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「寺と風呂屋と謎の観音」  フリーWebカレッジ  蒔苗昌彦


十一、猫と暇なゴリラと観音様

 草刈り機は持っていない。手作業である。真夏なみの陽ざしがそそぐ中、大変だ。

(馬鹿も休み休みにじゃないが、草刈りも休み休みにしたほうがいいな・・・)

 短パンにTシャツ姿の高泉は、猫の眉間ほどの草を刈っては、洗い場で水を浴び。また刈っては水を浴び。と、繰り返した。医学上の意識があったわけではない。根性がないだけのことである。が、結果的には、日射病やら熱中症にかかる心配はなく健全だ。

 十度目にもなろうか。また洗い場へ向かうと、北西隅の便所から突然、音がした。

 ドタン、バタン! ふぎゃっー! にゃーご、にゃーご・・・

 電話ボックス程度の小屋に、上下すかすかの簡単な扉がついた厠。居住者の高泉ですら使用しないため便層はカラカラに乾燥し臭いもせず、単なる穴と化していた。そこに猫が落ちたのだ。ちなみに、引越し以来どうしていたかとえば、北隣りの公園の水洗トイレを拝借してきた。

 高泉は穴を覗いた。猫と目が合った。助けを求められた気がした。しかし、手を突っ込んで助ける気はしない。それに、猫の腕を捕まえるには穴が深そうだ。

 にゃーご、にゃーご・・・

 猫は引き続き遭難信号を発する。

(そうか。あの天井板を使う手があるな・・・)

 裏小屋へ戻った。茶箱はまだ小屋の隅に置いてあった。だが蓋は壊れている。そのままでは台とならない。

(逆さにすれば使えるかしらん? いや、でも、底も突き破ってしまったな。ま、ひっくりかえすだけ、ひっくりかえしてみるか・・・)

 箱の天地を逆さにした。すると、なぜか底は抜けていない。

(おかしいな。勘違いかな?・・・)

 が、これでまた台にできる。ぽんと天井板を一枚外して床に落とし、今度は慎重に降りた。

 ふぎゃほにゃっ! にゃがっほがっ! 

 細長い天井板を便層の中に差し入れると、猫は一気に駆け上がった。さすがキャットウォーク、いや、キャットランだ。そのまま突っ走り、公園の茂みへ消え失せた。礼も言わずに一目散。どうやら野良猫のようである。飼い猫ならば、すり寄って感謝の意を表明するはずだ。もっとも、すり寄られては、単なる穴と化した便層から出てきたとはいえ、なんだかばっちい。野良猫でよかったと言えよう。

 で、消え失せた猫のみならず、板もばっちい。寝ぐらの天井に戻す気にはなれない。

(あーあ、またゴミが増えちまった。壊れた箱と一緒に持っていってもらうか・・・)

 しかし、このまま渡しては悪い気がしてきた。板を洗い場の横に放り投げ、水をバシャバシャかけた。オゾン層の破壊で紫外線が強くなっているのは知っていたから、あとは太陽の光にさらしておけばバッチリとだ判断し、野良猫の救助作戦をしめくくった。

(そう言えば、星乃湯。箱はバラしておけ、とか言っていたな・・・)

 たしかに、そのままでは嵩張る。茶箱を屋外へ運び出し、解体作業を開始した。右手にはハンマーがあった。賽銭箱の錠を壊した大きなハンマーである。

 まずはふたを外した。箱の底に、真昼の光が当たった。

(あれ? やっぱり割れていたのか・・・)

 が、よく見れば、抜けた底の下に、さらに板が見える。

(なんだ。二重底だったのか。壊す手間が増えちまったぜ!)

 箱の側面を、一面壊した。そしてさらにもう一面を壊そうと、地面と手と足の位置を梃子(てこ)の関係にして、力を入れた。

 ベキッ! 

 音を立てて箱の側面は外れ、同時に、二重底も崩れた。すると、ゴロリと太い筒が転がり出てきた。竹である。

 何のための竹筒だろうか? 二重底の厚みを支えていたのだろうか? 何しろ竹は頑丈だ。相当の重さを加えても潰れない。そのわりには二重底の上板は薄っぺらだ。竹に頼るほどの重量物を箱に収めていたとは考えられない。

(こういう時には手に取ってみるのが一番!)と思った高泉は草むらから筒を拾いを覗いてみた。何か詰め物がしてある。反対側を見てみれば、竹の節目になっている。

(この程度の重さじゃ、金塊が詰まっているとか、期待できないな・・・)

 ぼさぼさ頭に不精ひげ。草むらにしゃがんで竹筒を覗いたりひっくり返したり。暇なゴリラが遊んでいるみたいだ。

「あのー、すみません・・・」

 若い男の声が、耳に入った。高泉はもったりと振り向いた。

「管理人さんですか?」ネクタイ姿の若者は言った。

「ん?  あ、そうだよ。あんた誰?」

「田中工務店の加藤といいます。星乃湯さんの依頼で、看板を立てにきました」

「お、そうか! ずいぶん早くできたねえ。ご苦労さん」

 高泉は竹筒を片手に立ち上がった。

「で、看板は?」

 手ぶらの加藤君へ高泉は訊ねた。

「は、はい。車の中にありますので、今すぐ取ってきます」

 加藤君は門前の産業道路に止めてあるバンへ小走りで戻った。

(それにしても何じゃろな?)

 加藤君が戻ってくる間に竹筒をもう一度ながめた。が、面倒臭くなり、分解した箱と一緒に捨てることにした。

「ここでいいですか?」

 加藤君は看板を手に、祠の脇に立った。

 看板のデザインはシンプルだった。ただ、一本の棒に一枚の板がついているだけ。

『この祠。先の霊場と先の湯場。併せて効能、膝と腰』と筆字で板書きしてあった。

(ま、人畜無害の七五調といったところか。それにしても、墓場を霊場と言い換えたあたり、なかなかだな)

 星乃湯の主人の才覚に感心しながら大雑把な位置だけ見定め、あとは工務店の加藤君に任せた。

 作業手順。

 1.穴を掘る。
 2.コンクリート塊を埋め込む。
 3.看板の棒の先を差し込む。
 4.固着用のパテを隙間に押し入れる。
 5.土をかける。
 6.足で地固めをする。
         以上

 加藤君はテキパキと処理をした。

「パテが固まるまで半日ほど必要ですから、それまで看板に触らないで下さい。では、失礼します」加藤君はきちんと礼をした。

「うん、ありがとね」高泉も礼を返し、バンに向かう後ろ姿を見送った。

「あっ、そうだ。加藤君! ちょっと待ってくれえぃ! 引き取ってもらいたい物があるんだぁ!」高泉は解体した箱を渡し忘れたことに気づいた。

「これ、よろしく」引き返してきた加藤君へ高泉は指し示した。

「あ、分かりました。んんっ」なぜか加藤君は引き受けながらも曰くありげな咳払いした。

「えっーと、加えてもう一枚、天井板も・・・。今すぐ持ってくるからね」紫外線消毒は充分と判断した高泉は、ばっちい板も加藤君に渡した。

 知らぬが仏。解体された茶箱をバンの荷台に入れてきた加藤君は、天井板を肩にかついだ。

「では、失礼します・・・」と言いかけた加藤君。高泉の足元に竹筒が転がっているのに気づいた。

「高泉さん、その竹も処分するんですか?」と加藤君は訊いた。

「あ、これ? いいんかい、ついでに頼んで?」高泉は竹筒を拾って手渡そうとした。

「いいですよ。じゃ、ここで割ってしまいますね」

「なんで?」

「竹を火にくべた際、中の空気が急膨張して爆発音を出すことがあるんですよ。だから、半分に割っておこうと思って」

「でも大変じゃない? 竹って、頑丈だから」

「いいえ、お足元のハンマーを借りてよければ・・・」

 加藤君は天井板を草むらへ下ろしてから、ハンマーを手にした。そして竹筒を足で押さえ込み、両手でハンマーを振り下ろした。

 パカッ! 

 竹筒は割れた。

「あっ、高泉さん、何か出てきましたよ!」

 厚手の布でくるぐる巻きにした棒が、草むらへ転がり出た。

「なんだこりゃ? 薄汚いボロ布だぜ。こいつも捨てちゃってくれ」

「そうですか・・・ でも、一応、中身、確認して下さいよ」

「わかった、わかった。どれどれ」

 高泉は布を外した。すると、こんどは紙が巻かれた棒が出てきた。

(キャベツか玉葱みたいに、いくらむいても何もなし、というわけじゃないだろうな・・・)

 高泉は面倒臭がりながらも、巻かれた紙を解き伸した。

「それ、掛け軸のようですね・・・ あっ、観音様の絵じゃないですか!」加藤君は大声を出した。

 現れた観音図は、墨一色のシンプルな線画。はだけた胸は、女性にしては男性的、男性にしては女性的だ。

 芸術鑑賞なぞとっくに葬った高泉は、よれよれの掛け軸はどうでもよかった。しかし、金縛りにでも掛かったような加藤君のほうは心配になった。

「加藤君! おい、加藤君!」

 何度も声をかけたが加藤君は観音図に囚われたままだ。どうしたものか。

(そうか! 絵を見えなくすればいいだけのことだ)

 高泉は、ばさばさと音を立てて掛け軸を手荒に巻き始めた。

「あっ、そんなに乱暴に扱って!」加藤君は解き放たれたとたん、食ってかかった。

「わかった、わかった。丁寧にやるからさあ〜」

「あ、はい。すみません・・・」

「でも、なんだい加藤君。すごく真剣になって。観音を拝む宗教でもしてるの?」

「いいえ・・・」

「なら、日本画とか美術とかに興味があるのかい?」

「ええ、そちらのほうは、内装という仕事がら多少は・・・」

「ふーん。それにしても、ずいぶん熱心だね」

「いいえ、こ、これは仕事とかじゃなく・・・」加藤君は脱力ぎみで答えた。

「そんなに気にいったのなら、これ、加藤君にあげるよ。ほら」と高泉は巻き取った掛け軸を手渡そうとした。加藤君はギクッと身を引いた。

「えっ? い、いりません!」怯えるようにして加藤君は断った。

「なんだ、気にいったんじゃないのぉ。じゃあ、適当に処分してくれ。誰かにあげてもいいし・・・」高泉はまた手渡そうとした。

「だ、だめです! 高泉さん。そんなことしては!」加藤君は両手を後ろに引っ込めた。

「これはお寺のものです!」加藤君は大きな声を出した。

「うーん、そう言われてもなあー。こんなにくしゃくしゃで汚れた巻物じゃ、売っぱらうこともできそうにないしなあ。それとも古物として逆に価値がつくのかい?」

「そ、そういう意味じゃなくて。あー、どう言ったらいいのでしょう、崩落寺の重要な展示物にするとか・・・」加藤君は苛立った。

「展示? 盗まれちまうかもよ。いや、こんなボロいのを盗む物好きなんて、いやしないか」

「お願いする以上、盗まれないような仕掛け、提供しますよ」

「まさかセキュリティシステムというわけじゃないよね。ここには電話回線も届いていないし、だいだい俺はオケラだぜ」

「廃材を使って、展示ケース、作ります。お金はいりません。外そうした場合には、電池式のブザーがなるように仕掛けておきます」

「ふうーん。じゃ任せるよ。でも、展示する以上は、汚れを少しは取り除けんかね。ぜいたく言っちゃって悪いけどさあ」

「そうですね。修復はできませんけど、ホコリは払っておきます」

 ボランティアにもかかわらず、加藤君は重大な受注をしたように気負って帰った。

「二一世紀もどんどん進むっていうのに、若者が観音図に目を奪われるとはねえ・・・」

 有限会社田中工務店と記したバンを、門前の歩道に出て見送りながら、高泉はつぶやいた。

<次の章へ続く>

 
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2006年10月20日

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