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「寺と風呂屋と謎の観音」  フリーWebカレッジ  蒔苗昌彦


二十六、焼きちくわの煮物

 ふあーっ。もう朝かい。夏は盛りが過ぎても朝が早いや。おっと、まずは公園へ、と。

 もはや酒やきのこを飲み食いしなくても、火炎大神への講義をちょくちょく夢見るようになっていた。どうやら脳内に回路が確立されてしまったようである。 

「経済システムとはその根本特性からして人々をペテンに誘惑している」なあーんて俺は言ってたっけ。我ながらなかなかうまいこと言ったもんだ。

 公園から産業道路脇の歩道に出た高泉は、崩落寺には戻らず、そのまま病院へ向かった。とにかく膨大な事務資料で、やれどもやれども終わらない。

 が、冷静に考えればこれは当然のこと。明治時代、日本橋に開業して以来続く病院経営。何度か移転こそしたが、歴代事務長のやみくもな真面目さによって捨てずに保管されてきた資料は、近代型病院経営のタイムカプセルとも言える側面すらあった。

「おはようございます、高泉先生。今日もよろしくお願いします。まずはご朝食になさりますね。ごゆっくりどうぞ」

 胚芽米がたっぷり入った御ひつとどんぶり。焼きちくわ、人参、じゃがいも、たまねぎを煮たおかずを盛ったお皿。水っぽい味噌汁の入ったお碗。水出し麦茶の入ったコップとビン。これらを残して、事務長は応接室を出ていった。

「おっ、がっついてるな。ふえっ! いい歳こいて、坂上部屋の若造なみじゃな」

 夜勤と日勤の引継ぎの立会いを終えた院長が、応接室へ入ってきた。

「で、あっちのほうは、どうじゃい?」

「うん。昨日も、帰りがてら事務長と話してたんだけどね」催促されているわけではないことを知っている高泉は、御飯をパクつきながら話した。

「いやあ、お宅の病院、貸し倒れになっている案件、昔から多いんだねえ。ま、オケラの俺が言えた義理じゃないけどさ」

「なあに、創設以来の理念が、『治すのが先、取るのは後』じゃからな。ま、やっと治っていざ取ろうとしたら逃げられた、そんなケースもあるわなさ。健康保険が浸透していなかった昔ほどな」

「創設当初に戻れば戻るほど、寄付もずいぶんあったみたいだね。きっと、これを頼りに、その理念とやらも成り立っていたんだろうなあ」

「ああ。加えて、昔は、医者の腕に依存する割合が大きかったしな。当時なりに機械は高かったじゃろうが、今ほどではなかったじゃろうし」

「十年ほど前、高校のクラス会で開業医になった奴からも聞いたけど、設備投資の額がとてつもないんだって。何科だか知らんけどね。それが準総合病院となればなあ。こんなにオンボロい、あ、ご免。こんなに古い、あっ、これもまずいな。えーっ、これだけ歴史的風格が漂う病院でもそうとうの額になるよね」

「ああ、じゃから機械はあまり新しくしておらんがな。ふえっ」

「同じクラス会で、医療機器メーカーに勤めている奴もいてね。開業医と議論してたけど、製造個数が少ないうえ進歩が速いハイテク設備の単価が、高くならざるをえないのは仕方ない、とも思えたよ」

「ま、そうじゃろな。それに比べ昔は、極端な話、医者自身が食っていけさえすりゃあ、どうにかなったんじゃろうよ。取り損ねた薬代は別としてな」

「ふーむ。食っていければ成り立つという点なら、昔に戻れば戻るほど、病院と寺は似ている感じだな」

「死者に遭遇するという点でもな。ふえっ、ふえっ」院長は、朝食を終えて麦茶をすすっている高泉の顔を、じろりと観た。

「おいおい。隣りの墓地は別だが、うちの寺は扱ってないぜ」

「ふえっ。おまえだっていつか死ぬくせして。まあ、そのうち、死者の一人や二人、世話してやるわい。ふえっ」

「おいおい。俺は坊主じゃないんだ。葬式はやらんぞ」

「なんだ。その服、坊主の服じゃないのか?」

「これは寺男の作業服だあっ!」

「そうかね。わしから観りゃ、どうみても坊主の服じゃ!」

 この二人ならではの会話セレモニーは、いつもながらのパターンで決着した。院長は二階に戻った。高泉は本日もまた資料整理に取り組んだ。

<次の章へ続く>

 
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2006年10月20日

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