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「寺と風呂屋と謎の観音」  フリーWebカレッジ  蒔苗昌彦


二十七、お汁粉屋さんで緊急集会

「高泉さん! だんなさんが、来てくんねえか、てぇー」

 朝飯に加え昼飯もご馳走になり、さらに三時のおやつまで頂いて帰ってきた高泉を、星乃湯の女性従業員が待っていた。

 全盛期、星乃湯の働き手は、家族に加え、男女複数の従業員だった。が、その後、合理化が続き、従業員は徐々に減っていった。それでも、男性従業員は常に雇ってきた。建屋や器具の修繕、浴場清掃を担当してもらうためである。が、女性の働き手は、一時、奥さん一人となった。その時期は、長く続いた。しかし、頑張りが過ぎてか、奥さんは病気で亡くなった。昭和三〇年代までは、営業中の女湯にふんどし姿で出入りし背中まで流す、『さんすけ』と呼ばれる男性職務もあった。奥さんが亡くなったのは、こんな職務の存在などとうに忘れ去られてしまった頃なだけに、男性従業員を営業中の女湯に送り込むわけにはいかない。だから主人は、女性従業員の雇用枠を一名分、設けることにした。

 しかし、まともなボーナスが出るわけではない。花形の仕事でもない。誰もなかなか続かなかった。が、今の彼女は長続きしていた。

 業務提携による看板が立って以降、雇用主にそそのかされ、彼女は祠のさくらとなっていた。だから、崩落寺へはちょくちょく来ていた。なぜか東京に汚染されていない実直な彼女は、さくら要員として使われていることも気づかずに祠の信者となり、低い月給からお賽銭まで捻出していた。なにしろ彼女をそそのかすにあたり「銭湯の仕事は膝と腰が大切だ」と星乃湯の主人はやたら強調した。

「なんだ。わざわざ呼びにこなくたって、どうせ夕方行くのにさあ」

「いんやぁ。だんなさんは今、来て欲しいと言ってるだども」

「そう。じゃ、ちょっと待ってね。お風呂の道具、裏小屋から取ってくるから」

「いんやぁ。だんなさんは、今すぐ、来て欲しいと言ってるだども」

「わかった、わかった。このまま行くよ」高泉は彼女に従った。

 彼女は、すったかすったか、星乃湯に向かって歩き出した。高泉は大また歩きができるからいいものの、平均的体格の男性だったら付いていくのは大変だ。しかし、彼女は決してせっかちというわけではない。ただ単に、動作が機敏なだけである。そうでもなければ、女湯の世話仕事は長続きしない。

 二人が到着すると、フロントカウンターには主人ではなく男性従業員が座っていた。彼は「商店街のお汁粉屋へ来てくれ」との主人の伝言を伝えた。

 お汁粉屋に着いた高泉はガラリと格子戸を開けた。お汁粉屋のお婆さんは当然のこと、味噌屋のお婆さん、魚屋、肉屋の主人、八百屋、薬屋、お茶屋のお上さんがいた。中華屋、蕎麦屋のお上さん、寿司屋の主人、畳屋のお爺さんもいた。すでに彼らは、商店街をうろつく高泉には見慣れていたので、瞬時視線が集まったもののすぐ元に戻った。

「広告の付き合いだってしてきたし、お風呂クラブの回数券だって、商店街でまとめて買ってやってるじゃないか!」魚屋は食ってかかった。

「だから、回数券の残りは、土地を売った後、現金で返却すると言ってるだろう。信用してくれ」星乃湯の主人は落ち着き払って言った。居直っているようにも見える。

「誰も信用しないなんて言っちゃいねえ。そういう問題じゃなくてだな。困るから言ってるんだよ。困るから」寿司屋もいきまいた。

「困るのはよく分かる。だから今まで、苦しくても続けてきたんだ。だがなあ、色んな意味でもう限界なんだ。分かってくれよ」

「分かってないなんて、言っちゃいねえ。俺たちだって苦しいからな。だけどよう、今更それはねえじゃねえかよう」寿司屋の主人は泣きそうな顔をした。

「いや、あんたがたには、分からんと思うよ、銭湯の経営は。物を仕入れて売る、加工して売る、というのは、毛色が違うから。とにかく、たとえ客がたった一人でも、沢山お湯を沸かす。混んでくればさらに沢山のお湯を沸かす。その落差をカバーする大掛かりな設備を維持していく必要がある。あんたら、うちのようにでかい設備、使っていないだろう? だから、分からなくても仕方ないんだ」

 たたみ込まれた皆は、静まりかえった。

「まさかひょっとして・・・」星乃湯に呼ばれたのだから星乃湯へ訊くべきところだが、高泉は隣りの味噌屋へ訊いた。

「そのまさかが起きたんじゃよ。ふえっ!」味噌屋は言った。

「ええっ!」高泉はショックの声をあげた。

「悪いな、高泉さんよ。例の業務提携は終了させてくれ。それを相談したくてあんたを呼びに行かせんだが、こっちに呼ばれてしまってな」

「それもそうだが、俺、どこで風呂入ればいいんだよ!」高泉は大声を出した。

「なんだ、いきなり来て大声出しやがって。あんたが金も払わず星乃湯に入っていることは聞いてるぞ! たいだい、そんなごろつきがいるから、経営が苦しくなるんだ!」高泉に魚を買ってもらった試しがない魚屋が、切れた。

「ごろつき? な、なに言うんだ。あれは業務提携なんだぞ!」高泉は魚屋へ反論した。

「何が業務提携だ。ペテンのくせしやがって」

「なにい!」高泉も切れた。

「おう、やるかい。上等だ。こちとら包丁持ってきてもいいんぜ」魚屋は立ち上がった。

「けっ! 包丁ぐらいなんだ。俺だって寺にサバイバルナイフがあるんだぞ!」

「サバイバルだかリバイバルだが知らねえが、坊主がナイフとはなんだ! ヒッピーみてえな格好までしやがって、罰当たりが」

「俺は坊主じゃない。管理人だ。このう!」

「まあまあ、やめんかい。魚屋さんよ。あれは正式な業務提携だ。契約書こそ交わしてないがな。証人だっている。ほら、いつもスーツの加藤君。田中工務店の。だから、争うのは止めてくれ」

 星乃湯は、立場が変わり仲介者になった。それがどうにか効を奏し、魚屋と崩落寺の喧嘩は済んだ。が、今度は味噌屋が「何がなんだか、ややこしなくなってしまったぞい。ふえっ!」と吐き捨てた。これで、他の連中も一斉に意見を再開し、お汁粉屋は再び騒然となった。

 しかし、それでも引き続き、星乃湯の主人は落ち着き払っていた。騒動の張本人にもかかわらずである。

<次の章へ続く>

 
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2006年10月20日

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