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祥子ちゃんの支援を得た僕は精力的に動いた。LAに着くなりタクシーでKRPのオフィスへ直行し、カレンに面会した。
「警察に相談したら、単なる神経衰弱じゃないかというの。それでも捜索を依頼するなら、家族を通じて手続きしてくれって・・・。彼、独身だし、両親は海外在住のはずだから、すぐには警察へ依頼できないわ」
これ以上は関わりたくないと言った態度でカレンは言った。
「これ、後から見つかった資料よ」
「ありがとう。ところで、ニックの部屋を連絡基地として使わせてもらえないだろうか?」
立ち去ろうとしたカレンを引き留め、思いついたまま頼んだ。
彼女は迷惑そうな表情をした。部屋の使用を許可する権限がないから当然である。といって、拒否する権限もない。
「少し待っていて。ロックパルス社のLA支社長に聞いてくるわ」
ニックの部屋に付帯している応接室で待っていると、五分ほどしてカレンはKRPの親会社ロックパルス社のLA支社長を連れてきた。なにしろ両社とも同じフロアーだ。すぐに来れる。
「Nice to meet you」
中年太りが少し苦しそうな彼は、何事も起きていないような態度で握手の手を差し出した。そしてテキパキと話した。
「ミスター田中。あなたの置かれた立場はよく分かります。私としても、本件、最大限協力したい」
「あ、ありがとうございます」僕はいったん安心した。
「しかし、本件以外の情報に触れてもらっては困ります。では、どれが本件で、どれが本件以外なのか・・・。残念ながら、現段階では判断がつきません」
(暗に否定しているということか・・・)そう思った僕は意気消沈した。ともかくホテルの部屋を仕事の基地としたのでは、特にクライアントから連絡を受け取るような場合、あまりにも素人くさい。
が、LA支社長はドライなぶんだけ切り替えも速かった。
「いずれにしても、KRPニューヨーク本社の社長へ電話をしてみましょう」
たしかにそうだ。LAでは一人だけとなるKRP社員ニックが消えてしまった以上、それが筋である。彼はその場でニューヨークへ電話をした。KRP社長は居た。ロックパルス社のLA支社長は、しばらくKRP本社長と話した後、「あなたにだ」と言って受話器を僕に差し出した。
(えっ?! 表情を見ながら話すのならまだしも、電話だと・・・)
だが、そんなことを言っている場合ではない。腹をくくって受話器を取った。
「どうも初めまして。うちの者が、大変ご面倒を掛けているようで・・・」
なんと日本語である。KRPの社長は日本人だったのだ。
彼の名は「伊野」といった。金星広告の役員でもある伊野さんはKRP本社の社長へ出向した。それも先週末のことだった。だから、彼はニックの失踪どころか、この案件も知らなかった。
僕は知る限りすべてを話した。が、プロデューサーの尾倉浜さんに関しては、現在ギリシャへ出張中で連絡がつかずとだけ伝えた。地中海クルーズの事は伏せておいた。
「これは金星広告の恥だ!」伊野さんは怒鳴った。
「いや、失礼。つい、かっとなって・・・。あなたに言ったのではない。誤解しないで下さい。それにしても、尾倉浜とかいう馬鹿もどうしようもないが、神奈川支局の佐加も佐加だ。いくら子会社へ制作をやらせるにしても、少しは自分でも進捗管理をしなけりゃ話にならん」
どうやら佐加さんとは知己のようだった。
「だいたい、子会社に丸投げして楽をしようとするアカウント・エキゼクティブがいるから、我社の力は落ちてきているんだ!」
どうやら広告業界では担当営業マンのことをアカウント・エキゼクティブと呼ぶらしい。
(かっこいい呼び方だな・・・)と思う僕をさて置いて、伊野さんは再び独りで怒った。おそらく、丸投げに絡んだトラブルが多発していたのだろう。
「田中さん。たいへん申し訳ないが、私は来週末まで身動きが取れません。本来ならば、直ちに私がそちらへ出向くべきですが・・・」
ようやく落ち着いた彼は、謙虚な響きで言った。
「そこでお願いですが、とりあえず社長プレゼンを乗り切って頂けませんか? 来週末には必ずLAに行きますが、とにかく、現時点では、あなたしか事態を把握している人はいないようなので、どうかお願いします。佐加へは私から電話をして、すぐLAへ飛ぶよう言い付けておきます。せめて鞄持ちにでも使ってやってください」
大きな会社の重役から、こうやってお願いされることは生まれて初めて。正直、気持ちがくすぐられた。しかし、総費用については全く見当がつかない。何よりも一番の不安材料だったので正直に伝えた。
「わかりました。ラフでもいいから総額が見当つき次第、FAXしてください。佐加に、責任持ってやりくりするよう、命じておきます」
「よろしくお願い致します」
「で、田中さんがこれから依頼しようと思っているLAのイベント会社、何と言いましたかね」
「イベントムーブです」
「私からも電話でお願いしておきましょう」
「ありがとうございます」
「また、あなたへの依頼主にも電話しておきます。社長の名前は、もだかさんですね?」
「はい」
「今回の仕事はKRPを通さず、全て、藻鷹さんの会社を通すよう、佐加へ指示しておきますから、その辺のことも心配しないでください」
「あ、ありがとうございます」
礼を述べた僕は、伊野さんへイベントムーブ社と完全企画社の電話番号を教えた。
「ところで、ニックさんについては?・・・」
伊野さんの登場で仕事の不安が減ってみると、急に彼の身の上が心配になってきた。
「ああ、ともかく困ったもんですな。少しは準備を進めていたのだろうが・・・」
「引き続き捜しますか?」
「まあ、見つけてみたところで使いものにはならんだろう」溜め息交じりに伊野さんは言った。
「田中さんに捜索してもらうのは、時間が惜しい。カレンとやらに任せておきなさい。私から頼んでおこう」
さらに、尾倉浜さんについても触れた。
「馬鹿は放っておこう。この時期に別の仕事で出張しているなど、話にならん」伊野さんはまた独りで怒り出した。
「子会社の人間だろうと、これは金星広告の恥だ。佐加にも責任はある。奴もただじゃ済ませない。本件が終了したら、俺は必ず処置を取る!」
さすが! いや、当然。あれだけ大きな金星グループだ。このような人物だって、数多く居るはずである。僕はたまたま運悪く、尾倉浜さんや佐加さん、そしてニックのような人物にぶち当たっただけなのだろう。金星広告に対するネガティブな第一印象は、伊野さんのおかげで霧が晴れるようにして薄れた。
「あなたの身分は私が保障します。全権を委ねるから、我が社の人間のつもりで動いてください」
「恐れ入ります・・・」
「いや、でも、任せられたからと言って、品質にあまり神経を使わんでいいですからね。こんな状態じゃ、形だけでもイベントが実施できればそれで充分です。細かい事について、贅沢など言ってられない」
師匠のボブ・ホフマンは言っていた。「相手を信じられるか否か即断しなければならない場合、特にその言い回しに注意を払え!」
伊野さんの言い回しには一点たりも曖昧さがなかった。僕は伊野さんを全面的に信じた。
ただし、そうであっても、彼らの処分はすまい。一時的な感情に囚われて言っているだけだろうと、その時は思った。
だが、僕は甘かった。後に得た情報では、二、三ヶ月も経たずして佐加さんとニックは左遷され、尾倉浜さんに至っては解雇されたという。もっとも、本件が理由となって解雇されたのではなかった。これをきっかけに経理部の正式調査が入り、無数の不正がバレたのだ。
当時の金星催事社では、プロデューサーの職位にある者はその印鑑一つでプロジェクトの全予算を動かせたのだが、尾倉浜さんはそれを悪用した。空仕事を乱発し、私的利益を確保。つまり、現実には存在しない仕事をでっちあげ下請け業者へ発注したように見せかける。そして下請け業者から架空の請求書を取り寄せ、経理部から業者へ金を振り込ませる。あとは、業者が一部手数料を抜き、プロデューサーへこっそり現金を渡す。
とはいえ、巨額な仕事をでっちあげてはすぐにバレる。でっちあげはチマチマしたものばかり。「クライアントの気まぐれで、話が立ち消えとなってしまいました」程度の弁解で済む程度の仕事で、例えば企画書作成だの、予備調査だの、プレゼン用のイラスト作成といったような名目である。そして、これら小さな空仕事で発生した赤字は、時おり受注に成功した大きなプロジェクトで一気に吸収するよう仕組む。だから、大きなプロジェクトも結局、超低利益率となる。
経理部は以前から訝しく思っていたのだが、なかなか尻尾が捕めなかったらしい。1件数十万円のカラ仕事も塵も積もれば山となる。億の単位になっていたそうだ。
そして、なんと完全企画社の藻鷹社長も協力させられていたという。どうりで、藻鷹さんが尾倉浜さんの悪口を言わなかったはずだ。
カラ仕事の収入をほとんど尾倉浜さんへ渡してしまう関係上、カラ仕事を受けた下請け会社は、そのままだと実際には無い収入が課税対象となりかねない。「いくらなんでもそれは可哀想」という珍妙な配慮で、尾倉浜さんは私生活で消費した一切の領収証をかき集めては渡していた。子供のおもちゃだろうと、愛人のネグリジェだろうと、なんでもござりというわけだ。
会社は社会的体面を考え刑事告発こそ控えたものの、厳しく断罪した。関わった業者も完全企画社のみならず全て締め出しを食らった。
伊野さんがロックパルス社のLA支社長と交渉してくれた結果、僕には応接室が一つ与えられた。
「この応接室をお貸しするのが私たちとしては精一杯の協力です。ご理解ください。その代わり、電話やコピー機は自由に使ってください。コーヒーも自由に飲んで下さいね」
そう言い、ロックパルスのLA支社長はカレンと一緒に立ち去った。
僕はさっそくイベントムーブ社へ電話をした。テキパキとした対応の女性が電話に出た。
「ヨシオ・タナカと申しますが、ジェーン・ジョンソンさんをお願いします」僕は例によってわざとゆっくり言った。
「ミスター・タナカ?」電話の女性は笑顔が目に浮かぶほど愛想よく応じた。
「お電話お待ちしてました。あなたのことはジェーンから聞いています」
伊野さんがさっそく連絡してくれたようだ。
「彼女は外出してしまいました。明日なら朝からお待ちできると言ってましたが、いかがでしょう?」
僕は当然即座にOKした。
「では明朝、ノーマンという者を迎えに行かせます。八時半に、ロビーでお待ちください」

今日はこれ以上することはない。そう思った僕は、ホテルに帰ることにした。なにしろ、連絡をせずに飛び出したきり何も処置をしていない。それこそ失踪したと思われてしまう。
が、車や飛行機で駆けずり回ってきたせいか、少しはのんびりと歩いてみたい気持ちになった。なにしろ夕方が近づくにもかかわらずまだ真昼のように明るく、そして爽やかな気候である。
道に出た僕は、カレンから借りた地図を広げた。しかし、地図上では実際の距離感はつかめない。とりあえず、目の前の太い道を、右に行くのか左に行くのかだけ、判断した。
移動する車の中から見た時よりも、さらに人通りが寂しく感じられた。それにもかかわらずホームレスの人とは何度か出遭った。彼らは皆、コワばった顔でチラリと視線を合わせた後、宙を見るようにして「change?(小銭ない?)」と言った。最初から貰えることを期待してない、なげやりで自信のないひどく遠慮した声だった。少なくともその日に遭った人たちは恐い印象などなく、だから僕はチップを渡すのと同じような気軽さで、ポケットでじゃらじゃらしているバラ銭を適当に渡した。額は日本円にしてせいぜい数十円だろうが、皆、丁寧に礼を述べた。
三人目に小銭を渡した直後、一台の車がタイヤの音を立てて、僕らの横に急停車した。車高をわざと高くしてあるタイヤの大きい4WDのオープンカーだった。LAにしては珍しく、しっかりワックスが掛かったピカピカの車だった。二十代半ばの女性が一人で乗っていた。たいそうな美人で、ホットパンツとタンクトップ姿。金色と茶色が交じった髪の毛は綺麗にまとめてあった。シートベルトは彼女の大きな胸をへこますほどガッチリ掛けてあった。
「you!(あんた!)」停車するなり彼女は車の上からもの凄い形相で怒鳴った。
「あんた! 本当にホームレスなのか!」
その迫力に、彼はひどく驚き震え出し、僕は唖然とした。
「なんにしても恥を知れ、恥を!」海兵隊の教官も負けそうな声を一方的に放ち、急発進で立ち去った。
人がまばらな路上。見ず知らずの男を怒鳴りつける女性の度胸。たいしたものだ。が、彼と別れた後、歩きながら考えた。
(ピカピカの4WDから怒鳴りつける彼女と、怒鳴りつけらて震え上がるホームレスの彼。僕はどちらの立場に近いだろうか?・・・ あえて比較すれば、彼寄りだ)
ともかく、歩いてみるとLAは気が遠くなるほど広い。東京の山手線を横断するのとはワケが違う。疲れてきた僕はベンチに腰かけ、地図を広げた。通りの名前は判かったが番地がよく判からなかったので、標識がないものか回りをキョロキョロ見ていると、ジョギングで通りかかった男性が足を止めて番地を教えてくれた。
地図の寸法にして一センチぐらいしか動いてなかった。かなり歩いたつもりだったのだが・・・。とにかく、やっぱりここでは車がなければお話しにならない。自らの身体で、しかと四輪の必要性を確認したわけだ。
(バスにでも乗るとするか・・・)
夕方も本格化したせいか、結構混んでいた。車体は都営バスの二倍近くもあろうか。僕は、前から三分の一ぐらいの位置で吊り革に立った。ホテルへ行き着くためにはこのバスを終点まで乗り、さらに乗り継がなければならない。前に座っている年配の婦人は、隣席が空くたびに笑顔で目くばせをしてくれた。その都度、僕も笑顔と目くばせでお礼をしたが、座らなかった。窓ごしに景色を眺めていたかったからである。
乗り継いだバスは数ブロック離れた所に着いた。何分か歩き、ようやくホテルの前に着いた。が、空腹感を覚え、正面のラーメン店に入った。東京のさびれた商店街にある大衆食堂となんら変わらない。表紙が食べ物の汁で汚れた漫画本もたくさん置いてある。その当時すでにクラシックとなりつつある山上龍彦の「がきデカ」シリーズもあった。高校時代、少年チャンピオンの連載で楽しんだ。改めて読んでも斬新で、笑い転げそうになった。当時はまだ加熱処理がしてあったキリンのラガービールの大瓶と、ギョウザのお代わりがやたらすすんだ。黙々と注文品を運ぶ主人の汚れたエプロンは、「いくらでもゆっくりしてね」と語り掛けてくれた。僕は外国に居ることをすっかり忘れ、何時間も過ごした。お礼として最後に味噌ラーメンを食べ、ファーストクラスでがっついた時同様、カエルのように破裂しようなお腹を抱えて店を出た。腕時計を見ると、十時を過ぎていた。
ホテルのフロントは、昼も夜も、年配のアフリカ系男性が一人で対応していた。小さなホテルでドアマンもベルボーイも警備員もいない。玄関にセキュリティロックがあるわけでもない。リトルトーキョーの治安は、さほど悪くないようである。
僕はゲップを懸命に押さえながらルームキーを受け取った。すると一緒に、筒のように丸くなった感熱紙を渡された。
「祥子ちゃんからだ!」
思わずゲップと同時に大声を上げてしまった。餃子やビール、ラーメンの臭いが鼻をついた。
「何かお困りですか?」フロントは不審な顔をした。なにしろ外出したまま数日戻らなかった客である。
「あっ、いいえ。な、何でもないんです。ご免なさい、大声だして」
僕は引き続きゲップをしながら否定した。そして急いで部屋に戻りFAXを見た。心臓はバフバフ状態。とにかく初めて祥子ちゃんからもらうレターである。
「田中様・・・」
実に当たり前のことだが、そう書き出してあった。
(この「田中様」とは、ああ、僕のことだ。僕はついに祥子ちゃんから、田中様と書いてもらうことになったのだ!)
恋文であろうとビジネス文書であろうと「田中様」の書き出しだけなら同じことだ。僕は、イキイキとした字で書かれた「田中様」だけを、ゆうに三十分は眺めていたような気がする。
「田中様
こんばんわ! きっとそちらは夜ですネ。こちらは初夏ならではのまぶしい朝です。
さて、さっそくですが、ニックさんの手書きメモ、不明な点もありますがとりいそぎ次ページ通りタイプアップしたあと、電話してみました。半分ぐらいの会社へ連絡ができました。どこの会社も、ニックさんから問い合わせは受けたが、受注していないと言っていました。残りは明日コンタクトを取り、ご報告します。
あと、他の文書も、詳しく目を通してみました。多くがホテルや観光地の情報です。それでも訳したほうが良いでしょうか? ご一報下さい。
それでは!
五月二六日朝 西村祥子」
恋煩いのせいだろうか? 落ち着いて読んでみれば変哲も無い通信文だろうが、その時の僕には人類史上最も素晴らしい文章、バルザックと夏目漱石が共同執筆した上、ヘミングウエイが編集を担当しても及ばないような文章、そんな風に思えた。が、ともかく僕にとっては単なる通信文ではないことは事実だ。丸みのついた感熱紙をキチンとたたみ、ホテルの封筒に丁寧にしまった。それから返事を書いた。
しかし、「FAX届いた。ありがとう。全て翻訳乞う」の趣旨だけとなる文章を書くのに、字に劣等感のある僕は、十枚ぐらい紙を無駄にした上、ライティングデスクを消しゴムのカスだらけにした。でも、すごく幸せだった。以来、筆不精はずいぶん改善された。このことだけでも、僕は祥子ちゃんに生涯感謝しなければならない。
返事の送信をフロントへ依頼した後、部屋に戻りシャワーを浴び、ベッドに横たわった。しかしすぐ、日本からの電話で起こされた。完全企画社の藻鷹さんである。
僕は、伊野さんから権限委譲されたこと、イベントムーブの社長が明日一番で会ってくれることの二点を報告した。
「いやあ、それでバッチリです。全くバッチリです」藻鷹さんは興奮ぎみだった。
「実はね、ギリシャの尾倉浜さん、それに神奈川支局の佐加部長とも連絡が取れましてね。ニックの失踪を伝えたら、二人ともガックリきちゃって。腰砕け状態なんですよ。だから、全面的に我が社へ任せると言うんです」
「そうですか・・・」
「いやあ、これに加えて金星広告の役員でもある伊野さんから正式依頼をもらって。完全バッチリだ。田中さん。改めましてよろしくお願いします。ともかく費用は全部うちが立て替えることにしますから」
「でも、まだいくら掛かるか分からないのですが・・・」
「いくら掛かっても構いません。ここは一気に勝負に出るつもりですから。銀行から融資を受ける準備もしておきます」藻鷹さんの声は異常に力んでいた。
(まあ、伊野さんも、佐加さんに金の責任を取らせると明言したことだし。心配は無用か・・・)
それに、藻鷹さんが居酒屋でも言っていたように、こうした機会に投資をしてこそ、企業の規模は一段大きくなるのだろう。勝負に出なかったらいつまで経っても小さいままだ。これこそ企業家マインドなのかもしれない。
自分には借金してまで投資するだけの勇気はないが、勇気がある藻鷹さんのために頑張ることはできる。電話を切った後、明日のために少しでも長く寝ておこうと、すぐまたベッドに横たわった。枕元にはもちろん、祥子ちゃんのFAXレターがあった。