一、ガスなし電気なし水道だけ
「すっかりオケラでねえ・・・」
「はあ?」
アスファルトとコンクリートで固められた街しか知らない若い弁護士は、螻蛄(おけら)など見たことも聞いたこともない。意味も形も分からず、口をぽかんと開けた。
「この近所にアパートを借りるような金がないっていうことですよ。生活費も当てがないしなあ」
「はあ、そうですか・・・。では、権利、放棄なさいますか?」
「うーん・・・」
高泉(こうせん)は頭を掻きながら考え込んだ。寺といっても、廃墟同然。門前の産業道路は大型車輌がうなりをあげる。
![]()
初夏だった。境内は放置された草木で埋まっている。が、ふと、隅っこに小さな祠があるのに気がついた。木腐れしかけているものの、賽銭箱がついている。
(寺なのに祠があるのか。犬小屋かと思ったぜ・・・)
ぶつくさ言いながら高泉(こうせん)は近づいた。すると、祠のふちには一円や五円に混じり百円玉も置かれている。見えるところにこれだけあるなら、中にはもっと入っているかもしれない。
「条件通りに相続したら、この金も使っていいのかなあ?」
「維持管理を担当する以上、かまいませんよ」
![]()
遺産を残した親戚は、縁の薄い義理の叔父だった。二十年ほど前、大学生だった高泉が上京した際に二、三度、自宅に泊めてやった。桁違いの金持ちにありがちな気まぐれでこの地所を手に入れ、高泉(こうせん)を相続人に指定したことどころか自分の持ち物であることすら忘れ、他界した。が、忘れて当然。敷地は三〇坪もなく、南側には別のお寺の離れ墓所、西側はゴミ運搬車の車輌基地、北にはウナギの寝床のような公園を挟んで太い運河が流れる。コンクリートで護岸処理される以前は、幾度となく土砂が崩れ落ちたほど。そのせいか寺は崩落寺と呼ばれ、深川にほど近いものの、査定はやたらと低い。
(あとは寝泊りする場所だけか・・・)
本堂内には何やら不気味な像が二体あり、プロレスラーも驚くほど体格がいい高泉であっても寝起きする気になれない。が、寺の裏には何とか横たわることができそうな物置小屋がへばりついている。
「あそこに住み込んでもいいのかね?」
「高泉さんの自由ですよ。でも、実際に暮らすこと、できるんでしょうか。ガスも電気も来てませんし。水道だけですよ」
(ま、ホームレスになるよりもましか。いざとなれば、とんずらしよう!)
info@free-web-college.com