17
社長プレゼンを終了した後も、ノーマンたちと僕は連日飛び回った。両工場の担当者や、手配した業者たちと詳細を確認していく必要がある。
税関手続きをスムーズにするための工作資金は、結局、不要となった。ジェーンの大学同窓生のルートで当局関係者が見つかり、損得抜きに手配してくれたのである。ミュージシャンについては、音楽プロダクションから候補者リストを取り寄せ次第、クライアント側にゲタを預けた。
途中、ニューヨークからKRP本社の伊野さんがLAに来てくれた。クライアントの社長は日本に戻っていたので、カルフォルニアとメキシコの両工場長へ挨拶に行った。イベントムーブ社のオフィスにも寄ってくれた。
伊野さんはジェーンへ丁重に頭を下げ、急遽引き受けてくれたことを感謝し最後までよろしくとお願いをした。ジェーンも相手が信頼に足る人間であることを改めて確信したらしく、安心したようだった。が、何よりも、金星広告の役員として支払い責任を持つという念書を持参し、ジェーンの前でサインして渡したのが効いた。
「今晩だけ、彼を借りますよ」
そう言って伊野さんは僕をレストランへ誘ってくれが、引き続き不眠で食欲がない。だからホテルのロビーでコーヒーだけとしてもらった。
別れ際、伊野さんはKRP社長の名刺のみならず、金星広告取締役の名刺もくれた。名刺を持っていない僕は事情を説明した。これにより僕が完全企画社の社員ではないことを知った伊野さんは、「いっそのこと金星広告社へ入社しませんか」と声を掛けてくれた。僕はイベントが終わってから考えたいと伝えた。金星グループに対する印象は伊野さんのおかげで向上する一方であったが、過労でそうした判断は到底不可能だった。
時間の経過とともに細かい準備も着実に整い、イベント実施上の不安はいよいよ皆無となった。すると、やはりまたニックのことが心配になる。自殺でもされたら嫌だ。
僕はそれ以前に合計六人、知人の自殺を経験していた。そのうちの二人は恋人どうしの心中だった。「幸い」というと大変語弊があるが、全員、友人とまでは呼べないほど付き合いが浅い知人であったため、正直、気の毒という気持ちはなくショックばかりが強かった。
そういう僕自身も何度か自殺を考えたことがあったが、成就したら知人が気味悪がってさぞ迷惑だろうとの思いが歯止めとなった。もっとも、広い世間には、意趣がえしのエネルギーが自殺を敢行させてしまうケースもあるとか・・・。いずれにしても、知人の自殺は、壮絶な孤独の心象を僕に与えた。
ニックの捜索は引き続きカレンに任せられていたが、どれだけ真剣にやっているのか判らなかった。だから僕は僕で、連日ビバリーヒルズの彼の自宅へ、「準備万端・心配無用」と留守電メッセージを吹き込んだ。
すると、ある晩、ひょっこり電話が入った。誰がやっても全く連絡がとれなかったわけから、本当に、ひょっこりという感じであった。
「いやあ、すみませんでした・・・」
意外にも明るい声でニックは言った。失踪寸前の暗い響きはない。むしろさっぱりした感じだ。
彼から聞いて役立つ情報は今や皆無。ただ、失踪した理由だけは詳しく聞きたい。
ニックは僕のホテルまで来た。以前に増してワックス塗りが綺麗なBMWで五分ほど走ったレストランで、僕はずばり質問した。ニックは悪びれず素直に答えた。
一番の原因は、やはり総予算のことだった。
「任せる」と尾倉浜さんから言われていたもののやはり不安で、ニックはその都度、確認の連絡を入れた。だが、少しでも安くしろと言われるだけ。では具体的にいくらで抑えたらいいのかと訊けば、「そりゃあ、安ければ安いほどいいに決まってるじゃないか」という抽象的な返事に留まり、数値は提示されない。しまいには「業者は叩くためにある」などと言われる始末。しかし予算が不明瞭なまま業者との交渉を進めることは、ニックには困難であった。
こうした状況下、時間だけどんどん進み、実施日は迫るばかり。そして、ある日、税関の審査に時間がかかることを知り、ニックの神経は一気に衰弱した。
要するに、ニックは犠牲者なのだ。日本国内では慣行として通用しさえする曖昧模糊とした取引と、米国の合理的な取引の板挟みになった犠牲者なのだ。
だが一方、「板挟みに合うリスクを事前に予想できず依頼を引き受けてしまった彼がアマチュア臭い」という批判も成り立とう。とはいえ、米国社会でしかビジネスの経験がなかったニック。米国においても名が知れる金星グループが、まさか尾倉浜さんのようなプロデュサーを採用しているとは思わず引き受けたのであろう。ニックは左遷させられたものの、今でもKRPの社員として働いている。風の便りにそう聞くが、いずれにしても日本企業とビジネスする上での良いOJTとなったわけである。
準備は完全に整った。
その時、尾倉浜さんが渡米するとの連絡が藻鷹さんから飛び込んだ。
「で、田中さんから直接報告を聞きたいと言ってるので、尾倉浜さんが到着したら、彼の泊まるホテルまで出向いてやってくれませんか」
「はあ?・・・」
(伊野さんの顰蹙を買ってしまったわけだから、さすが秘書同伴旅行の口実としてはタイミングが悪いし、いったい何のために来るのだろう?・・・)
そう思った僕は、二の句がつけなかった。それに、何よりもたっぷり睡眠を取りたい。
「お疲れのところ本当に悪いんですが・・・」
藻鷹社長は僕が嫌がっているのを察したようだった。
「メンツを立ててあげるだけのこと。そう考えて下さい。クライアントに対しても、まだ彼がプロデューサーということになっているようなので・・・」
あれだけ明確に権限委譲されたのに。「私が担当者となりました」と社長へプレゼンしてしまったのに。今さらメンツも何もあったものじゃない。
しかし、落ち着いて考えてみれば、尾倉浜さんは藻鷹さんの元上司だし、これから先も良いお客様との位置づけなのだろう。僕は藻鷹さんのためだと思って割り切ることにした。ともかく、藻鷹さんに反論したところで仕方ない。憤りを抑えながら、了解した。
尾倉浜さんが米国到着した日の夕方、僕は彼が泊まるホテルへと向かった。足はニックのBMW。復帰以来、もはや誰からも仕事上の期待を受けていないことを知ったニックは、サッパリすると同時にヒマになってしまい、いつでもどこでも僕を運んでくれたのである。もちろん、伊野さんからもお目玉を食らった上、通訳翻訳のみならず、運転手兼鞄持ちとなる命令を受けていた。
尾倉浜さんのホテルは、ダウンタウンで最高級の高層ホテルだった。ロビーラウンジで合流することになっていたが、僕たちは予定時間より早く着いた。
高級ホテルだけあってラウンジのソファはふかふか。お供のニックに断りもせず、僕はぐっすりと眠った。
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「おい、田中! なに居眠りしてやがんだよ、おい!」
尾倉浜さんのドスの効いた声で僕は起こされた。だが、短いながらもあまりにも深く寝込んでしまったため、起きた瞬間、自分が一体どこに居るのか、何のためにそこに居るのか判らなかった。
「ねぼけやがって。おーら、しっかりしろ!」
ようやく頭が回転してきた僕は、低いガラステーブルを挟んだ反対側のソファに、どっかり尾倉浜さんが腰かけているのに気づいた。「腰砕けになった」と藻鷹さんが言っていたのが嘘のように元気である。その右横には秘書、左横にチョビヒゲの蚊西君も居た。
(ああ、いつものメンバーだな・・・)
ある意味、懐かしい気分で三人を眺めた。ところが、さらに回りを見回すと、秘書と蚊西君の横にも、僕とニックの横にも、見知らぬ日本人男女が十人以上も座っていた。彼らは緊張した面持ちで僕のことをチラチラ見ていた。
(なぜ、関係のない観光客まで僕を見ているのだろう? よほど大きなイビキでもかいてしまったのかな?・・・)
ところが、
「おう、田中。紹介するぜ」と切り出した尾倉浜さんは、それら見知らぬ男女を一人一人、自慢げに紹介し始めた。
「音響の○○ちゃん。照明の○○ちゃん。大道具の○○ちゃん。装飾の○○ちゃん。進行の○○ちゃん。特殊効果の○○ちゃんだ。あとは彼らのアシスタントと通訳だ」
「え?・・・」まだ僕は一体何が起きているのかよく判らなかった。
「『え』はないだろう『え』は。あ?」尾倉浜プロデューサーは嘲るように言った。
「みんな、日本でも第一線のディレクターなんだぜ。おまえみたいな単なる記録係とは違うんだ」
「はあ?・・・」
「今度は『はあ』かよ。鈍い奴だなあ。こうやって米国くんだりまで来た以上、今からは俺様が全部仕切るということよ。彼らはそのために専門家として同行願ったのよ。なあ、おい、そうだろ? ディレクター諸君!」
尾倉浜さん言うところのディレクター陣は、困ったような顔をして口をモグモグ反応させた。どう見ても第一線のディレクターには見えない。
「で、でも、もう全部、イベントムーブ社の方で手配済みですよ!」
急に何かが見えて来た気がした僕は、慌てて言った。
「そんなことは藻鷹から聞いて知ってるさ。俺たちゃ、その上に立って進行を指揮するんだよ」
「で、でも、言葉はどうするんですか」
「バカ! そのために通訳のお嬢様たちにもお越し頂いているんだ。おまえ、美女軍団に対し失礼だぞ!」
僕にはイベントの監督体験がなかったわけだが、どう考えてもおかしいと思った。分刻み、いや、場合によっては秒刻みで進行するであろうイベントにおいて、尾倉浜さんが日本人ディレクターへ指示、それをディレクターにくっついている通訳が英語に訳して米国人スタッフに伝えるだなんて。伝言ゲームの極地になりそうだし、だいたいタイムラグがあり過ぎる。連携どころか、混乱あるのみだ。
「ところで、イベントムーブの見積書、今、持ってるか? ボラれているとかなわんからな。見せてくれ」
僕はあんぐり口を開けているばかりで対応不可能だったが、ニックが取り憑かれたようにして自分の鞄から書類のコピーを取り出し、尾倉浜さんへ渡した。
「お、これはディレクション・フィーと読むのか? 制作管理費という意味かいな?」
書類をめくった尾倉浜さんは脇から覗きんでいる秘書に確認し、秘書はニッコリとうなずいた。
「ふむ。ギリシャから戻ってきたばかりだが、俺の英語力は落ちていないようだな、ふふふ・・・」尾倉浜さんはヒゲをなでながらニヤリとした。
「おう、田中。いいか。まずはこの項目から予算カットだ。俺たちが来て指揮する以上、こんなもの払う必要はないさ。第一線級が出動してるのだからな。あ? そうだろ?」
ギョロリと睨まれたディレクターたちは、また口をモグモグした。
僕はカッとなった。そして、イベントムーブ社が急な仕事のリスクを覚悟で受注したのだから、ディレクション・フィーは払って当然だと大声でまくしたてた。だいたい、そんなことをしたら彼らに見捨てられプロジェクトは没になる。そう言い放った。
「な、なに言いやがる。もしそんなことをしやがったら、契約不履行で訴えてやる! おまえが見つけてきた会社なんだから、おまえにも責任を取らせるからな!」
(訴訟したところでどうなるのだ! 責任を取らせたところでどうなるのだ! イベントが実施されなければ何をやったところで後の祭りだ!)
ともかく、我々がすべきことは、予定通りイベントムーブ社にイベントを実施してもらうための環境を維持すること。これ以外の何ものでもない。
僕は必死に頭を回転させた。どうしたら尾倉浜さんの行動を抑制し、準備を台無しにしなくても済むだろうか? もはや理性に訴える余地はない。
(脅すしかないということか・・・)
そして僕は具体的にはどうやって脅すか考えた。考えながらふとテーブルに目を落とすと、オーダーしたコーヒーとかの伝票があった。下のほうにはtaxと記した欄があった。
(そうか! このことを忘れていた!)
もしイベントムーブに見放されたら税関の事前申告手続きをやり直すことになるし、通過当日の検査時間短縮の便宜も確保できない。僕は脅すのでなく、事実をありのまま伝えた。
海で囲まれた日本でしか仕事をしたことのない彼には予想外。そう言う僕もつい先日まで予想外だったわけだが、なんにしても効果てきめんだった。彼はひどく面食らった様子でしばらく黙り込んだ。
ところが、これで素直になってしまえばいいのに、ディレクターたちの手前か、抵抗してきた。
「よし、わかった。メキシコ分のディレクション・フィーは払ってやる。だが、カルフォルニアの分は払わないからな。奴らには物だけ手配させて進行監督は俺たちがやる。なあ、おい、そうだろ?」
この三回目の「なあ、おい、そうだろ?」は、さすが他者へ声掛けをしているのとは違う響きとなってきた。おそらく自分で自分に声を掛けているのだろう。その意味では、メキシコ工場のビデオ撮影で祥子ちゃんの幻影にすがった僕も同じかもしれない。しかしながら僕のケースは、実際には一人心の中でのやり取りだった。
一方、尾倉浜プロデューサーは、現実に存在する人間たちに声を掛けている。精神医学上は、僕のケースよりも健全ということになるのかもしれないが、いくら当人にとってそうであっても、声を掛けられたディレクターたちは迷惑そうだった。
それにしても、なぜ彼らはLAまで来てしまったのだろうか?
でLAに来れるのが魅力? まさか、僕のように海外旅行をしたことがないわけでもあるまいし・・・。一人ずつ美人通訳を付けると言われて何か期待したとか・・・。いや、そうした側面もあるかもしれないが、おそらくは「断ったら今後仕事をもらえなくなる」と思ったのだろう。
尾倉浜さんはやたら意地を張り、それ以上一歩も引かなかった。メキシコ分の制作管理費を払うだけでも屈辱的譲歩だったのだろう。彼の表情はひどく歪んでしまった。ただでさえ普段から渋がった顔つきを演じている。そこへこの歪みが加わったものだから、地獄でもがき苦しんでいる罪人のような表情となってしまった。それを観ていた僕は、自分が今、何のために尾倉浜さんに会いに来たのか、本来の目的を思い起こした。
(藻鷹さんのためだ)
これ以上粘っては目的を損なうと思った僕は、粘ることをスッパリやめて言った。
「わかりました。じゃ、そうして下さい」
「『そうして下さい』?・・・ ふざけんじゃないよ! おまえが頼んだ会社なんだから、おまえが責任持って奴らに伝えるんだ。わかったな、このバカ!」
プライドを一気に挽回しようとしてか、彼はたたみ込むように言った。
今度こそ、頭に来た。
テーブルの上においてあるコーヒーを顔にぶっかけてやろうという衝動にかられた。さっき頼んだばかりだから、まだ充分熱いはずだ。しかし、再び藻鷹さんの優しい笑顔が思い出され、カップへ伸ばしかけた右手を心の中で押さえ込んだ。
どうにかコーヒーを悪用した傷害事件を起こさずに済んだものの、ひどく気力を消耗した。
(どのようにイベントムーブへ説明したらいいのだろうか?・・・)
僕は頭を切り替えた。
ともかく、国外の苦労はカルフォルニア工場でねぎらうことを約束してある。この約束をした僕が、準備が整った途端、カルフォルニア工場のディレクション・フィーは払えないと言い出す。そうしたら彼らは必ず怒り、全ての仕事を放棄するだろう。
そんな事態にならずに、引き続き手伝ってもらうのにはどうしたらいいのか。それには怒りの代償を見つけなければならない。だが、その代償が金ということにはなりえない。なぜなら、金を払えなくなってしまうから怒りを呼ぶと予想し、これを前提に、代償は何かと考えているのだから。つまり、現金さえあれば苦労はないということだ。現金さえあれば・・・。
とにかくあれだけ一生懸命協力してくれたイベントムーブ社である。自分がプロデューサーとして支払いを保証すると嘘をついた後ろめたさもある。自腹を切ってでも払いたい。退職金で消費者金融を清算してしまった僕に、たいした現金はない。
(あっ、そうか! 日本へ戻り消費者金融で借りて振り込むという手がある!)
見積もりにあるカルフォルニア工場分のディレクション・フィーは、日本円にして百万円ほどである。当時の僕は、消費者金融から絶大な信用を獲得していた。多重債務で苦しみながらも、利子の支払いを一度たりとも遅延したことがない優良な借り手だったからだ。三、四社ぐらいから計百万円ほど調達するのはわけないことである。
(あとは野となれ山となれだ。それにジェーンは商売人。約束通りの金さえ出せば、イベントを実行してくれるだろう。その代わり、払うものを払ったら、バカバカしい仕事にはおさらばしよう。自分の責任はそこまでだ!)
決心した僕は、仕事が残っていると嘘をつき、ニックを連れてさっさとラウンジから立ち去った。
日本のそれとは全く違った意味で、米国のマネジメント層はよく働く。だからジェーンかノーマンは必ずつかまるだろうと思い、ホテルの玄関付近にあった公衆電話から電話をした。ところが、珍しく誰も出ない。ひどくイラついた。このまま我慢していることなどできない。尾倉浜さんにコーヒーをぶっかけてやろうという衝動が再び起き、足はラウンジに引き返しかけたがどうにかこらえ、地下駐車場でニックのBMWに自分を押し込んだ。
(こんな時は、ハードロックをガンガン鳴らしてウィスキーを煽るしかない!)
蝉の抜け殻のようにしてハンドルを握っているニックへ、どこかハードロックを聞ける店はないか訊いた。
「ハードロック・カフェはどうですか?」
「いや、そんなおとなしい店ではなくて・・・」
以前、六本木のハードロック・カフェへ行ったことがあったが、健全なファミリーレスランのような印象があり、このイライラを押さえ込める沈静作用など期待できないと思った僕は、もどかしい口調で言った。
ニックは車を発進させてから少し考え込んだ。
「えー、サンセット通りに激しい店がいくつかあるらしいのですが、入ったことがなくて・・・」
激しいという形容詞を聞き逃さなかった僕は、そこへ連れていってくれるよう頼んだ。
BMWはダウンタウンを離れしばらく走り、住宅街のようなエリアを抜けた後、サンセット通りに出た。ニックは「ウィスキー・ア・ゴーゴー」という店の前で僕を落とし、そそくさと立ち去った。店に入るのが怖いのだという。足手まといだと思った僕は、引き留めなかった。パスポートで年齢チェックをしてもらった後、五ドルほどの入場料を払い、ウィスキー・ア・ゴーゴーへ入っていった。平日のせいか店内はすいていた。
生演奏の店だった。ゴリラのようにゴツい体格をした男たちのスラッシュメタルバンド。全員、真っ黒のTシャツに穴だらけのジーンズ姿だった。マーシャルの三段詰みアンプを背に、頭蓋骨がコナゴナに、肋骨がバラバラになりそうなデカい音を出していた。
僕はカウンターでダブルのウィスキーを買い一気に飲みほし、ステージ前のダンスフロアーに飛び出した。フロアーでは四、五人の集団が暴動でも起こしたかのように踊っていた。僕はテンポに合わせ片足で強くステップを踏んだが、まだ踊ってはいなかった。集団の男が一人、僕に気づいて踊りを止め、のしのしと近づいてきた。バンド同様、ゴリラのような体格だ。「We f’n love L.A.」とプリントされたTシャツ姿。髪は短かく切り揃えてあったがヒゲもじゃら。年齢など見当もつかない。僕より年下だとすれば、それだけの体力と無軌道さを持っている様にも見える。年上だとすれば、修羅場を散々くぐりぬけてきた経験ゆえの度胸を持っている様にも見える。
「dance!(踊れ!)」
アルコールの臭いをぶんぶん放ちながら男は僕に叫んだ。あたかも現場責任者から許可を得たような気がした僕は、即座に踊った。首が千切れるのではないかと思うほど頭を縦に振り、男たちの何倍もデタラメな踊りをした。一曲終わり静止した。踊れと命じた男と目が合った。男はぐんと近寄り、バンッと両手で僕の胸を突いた。もしそれがゲンコツだったら即死してしまうであろうほどの強い力だった。そしてわめいた。
「お前、糞のようにいい乗りしてやがる!」
毛むくじゃらで丸太のような腕に僕の肩を組み込み、力づくでカウンターに連れて行き、一杯おごってくれた。男は自分の酒を飲み干すと「see you(またな)」と言ってフロアーへ戻り、再び仲間たちと踊り出した。
僕はそのままカウンターに残り、さらにまたウィスキーを頼んだ。カウンターの女の子はつっけんどんにウィスキーを差し出した。この店には過去どんなバンドが出たことがあるのか、僕は大声で質問した。彼女は「stupid question(バカな質問)」とだけ答えた。僕は負けじとさらにウィスキーを頼み、今度は多めのチップを払い、同じことを質問した。彼女は不機嫌そうに言い放った。
「ドアーズに始まって、デビッド・リー・ロスのヴァン・ヘイレンまでよ」
(ヴァン・ヘイレン・・・。第一代目のボーカルがデビッド・リー・ロスだ。二代目がサミー・ヘイガー。フォンタナ出身。あのカリフォルニア工場がある町だ・・・)
そう連想した僕は、不愉快にも尾倉浜さんのことまで思い出してしまった。
イベントを催事と呼ばず。ディレクターを監督と呼ばず。職務分掌マニュアルを手順書と呼ばず。フローチャートを流れ図と呼ばず。と思えば、LAをロスと呼んでみたりする。とにかくふんだんなカタカナ英語。それは僕とて同じことかもしれないが、おそらくはヴァン・ヘイレンのことも知らず聴かず、サミー・ヘイガーのことも知らず聴かず。
(たいした海外イベントプロデューサーだ)
ふっきれた僕は、フロアーに飛び出て男たちに合流し、気が済むまで踊り狂った。
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