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「がんばれ!だめお。国際ビジネス奔走記」  NPO法人 フリーWebカレッジ  蒔苗昌彦


 6

 おなじみ金魚糞軍団。その全員で渡米するものかと思い込んでいた僕は、成田空港に集合して二つ驚いた。

 一つは、神奈川支局の佐加さんとその部下たち、つまり営業部隊が来ていないこと。

 が、考えてみれば、制作は尾倉浜さんに任せられている。制作のための下見に、営業マンたちが同行する必要もあるまい。なにしろ競争の激しい業界である。営業しなければならない会社は、他にも沢山あるのだ。すんなり納得できたからこちらの驚きは小さかった。

 もう一つの驚きは大きかった。営業部隊の代わりに、なんとギャル部隊がいたのである!

 

 例によって遅刻心配症の僕は集合時間より二時間も早く成田に着いたのだが、なぜかアシスタントプロデューサーたちはそれよりも早く着いていた。当初三人いたアシスタントプロデューサーは二人に減っていた。渡米直前、一人が別件の専任となってしまったのである。蚊西君は残った二人のうちの一人だった。

 蚊西君も口ヒゲを生やしていたが、尾倉浜さんのような口ヒゲではなかった。尾倉浜さんのは上唇に沿って生えているが、蚊西君のはチャップリンのように鼻の下にだけちょこんとある。そのチョビヒゲと一緒に普段から嬉しそうな顔をしている蚊西君だったが、この時はいつもの何百倍も嬉しそうな顔をしていた。そのため、ごったがえした空港の中でも、百メートル以上遠くから発見できた。

 五十メートルぐらいに近づくと、蚊西君が若い女の子たちと会話しているのが判った。

(たまたまそばにいる団体旅行の女の子でもからかっているのかな?)

 二十メートルぐらいに近づくと、随分と馴れ馴れしくしていることが判った。

(からかっているのではなく、軟派しているのかな?)

 十メートルぐらいに近づいた時・・・、

(まさか、もしや、ひょっとして!)と僕は浮き足立った。

 駆け寄った僕に、蚊西君が彼女たちを紹介してくれた。そして、いきさつを説明した。

 彼女たちは、ばく転や側転など生身のジャンプ回転技をふんだんに取り入れたアクロバットショーを行うスペシャリスト「回転ガールズ」。組織化した団体があるそうで、尾倉浜さんがスポーツイベントの関係で接点ができた。たまたま来週、カルフォルニアで関連団体のコンベンションがあり、尾倉浜さんもそこへ行くのだが、秘書と先行して渡米した。だから、「子守り役」兼「ボディガード」として一緒に移動せよ、とのご命令なのである。

(「たまたま来週」かあ・・・)

 彼女たちの中に一人、尾倉浜さんの秘書に似たタイプの大型美人を見つけた僕は、二号では飽き足らず三号を物色中なのでは?・・・と、またも下種の勘ぐりをしてしまった。が、すぐに止めた。だって、元気で明るいギャルたちと一緒に、夢のカルフォルニアへ出発するのだもの。僕は蚊西君のさらに何百倍も嬉しくなってしまった。

 

 男性はアシスタントプロデューサー二人と僕の、合計三人。回転ガールたちは全部で六人。全員ビジネスクラスだった。旅行もさることながら、飛行機に乗るのも初めてだった僕は、「ビジネス目的の人は皆ビジネスクラス」「エコノミークラスはレジャー専用」という取り決めがあるものと誤解した。

 チェックインの後、座席が判明した。搭乗口手前の待ち合いロビーでは、誰もが自然と隣り合う予定の人と一緒に腰掛け、搭乗の時刻を待った。

 尾倉浜さんの第三号候補らしき大型美人は蚊西君の隣りだった。僕は、僕の背丈に合うトランジスタ美人の隣りだった。飛行機の準備が遅れた関係で、ロビーで長いこと時間を過ごした。それはあたかも、機中隣り合う男女のために流れる序奏曲のようであった。

 今となっては、彼女の笑顔は覚えていても名前は覚えていない。話す時も聴く時も笑みを絶やさない態度、鍛えられた筋肉に支えられたすっくとした姿勢、テンポの良いさわやな話し方。フライト中、とっても楽しませてくれた。そのせいで、接遇の手本と言われる客室乗務員のサービスを逐一観察するという重大計画をすっかり忘れてしまった。

 

 機中、彼女は自分たちの団体の活動について話してくれた。

 全員選び抜かれた集団で、当時ますます盛んになっていくスポーツ業界やイベント業界を見込み、営利活動を開始すべく準備中。発注があればスポーツやイベントの種類に関係なく、アトラクションを行なう。加入条件は、成人であること、アマチュアコンテストでかなりの成績をあげていること、出来高のタレント契約を結ぶことの三点である。

 彼女は活動計画について十分に説明してくれたものの、尾倉浜さんが団体に関わってきた経緯についてはよく知らなかった。比較的最近、入団したせいだろうか。いずれにしても尾倉浜さんの側から関わりを持ったようである。

 

 ビジネスクラスが飲酒 であることは、飛行機が初めての僕は知らなかった。彼女はワインをすいすい飲んだが全然酔わなかった。運動不足の僕はどんどん酔っていった。

 団体活動のことのほか、実技についても詳しく話してくれた。新体操、チアリーダー、バトンガール等の存在は知っていたが、回転ガールなどという存在は全く知らなかった僕は驚いた。失敗すれば重傷か死亡という超危険な競技で、中国雑技団も舌を巻くほどのアクロバットショーらしい。

「ずいぶん身体を鍛えているんだろうね」

「写真見ます?」

 彼女はちょっぴり恥ずかしそうに、でも、いたずらっぽく、バッグから水着写真を取り出した。それは、どこか外国のホテルのプールサイドで恋人らしき男の子と一緒に写っているショットだった。

「あ、すごい。よく見せて!」

 酔って度胸がついた僕は彼女の手から写真を奪い取った。そして、時間を掛けてマジマジとその写真を見た。彼氏のほうは特に体を鍛えていないようで、ずいぶんと痩せていた。それに比べ、彼女の水着姿は、わざわざ見せてくれる価値があるものだった。全く無駄のないスラッとした体。黒地にメタリックな赤のストライプが入ったシャープなデザインのハイレグ水着。ギンギンの太陽光を見事に再現した光沢写真なこともあって、コンピュータグラフィックスで描かれた理想のスポーツウーマン体型、といった感じだ。写真のバストは引き締まっている。スポーツ体型ゆえ当然だ。さらに酔いが回ってしまった僕は、写真だけではなく本物もそうなのかどうか確認しようと思い立ち、彼女の胸の辺りを眺め回した。その間も、彼女は笑顔を絶やさなかった。

(気があるのかな?・・・)

 いよいよそう思い込んだ僕は、彼女の手を握りホッペにチューしたいという衝動に駆られた。

 その瞬間、通路側に座っていた僕の脇を、タイトなスカートがよく似合う客室乗務員が通り抜けて行った。その後姿を見て、ふと、「空飛ぶマザコン室」といったサブタイトルがついた新聞の記事を思い出してしまった。

 それはこの職務ならではの接客苦労話を取材した連載記事だった。旅客機という閉鎖空間に長時間いるうち、男性乗客が、親切な乗務員や隣席の異性に対して勘違いするという実態を報道したかったようで、たとえば相手がやむなく愛想よくしているだけなのに、恋愛の情を寄せてくれているものと勘違いすることなど記者は指摘していた。また、男性自身ですら一時的な情であり本気じゃないのに、あたかも永遠の異性が登場したかのような勘違いすることも記者は指摘していた。そして、相手の都合を考えずマザコンよろしく甘え出す。中には感極まって泣き出す男性も・・・。だから、長距離国際便は空飛ぶマザコン室なのだそうだ。

 

(じゃあ、「車でデートすりゃ、女の子はイチコロさ」という男たちの定説はどうなっているんだ。閉鎖空間効果で相手に過剰な好意を抱くのは、男性側だけじゃないぞ!)

 車どころか四輪免許すら持っていないにもかかわらず、僕は心の中で反論した。しかし、もう遅かった。手を握りホッペにチューしようとする衝動は過ぎ去ってしまった。少なくとも当時の僕には、こうした行為は衝動無くして不可能だった。異性に対する計画的な行動能力は持ち合わせていなかったのである。

 

(その1、飛行機の中で隣りの異性と酒を飲む時は、「かんぱあ〜い」と言葉尻を甘ったるく延ばした発声はしないこと。その2、たとえ彼氏と手をつないでいる写真であっても水着写真を見せたりしないこと)

 心の中で彼女に訓示を与えてから、到着まで三時間余り、僕は眠りについた。

 夢か現実か。僕は彼女の肩に頭を乗せて眠った気がする。そして、彼女に毛布を掛けてもらった気がする。あたかも、若き母親が初子を見守るかのように・・・。

<次の章へ続く>

 
  書評 by 大森望氏(書評家・翻訳家) 

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2006年10月22日

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