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「寺と風呂屋と謎の観音」  フリーWebカレッジ  蒔苗昌彦


十九、楽観して悠然、悲観して節約

 地獄の二日酔いに、特製の点滴。審査チームへの気疲れ。午後いっぱい、病人同様に眠った。そして、夕方に目覚めた

(こういう時は湯につかるか・・・)

 そうでなくても湯が好きな高泉は、特に長く星乃湯で時間を過ごした。

 身体を洗って湯船に入る。湯船から出たら水をかぶる。そしてまた湯船に入る。出て水をかぶる。寒暖の刺激を繰り返していくうちに、飲み過ぎで疲弊した胃腸の裏あたりの背中がほぐれてきた。

 のぼせてきた高泉はいったん浴場を出て身体を拭き、トランクスとTシャツ姿で脱衣所の縁側に出た。そこには竹で編んだ安楽イスがいくつか並べてあった。かなり古いが、涼しくて座り心地がいい。数メートルほど先はコンクリートの塀だが、庭いじりが唯一の趣味である主人が作った日本庭園が、それなりに広がりのある景観をみせていた。眺めているうちに、高泉はうたた寝をした。しばらくして目がさめ、再び服を脱ぎ、湯と水の寒暖をまた繰り返した。

「あんまり出てこないから、排水溝に流されちまったかと思ったよ」

 フロントへ出ると、冗談なのか嫌味なのか不明な言葉を主人から投げられた。湯当たりしてボーっとなっていた高泉は、形だけ礼を言って崩落寺へ帰った。

 

 午後も長い時間寝た上、星乃湯の縁側でもうたた寝をしたので、全く眠気がしない。蝋燭だけの寺の夜は、永遠のように続く。

(場合によっちゃ、これで見納めか・・・)

 掛け軸の前にあぐらをかいた。蝋燭の明かりであっても、墨一色の線画なだけに、観音の姿は明瞭だった。それにしても、こんな簡単な絵柄に、なんで惹き付けられるのだろう? 暇つぶしに、その魅力発見に最大の努力をしてみた。しかし、いくら時間を費やし首を捻ってみても、成果はゼロだった。

(ま、研究家が何か大きな発見でもしたら、さっさと売っ払っちまえ!)

 そうつぶやいた高泉は寝転がった。そのままさらに時間は過ぎた。だが、まだ眠気はしない。

(仕方ない。また酒でもひっかけるか。ただし、生き地獄に落ちない程度にな・・・)

 裏小屋に戻って一升瓶を見てみると、二合弱ほどしか残っていなかった。この程度なら連日の悪酔いとはならないだろう。が、眠気を誘うには足りない気もする。いずれにして高泉は有り難くちびりちびりとやった。

 残り半分となった。「もう半分しかない」と思うか。それとも、「まだ半分もある」と思うか。学生時代に友達と議論した楽観論・悲観論のことを、ふと思い出した。

(まあ、こういう長い夜だ。楽観をして悠然と構え、悲観をして節約する。それが残り半分との付き合い方ってところだな)

 そう考え、さらにちびりちびりやった。

(いや待てよ。半分の半分を飲んで。さらに半分を飲んでと繰り返していけば、永遠に酒はなくならない。あはは。なんだかゼノンのパラドックスみたいだな)

 高泉は僅かながらも酔い始めた。そして急に空腹を覚えた。当然である。今日は朝も昼も晩も食べていない。

(お粥でも作るかいな)

 深夜の洗い場へ移動し、装置一式を展開した。七輪。練炭。金網。飯合。蚊取り線香。残りの酒が入ったアルミコップ。具が残っていない味噌漬けの入ったタッパウエア。以上である。

 おかゆができた。味噌をまぜ込み一気に食べた。食べ終わった後、一息つき、いよいよ半分の半分になってしまった酒をまたちびりと口にした。が、どうも物足りない。

(そうだ! あのきのこ、まだ生えていないかな?) 

 想えば、味噌屋のお婆さんから借りた七輪を初めて使った夜。洗い場シンク下に群生していたきのこを網焼きした。それはとても香ばしかった。

「ありやがった! ありやがった!」

 高泉は満面の笑みで、きのこを採って網焼きをした。あの時と同じ香ばしさは、住みついた当初から現在までの時間感覚を、百倍にも千倍にも引き伸ばした。

(なんだか、俺、完全に崩落寺の人間になってしまったみたい・・・)

 高泉は感慨深くつぶやきながら、きのこに味噌をちびりとつけ、残りの酒を頂いた。

<次の章へ続く>

 
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2006年10月20日

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