二十五、仙人の大前提
「ほんでなあ、ともかく社会は、法律を前提にして運営される。法律なしに、ただ人が群れているだけじゃ社会とは言いがたい」高泉は火炎大神への講義を続けた。
「だから、社会に暮らす以上、何かする度に一々契約を交さなくても、法律の制約を受けることになるのさ」
「なるほど。でも、反社会的な行動をする人はどうなんでしょうか? それでも制約を受けるのでしょうか?」火炎大神は質問した。
「しょせん、それ以前に成立している社会があっての、反社会行動だ。だから、ねじまがっていても、一種の社会生活さ。それに、だいたい反社会的な奴だって、社会に依存しなけりゃ生きていけやしないのだから」
「反社会なのに、社会生活というのは、概念関係論において矛盾となりませんか?」大神は反論した。
「まあ、『反』という言葉への意味づけ次第では、そうも言えるな・・・。だが、あんたの反論の意図を汲めば、反社会という言葉よりも、非社会という言葉を使ったほうが合っているかもしれん」
「いや、そういう意図ではなく・・・。社会に依存しながらも、社会を覆そうとする行為を指しているので、非社会とは呼べません。もし、非社会行動という用語をあてるのならば、人里離れた山奥で、一人きりで自給自足を行うようなケースだと思います」
「そりゃ、仙人みたいな生活だな」
「もっとも、完全な自給自足が可能ならばという、大前提が必要でしょうが」
「加えて、『私はここで仙人してますよ』と自身の存在を宣伝してもならんがね。そんなことしたら、たとえ物理的に完全な自給自足をしていても、精神的にはむしろ社会を過剰意識したパフォーマンス。いや、一種のペテンになってしまうからな・・・ あっ、ごめん。つい口が滑っちまって」
「いや、いいんですよ。私が人間の時、ペテンを重ねたのは味噌屋のお婆さんの言う通りですし、後悔は永遠に続けるつもりですので」
「なんだか、大変だねえ」
「いいえ。当然の報いです」
「まあ、気休めを言えばな、法律の網の目をくぐったような商売もこの世には結構あるもんで、そうした商売は法律に違反しないペテンだ、とも言えなくない。あんただけじゃないということさ。もちろん、強い意志でそうした商売にも手を出さない人も沢山いるわけだけど・・・」
「たしかに私は意思が弱かったです」
「いやあ、偉そうに講義をしている俺だって、意思はいまだに弱い。たとえば、まだ区へ税金も納めてないのに公衆の設備を私物化してるなんぞは、ペテンにこそ該当しないが、充分にインチキさ。ま、ここだけの秘密だけどね。もちろん、あんたと仏像を出汁にした賽銭箱もインチキだけど。が、こっちは公然の秘密っていうわけだ」
「ところで、法律を前提にして人間社会は成り立っていると師匠はおっしゃいましたが、それとペテンとの関係は?」
「ペテンと法律との関係論かあ。ちょっと難しそうだが、一考の価値があるかもね。法律は、ペテンのみならずその他犯罪や紛争、事故などを抑止する効果も期待されているわけだが、それはさらに、社会に帰属する人たちの至福を期している。ところがな。ああ、ところがだ・・・」高泉はもぞもぞし始めた。
「ところが、どうなんですか?」火炎大神は苛立ちを隠さなかった。
「ああ、悪い。ああ、本日の講義はここまで! もう起きて用を足すことにする。ほいじゃ」
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