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「がんばれ!だめお。国際ビジネス奔走記」  NPO法人 フリーWebカレッジ  蒔苗昌彦


 18

 積もり積もったストレスは発散し、早朝に目覚めた。そして荷物を全部スーツケースに突っ込み、ホテルをチェックアウトして、タクシーでイベントムーブのオフィスへ行った。

 八時前だったがジェーンもノーマンも出社していた。

 ごろごろとスーツケースを引きずってオフィスに入っていった僕を見て、二人は驚いた。 

 僕は結論から切り出した。

「What?!」

 二人は激怒の表情となった。が、充分に予想していたことなので僕は慌てずに話を続けた。

 ついては、見積書からカリフォルニア工場のディレクション・フィーに関する記述を削除して欲しい。その額については、僕個人が支払うことを約束した書類を今この場で作成し署名する。そして、すぐ日本に帰って現金を調達し、電信振り込みを掛ける。着信確認後、僕はプロジェクトから降りる。あとは、尾倉浜さんの指揮下、仕事をしてくれ。以上。

 ジェーンもノーマンも、怒ったような・困ったような顔をして黙りこんだ。何分間か沈黙した。決意が固かった僕はその沈黙に耐えることができた。ジェーンは大きな溜め息をついた。

「そういうことなら、私たちが折れましょう。だから、ヨシ、あなたは自腹を切る必要もないし、プロジェクトから降りる必要もない」

 だが僕は牛のように同じことを繰り返した。

 ジェーンはまた溜め息をついて言った。

「ヨシ。私たちには話が全く理解できない。だけど、悪いのはあなたじゃない。それだけは分かる。だから、とにかく自分のお金を払う必要もないし、プロジェクトから降りる必要もない」

 僕はさらに繰り返した。そして、本来プロデューサーだった尾倉浜さんが自分でやると言っている以上、プロジェクトに関わっている必要性がない。必要性がない以上、縁も切りたい。自腹はこのためにも切るのだ。と、そこまでつけ加えた。

「分かったわ。たしかにプロデューサーは二人も要らないわね。あなたは一時的にその代わりをしていた。本来のプロデューサーが戻ってきた。だから、彼に従いましょう。いずれにしても私たちには決定権はないことだし・・・」ジェーンは自身を納得させようと努力してくれた。彼女はイスから立ち上がって歩み寄り、僕の肩に手を置き言った。

「その代わり、あなたが無報酬で私たちのコンサルタントをするというのはどう? もちろん、あなたがミスター尾倉浜の顔を見たくない気持ちは分かる。蔭でアドバイスしてくれるだけでいいわ。なんだか私、日本から突然やって来たチームのこと、理解できそうにない気がする。きっと、あなたのアドバイスを必要とするケースが起きると思うのよ」

 彼女の言う意味はよく分かった。それに、カルフォルニア工場分のディレクション・フィーは諦めるとしても、他のお金まで取りっぱぐれるようなことがあったら申し訳ない。ジェーンの提案を受け入れた。

 それにしても本当にディレクション・フィーを払わなくていいのか、僕はしつこく訊いた。

「これもビジネスだと思って割り切るわ。あなたもそうしてちょうだい」ジェーンはきっぱり言い、これ以上考えたくないという態度を示した。そして、彼女はガラっと雰囲気を変えて言った。

「さあ、ノーマン。さっそくヨシの隠れ家を用意しなくちゃ。どこか手頃なホテルないかしら。そうね私たちのオフィスと、私の家の中間がいいわ。どこか知らない?」

 さすが、できる人間。僕のようにいつまでもウジウジ考えたりしないのだ。

「それならマ・メゾン・ソフィテルがいい。部屋も快適だし、親戚が大株主だから割引してもらえるだろう」ノーマンもジェーンに合わせて明るい態度に切り替え、その場でホテルへ電話し部屋を取ってくれた。

「ヨシ。さぞ疲れたでしょう。とりあえずホテルへ行って、身体を休めていてね。私たちはさっそく、ミスター尾倉浜とコンタクト取ります。あなたのリタイヤは私から伝えておくわ」

 これで帰国は取りやめとなった。再び消費者金融のお世話になることもなかった。そして、休暇生活に入った。まあ、見方によっては、ニックと選手交代したようなものである。

 当時の僕にとって、マ・メゾン・ソフィテルは超豪華ホテルだった。だからリゾート暮らしをしているような気分になり、イベント終了までの日々を優雅に過ごすことができた。

 玄関前の道を挟んで反対側には、大型商業施設「ビバリーヒルズセンター」があった。のちに、ニューヨークびいきのはずのウディ・アレンが、なぜかLA暮らしの人間という設定で、ベッド・ミドラーと共演。このショッピングセンター内を行ったり来たりするシーンを多く取り入れた、ちょっとつまらない映画を作った。右隣りにはハードロック・カフェがあり、いつも観光客が待ち列を作っていた。

 僕の部屋はこのビバリーヒルズセンターに面する側とは反対の側にあり、テラスからビバリーヒルズ一帯や「HOLLYWOOD」の看板がある丘が一望できた。夜景は特に素晴らしかった。

 部屋の構造や装飾は工夫が凝らしてあり、引き篭っていても息が詰まることは全くなかった。

 それまでと打って変わり、朝は心ゆくまで寝た。ルームメイクは在室のまま頼み、会話をしながらメイドの手際良い作業を眺めて楽しんだ。そのあと、ロビー階に降り、フロントへ鍵を預けてコンシェルジェ・デスクに行き、LA観光のレッスンを受けた。彼女からレッスンを受けていると、必ずベルボーイもやってきて彼の視点からもホットスポットを教えてもらった。しまいに、現地のツアーガイドができるのではないか思うほどLAに詳しくなった。レッスンが終わると、ホテルやビバリーヒルズセンターのレストランで朝食兼昼食をした。そして部屋に戻り、午後はゆっくりと仕事をした。

 仕事と言ってもノンビリしたデスクワーク。一つはイベントムーブ社にとって参考となりそうな情報や知識を整理し、日本にいる祥子ちゃんに翻訳をしてもらった上、ジェーンに流す仕事。ニックが復帰してから一時は彼に翻訳を頼んでいたが、僕が離脱してからニックは尾倉浜さんの指揮下に戻り、もう頼めない。が、たとえファクシミリのやり取りだけでも祥子ちゃんとコンタクトできるのは幸せだったから、ニックへ頼めない状況は大歓迎だった。

 もう一つのデスクワークは、経緯報告書の作成だった。離脱を決め込んですぐ、伊野さん藻鷹さんに電話し了解を得たのだが、報告書提出が条件となったのである。

 まずはニューヨークの伊野さんへ電話した。彼もジェーン同様、唖然としたようだった。

「そんな! なにも君が引くことはない。引き続き堂々とやっていなさい」

「でも、尾倉浜さんが・・・」

「チンピラは私に任せておきなさい。今すぐ日本に引きずり戻してやる!」

「でも、藻鷹さんとの関係上・・・」

「うーむ・・・」

 この時点では尾倉浜さんの不正はまだ発覚していない。伊野さんは戸惑った。

「うーむ、わかった。とても残念ですが、仕方ない。まあ、本来は尾倉浜の仕事なんだから、当然とも言える。いやしくもまだ金星グループのバッジをつけているんだ。やるだけやらせてみよう」

「すみません・・・」

「なにも君が謝ることはない」

「ありがとうございます」

「だが、田中君。たとえ奴が今度のイベントを無事切り抜けようと、私は絶対、処罰するからね」信頼できる大企業の役員という気迫に満ちていた。

 かたや藻鷹さんにあっては、「田中さん、ご免ね。本当にご免ね・・・」と謝り出した。もしどちらかが謝る必要があるのなら、それは僕のほうだと思っていただけに、驚いた。

 イベントムーブ社のおかげで体制は万全だ。イベント実行上なんら問題はない。そのことは確信していた。とはいえ、熱いコーヒーをぶっかけるのに比べたら遥かにましだが、尾倉浜さんとは喧嘩別れしたも同然だ。藻鷹さんと尾倉浜さんの関係にひびが入ったかもしれない。叱られることも覚悟の上で電話をしたのだったが、逆に謝られたのである。

「僕も何度か似たような目に遭ってきたから・・・」電話を切る際、藻鷹さんはポツリと言った。最後の最後まで優しい人だった。

 ともあれ、伊野さんも藻鷹さんも、リタイヤを承認する代わり経過報告書の作成を求めてきた。

 初めは私情を抑えず、思うがまま作成した。読み返してみると尾倉浜さんが極悪非道のような内容になっていた。が、彼は殺人犯でも放火犯でもない。その時点では彼の不正も発覚していない。どうせ時間はたっぷりあったので、何度も見直し、最終的には私情を綺麗に排除した報告書を提出した。

 それでも時間はぞんぶんにあったので、プールで日光浴をしたり、手頃な観光スポットへ行ったりと、のんびり過ごした。

 しかし、どんなに出歩こうとも、夕方には必ず部屋に戻りジェーンからの電話を待った。相談事が発生した場合にはホテルに電話連絡、レストランでミーティングをする取り決めとなっていたのである。

 が、本格的にアドバイスをする必要性は、結局、発生しなかった。ミーティングは四回実施したものの、彼女の愚痴を聞くだけの形としかならなかったのだ。

 一回目は、尾倉浜さんたちとの初回打ち合わせに関する愚痴だった。

 僕が離脱した翌日、泡を食った尾倉浜さんは、アシスタントプロデューサー、ディレクター、アシスタントディレクター、通訳、そしてニックと、二十名近い人数でオフィスに大挙乗り込んできたらしい。僕から日本人の集団行動について事前説明は受けていたものの、いざ自分のオフィスに降りかかってみるとびっくり仰天。しかしながら、僕には尾倉浜さんの金魚糞心理が手に取るように分かり、ジェーンには悪かったが、その様子を想像して心の中で笑い転げてしまった。

 二回目のミーティングは、彼らが金魚糞で押しかけた翌々日だった。今度は、ジェーンも嬉しそうに話した。なんとまあ、「カルフォルニア工場分のディレクション・フィーはやはり払う。だから全て当初の予定通りに頼みたい」と秘書を通じ丁重に伝えてきたのだという。

 後日ニックから聞いた話でもあり、また、聞くまでもなく推察できた話でもあるが、金魚糞で押しかけた後、連夜、極秘のディレクター会議が催され、その結論としてイベントムーブへ全部任せることを尾倉浜さんへ上申することになったのだ。

 実は、ディレクター陣、渡米前から不安を感じていたが、自分一人では怖くて尾倉浜さんへ意見することができない。口をモグモグさせるのがいいところ。だが不安はいよいよ確定的となり、協議の結果、一致団結して進言したのである。下品な言い方をお許し頂くなら、彼らはケツをまくったのだ。

 ジェーンは勝ち誇ったように、しかし溜め息まじりに言った。
「私たちは米国でもトップクラスのプロなのだから、ヨシのように任せ切ってくれればいいのに。余計な回り道をして・・・」

 三回目のミーティングは、実質、お祝いの食事会だった。先に行われたメキシコ工場でのイベントが終了した翌日だった。さすがのジェーンも、税関通過が本当にスムーズに行くかどうか不安だったようで、無事に済み、ホッとしたらしい。寿司レストランで一緒にかなり日本酒を飲んだ。

 最後の四回目は、カルフォルニア工場でのイベントが終了した翌々日、ビバリーヒルズのジェーンの豪邸で行われた。ジェーンのご主人やノーマン、その他イベントムーブ社のスタッフたちも多く加わったフェアウェールパーティとなった。パーティの終わりが近づき、ジェーンは言った。

「ヨシ。正直言って、あなたが支払い責任者でもない限り、もう似たような仕事はしたくないわ」

 一旦は、消費者金融を総動員してでも現金を集めると意思決定したものの、ジェーンの好意で結局リスクを負わずに済んだ僕。気恥ずかしかったが、嬉しかった。別の機会を見つけて何かまともな仕事を引っ張ってきてあげたいとも思ったが、僕だってコリゴリ。彼女と二度と一緒に仕事をすることはなかろうと思い、淋しく感じた。

 いよいよ別れる時がきた。ホテルへ送ってくれるノーマンが乗ったオープンカーの横で、ジェーンは握手の後、僕を軽く抱き締め頬にキスをしてくれた。

「チュ」と音がした。

「唇にもキスして・・・」

 淋しさを紛らわせようと僕は冗談を言ってみた。彼女は笑いながら人指し指を立て横にふりふり、「それは夫婦がするキスよ。唇にキスして欲しいなら、あなたも誰かいい人と結婚しなさい!」

 暇さえあれば祥子ちゃんのことを考えていた僕の心に、この言葉は錆びた槍のように鈍く突き刺さった。

 ホテルの部屋に一人戻った僕は、夜景を見渡した。とても奇麗だった。が、とても悲しかった。

(イベントは終わった。祥子ちゃんへ依頼する仕事はもうない。コンタクトを取る口実はなくなった・・・)

 ライティングデスクの引き出しを開け、初めてもらったFAXレターを取り出した。それを読み返すことで、あの時の幸福感を蘇らせようと試みた。だが、効果は逆となった。慌てて読むのを止めた。

 どうにか感情を抑えた僕は、最後のレターを書いた。おかげさまで無事終了と報告し、お礼を述べ、不足額があれば請求下さいと書いた。

 書き終えたレターを持ってロビー階に降りた。コンジェルジェにFAX送信を頼んだ。それからラウンジへ行きウイスキーを頼んだ。

 ラウンジではロマンスグレーのピアニストがソロで演奏していた。スタンダードな愛の歌専門だった。哀愁を帯びたアレンジは僕から精気をどんどん奪い取っていった。しまいには、黄泉の国から響いてくる風鈴の音のように聴こえた。

 僕は身震いをした。

(このままじゃ、消えてしまう・・・)

 ピアニストにチップも渡さずホテルを出た僕はタクシーに飛び乗り、サンセット通りへ向かった。

(ハードロックしかない!)

 本能的にそう思ったのである。

 金曜日の夜。サンセット通りはごったがえしていた。

 ヘヴィメタルバンドのポスターから飛び出したような二十歳前後の若い男女や、ヘルズ・エンジェルズのような三十歳前後のハーレー・ライダーばかり。ネクタイこそ外してあったが、ただ独り紺のスーツを着ていた姿は、またもや浮いていたはず。だが、絶望に押し潰される寸前でそんなことは気にもならなかった。僕は彼らを押しのけウイスキー・ア・ゴーゴーへ飛び込んだ。

 今度は、足の踏み場もないダンスフロアーだった。だが、力づくで割り込み、踊りまくった。

 最初のバンドの持ち時間が終り、次のセッティングが始まった。ダンスフロアーの人ごみはバーカウンターの方へ移った。BGMとして流されたボン・スコット時代のAC/DCの曲に合わせ、僕は引き続き踊りまくった。

 次のバンドが始まった。前のバンドとは異なり全く覇気がない。こんな演奏ならさっきのBGMのほうがずっといい。

 別の店を探そうとクラブを出た。

 サンセット通りはますます混雑していた。すぐ見つけた物知り風の男に、自分の希望を話した。彼は「レインボー」という名のクラブを教えてくれた。人ごみの中を僕は早足でレインボーへ向かった。

 突然、左耳に鼓膜が破れそうなほどの罵声が飛び込んだ。自分に浴びせられたと思い、立ちすくんだ。ところが、ヘヴィメタ風の男と軍人風の男の殴り合いだった。ドスドス! 鈍い音を立てた。

 五十センチほどの至近距離で展開されたからであろう。瞬時にもかかわらずスローモーションのように見えた。反射的に割って入った僕は、両者に両手を押し立て「Take it easy」と二度、大声ながらも囁くように言った。正確な意味を知っていたわけではないが、何かの映画で、相手の感情を押さえるシーンに使われていた。

 二人は殴る蹴るを止めた。そして、僕には目もくれず、鼻息を粗げたままそれぞれ反対方向に去っていった。

 騒然とした人ごみの中、僕はふと我にかえった。と同時に、唇に激痛が走った。ゲンコツがかすめたらしい。手を当てると、ぬるりとした。

(血だ!)

 僕は慌てて上着のポケットをさぐった。だが、ハンケチだのティッシュだの気の利いたものは出てこない。ズボンのポケットにも手を突っ込んだ。左のポケット、右のポケット。しかしバラ銭だけだ。右後ろのポケットも薄っぺらな財布だけだ。最後にズボン左後ろのポケットに手を入れた。すると、ティッシュよりは堅いが、ある程度は柔らかい紙が手に触れた。血がふければなんでもいい。構わず取り出した。

 ところが、それは祥子ちゃんから初めてもらったFAXレターだった。自分でも知らぬ間に、ポケットへ押し込んだらしい。汗にまみれた感熱紙に、ベトベトの血が追い討ちを掛けた。

(もうゴミくず同然だ・・・)

 感熱紙を強く握りしめながらも、膝からは力が抜け頭からは血が引いて視界は暗くなりかけた。

 すると、誰かが僕の左腕を支えた。続いて、右腕も、左肩も、右肩も。数本のけむくじゃらな腕が、乱暴なまでに支えた。

「よくやった! もう大丈夫だ」

 We f'n love L.A.と刷ったTシャツ。前回ウイスキー・ア・ゴーゴーで一緒に踊ったゴリラ男とその仲間たちだった。自警団気取りの彼らは、近くをパトロール中、ケンカの罵声を耳にし飛んできたのだ。

「さあ、飲みに行こう! どこに行きたい?」

「レインボー・・・」

「そうか、レインボーか。そりゃ最高だ!」ゴリラ男は大声をあげた。

 仲間の一人がバンダナを差し出した。顔をぬぐい、レインボー目指して歩き始めた。

「I wanna Rock'n Roll allnight!」

 力が戻った僕は、「KISS」のロックンロール・オールナイトのリフレインを叫んだ。ゴリラ男もその仲間も、通りを行き交う連中も、すぐさま呼応し、道は怒号の合唱となった。

 上着の内ポケットには、血と汗と涙にまみれた感熱紙が、しっかりと入っていた。 

                                     <おわり>

 
  書評 by 大森望氏(書評家・翻訳家) 

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                 蒔苗昌彦

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2006年10月22日

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