕は、海外どころか国内の旅行もしたことがないにもかかわらず観光にすっかり詳しくなってしまった。

 完全企画社の藻鷹さんは、本件、初回の会議に同行したきりで、僕へ任せたままだった。他の仕事で忙しく、それどころではなかったのである。でも、日当と交通費はきちんと払ってくれた。だから僕は安心して会議に出続けた。

 尾倉浜さんとは、クライアントのところで幕の内弁当を食べた時を除き、一緒に食事したり酒を飲んだりする機会もなく過ぎた。とはいえ、さすが会議回数を重ねたので顔と名前は覚えてもらえた。そして、いつのまにやら、尾倉浜さんは僕に対しても「おまえなあ」との枕詞を使うようになった。自分が言われる段になってみても、やはり、彼が親しみを込めて言っているのか見下して言っているのか今ひとつ不明だったが、いずれにしてもこれで「外の人間」から「内の人間」へ昇格したようだった。

 イベント予算は相変わらず不明のままだった。もう少し正確に言えば、「プロデューサーの腹の中ではちゃんと計算ができているのだろうから大丈夫」と関係者全員が信じている状態だった。尾倉浜さんが「すべては俺に任せておけ」という態度に徹していたから、そんな幻想が成立していたのである。

「おまえなあ」と呼んでもらえるようになり、少し馴れ馴れしくできるようになった僕は、ある時、予算について質問してみた。すると、尾倉浜さんはギョロリ睨みつけ、「バカ! プロデューサーは俺だぞ。そんなことは俺が自分で心配する。記録係のおまえはただ俺が決めたことを書き留めておきゃいいんだよ」と怒鳴った。

(そりゃそうだ。そのためにプロデューサーがいて記録係がいるんだからな。これが役割分担というものさ・・・)

 僕は改めて納得した。

 ちなみにこの時初めて「バカ」と呼ばれたが、彼が激怒したようには見えなかったので、この「バカ」という言葉も「おまえなあ」という言葉同様、内の人間に対する口癖なのだろうと解釈し、気にしないことにした。

 

 ところで、尾倉浜さんには秘書がいた。夕方になると二人は必ず一緒に帰る。

「秘書ではなく愛人では?・・・」僕は下種の勘ぐりを始めた。なんせ、尾倉浜さんは貫禄がある。ブランドの服も似合っているし、何よりも高級車にも乗っている。女性にモテても当然だ。

 尾倉浜さんの机のそばには、部下たちの机の島とは別に、秘書用という設定の机があり、英文タイプを打ったりしていた。他のプロデューサーには秘書などいない。国際イベントを引き受ける尾倉浜プロデューサーだけの特例であった。

 愛人と勘ぐることができるだけあり、彼女は美しい面立ちだった。大男の尾倉浜さんとも釣り合いが取れるほど背も高かった。僕より年上で、三十代中盤だろう。

 僕がこの勘ぐりに確信を持てたのは、金魚糞軍団がカルフォルニアへ下見に行くことになった時である。その際、尾倉浜さんと秘書が二人だけで三日早く行き、三日遅く帰る旅程となっていたからだ。軍団のスケジュールは、二人のスケジュールにサンドウィッチされていたのである。

「これは何も特別なことではありませんよ」

 アシスタント・プロデューサーの蚊西君が説明してくれた。二ケ月ほど前にも、何かの博覧会に関連したイベント計画を練るためと言って、二人でスペインへ旅したそうである。

 しかし、この勘ぐりが当っているかどうかは問題ではなかった。なぜなら、彼女は美人で優しい感じだったものの、僕の好みのタイプではなかったから。それに、なんとこの僕までが、金魚糞軍団の一員としてカルフォルニアへ行けることになったからだ。

(単なる記録係がカルフォルニアに?!)

 予期せぬ渡航に僕は歓喜した。

 

 夢のカルフォルニア。

 僕は、米国企業からノウハウを受ける会社に勤め来日した数多くの米国人から直接指導を受けた経験は持っていても、米国本土に足を踏み入れたことは一度もなかった。

 中学生の時はディズニーランドのアナハイム。高校生の時はフラワームーブメントの香りが残るサンフランシスコ。大学生の時は映画の都ハリウッド。憧れ続けた彼の地だ。

「そんなに行きたきゃ、さっさと行けばいいじゃないか!」そう思う人は多いだろう。なにしろ当時から旅費は下がる一方だった。下手すれば国内よりも海外のほうが安い。辞めた会社でも入社したての女の子たちが、原宿にでも出掛けていくような手軽な感覚で渡航していた。

 しかし、僕には新入社員ほどの財力すら無かった。なぜならば苦学に耐えきれず手を出してしまった学生向けヤミ金融をやっとこさ普通の消費者金融に切り替えたものの、月給の半分近くが利子と元金返済に回っていたからである。だから、働いていても余裕など全くなかった。もし旅行を強行したら、過剰債務で破産してしまったことあろう。それに、金があるなら四輪免許を取るほうが先決だった。なにしろ当時は、「恋人を作るためにはデートをしなければならない。デートをするには車がいる。車に乗るには免許がいる」との思い込みが激しく、旅行など海外だろうと国内だろうと夢のまた夢。実際、当時の僕はロサンゼルスの丘の「HOLLYWOOD」の看板どころか、奈良の大仏ですら拝んだことがなかった。

 とにもかくにも、尾倉浜プロデューサー様さま、仏さまだ。イベント予算が不明であろうと、愛人を何人かかえていようと、知ったこっちゃない。生涯憧れ、生涯行くことができないだろうと諦めていたカルフォルニアに、彼のおかげで旅立てるのだ!

<次の章へ続く> 

 
  書評 by 大森望氏(書評家・翻訳家) 

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2006年10月22日

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