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「寺と風呂屋と謎の観音」  フリーWebカレッジ  蒔苗昌彦


五、賽銭泥棒と思いきや

 師匠の指導がよかったせいか、釣りは成果をあげた。フッコが何十匹も釣れたのである。

「さばき方、分かるの?」高橋さんは別れる間際に確認した。

「よく分かりませんがね。適当にやってみますよ。生で食べられるんでしょう?」

「うん。でも、包丁はあるの?」

「ありませんよ。料理なんて滅多にしないから。キャンプ用に買ったサバイバルナイフがあるので、それでやってみます」

「ナイフ? それではやりにくいでしょ」

「いや、多用途の上、かなりしっかりしているから。どうにかなるでしょう」

「そう。じゃあ、怪我をしないようにね・・・」

 高橋さんは心配しながら帰っていった。

(腹、減ったぜい!)

 草刈りをする前に、固形燃料と飯合でインスタントラーメンを食べたきりだった。高泉はさっそく刺身を食べることにし、境内北側の洗い場へ直行した。なにしろ、北西の隅っこにある便所すら年代物の汲み取り式。水が来るのは洗い場だけだ。横幅一メートルほどの長方形。石の箱に、排水の穴だけある形状だ。しゃがんで水作業するにはちょうどいい高さとなっている。

 そばに転がっていたタワシで底を洗い、レジ袋に入った魚をぶちまけ、サバイバルナイフで魚をバラし始めた。魚の血が飛び散ったが、ともかく腹が減っている。まずは一匹つまみぐい。さらりと水で流しただけで、口へ運んだ。醤油もつけていないのに、結構うまい。食欲に火がついた。続けて二匹目をバラし口へ運び、三匹目をバラし口へ運び・・・。がっつくにしたがい、水で流すのがますます雑になったものだから、手も刺身も血が落ちていない。だから、口のまわりにも血がついてしまった。飢えた狼が獲物をむさぼり食うのと同じ絵柄である。

 さすが十匹目を過ぎると落ち着き始め、がっつくペースがスローになった。

 その時、門前の方向に、人の気配を感じた。

 明るい時間帯だったから、特段、緊張もせず、なんの気なしに門前方向へ歩いていった。すると、祠に向かって、かがみながら手を伸ばしている男の後ろ姿が見えた。

 高泉同様、ジャージ姿。髪もボサボサだ。身長もあるし、かなり太ってもいる。

(賽銭泥棒かな? )とも疑念が頭をよぎった。が、白昼堂々、まさか。いや、祠のふちに置かれた硬貨に手を伸ばしたのかもしれない。

「お客さーん。何の用かい?」

 高泉は、その背後から声をかけた。

「うわっ!」太っちょは振り向きざま驚き声をあげ、顔を引きつらせた。

「なんだ。まだ子供じゃないか・・・」とつぶやいた高泉、思わずニヤリとした。

 すると少年は安心するどころか、恐怖のどん底に突き落とされたような顔になった。

「ははん。やっぱり、金に手をつけやがったな。けっ! 返却すれば何も言わねえからよぉー」

 右手にはサバイバルナイフを握っていたので、余った左手を差し出した。が、ナイフも両手も口のまわりも、魚の血がついたまま。少年のひきつった顔つきから、ようやく自覚した。

「ああ、これか・・・。今、魚を食っていてな。このナイフでさばいてよ・・・」と言いながら高泉はナイフを持った右手をあげかけた。

「きょえーっ!」

 パニックとなった少年は奇声をあげ、体当たりした。

 どすん! 

 高泉は倒れた。

 ムカッときた高泉。逃げようとする少年の足に飛びついた。

 びったーん! 

 こんどは少年が倒れた。それも前向きで門前の石畳に倒れた。しかし、生存本能が働いたのだろう。まるで白熊に襲われた象あざらしが海へ逃げ込もうとするように、門から外へもがき出ようとした。高泉はありたっけの力で足にしがみついた。

 門前の産業道路は、片側三車線。トラックが慌ただしく通り過ぎる。二人の叫び声は掻き消され、運転手には届かない。何台ものダンプが気づかないまま通り過ぎた。が、そのあと、中古のショベルカーがグアングアンと音を立ててやってきた。工事現場へ移動中だ。そもそも道路走行用に不向き。ガタがきていて音量も半端じゃない。スピードも遅いので、追い越してもらうよう、一番左の車線に寄せて走っていた。

 運転手は一瞬、異様な光景を目にした。もう一度見ようとしたが、ショベルが上へ下へと激しく揺れた。視線がうまく固定できない。

 ガキーッ! 

 運転手はブレーキを思いきり踏んだ。後続車は右側を追い抜いていくので追突されることはない。

「間違いない、通り魔だ!」

 門前の歩道には血だらけのサバイバルナイフ。運転手は確信した。

 ブアキーン、ブアキーン! ゴォーオオーン・・・

 運転手は恐怖心を打ち消さんばかり、会社に内緒で付けた特製クラクションを鳴らした。「取り付けてもいいけど、鳴らしたら責任持たないよ」と改造屋がとぼけた代物。それだけに怪獣が叫んだにも等しかった。辺り一帯、ぶきみな巨大音に支配された。他の車両の運転手もさることながら、はすむかいの消防署員も驚いた。二人の署員がショベルカーへ向かった。

「通り魔だ! 通り魔だ!」

 震えた声を出す運転手。だが署員は別の判断を下した。

「いやっ! 通り魔なんかじゃない。暴力団の抗争だ! すぐ警察に通報してこいっ!」

 なにしろドタンバタンやっている二人の体格はすごい。先輩署員が後輩署員へ通報を指示した。

「はっ、はい。暴力団の抗争、通報します!」

 後輩署員はきびすを返して署に戻り緊急通報した。警察の指令は、近くのパトカーを振り向けた。

「おいっ! もう大丈夫だ! 警察がやってくる。クラクションはもうやめろ!」署員はショベルカーへ駆け寄り、窓越しに運転手の腕をおさえつけた。

 怪獣クラクションは止んだ。静まりかえった中、ひいーはあーという二人の声が異様に浮き立った。

 今すぐ、どうにかできないものだろうか? そう思った署員は二人に詰め寄った。

「こらあ、やめんか! 二人とも!」

 怪獣も驚きそうな大声。なにしろ火事場の誘導用に発声訓練を積んでいる。この大声に、うつぶせでもがいていた少年は顔をあげた。

「あっ! 西山さん! 助けてえー!」

 隊員と目が合った少年は鼻血を噴き出しながら言った。

「え ? 斉藤じゃないか! いったいどうしたんだ!」

 西山隊員は面食らった。知り合いの少年だったのである。

 ショベルカーの運転手の言う通りだった! やはりこれは通り魔だ!

 西山隊員は、歩道にころがるナイフを蹴り飛ばし、高泉の背中に飛び乗って腕をねじ上げた。

「痛てててっ! な、なにするんだよ! 放せ! 放しやがれ!」

 今度は高泉が悲鳴をあげる番になった。日頃から身体を鍛えてあるとはいえ、高泉よりもずっと小柄。腕をねじ上げるにも容赦はならない。とにかく、署員にとって相手は通り魔だ。

「おいっ、今だ! 斉藤、離れろ!」

「はっ、はい!」斉藤少年は、腰を抜かしたまま、這いずり逃げた。

ピーポー、ピーポー・・・

 そこへ警察のパトカーが到着した。交番からも自転車で警察官が駆けつけた。停止していた無数の自動車からも野次馬がむらがった。警察無線をモニターしていたマスコミも駆けつけた。空撮のヘリコプターまで飛んできた。

「通り魔だって?」「いやっ、暴力団の抗争だとさ」「えっ? 最初の目撃者は通り魔だって言ってるぞ!」「被害者はまだ子供だってさ」「いやっ、相撲部屋の力士だってえ話だぞ・・・」

警察に封鎖された崩落寺の周囲では、様々な見解が飛び交った。

<次の章へ続く>

 
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2006年10月20日

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