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「寺と風呂屋と謎の観音」  フリーWebカレッジ  蒔苗昌彦


十八、となりの墓場も文化財?

 お姉さんを置いて、審査チームは去った。彼らはいったん区役所に戻って昼食を取り、午後また別の候補地で合流するらしい。

 結局、坐像と立像は、ちらり視線が置かれただけ。そんな程度じゃ審査が通らないのでは? 高泉は不安を打ち明けた。しかしお姉さんが答えるに、予備調査で由来はすでに明確となり、今日は実物の存在を確認しにきた程度だから大丈夫、とのこと。

「もし疑念があれば、逆にしっかり時間を掛けるでしょうから。手当ては出ることになると思います。来月中旬までにはご連絡しますね」と加えつけた。

 いくら掛け軸に気を囚われたとはいえ、全くと言っていいほど関心を払ってもらえなかった坐像と立像。よほどの安物なのだろう。それでも、推奨文化財に認定されるという。たいした由来ではないとはいえ、どの程度の代物なのか。参拝者の集客上で知っておいても損はないと思った高泉は、予備調査で掴んだという情報を尋ねてみた。だが、彼女は路線バスで次の現地へ審査チームよりも先に移動しなければならない。

「弟に、調査票のコピーを預けておきますから」と言い残し、出発しようとした。

 その時、門から、見慣れぬ青年が入ってきた。

「あっ、秋山さん!」「あっ、加藤さん!」鉢合わせになった二人は互いに驚いた。

「おたくの現地審査は、来週の火曜日ではありませんか?」お姉さんは言った。

「ええそうです。今日は別件で、崩落寺さんに用がありまして」青年は答えた。

「そうですか。お隣りどうしですからねえ。失礼しました」そう言って彼女は立ち去った。

「失礼します。私、秋山と申しますが、高泉さんですか?」青年は丁重に挨拶した。

「ええ、そうですよ」高泉は答えた。

「私、このたび、この職務に就任しまして・・・」青年は名刺を差し出した。高泉は名刺を受け取った。それには宗教法人高尚会の経営企画部長という肩書きがあった。

 青年は田中工務店の加藤君よりもさらに若い感じだが、部長というだけのことはあり、話し方はしっかりしている。スリムなボディにやや派手めのスーツという姿は、むしろ有能な芸能人マネージャーといった感じだ。相当のバイタリティがあるようで、ピッチリした長袖ワイシャツを細身のネクタイで締め上げていながらもこの暑い中、涼しい顔をしている。

「高尚会ということは・・・ 隣りの離れ墓所を管理しているお寺さん?」

「はい。いや、今まではとても管理とはいえない状態で。そのため、私が新しく職務に就いた次第です。今後ともよろしくお願い致します」

 秋山青年によれば、彼の叔父が高尚寺の僧侶で、高尚会の理事長。彼の父も兄も僧侶で、高尚会の理事。要するに親族一同によるファミリービジネスなのである。ところが最近、叔父さんの体調が芳しくなく、秋山青年の父と理事長を交代することになった。そこで、僧侶にならず企業に就職した秋山青年が、マンパワー補充のために転職。引き続き僧侶になる予定はないが、経営企画部長として、マネジメントに深く関わることになったらしい。

 若いのに、そのあたりを仕切る能力があるという。どういう類いの企業に勤務していたのか多少関心が沸いた。が、秋山青年が本題を切り出したので高泉は従った。

「そこにブロック塀がありますよね」秋山青年は境内の南側を指さした。

「戦後うちが立てたのですが、少しばかり境界線とズレているようなのです」

 勝手に転がり込んだ土地なだけに、高泉はそうした点に関しては考えてもみなかった。しかし、秋山青年の情報によれば、高泉でなくとも見過ごしてしまう程度の僅かなズレらしい。

「念のため、計測をしたいと思います。高泉さんにも立会って頂きたく、お願いに来た次第です。もちろん、対処の仕方も協議させて頂きたく」

 だてにシャツをタイで締め上げているわけではないらしい。秋山青年はとても几帳面なようだ。高泉は自分のだらしない格好をしばし忘れ、青年の外見と本質に好感を持った。が、何よりも、ブロック塀のズレを素直に報告してきたことが、好感の最大要因であることには違いない。

 高泉は快諾した。そして、両者は計測の立会い日を打ち合わせ、別れようとした。が、ふと両者は、互いに聞き忘れていたことを、同時に思い出した。

「で、おたくも推奨文化財、何か申請を?」高泉は先に切り出した。

「ええ。一点、申請しています」秋山青年は答えた。

「そう。あれ? でも、名刺には・・・」

「はい。名刺の通り、法人は千葉県にあります。本山も同じ住所です。区に申請したのは、隣りの墓所の仏舎利塔です」

「ぶっしゃりとう、って?」

「ご存じではありませんか? お釈迦様のお骨を納めた塔です」

「ああ、はいはい」高泉は誰から聞いたのかは忘れたが、ちゃんと思い出した。

続けて「でも本当に・・・」と高泉は言いかけたが、好感を持った秋山青年に対して失礼なので口にチャックをした。

 が、、、

「でも、本当にお釈迦様のお骨が入っているのか。疑問が沸きますよね」秋山青年は自ら平然と言ってのけた。

「いや、決して、そんな・・・」

 青年に対する多大な好感に支えられ、高泉は自分の大疑念を必死に隠した。

「ここだけの話ですが、うちの仏舎利塔が本物とは私も信じていません。しかし、信じる者は救われるという諺は、実に言えてます。鰯の頭も信心から、とも言いますし」

 高泉の疑念は、秋山青年のドライな考え方を前に露呈しなかった。

「ん、まあねえ」安心した高泉は青年に同意した。

「文化財の申請が通っても月々千円の手当てですが、電車賃の足しにはなりますから。これからは墓所の活性化に向けた企画のため、まめに来ようと思っているし」秋山青年はそう付け加えて自分の側の話を終えた。

「で、高泉さんのほうは?」

 訊かれた高泉は、申請の経緯と最新の状況を話した。

「なんなら、観てみる? 研究者に渡すことになった掛け軸は、見納めになるかもしれないしね」

 高泉は青年を本堂内部に導いた。さきほどの審査チームとは異なり、青年は計三点を公平に淡々と見渡し、「たしかにこの観音図、美術品として優れているのでしょうね」とだけコメントした。

 二十世紀のジャージ姿と二一世紀先端のブランドスーツ姿が、仏像、火炎大神、観音に囲まれている構図は、極めてアンバランス。せめて僧服をまとった人間の一人でも居て、調和をとって欲しいところだ。

 最後に高泉は、賽銭箱を新設したことに関し、コメントを求めた。

「お賽銭を投げることで願い事の実現性が高まる・・・ といった気がする。そういった心理効果でしょうから、お寺であっても構わないと思いますよ。むしろ来客者数が増加するかもしれませんね」秋山青年はコメントを事務的に述べた。

 しかし、「ただし・・・」と言って彼は二点、付け足した。

 一点目は、崩落寺が高泉個人の所有であるかぎり、所得税が賽銭箱にも及ぶという税務上のアドバイスだった。

 二点目は、ジャージ姿の人が寺にいると賽銭箱収入が伸びないのでは、とのアドバイスだった。つまり、演出効果上、たとえ管理人であっても何かしら寺の雰囲気に合った服装をしたほうがベターという意味である。

「そうは言ってもなあ。このジャージぐらいしかないしなあ・・・」

 秋山青年を門まで見送りながら、高泉は頭をかいた。

 そこに、助けてやったきり姿をみせなかった野良猫が、門からのっしのっしと入ってきた。野良猫は立ち止まり、じろりと高泉の目を見た。そして、本堂の屋根を陣取ったカラスが「かあかあ」と鳴いた上で「あちょ、あちょ」と奇声を発した。突然、西風が吹き、イチョウの枝葉がおーんと鳴った。

<次の章へ続く>

 
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2006年10月20日

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