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「寺と風呂屋と謎の観音」  フリーWebカレッジ  蒔苗昌彦


十二、三角地帯と白い球体

 数日後、加藤君は展示ケースを取り付けにきた。

「ほう、上出来だね。加藤君が自分で作ったの?」

「はい、そうです。うちみたいな小さな会社では、営業と製作は兼務のようなものですから」

「それにしても加藤君、たいそう力を入れたねえ」

「ええ・・・」

 本堂内部の南壁面に取り付けた展示ケース。その中の観音図へ視線を向けたまま加藤君は言った。

「絵のほうも、少しは見栄えがよくなった感じがするね。いじったの?」

「まさか。いじったりしません。埃とか取り除いただけですよ。でも・・・」

「なんだい。不具合でもあるのかい?」

「いいえ、不都合はありません。埃を除いたら作者の印章がはっきり観え、名前が分かったのです」

「そう。なら、いいじゃん」

「いいえ、その名前を、インターネットで検索してみたのですが、見当たらないんです」

「ふーん。こんなボロ寺にあったぐらいだから、無名なんだろうよ、きっと」

「でも、これほどの作品を描く人なら、無名とは思えなくて」

解き明かすことができなかったせいか、加藤君は悶々とした数日を過ごしたようだった。

「もっとも、まだ漢字でしか検索してませんので・・・」

「で、その漢字の名前は?」

「見ての通りですよ。石掛夫です」加藤君は掛け軸の左下を指差した。高泉はかがんで印章を見た。

「ペンネームにしても、ヘンな氏名だね。が、どう考えてもこんなの中国語とかじゃあるまい。きっと日本人だろうよ。『石が欠ける』という日本語にでも引っ掛けたのさ。もっとも、それじゃ自虐的だな」

「ローマ字で英語圏を検索しても無駄でしょうか?」

「いいや、試してみてもいいんじゃない。日本人って、自国の文化を誇示したがるわりには、自国の埋もれた作品や作家を発掘するのが今一つだからね」

「それは言えてるかもしれません・・・」加藤君はため息まじりで言った。

 まだ未来のある加藤君が肩を落とす姿を観て、高泉はネガティブな見解を示したことを反省した。

「ま、国産でも、加藤君の心を奪う作品が、ほら、目の前にあるだから。評価力のない連中は昼行灯(ひるあんどん)だとでも思って、気にしないこった」慰めになるような、ならないようなことを高泉は言い、加藤君の肩をポンと叩いた。

 

 加藤君は帰った。高泉はなかなか終わらない草刈りを再開した。

 背丈が様々な樹木はたくさんの陽を浴び、木の葉を大量生産していた。そのため、雑草は整理できつつあるものの、境内は引き続きミニジャングル状態だった。この緑をお目当てに、毎日色々な鳥が訪れる。

 一匹かペアでしか来ない山鳩。コンクリートに適応したドバトとは違い、羽が美しい。きじのようでもあるから、キジバトとも呼ばれる。人間に近づきそうで、近づかない。ほどよい距離を保ち、横目で人を観ながら地面をひょこひょこ歩く。

 ヒヨドリも、低い枝に止まって大きな声を出すので、かなり目立つ。

 ムクドリは百羽、二百羽もの群れをなして糞を撒き散らすこともあるため公害扱いされるが、幸い、崩落寺には十羽も来ない。

 群れをなしても愛嬌があるのはスズメ。稲作地帯となれば害鳥扱いだがここは大都会だ。

 糞害といえば、時季的にツバメが一家族、崩落寺の軒下を借りている。東正面の壁ではなく、墓所側の南壁面なので迷惑にならない。

 迷惑といえば、カラスは生ゴミを散らかす。だが、崩落寺では生ゴミは出ない。だから常連が二、三羽、発声訓練に立ち寄るだけだ。その声のおかげで、カラスを天敵とするドバトが住み着かないで済む。

 その他には、すぐ逃げてしまうのでメジロとも鶯とも見分けがつかない小鳥。また、尾がとても長く、黒い帽子にブルーグレーのチョッキが美しいにもかかわらず、四、五羽の小集団でぎゃあぎゃあ目立っておきながらすぐさま逃げ去る尾長鳥等々。

 さて、ここでクイズを一つ。

 以上ご紹介した来訪者の中で、一番図々しいのは誰でしょう? 

 カラスなようでそうではない。それはヒヨドリである。手を伸ばさない限り、かなり近寄ってもなかなか逃げない。

 南側、つまり別のお寺の離れ墓所側。そのエリアの草刈りを進めていると、しゃがんだ背中にヒヨドリの声が響いた。

(またあいつだな・・・)

 バードウォッチングはすでに飽きていた。振り向くこともなく、草刈りを続けた。ヒヨドリの声も途切れ途切れ続いた。

 草刈りは、南西の角に向かって少しずつ進んだ。すると、Tシャツ姿の汗だくな首筋に、小粒な何かが落ちてくるのを感じた。ちょうど、ヒヨドリの声の真下だった。

 一瞬ドキッとした。

 しかし、今は真昼だ。太陽はさんさんと照りそぞぐ。不安は続かない。が、いずれにしても鳥の糞ではなかった。ぱらぱらとしていて、ねちょねちょしてなかったからだ。

 高泉は草むらに片手をつき、しゃがんだまま真上を見あげた。

(なんだこりゃあ?)

 立ち上がったら頭どころか肩もぶつかろう高さに、イチョウの太い枝が伸びていた。そこに見慣れぬ球体がぶらさがっていたのである。

 図々しいヒヨドリ。高泉が真下にいるのに逃げやしない。引き続き枝にしがみき、球体を側面から口ばしで突っついた。すると、またぱらぱらと小粒が落ちてきた。

(あれ? 米じゃないか・・・)

 草むらの中に落ちた粒を拾いあげた高泉は、球体の中身が白米であることを知った。

 頭をぶつけないよう太い枝を避けながら立ち上がった。ぬーっと近づいた大男のひげづらで、さすがのヒヨドリもギャーギャー文句を言いながら飛び去った。

 下から見た時は、太陽の逆光もまぶしく、単なる白い球状に見えた。しかし、立ち上がり横位置から順光で見てみると、上段と下段の二段の球形。大きな球と小さな球の組み合わせである。目が粗く薄いガーゼだ。

 上段の球は、楕円形。お祈りのようにして組み合わせた両手の大きさほど。みっしり詰まった白米の重みで、だらりと垂れていた。小さな帯で太い横枝に吊るしてある。下段の球は小指のさきっぽぐらい。ぷちっと丸く張っていた。上下段は一枚の布らしく、接点にあたるくびれ目が白糸で絞り込んである格好だった。

 つまり・・・

 これは明らかに人間様がお裁縫で作った物。宇宙人とか妖怪変化がもたらした物ではない。

(いったい誰だあ、こんなの吊ったのは?)

 見れば見るほど古びたガーゼだが、よく洗ってあるようで汚れはない。吊ってから大して時間も経ってないようだ。昨日だろうか? 一昨日だろうか? それとも今朝だろうか? 高泉は頭を捻った。

(中身は全部、米なのかな?)

 ガーゼからは白米が透けて見えるが、さらに奥へと疑念を寄せ、ヒヨドリの開けた穴へ指を突っ込んでみた。そおっーと入れる細やかさなぞ持ち合わせていない高泉は、つい、ずぼりと右指を入れてしまった。

(おっととと・・・)

 慌てて両手で球体を包み込み、破れてしまった袋をどうにか受け止めた。

 そうして両手に乗った米の量は、一食分ぐらいにはなりそうだ。誰が何のために吊るしたのか分からないが、壊れてしまった以上は、今晩にでも食ってしまえ。高泉は洗い場へ行き、置きっぱなしの飯ごうに米を収容した。

 おかげで中断してしまった草刈り。どうせ今日はすでに飽きていた。再開することなく、午後一番の星乃湯へと出かけた。

 ともかく、日中の銭湯は広々として気持ちがいい。草刈りで疲れた腰や膝を楽にしてくれた。立てたばかりの看板もまんざら嘘でもない。良心の保全を確認できた高泉は心身ともにリラックスした。

 寺に帰った。仏像と火炎大神と観音図に囲まれ、寝転がった。

 電気が来てない以上、冷房はない。が、通気性はバッチリ。境内の緑を経由し通り過ぎる風が気持ちいい。眠気が増すとともに産業道路の騒音は遠ざかっていった。

 <次の章へ続く>

 
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2006年10月20日

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