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「がんばれ!だめお。国際ビジネス奔走記」  NPO法人 フリーWebカレッジ  蒔苗昌彦


 7

(ようやく来れたか・・・)

 ロサンゼルス空港のバス乗場。そこはカルフォルニアだから、当然、白く肌けたカルフォルニアガールたちを次々見かけた。が、なぜかそれより、青空のもと強烈な太陽の光にさらされるパームツリーのほうが実感を与えてくれた。

 旅行代理店の現地社員が手配してくれたマイクロバスに乗った。行き着いたエリアは、高層ビルが立ち並ぶダウンタウンでもなく、高級住宅街のビバリーヒルズでもなく、スターたちの名前が歩道に刻まれるハリウッド通りでもなく、海岸沿いのサンタモニカでもなかった。どう転んでも観光名所と思えない殺風景なエリア。のちに観光地図で確認してみたら、それでもロサンゼルスの一角であった。

 ホテルは、築三十年級の全く個性がない十階建てだった。

 ロビーでは、尾倉浜さんが秘書と一緒に出迎えた。米国人に引けをとらない体格だから、アロハのように派手な色柄のシャツとレイバンのサングラスが似合っていた。ロサンゼルスを舞台にした警官ものの映画。その主人公のようにも見えた。実際、本人もそれを意識していたのかもしれない。 

「おまえらあ、まずはシャワーでも浴びてこいや」

 この一声で、各人、いったん部屋に入り、二時間後ロビーに再集合というスケジュールになった。同室に割り振られたアシスタントプロデューサーの蚊西君と一緒に、八階の部屋へ行った。飾りっ気のないツインルームだった。

 部屋の窓からは、遥か彼方に、スモッグのかかった高層ビル群が見えた。どうやらロサンゼルスと呼ばれるエリアは、想像よりずっと広い。四輪免許を持っていないうえ東京の細やかな電車網に慣れ切っていた僕は、無力感に囚われた。

 

 例により遅刻心配症の僕は、南カルフォルニアのゆったりとした空気にもかかわらず、蚊西君を部屋に置いて三十分以上早くロビーに降りた。三日も前から泊まっていた尾倉浜さんと秘書は、今更シャワーを浴びる必要がなかったのだろう。ロビーにずっといたようだった。二人仲良くソファに座っていた。

「田中あー・・・」

 どっかりとソファに身を沈めた尾倉浜さんは、相撲の呼び出しではないが、言葉尻をやたらと伸ばして僕の名前を呼んだ。

「ここは東京と違うんだぞおー。せかせかするなよなあ」

「そ、そうなんですよ。僕、ひどい心配症で。特に時間とお金に関しては・・・」

 本当は、これらに加え女の子に関しても心配症だったが、そんなことを言うような場面でもない気がしたので口を閉ざした。

「この俺が仕切ってるんだぜ。心配しないで全部任せておけよ。それともなにか、あ?・・・。俺様のことを信頼できないっていうのか? あ?・・・」尾倉浜さんはドスの効いた声で唸った。

(なんて優しく心強いお言葉だ。責任者がせっかく言ってくれるのだから、考えるのはもう止めよう!)

 なにしろ、あれも心配これも心配。毎分毎秒不安の連続で命を擦り減らしてきた僕だ。全てを他人に任せて何も心配しないで済むなら、これほど楽なことはない。

 が、やはり無理だった。一分もしないうち、むしろかえって不安になった。なにしろ狭いながらも僕の人生経験では、平時「任せておけ」と言葉に出して強調する人間ほど、有事の逃げ足が早い。いわば「有言不実行」というパターンである。

 しかし、その点、単なる記録係で本当に良かった。もし僕がアシスタントプロデューサーの立場だったら、「Why?」「How?」「Why?」「How?」とプロデューサーを質問攻めにし、せっかくの南カリフォルニアの空気を息苦しいものにしてしまったことだろう。

(それにしても、この「俺に任せておけ!」の口ぶりは、参考になるな・・・)

 尾倉浜さんを女性にもてるための演技教材と決め込んで久しい僕は、このシーンを頭のデータバンクにしっかり登録した。本当に、こういう類いのことを言う時、彼は絵になっていたのである。

 

「ところでおまえ。なんであの会社辞めちまったんだよ。結構、いい会社じゃないのか。あ?」

(いよいよこの質問か・・・)

 これは、退職後、誰もがしてくるFAQなのだ。それほど、僕のいた会社は世に知れ渡っていたのである。

(さて、尾倉浜さんに対しては、どの回答が適切かな?・・・)

 そもそも、一人の大人が会社を辞めるにあたり「その原因はたった一つ」というケースはあるのだろうか? いくつもの原因が重なり合い、人は辞めるのではなかろうか? 実際に僕の場合も、上司にイビられたことが決定打になったものの、他にもいくつか理由が重なった。

 出産や育児のための退職に関しては経験がないのでこれらを除く話となるが、とにかく退職理由を尋ねてくる人は皆、ワンセンテンスで済むシンプルな答えを要求する。複数の理由をあれやこれや列挙すると、「ノイローゼにでもなって辞めたんじゃないの?」といった目つきをされる。そのことに気がついて以降、僕はいつ聞かれてもいいようシンプルな回答をいくつか用意しておき、質問者の理解力に合わせて選ぶようにしていた。

「給料が安かったからですよ」

「バカ、うそ言え。儲かってるじゃないか、あの会社!」

 たしかに、会社全体としては儲かっていた。しかし、僕の年代だけ給与が低かったのである。

 会社は、米国企業からノウハウを受けた新規の大事業を開始する前年、大々的な中途採用を行なった。僕もその中途入社の口だった。

 人事部は総人件費を抑制するため、年齢別の人件費分布表を作成し、一番人数の多い年代の給与単価を低く設定した。事業自体は大成功。僕たち中途社員を除けば、給料は世間一般の会社よりずっと高かった。男女間の給与格差が少ない会社だったから、女性たちも給料が高かった。或る年下の女性社員も、別の会社の同年齢の男性と結婚した際、自分の給与のほうが高いので驚いていた。

「ここだけ。ここだけは残念ながら世間より低めですが、他はみな高いんです!」

 労使協調路線の組合委員長は、集会で賃金体系のグラフを指し棒でバンバン叩きながら実績を誇示していた。だが、その「ここだけ」が新規事業を支えた中堅層。僕たちより若い社員は学生気分が抜け切れていない。年配社員は、毎夜の社内親睦で日中の実務動作は緩慢だった。結局は、労働者の間でも不平等は起きる。

 が、経営側にしてみれば実に賢いというか、至極当然というか。新規事業が軌道に乗った後も、低賃金に抑えられた中堅層は僕のみならず栓を抜いてしまったサイダーのようにポコポコ辞めた。結果、年齢分布はなだらかとなり、今では会社は全年代に渡って他社より給料は高い。

 

 皆を待ちながら、会社を辞めた理由の他にも、僕にとってはどうでもいい雑談をいくつかした。横に座っていた秘書の指先は、ソファのヒジ掛けの上で尾倉浜さんの手に軽く触れていた。

 しばらくすると、威勢がよかった尾倉浜さんにも睡魔が襲ったようで、会話が途絶えた。その時、年配のご婦人が一人どこからともなく現れ、僕の横に座り目を合わせ微笑んだ。

「若かかりし頃、その人はさぞ美しかったことであろう。面影は微かに残っていた・・・」等々、ありがちなフレーズ。国籍に関係なく年配のご婦人と出逢うたび、僕はこのフレーズを思い浮かべていた。そして、その面影を見い出そうと数多くの試みを積み重ねていた。結果、僕は、思いきり目を細めて輪郭を辿るという手法を用いていた。

 後年の映画となるが、ジェームス・キャメロン監督の「タイタニック」。ジャックに裸像を描いてもらっている回想シーン。若いローズの顔が徐々に、百歳を超えたローズの顔へと戻っていきつつも、そのブルーグレーの瞳はより一層と輝く。この手法を、CGを用いず肉眼を用い、時間の流れを逆にして行なってきたのである。

 だが、このご婦人に対しては、当手法を取るまでもないと判断した。若かりし頃肉体的に美しかったか・否か、いくら目を細めてみても判断がつかないほど人生の大先輩だった上、誰よりも溌剌としていたのである。そう、今を生きる高齢者には、「む、か、し」の肉体は関係ない。重要なのは長い人生で培ってきたハートである。

 彼女はとても気さくに、しかし気品を保ち話し掛けてきた。これを契機に目を細めるという無礼千万な手法を捨て去ることになった僕は、むしろ普段より目をぱっちり開いて大先輩の話に耳を傾けた。

「わたしもL.A.が初めてなのよ。あなたもそう?」

 この時僕は、米国ではロサンゼルスのことをL.A.と略すことを、遅ればせながら知った。「ロス」ではないのである。

「あなたはどこからいらしたの? 東海岸? それとも北部? わたしはボストンからよ」

 彼女は、僕のことを米国籍と勘違いしたようだ。多民族国家においては、外見で国籍を判断できないのが当然。ソ連の崩壊後、現在の仕事でモスクワに行った際にも、僕はモンゴル系ロシア人とよく間違えられた。

「日 本 か ら 来 ま し た」

 英語が上手と誤解され早口で話し続けられたら困ると考え、僕はわざとゆっくり応えた。

「まあ、日本から。わたし、てっきりあなたが日系アメリカ人かと思ったのよ。ご免なさいね」

 彼女は驚いたようにして応えた。が、僕の狙い通り、彼女は話すスピードをかなり緩めてくれた。

「でも、あなた英語お上手ね。留学でもされたの?」

「いいえ」

「では、日本のハイスクールかカレッジで勉強されたの?」

「はい。たしかにハイスクールやカレッジでは英語の授業はありましたが、僕は勉強が好きではなく・・・」

「あらそんな!」

「ハリウッド映画やロック音楽で覚えたんですよ」

「あら、ステキ。じゃ、あなた英語でロックが歌えるのね。どんな曲?」

「えー、ローリングストーンズの『サティスファクション』とか、ステッペンウルフの『ワイルドで行こう!』とか・・・」僕は自分が歌える曲の中でも最も古く、かつ、ポピュラーな曲を思い出して答えた。考えてみれば前者はイギリス、後者はカナダのバンド。だが、どちらもそれぞれ米国で話題を振り撒いた映画で流れた曲なので、充分に通じたようである。

「ほんとうに? すごいわね!」

 ともかく溌剌としていた。日本の若者を五、六人集めても敵わない。その溌剌さに心を奪われてか、僕は蚊西君ほか全員が集合し終わったことに気づかなかった。逆に、彼女のほうで気づいてくれた。

「どうやら、お仲間が揃ったようね。さあ、私は行きましょう。お話しできて楽しかったわ。ありがとう」

 彼女は立ち上がり、握手の手を差し伸べた。僕も立ち上がり握手に応じた。すぐには座らず、視界から消えるまで見送った。

 

 ふと気がつくと、全員が驚いた顔で見ていた。特に尾倉浜さんは、さきほどの睡魔が嘘のように目を丸くしていた。

「おまえなあ、英語、話せるんなら話せるって、なんで早く言わないんだよ、バカ!」

 実は、秘書の彼女を除き、誰も英語が話せなかったのである。

「いやあ、ただのデタラメ英語ですよ」

 僕は謙遜ではなく事実として答えた。リスニングは前後関係や相手の態度からある程度くみ取ることができたものの、スピーキングは文法関係なしの場当たり会話。こんなレベルでビジネスを進めようとすれば、それこそ「野生の牛でも分かるように!」とボブ・ホフマンに怒鳴られてしまうだろう。実際、辞めた会社においては、プロの通訳者と翻訳者の力を同時に借りていた。ボブたち米国人インストラクターたちと直接の英会話をしたのはあくまで、雑談の場面やアフター5であった。

「そんなことないわよ、田中君。たいしたものだわ!」

 秘書がソファーから身を乗り出して満面の笑みで褒めてくれた。どうやら僕は彼女に嫌われてはいないようだ。

(だが、はて? 僕の下手くそな英会話はさておき、秘書しか英語ができない中、どうやって今回のプロジェクトをこなすつもりなのだろうか?)

 金星広告社が出資している米国法人の代理店。日本人アテンダーがいる日系の大手旅行代理店。スタッフ全員分の通訳者。これだけ揃えれば充分、と尾倉浜さんは考えていたようである。なるほど。一見、これで充分に思える。

「田中あー。おまえだけ、通訳つけなくてもよさそうだな。おかげで、経費が浮いたぜ。これでみんなでワインでも飲もうや」

「いや、たとえ通訳が要らなくなっても翻訳は要りますよ」

「バカ! 安心しろ! 俺は『おまえだけ』と言ったんだ。他の連中には一人ずつ通訳を付けるんだから、たとえおまえに翻訳が必要になったって、その中の誰かに頼めばいい。朝から晩まで通訳しているわけじゃあるまいし・・・」

 通訳と翻訳。職務は異なる。前の会社でも、契約内容は別々だった。翻訳に至っては、和文英訳の専門家と、英文和訳の専門家で、料金も大幅に異なっていた。が、バカと言われる回数が増えるだけのことと思い、尾倉浜さんにこの違いを説明するのはやめた。

(全体の予算も定かじゃない中、通訳一人分の経費が浮いたも何もないもんだ・・・)

 いずれにしても僕のブロークン英語の能力は、酒代に化けたようだった。

 

 さて、いざロビーでの集合が済んでみると、回転ガールズの面々はさておき、尾倉浜さん・秘書・蚊西君・僕の四人となっていた。もう一人のアシスタントプロデューサーは、いつのまにやらいなくなっていた。回転ガールズのコンベンションが開催される町へ、尾倉浜さんの急な指示で前泊移動してしまったのだ。

(なんだ。つまるところ、プロデュースチームは尾倉浜さんと蚊西君の二人か。もし尾倉浜さんが病気にでもなったら、アシスタントの蚊西君がプロデューサー昇格。大丈夫なのだろうか?・・・)

 蚊西君はとても優しい人だったが、そのぶん頼りなさそうにも思えた。

 

 結局、ロサンゼルス到着初日は仕事を何もしなかった。

 日本からの招待者ツアーの候補地ということで、マリナデルレイという高級住宅街とヨットハーバーがセットになったような観光スポットへ行き、みやげ物店を見学した後、シーフードレストランでワインを飲みながらロブスターを食べ、九時前にはホテルロビーで解散した。尾倉浜さんと秘書はするりと立ち去った。

 蚊西君と僕と回転ガールズはロビー横のバーでカクテルを飲んだ。だが、ただそれだけのことだった。蚊西君と僕は一緒の部屋で、彼女たちも全員、二人一部屋である。飛行機で隣りだった彼女と発展しようとも、適切な場所がない。夜間ホテルの外に出ることも、物騒だからとの理由で、現地の旅行代理店から禁じられている。十二時近くなった頃、僕は諦めて蚊西君と一緒に部屋へ帰った。寝る時、蚊西君のチョビヒゲまでションボリしているように見えた。

 

 翌日、全米回転ガールズ大会が開催される町へ移動する彼女たちを、空港まで見送った。

 昨日に続き旅行代理店が手配したマイクロバスだった。僕は後部座席、飛行機で隣り合った彼女は前方の座席だった。空港へ向かう途中、彼女は二度ほど振り向き僕を見た。

「さようなら。お仕事、がんばって下さいね」

 別れる際、彼女は自分のほうから近づき、ちょこんとお辞儀をした。淋しげな笑みが浮かんでいるように見え、胸がキュンとした。が、なぜか反射的にビキニパンツをはいた写真の彼氏を思い出してしまい、「どうも」の一言だけという、全く気の利かないセリフで済ませてしまった。

 本当に僕は、立ち回りが下手くそな男だ。別れ際なのだから、例えば名画「カサブランカ」のラストシーン、つまりイングリッド・バークマンに別れを告げるハンフリー・ボガードとまではいかずとも、少しは改善できないだろうか。やはり、演劇学校に通うことを検討しよう。

 いずれにしても、住所も電話も聞かなかった彼女に対しては、この「どうも」が最後となってしまった。

<次の章へ続く> 

 
  書評 by 大森望氏(書評家・翻訳家) 

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2006年10月22日

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