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「がんばれ!だめお。国際ビジネス奔走記」  NPO法人 フリーWebカレッジ  蒔苗昌彦


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 ニックはどうやって便を調べたのだろう?

 人が迎えに来ているとは思わなかった僕は、醒めやらぬビジネスクラスの ワインでふらりふらりと出迎えデッキへ出ていった。

 デッキの柵は長かった。到着した者はその柵の切れ目まで、しばらく歩かなければならない。柵の外側からは、迎えにきた人たちが前かがみに寄り掛かっている。ビジネスの格好をしている人は少ない。ほとんどはカジュアルな服装で、大事な家族、親しい友人、恋い焦がれる人を今か今かと待っている。そして、お目当ての人を発見したら、嬉しさ一杯の声をあげて柵の切れ目へ行き、抱き合ったりキスしたり、ガッチリ握手をしたりする。

 周囲がこうしたカルフォルニア的な明るさだったから、僕はニックにすぐ気がついた。彼は濃い茶色のビジネススーツを着て、ひきつった笑顔で柵ぎわに立っていた。目があっても、黙ってうなづいただけ。物静かな人たちの間にやたら陽気な人が居ても目立つものだが、やたら陽気な人たちの間に暗い人が一人居ても目立つ。

(なにか病気にでも?・・・)

 一瞬そう思ったが、近寄ってみるとそうでもない様子だった。

「お忙しかったんですか? ずいぶん疲れているように見えますよ」握手もせずに僕は言った。

「いいえ。大丈夫です」

 ニックは微笑んだものの、ひきつっているようにも見える顔だった。いずれにしても、僕の浮かれた気分は白んでしまった。

 

 彼は僕をホテルまで運んでくれた。米国の広告代理店の社員は日本以上に高給なのだろう。彼の車はBMW、それもハイクラスのモデルだった。

 気にすまいと思うと、かえって気になる心理である。四輪の免許と本体を所有している人たちを羨んでいるうち、僕は車について妙に詳しくなっていた。パンフレットも自動車専門誌も読んだこともないし、ショールームに入ったこともないのに、不思議なものである。まさに知らぬ間に知識が身についていたとも言えるが、友人知人が持ち出す話題に自動車情報は欠かせないものであったからとも言えよう。

 チェックインをした後、明日のメキシコ行きの集合時間に関して説明を受けた。クライアントの社長に対するプレゼンは、メキシコの新工場で行われることになっていたのだ。

「朝の十時までにタクシーでKRPのオフィスに来て下さい」とニックは指示をした。

 LAはカルフォルニア州にある。カルフォルニア州のすぐ南にはメキシコがある。その程度のことは、中学の地図帳で知っていた。だが、メキシコで午後二時から始まる会議に、朝十時LAを出発すれば間に合うほど近いとは知らなかった。

 ニックの説明によれば、LAからでも車を飛ばせば三時間で国境につく。国境付近の駐車場に車を止め、歩いて税関を越える。税関を越えたらメキシコのタクシーが拾える。それを使って二十分ほどでクライアントの工場に着く・・・、とのことだ。

「本当ですか? せめて国境沿いまで今日中に移動したほうがいいんじゃないですか?」

 遅刻心配性の僕は言った。

「大丈夫ですよ!」

 ニックは怒ったように語気を強めた。

(中学地図レベルなのに、カルフォルニア在住の人を疑るなんて。ひどいことをしたものだ・・・)

 僕は反省し、ニックの指示に従うことにした。

 

 翌朝、九時にはKRPのオフィスへ行った。

 米国の親会社ロックパルス社のフロアーに間借りしているKRP。受付はロックパルス社の人間だった。ハイスクールへ既に三人ぐらいは子供を送り出しているであろう貫禄の女性だった。セキュリティ上の役割まで果たせそうであった。実際、来訪者に向ける視線は鋭く、派遣会社から若年層の女性を配備してもらっている日本の会社の受付とは、趣きは相当異なる。

「ニック、KRP、プリーズ」僕はわざと下手に言った。ともかく不用意に上手く話そうものなら、早口でまくし立てられてしまう。

「オーケー。ちょっと、待ってね」

 彼女は内線電話をかけた。すぐに秘書が受付まで迎えに来て、ニックの部屋まで案内してくれた。

 秘書はカレンといった。秘書といっても、あくまでロックパルス社の総務系社員だった。KRPの社員でもないし、ニック専任でもない。彼の留守中に電話を取るとか訪問客を案内するとか、外見的な部分だけ手伝う秘書モドキだった。

 栗色が素敵なカールのロングヘアーで、背はさほど高くはないものの、メリハリのついたスタイルの持ち主だった。全般に穏やかで明るい態度ながらも、なぜか時おり淋しげな表情が横切る。マグカップにコーヒーを入れてくれた上、雑談の相手になってくれた。

 結構楽しい会話になったせいか、すぐ十時になった。ところが、ニックは来なかった。

 十分ほど過ぎた時、電話が鳴った。カレンがそれを取り、話しながらメモをとった。早口だったので、誰と何を話しているのかよく分からなかった。メモを取り終わった後、彼女は「ニックからよ・・・」と言って受話器を差し出した。

(えっ? 本人が来ないで、電話だけが?・・・)

 受話器を受け取ってみると、プレゼン書類の仕上げが徹夜となり今コピーを取っているところなので先に出発してくれ、とニックは言う。

「国境まではカレンが車を今すぐ手配しますし、メキシコ工場の住所はカレンに教えてありますから。とにかく何でもカレンに聞けば判るように指示しておきましたので大丈夫です!」

 ニックは小刻みに震える声ながら妙に明るく言葉を放ち、一方的に電話を切った。

 手配されたのは市内観光会社のバンで、運転手は白髪の年輩男性だった。恰幅が良く、にこやかで気品があった。車の外に出てドアを丁寧に開け、まるで映画に出てくる執事のようにしてお辞儀をした。

 カレンは車のところまでアテンドしてくれた。メキシコ工場の住所が書かれたメモを渡し、「グッドラック!」と笑顔で見送ってくれた。だが、せっかくのカレンの言葉も手遅れ。僕はすでに完全なバッドラック状態に陥っていたのである。

 高速道路はすっかり渋滞。

「事故?」

 僕は運転手に尋ねた。

「いや。別に事故じゃないと思う。いつものことだよ。LAのトラフィックジャムは世界一だからね」

 東京の渋滞を知らないらしい彼はちょっと自慢げに答えた。運転手を責めたところで交通渋滞が解消できるわけではない。あきらめた僕は、車窓を呆然と眺めた。

 手入れのいい車は少ない。洗車やワックスどころか、明らかに車検などしてないと思えるボロボロの車がたくさん走っている。ボンネットから火が吹き出した車を路肩へ止め、携帯消火器で消している若い女性までいた。真っ黒なサングラスをした彼女に動揺した素振りは見てとれず、ガムをくちゃくちゃ噛みながら、まるで庭で水まきをするように一人淡々と処理をしていた。青い空に強い太陽の光、輝く金髪、オレンジ色の火炎、この組み合わせが鮮烈だった。そんな中、ふと、或る年配男性を思い出した。

 学生時代。東京都板橋区。僕が住んでいたアパートの斜向かい。その男性の家は狭くて古い木造二階建てで、一階にはガレージがあり小柄な赤一色のヨーロッパ車が置いてあった。晴れた日曜日には必ず、手入れをする。午後一杯、たっぷりと時間を使い、丁寧にワックスを掛ける。真っ赤な車の肌は芸術的な鮮やかさを帯びる。全体的には角張ったデザインなのだが、目をこらすと前から後ろへ緩やかに伸びるなまめかしい曲線。フロントのロゴマークはアルファロメオだった。

 手入れの後、彼は運転席に座る。夕陽を浴びながら一人ゆっくりとタバコをふかす。とても幸せそうだった。

 ちなみに、僕は大学生活の四年間、その車が走っている姿を一度も見かけることはなかった。

 

 市内を抜け出した後、渋滞は解消された。少し希望が湧いた僕は、急いでいることを改めて運転手へ話した。親切な彼は精一杯やってくれた。だが、父親ほどの年齢に車高の高いバン。他の車を次々と追い抜いていくようなスピードは出ない。車高の低い自動車の有用性が、狂おしいほど理解できた。それこそ、板橋区の真っ赤なアルファロメオがあれば・・・。

 ようやく国境に着き、運転手はホッとした顔をして帰っていった。プレゼンの時間はもう過ぎていた。国境越しに公衆電話を掛け、クライアントへ遅刻を伝えようと思いカレンのメモを見た。ところが、そこには住所しか書いてなかった。もっとも、まだ米国内ですら電話を掛けた経験がないのに、どうやって公衆電話で米国からメキシコへ国際電話を掛けたらいいのだろう。番号が分かったところで意味はなかった。

「国境さえ越えればタクシーで二十分」というニックの情報に希望を託した。

 

 国境を越えるのに時間が掛からなかった。歩行者用のゲートは人がまばらで、待ち列もない。ゲートの職員はパスポートの提示すら求めず、無愛想な態度で「さっさと通れ!」という合図をするのみだった。

 国境越えの時間を覚悟していた僕は、瞬時、気持ちが明るくなった。が、すぐ暗転した。ゲートを出て数十メートル先、国境と平行して引かれた道には、タクシーが一台もなく、その気配すらなかったからである。

 後から知ったのだが、国境ゲートはこれ一つというわけじゃない。目指すメキシコ工場に一番近いのが、このゲートだったのである。しかし、主に貿易用トレーラーのため設けられたゲートで、歩行者は少ない。町寄りとなる一つ隣りのゲートならば歩行者は多く行き交いタクシーも待っているのだが、ニックかカレンのどちらかの勘違いをもとにしてバンは手配されたのである。

 日本の駅前ロータリーのようにずらりとタクシーが並んでいる状態を想像していた僕は、慌てた。急いでゲートに戻り、さっきの無愛想な職員にタクシーのことを聞いた。彼は「待ってりゃ、いつかはやって来るさ」とだけ教えてくれた。

 荒野の一本道。偶然通り過ぎるタクシーを待っているしかすべがなくなった。腕時計の時間を確認する気力もなくし、道の脇にただ突っ立った。

 結婚式でも着た例の紺のスーツはよれよれで、通り過ぎる貿易用トレーラーの埃が追い打ちをかけた。誰か知り合いがこの僕の姿を見たらきっと大笑いするだろう。だが、回りには知り合いどころか荒野なのにサボテンすら生えていない。この情けない自分の姿について考えているうち、結婚式で祥子ちゃんと再会した時のことを思い出した。彼女が僕を頭のてっぺんからつまさきまで眺め「田中さん、全然変わっていませんね!」と言った時のことをである。

 あの時僕は、体型が高校の時同様スリムだから変わっていない、という意味に解釈した。だが、実際には三十前にして中年太り。「変わっていない」と彼女が指摘したのは体型のことじゃない。きっと、社会人になってもみすぼらしいスーツを着ていることだ。ともかく高校時代、僕は誰よりも痛んだ制服を着ていてよく笑われた。

(祥子ちゃんのスマイルは好意のスマイルではなく、単なる嘲笑だったのだ・・・)

 そんな風に考えてしまった僕は、消えてなくなりそうになった。

 

 待てども待てどもタクシーは来ない。スピルバーグかジョージルーカスだったか、ともかくどちらかの本格デビュー作の「激突」。この映画で暴れまくったような巨大トレーラーだけが通り過ぎていく。

 絶望と太陽光線で頭はぐらんぐらんしてきた。その時、米国側から来たトレーラーの運転手とチラりと視線があった。彼は歌手兼俳優のクリス・クリストファーソンに似ていた。たしか「コンボイ」という名前の映画だったと思う。トレーラーの運転手を、頼りがいのある男としてクリスが演じていた。思えば、「スター誕生」のリメイク版においては、バーバラ・ストライザントとも共演していた。彼女も歌手兼俳優である。

(これがバーバラだったら・・・)

 僕は空想に浸った。

 道路に足を向けてストッキングを直す。それに気がついたトレーラーが一台、大地を揺るがすような空気ブレーキと共に、悠然と停車する。音を立てて勢いよくドアが開く。逞しい男がひょっいと飛び降りる。ジーンズとネルシャツ、そして鰐皮のブーツが似合う。もちろん男はクリス・クリストファーソンだ。「ねえちゃん、困っているようだな。乗りな」。肝っ玉のでかい男には、礼の言葉は不要。バーバラはただニッコリと微笑む。クリスは二階建ての一軒家も隠れよう高さのトレーラーをポルシェのように飛ばし、バーバラをクライアントの待つ工場へ無事送り届ける。空気ブレーキの轟音に圧倒された社長さん。「こりゃ、どうもどうも」と揉み手をしながら遅刻を許してくれる。何も言わずに立ち去ろうするクリス。バーバラはさっと近づき、お礼の口づけをしようとハイヒールでつま先だち。クリスはゆっくりと身を屈め口づけに応えようとする。顔が迫った。そこにはヒゲが・・・。

 (ヒゲ?!)

 そういえば尾倉浜さんもヒゲを。しかし、それは口ヒゲ。クリス・クリストファーソンのは、あごにも生えている。

 尾倉浜さんのことを思い出してしまった僕は、ドッとしらけた。

 

 その時、タクシーが一台走ってきた。空想のせいで、危うく気づかないところだった。

(メキシコでは、一体どういう合図をするのだろう? 片手をあげただけで止まってくれないとしたらヤバいぞ!)

 僕は命も振り返らず道の真ん中に飛び出し、両手を大きく振った。タクシーはけたたましいブレーキ音を立て停止した。運転手が目を真ん丸にして、窓から叫んだ。メキシコの言語を勉強したことがない僕には、何を言っているのかさっぱり分からない。だが、怒っていることはハッキリ分かった。

(このタクシーを逃したらもう終わりだ!)

 僕はさっと車に近づき、神様に祈るように両手を合わせてペコペコした。運転手はますます激昂したが、怖く感じなかった。必死だったこともあったが、言葉の響きが日本語や英語に比べてまろやかに感じられたからである。

 いくらペコペコしても彼の怒りは収まらない。分からない言葉でまくし立てるばかりだ。

(ペコペコしているばかりでは駄目か・・・)

 そう思った僕は少しでも彼の意を汲もうと、頭を下げるのを止め、その様子をよく見ることにした。すると、チラチラ後ろを振り向きながら怒鳴っていることに気づいた。

 なんと、乗客が一人いたのである。黒づくめの服を纏ったおばあちゃんだった。運転手に気が取らわれ、ちょこなんと座っていた彼女に気づかなかったのである。

 僕は乗客のいるタクシーを無理やり止めたことを済まなく思った。と同時に、絶望した。泣きそうな顔で頭を下げ、車から離れようとした。

 すると、おばあちゃんが運転手へ、二言三言、ぼそぼそと声を掛けた。彼は「ふうーっ」と音を立て大きな深呼吸をした。そして「アミーゴ!」と僕に声を掛けた。

(アミーゴとは友達という意味だ!)

 分からないと思い込んでいたメキシコの言語。よく考えてみればそれはスペイン語であることに、ようやく気がついた。勉強したことは全くないが、クリント・イーストウッドのマカロニウエスタンとかで、アミーゴ程度は何度も耳にしていた。

(きっと、おばあちゃんが僕を哀れんで、乗せてやるようにと言ってくれたんだ)

 おばあちゃんの隣りに座り、彼女が大きな十字架を首に掛けているのに気がついた。僕はおばあちゃん、そしてキリスト様に感謝した。

 乗せてもらっただけでも奇跡。それ以上のことは望めない。だから僕は、おばあちゃんの行き先まで一緒に行った。おばあちゃんが車を降りる時、外に出てドアを開け、降りるのを手伝った。米国も同じだが、日本のタクシーのように自動ドアじゃない。

 僕は何度もお辞儀をしながら「サンキューベリーマッチ、サンキューベリーマッチ」と英語で言った。おばあちゃんは無表情に一瞥し、訪問先の家へ入っていった。きっと、哀れむ以上に呆れていたのだろう。

 カレンが書いてくれたメモを渡したにもかかわらず、運転手は場所がなかなか分からなかった。これまた日本のタクシーとは異なり、道路地図を覚える乗務員試験がないのだろう。人をみつけては車を止め、道を尋ねた。運転手は窓越しに尋ねた。尋ねられた人たちは皆、無表情。だが、親切だった。「人にものを尋ねる時は車を降りろ!」と怒鳴り出す人は、一人もいなかった。

 

 黒づくめのおばあちゃんをはじめとしたメキシコの皆さんの親切にもかかわらず、結局、三時間近い大遅刻をした。

 応接室に通された。そこにニックはおらず、秘書室長と工場長が待っていた。二人とも日本人だった。社長は秘書室長を怒鳴り散らして米国に戻ってしまったとのことだった。自分が遅刻したわけでもないのに社長に怒鳴られてしまった秘書室長は、胸ぐらをつかみかからんばかりの剣幕だった。

 当時の僕が遅刻心配症であったことは繰り返し述べてきたわけだが、なぜそうであったかというと、遅刻は言い訳が許されぬ罪悪だと思っていたから。そのため、この時も言い訳をしようという気持ちは起きなかった。

「申し訳ありません。本当に申し訳ありません・・・」僕はひたすら詫びた。

が、仮に弁解するとしても、具体的にはどう言ったらいいのだろう。今になっても見当つかない。

 ともかく、秘書室長にこっぴどく怒鳴られた。実際には三十分もなかったのだろうが、三十時間ぐらいに感じられた。人間の死に方は多種多様だが、「怒鳴られ死に」というのもあるのではないかと思えるほどだった。

「来週、もう一度だけチャンスをくれてやる。今度は絶対に遅れるんじゃないぞ!」

 カルフォルニアのフォンタナ工場にてプレゼンの場を再設定してくれるという秘書室長は、暴力団員が捨てゼリフを吐くようにして、去っていった。

 工場長も退室した後、ニックの到着を待ちながら、応接室のソファーでうなだれた。彼は来なかった。電話連絡すら入らなかった。あきらめた僕は、工場を出る前にKRPのオフィスへ電話を掛けることにした。

 この件で激怒したのは社長と秘書室長だけのようで、工場長と現地社員たちは知らぬふりだった。だから黙って電話を貸してくれた。夕方が近づいていたが、まだカレンはオフィスにいた。

「ハーイ、ヨシ。うまくいった?」

 起きたことを説明したところで、本件に責任があるわけでもない彼女の気持ちを暗くするだけのことだ。それに、こんなドタバタを上手く電話で説明できるほどの英語力はない。僕はただ「yes」とだけ答えた。そして、ニックがオフィスにいるかどうか、一応は聞いてみた。

「ニック?! あなたと一緒じゃないの?」彼女は驚いた。

「いや、いいんだ・・・。明日の朝、オフィスで話すよ」

 ニックの自宅の電話番号を教えてもらい、僕は電話を切った。

 

 日本人工場長が、どうしようもない僕の立場を察してか、自宅へ帰るついでに、ティファナという町まで送ってくれた。ティファナからはタクシーで、昼間とは別の国境ゲートへ行った。

 また徒歩で国境を越えた後、米国のタクシーをつかまえサンディエゴまで行き、鉄道でLAに戻った。リトルトーキョーのホテルに着いたのは真夜中だった。

 メキシコで浴びたトレーラーのホコリを落とす気力もなくベッドに腰掛け、ニックの自宅へ電話をしてみたが、応答するのは彼自身の声で吹き込まれた留守番電話。ホテルに連絡をくれるようメッセージを録音し、そのままベッドに横たわった。

 狭い窓からは、ホテル前の通りに並ぶ飲食店から明かりが入った。リトルトーキョーとはいえ広大なLAの一画でしかなく、むしろ閑散として淋しい。これでも店はやっていけるのだろうか。

 部屋の照明は薄暗く、外のネオンが変化するたび、部屋の明るさも変化した。ネオンは冷たい原色だった。BGM装置もない部屋は静まりかえっていた。ひどく惨めな気分になり、涙がこぼれおちてきた。そしてそのまま眠り込んでしまった。

<次の章へ続く> 

 
  書評 by 大森望氏(書評家・翻訳家) 

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2006年10月22日

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