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「寺と風呂屋と謎の観音」  フリーWebカレッジ  蒔苗昌彦


二十四、それなら国際探偵じゃん

(また夢か! あ、おっとっと、急いで急いで!)

 すでに朝も七時を回っていた。起き上がった高泉は隣りの公園へ行き、用を足した。

(ふっー、さっぱりした。おっと、急いだから道具を忘れちまったぜ!)

 高泉はタワシとクレンザーを持って再度公園に行った。

 実は、税金も払わず公衆施設を使っていることに気がひけ、商店街の薬屋で安物のタワシとトイレ用クレンザーを買ってきたのである。

 それにしても、いつ寝入ったのか覚えてない。祠に供えてあったワンカップが腐っていたのだろうか? なにしろ連日の猛暑である。高泉は装置にクレンザーをかけ、取っ手の付いたタワシでごしごしやりながら考えた。

 昨晩も、研修のあと、高橋さんと一緒にまたちゃんこをご馳走になった。高橋さんが酔ってしまったので飲むのをやめ、自宅まで送った。高橋さんの奥さんは、お礼に千葉県特産の殻付きピーナッツを持たせてくれた。

(しめしめ。これをつまみに続きができるぞ!)

 と喜んだものの、崩落寺に戻ってから一升瓶がほぼ空であることを思い出した。そこで高泉は、何日か前から祠に置いてあったカップ酒を頂戴したのである。

(天界の夢、きのこが原因かな?)とも思い始めていたが、昨晩のおつまみはピーナッツである。酒が腐っていたにせよ、夢の原因はアルコールなのだろうか? いずれにしても肝臓の力は弱まっていくばかりのようだ。

「よう、久しぶり」

 門から境内へ戻ると、本堂に探偵島津が腰掛けていた。

「それにしても、すごい格好だな」

 ロングヘアー。もじゃら髭。寺男用の作業服。ブルーミラーのサングラス。両手にタワシとクレンザー。高泉の全身をつくづく眺めなら島津は言った。

「おう、島津探偵。元気そうじゃんか。で、それからどうした?」高泉はタワシとクレンザーを左手に持ち替え、右手でサングラスを外しながら島津に近づいた。

「おい。俺の話の前に、そのタワシ、どうにかしろよ」

「お、そうだな。ほいじゃ、とりあえずどっかに置いてくらあ」高泉は境内を見渡した後、北西の隅っこまで行き、手ぶらで戻ってきた。

 朝日はみるみる上昇した。さっそく蝉が鳴き出した。ミンミン蝉と熊蝉である。アブラ蝉はまだ聞こえない。

 ちなみにミンミン蝉はその名の通り、みーんみーんと鳴く。だが、熊蝉はくまくまと鳴くわけではない。わしわしと鳴く。大きな姿が熊のように大きいからそう呼ばれるのだろう。両方とも数十年前の都心部では聴くことがなかった種類である。

 アブラ蝉も、あぶらあぶらと鳴くわけではない。ただ、じーじーと鳴く。こげ茶色の見栄えが油紙のように観えるからだろう。さらに考えてみれば、最近都心ではなかなか聴くことができなくなったツクツクボウシは、おーしんつくつく。鳴き声通りの名称だ。ところが、ひぐらしは、夜明けと夕暮れ、かなかなかな・・・と淋しく鳴く。擬態、擬音、そして音が与える心象。蝉のネーミングはどうやら三分類できる。いずれにしても、地球温暖化やグリーン破壊で、蝉の生息分野は大幅に変化している模様だ。

「ところで、ご無沙汰してたのは、さっそく探偵商売が繁盛してるからかい?」

「複雑な仕事が一本、入ってな。手間を取ったんだ」

「どんな手間?」

「言えんよ。守秘義務があるからな。それに、教えた人間に累が及ぶことだってありうるから。その面でも徹底しておかなければならないしね」

「おー、こわ。訊くのはやーめた」

「ま、古物に関して海外まで足取りを辿る必要性があった、とだけ言っておくさ」

「どのぐらい行っていたの?」

「出ずっぱりだったわけじゃなく、行ったり来たりと忙しかったんだよ」

「へえー。なんだか国際探偵って感じじゃん」

「それより、掛け軸、無くなったね」島津は本堂内部へ視線をやりながら言った。

「ああ」

「ああ、か。調べてやったのに、そっけないね」

「あ、ごめん。作者のこと、分かったの?」

「いや。それに関しちゃ、俺は調べてない。加藤君と、彼のお姉さんの役割だろ?」

「今は違うよ。研究者が調べている。審査チームのメンバーだった人でね」

「それで壁に掛かっていないんだな」

「研究者が所属する機関に置いてあるとさ。で、島津さんは何をつかんだの?」

「和紙の製造時期、おおよそ当たりがついた。昭和らしい。それも太平洋戦争後の可能性が高そうだ。いちおうワープロしておいた。渡しておくよ」

「ありがとさん。あの研究者へ渡してもらうよう、頼んでおくさ。参考になるだろうよ」高泉は三つ折りのまま紙を引き取った。

 蝉の声が一層うるさくなってきた。ミンミン蝉と熊蝉に、アブラ蝉も参加したからである。樹木が多い崩落寺ならではの生命騒音である。

「でも、悪いねえ、わざわざ届けにきてくれて。郵送でも良かったのに」

「いいんだ。ほら、新しい名刺。地下鉄の反対側に事務所を設けたんだ。ゆっくり歩いても十五分ぐらいだからな」

「そうなんだあ。でも、探偵事務所とかいうと、もっと都心の、ほら、新橋とか銀座あたりがいいんじゃないの? ましてや国際探偵ともなると」

「まあな。だが、デフレとはいえ、あっちじゃ家賃がかなわんしな。それに、退職まで担当してたエリアに事務所があれば、それなりに便利なこともあるだろうし」

「そうしたものなの?」

「コネクションとかがな。ま、今日も、古巣へ挨拶に寄ってみるつもりさ」

「顔だねえ」

「インターネットばかりに頼る人間が増えたとも聞くが、やはり顔を合わせておくことが大切さ。たまにでもな」

「言えてるね」高泉は同意した。

「おっ、ごめん。携帯が鳴ってる」

 高まる蝉の生命騒音で、携帯電話の着信音を聞き逃していたらしい。島津は立ち上がり、息子から呼び出しを食ったと言い、帰っていった。

(さてと、このレポート。どうやって加藤君のお姉さんに渡そうかな。バスを乗り継いで区役所へ行くのも面倒だし・・・。郵送でもするか)

 高泉は他人事のように思った。が、手元には切手も封筒もない。

(土曜だけど、事務長は出勤しているだろうし。幽霊病院で封筒を借りるとするか・・・)

 院長に頼まれている資料はそうとう過去のものもあり、膨大な量だった。まだ何度も通う必要がある。通えば、入院患者と同じ献立とはいえ、飯をたらふく食える。高泉は今日もまた病院へ出向いていった。

<次の章へ続く>

 
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2006年10月20日

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