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「がんばれ!だめお。国際ビジネス奔走記」  NPO法人 フリーWebカレッジ  蒔苗昌彦


 15

 ぐっすり寝れたので、アラームの鳴る前に、パッと目が覚めた。すっかりLAの朝日のファンになった僕はまた窓にへばりついて陽にあたり、鋭気を養った。それからシャワーを浴び、ホテル一階のコーヒーショップで朝食をとった。

 ホテルが小さいから、コーヒーショップも小さい。四人掛けのテーブルが十ぐらいとカウンター席があるだけだった。このホテルには新婚旅行の需要はないらしく、日本人は見当たらなかった。その代わり米国人の金婚旅行らしき需要があるようで、ゆったりとした年配夫婦たちばかりが多くいた。が、それゆえ、活気に満ちていた。本当に、米国の年配者は元気である。一番奥の席へ行く間に、次々と満面笑みの挨拶を受けた。応じた僕も明るくさわやかな気分になった。

 ベーコン、スクランブルエッグ、パンケーキ。お定まりの朝食を食べ終え、コーヒーを飲みながら、また祥子ちゃんの手書きレターを眺めた。そして、さすがにちょっぴり眺め飽きた頃、彼女がタイプしてくれた業者一覧表を、ようやく見た。昨晩は興奮し、肝心な仕事の情報に目を通していなかったのである。

 一番下の二行には、「tax」と「Sammy Hager」とだけタイプしてあった。

「この二点、特に小さい字で走り書きしてありました。電話番号なしです。関係があるのかどうか分かりませんが、念のためタイプしておきました」と祥子ちゃんの手書きの註があった。

 「tax」、つまり税金。ニックは税金絡みのトラブルでも抱えていたのだろうか? それで失踪したのだろうか?

 このSammy Hagarとは、サミー・ハガーと発音するのだろうか? いったい誰だ? 税務署の役人なのかな?・・・

 八時半となった。ロビーに、イベントムーブのノーマンが来た。身のこなしはまるで英国の貴公子。洗練されていた。スーツは明るく大きな色柄だが嫌みなく、かなり高級そうだった。髪は乱れなくセットされ、濃いヒゲも真新しい大理石のように剃り上げてあった。

 ロビーに居た日本人は僕一人、だから、彼のほうもすぐに分かった。かろうじてヒゲは剃ってあったものの、ノーマンとは対極のヘアーと服装をしていた僕は一瞬ひどく負い目を感じたが、彼は全く気にしていない様子だった。おかげで負い目は綺麗さっぱり消え去った。挨拶と握手を交し、イベントムーブ社のオフィスへ車で向かった。

 優雅なオープンカーだった。僕には分からない車種で、乗り心地は最高だった。

「なんという車ですか?」

 ノーマンのおおらかな態度に安心しきり、思うまま尋ねた。

「キャデラックです。会社の車なんですよ」彼は前方を見たまま微笑んだ。

(へえーっ、キャデラックにもオープンカーがあるんだあ・・・)

 僕も勝手なものである。自分が乗れないと思うとヒガむ。自分が乗れば優越感に浸る。映画の主人公にでもなった気分で、朝の市内ドライブをたっぷり楽しんだ。

 オフィスに着いた。

 ノーマンは社長の部屋まで一歩前を歩き、誘導した。中規模の倉庫を改造したもので、社長の部屋以外、仕切りはなかった。社員のデスクは全て、入り口からの導線途上、斜めにレイアウトされている。若い女性スタッフが数人、タイトなスカートから出たスラッとした足を組み、電話を掛けたりタイプを打ったりしていた。彼女たちは皆、通り過ぎる際ニッコリと微笑んだ。上手い演出である。僕はなんだかこの会社と古くから付き合っているような気分になった。

 社長の部屋に入るとジェーンが日系人の通訳を伴い待っていた。五十歳は充分過ぎているだろうが、つい最近までエアロビのコーチをしていたのではと思うほどスリムで健康的な体つきだった。オレンジと黄色の中間のような明るいスーツも華やかで、美形を一層引き立てていた。

「コン ニッチワ」

 ゆったりと立ち上がった彼女も満面の笑み。覚えたての日本語らしく変な抑揚だったが、挨拶の言葉だけでも相手の国に合わせようという努力は嬉しい。握手を交わした後、丁重にイスを勧めてくれた。

 優雅な雰囲気。まずは雑談からでも入っていくのかと思いきや、彼女もイスに座り両者が向き合った途端、いきなりビジネスの話に入った。が、これぞ望むところである。

 僕は企画の粗筋を話した後、一括して引き受けてもらうことは可能か・否か、ずばり尋ねた。

「ミスター伊野からも聞いていましたが、改めてよく理解できました。今すぐ検討してみますので、お待ちください」

 そう言った後、僕が居るのもかまわず、ノーマンと早口で話し合いを始めた。ケンカでもしているのか、とも思えるような調子だった。ものすごい早さなので何を言っているか判らない。ただ、「tax」という発音は何度もハッキリと耳に入った。そこで特に大きな声を出したからである。

 二十分ほどだろうか。激論を終えたジェーンは意思を伝えてきた。

「二つ条件があります。それを承諾してくれたら、引き受けましょう」彼女は僕の目を見据え、通訳を介して言った。

「要所要所でのクライアントへの確認は、あなたが行うこと。これが第一の条件。ただし、あなたには専門的知識がないでしょうから、ノーマンをディレクターとして付けます。あなたはクライアントに対する制作責任だけ取ってください」

 僕は、伊野さんからは直接、尾倉浜さんと佐加さんからは、藻鷹さん経由で任せられたわけだから、今さら持ち帰って相談する必要はない。僕は承諾した。

「第二の条件は、予算の見積りが確定したら、実施日の一週間前までに全額前金で払うこと」遠慮した様子もなく、ジェーンはキッパリと言った。

 これは問題だ。即答できない。

「僕は全部を任せられているには違いないものの、お金を交渉できる立場にはないのです」

「ということは、あなたはプロデューサーではないのですか?」

「えー・・・」

「全て任せられていると、あなたは言いましたよね」

「はい」

「ということは、あなたはプロデューサー。それなのにお金の交渉ができないとは、どういうことですか?」ジェーンは喰って掛かるように言った。

「えー、まず直接クライアントと接しているのが金星広告の営業マンで佐加さんといい、その佐加さんが子会社のプロデューサーの尾倉浜さんに頼み、それがKRPのニックに頼んだものの失踪してしまい、プロデューサーはギリシャの旅行で連絡がつかず、代行するはずのアシスタントプロデューサーは対応不能で、本来は記録係だった僕が急にやることになったものだから・・・」

 通訳は一生懸命訳してくれているようだったが、ジェーンとノーマンは理解できずに目をむいた。事実には違いないから正直に言う義務があるとも思ったのだが、やっぱり分かってもらえなかったのである。

「とにかく、誰がプロデューサーなんですか?!」ジェーンはイライラしながら大きな声を出した。

「一応、尾倉浜さんだと思うのですが・・・」

「しかし、あなたに権限を譲ったのでしょう?」

「いや、譲ったのではなく任せたのです・・・」

 いよいよ通訳の人も訳語に困り始めた様子だったが、生真面目な感じの彼はなんとか訳した。

「それに、そのミスター尾倉浜にしても、クライアントと料金交渉できる立場にあるんですか?!」

「いや、ありません。それは佐加さんの役割です」

「ではその人がプロデューサーじゃないですか!」

「いや、佐加さんはただ料金の額を交渉するだけでプロジェクトの内容はよく把握していないのです・・・」

「内容を把握していないのにどうやって料金交渉するのですか?!」

「その辺を、尾倉浜さんがKRPのニックからの見積りを待って佐加さんと一緒にクライントと交渉するつもりだったのでしょうが、ニックが失踪してしまったので・・・」

 もはや僕自身、何を説明しようとしているのか分からなくなってしまい、説明を中断してしまった。

 ジェーンはすっかり呆れたようで、大きく溜め息をついた。そして言った。

「いいですか、ヨシ。準備期間が短いだけに、今回の話は私たちにとって、たいへんリスクが高い仕事となります。それだけに、プロデューサーをはっきりさせてくれなければ、依頼を引き受けることはできません!」

 明らかにジェーンは、お引き取り願いたいという顔つきになってきた。

(ここでジェーンに逃げられたらアウトだ! ええい! 嘘をつこう!)

「判りました。今から私がプロデューサーをやりましょう」

 それにしても、なぜこれが嘘に当たるのか?

 理由は明白だ。

 今までクライアントへ名前すら紹介してもらっていない僕が、いきなり先方の社長と料金交渉などできるわけがない。やはりどうみても、料金交渉は今までクライアントの接待に明け暮れた佐加さんしかできない。それに、僕には前金を振り込むための銀行印を押せる立場にはない。これを知ってのプロデューサー宣言は、大嘘だ。詐欺罪にもなろう。

 ジェーンは決意を確かめるかのように、厳しい目付きで僕の目をじっと見た。僕は負けじと見返した。

「分かりました。あなたを信じましょう」

 彼女はイスから立ち上がり、厳しい表情のまま手を差し出した。僕も立ち上がりその手を握った。今度の握手は彼女のほうが圧倒的に力を入れた。

 僕らはまた腰をかけ、引き続き通訳を頼りに、ディレクターに就いたノーマンを含めての打ち合わせに入った。

 現段階での企画内容をさらに詳しく話した。そして、ニックの残した資料を手掛かりに今、或る人が準備状況を調べていると伝えた。「或る人」とはもちろん祥子ちゃんのことだが、そう言いながら顔を赤らめてしまった。ジェーンとノーマンはそれどころではなく矢継ぎ早に質問をしてきた。これ以上質問なしという状態になった後、ジェーンはさらに厳しい顔つきとなった。

「ところで、ヨシ。企画内容とは別の側面で、一つ面倒な課題があります」

「というと?・・・」

「国境の税関処理です。メキシコへ必要な機材・資材を持ち込むのに、輸出入許可を取る必要があるのですが、それには大変な手間が掛かるのです」

「あっ、あれか!」

 ビデオ撮影のため国境を越えた際、たった四つの機材であっても税関職員が一つ一つ申請書と照合したことを思い出した僕は、思わず日本語で叫んだ。

「まず何をいくつ持ち込むのか、申請用に完全なリストを作らなければなりません。しかし、細かい事が決まるのはこれからです。普通のペースで手続きをしていたら、間に合わない可能性があります」

 さきほどジェーンとノーマンの二人がやりあっていた時、どおりで「tax、tax」と大声を出したわけだ。僕は愕然とした。ニックもこれで愕然とし、失踪してしまったのかもしれない。

「ヨシ。そこでイレギュラーなお願いをしたいのですが、関係者筋への謝礼金を予算の中に入れておいてください」

「それでどうするのですか?」

「事前書類の審査を、迅速にやってもらうよう頼む必要があります。そして・・・」

 ジェーンは説明を続けた。

 そして、トレーラーが国境を通過する時の通関処理をスムーズにやってもらう必要もある。企画では、工場の倉庫を使って立食パーティーをする。イベント機材もさることながら、パーティーの料理は、タイミングよく運ばなければ味が落ちてしまう。最悪、腐ってしまうだろう。だから、徹夜で仕込み、夜明けにLAを出発。午前中通関し、昼前にセットアップする必要あり。ところが、日によっては、通関手続きを待つトレーラーが長い列を作る。なにしろ通過予定日のうちにメキシコ側へ入ることができず、運転手が車の中で一夜過ごすケースもあるという。これに巻き込まれてはお仕舞いだ。

「で、その筋の知り合いがいるのですか?」

「いいえ、今の時点ではいません。しかし、こうでもしないと実施は不可能でしょう。だから、これから至急コネクションを捜します」

 ジェーンの目は怖いほど据わった。

「私たちにとっては、国内でのイベントは目をつぶっても出来るほど簡単ですが、国外ではリスクが高いということです」とノーマンが付け加えた。

「まあ、国外の苦労は、カルフォルニア工場のイベントでねぎらって下さい」ノーマンはニコやかに、だが真顔で言った。僕は了解した。

 <次の章へ続く> 

 
  書評 by 大森望氏(書評家・翻訳家) 

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2006年10月22日

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