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「寺と風呂屋と謎の観音」  フリーWebカレッジ  蒔苗昌彦


二、賽銭箱とハゼやらフッコ

 数週間後。手続きが終わり自分のものになった寺へと移った。

 就職難で苦労したせっかくの会社が倒産した後、アルバイトとアパートを転々としているうち貯金も底をつき、ホームレスへのカウントダウンは始まっていた。そんな高泉にたいした持ち物はない。ダンボール数個に押し込み宅配便で送っただけだ。残り僅かとなった本も古本屋に押しつけてきた。寺には電気がないことだし、CDもMDもない上、テープが絡んでばかりのラジカセも捨ててきた。

(いやあー、住所不定にならなくてよかったなあ・・・)

 ずいぶん前のことだが、タマちゃんなるアザラシが出没した河川のある自治体が、当人の意思にかかわらず住民登録をしてあげたことがある。これを知った在日外国人が「それなら税金を納めている私たちも!」と、アザラシに扮装して役所に押しかけた。さすが、このタマちゃんにはかなわなかったが、ろくすっぽ税金を納めてこなかった高泉であっても、弁護士事務所の力を借り、きちんと手続きをしてもらえた。

(どれどれ、俺様の権利物となった賽銭箱、開けてみよう!)

 引越し一番、家捜ししてみたものの、鍵は見つからなかった。代わりに見つけた道具箱の中から錆びたハンマーを取り出し、ゴツンと錠を叩き壊した。なんせ大男。四十を過ぎても力は強い。

(ふむ。ま、この程度だろうな)

 お札はなかったが、小銭はじゃらじゃら。いつ頃からの累計だろうか? 月額はどのぐらいだろうか? そんな疑問もよぎった。

(考えても仕方ないか・・・)

 ものぐさが染みついた高泉は、妙に楽観した。いや、妙に楽観する手合いだから、ものぐさが染みついてしまったとも言える。

(ミミズは境内でいくらでも取れそうだしな・・・)

 北側の運河では、平日の真昼にもかかわらず、釣り人が結構いる。いい釣り場なのだろう。高泉の楽観はさらに強まった。

(どんな魚が釣れるのかな? 食らう以上は調べてみよう!)

 撤収したじゃら銭を裏小屋に隠し、南となる門前に出た。産業道路を挟んで反対側には、巨大な倉庫と消防署が並んでいる。十メートルほど北上すると、やたら単調なデザインの小さな公園がある。そこを経由し、ぷらりと運河の護岸へ出た。

 四半世紀も経とうナイロンのジャージはひどくダサいが頑丈な作りで、いまだ持ち堪えている。サンダル履きが涼しいものの、梅雨前の日差しだ。足もとだけでは放熱が追いつかない。

(近くにコインランドリーあるのかしらん?)

 月二回ほどまとめ洗いする程度の衛生感が残っていた高泉は、汗を吸い取っていくジャージを気にかけながら、釣り人へと近づいていった。

「こんちわ! 何が釣れるんですかあ?」

 のぞき込んだポリバケツには小魚が十匹ほど入っていた。

「今日はハゼ釣りですがね。狙えばボラも釣れますよ。あと、フッコもたくさんね」

「フッコって?」

「スズキの子供。刺身、おいしいよ」

 小柄な釣り人はにこやかに答えた。

 どうやら定年退職後の暇つぶしのようだ。立場は違うがこちらも暇だ。情報を入手しようと決め込んだ高泉は、横に腰掛けた。護岸のコンクリートは太陽で暖まっていた。硬いがお尻は冷えない。

 期待通り、釣り人は詳しくレクチャーしてくれた。二時間ほどで自分までがエキスパートになったような気がした。

「で、釣りざおって、いくらぐらいですか?」

「なに、初心者用なら今じゃ安いものですよ・・・。でも、買うことはない。お古で良ければ私のところに沢山ある。一揃い差しあげましょう」

「いやあ、いいんですかあ? すみませんねえ」高泉にしてみれば特大級のお礼の言葉だ。

「で、どこにお住まいですか?」

「すぐそこの寺ですよ」

「へえーっ、崩落寺!」釣り人はすっとんきょうな声を出した。

「あそこ、人が住めるの? あなたお坊さんにはみえないけど」

「つい最近、とりあえず管理人として住むことに決まったのですよ」

「ふーん、ほんとう。私は、南のほうの地下鉄寄りに住んでるが、明日もこのポイントに来るから、お寺へ届けましょう。昼過ぎでもいますか?」

「えー、境内の草刈でもしながら待っていますよ。それじゃあ、どうも」高泉は管理人よろしく言い残し、寺に戻った。

 夏至に向かっていくばかりの時季。まだ梅雨は訪れていないから陽は長い。夕刻とはいえ、昼なみである。狭いながらも我が境内、ゆっくり何度も周ってみた。

 背の高い木も、何本かある。一本は高さのみなず、太さもすごい。南西の角をどっかり占領している。葉っぱの形からしてイチョウの木だ。低木もあちらこちらで密集している。雑草は、量だけでなく種類も多い。

(うーむ。考え方によっちゃあ、なかなかいい住処かも?)

 庭付きの家に縁がなかった高泉に、住めば都となりそうな予感が湧いた。

<次の章へ続く>

 
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2006年10月20日

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