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「寺と風呂屋と謎の観音」  フリーWebカレッジ  蒔苗昌彦


二十九、ボイラーは二台だ

「おい、何が一台ぽっきりなんだ。七輪なら一つで充分だろうが」

 高橋さんと高泉が下をうつむいている間に、いつのまにやら島津が二人のそばまで来ていた。たとえ膝の調子が悪くとも、気配なく忍び寄れるのは、探偵ならではか。

「やあ、島津さん。一度飲んだきりですねえ。今、どうしているんですか?」高橋さんはいつもの感じに戻り、腰掛けを島津に譲った。

「はい、これ、事務所の名刺。今度、遊びに来て下さい」島津は腰を掛けてから高橋さんへ名刺を渡した。

「ほう。頂戴します。実は、私も名刺ができたのですが、今は持ってなくて・・・ 探偵事務所かあ。うちのワイフ、推理小説のファンなので、連れていってもいいですか?」

「いいですよ。でも、なんの変哲もないオフィスですから、期待しないで下さいね」

「いやあ、そういう場所へ一度行ったというだけで満足しますよ。むしろご迷惑を掛けることのほうが心配で」

「いつ荒らされてもいいようになっていますから、かまいませんよ」

「ほう。さすが、危機管理ができているわけだ」

「オーバーですよ。盗難対策と呼ぶのがせいぜいです。それに比べ、崩落寺はのんびりしていていいな」

「そう言われてみると、崩落寺、扉、開き放しだねえ。仏像や立像が持っていかれる心配はないの?」高橋さんは確認した。

「大丈夫だよ。なんせ、木造のくせに、やたら重くて。盗みたかったらクレーン車が必要さ。それに、区の文化調査でも、安物と判定されたし」

「等身大なだけに、安物じゃないとなれば、いきなり国宝級だろうからねえ」高橋さんは知ったような口をきいた。

「月千円の手当てだけのことがある、というわけさ」高泉は愚痴った。

「仏像と言えば、観音図の掛け軸、そのあと何かわかったかい?」先日、紙の製造時期に関し調べてくれた島津が訊いた。

「研究者でもお手上げ状態らしい。でも、この前のレポートは、貴重な情報になったと思うよ。ありがとさん」高泉は礼を言った。

「ところで高橋さん。さっき名刺を持つことになったと言ってましたが、退職後も仕事、なさるんですか?」

「ええ。研修講師業、始めるんですよ」

「ほう、私たち二人とも新規事業スタートというわけだ。じゃ、今から祝賀会としよう」島津は乾杯の音頭を取った。

 大漁で、ハゼの醤油焼きはまだ作れる。お婆さんの試食用味噌づけもある。島津が持ってきた草加煎餅はある。もちろん、研修をやる度に坂上部屋がくれる一升瓶もある。物理面では、祝賀会は前途洋洋だ。しかし、星乃湯が頼りの高泉は、やはり元気が出ない。酔っ払ってきた高橋さんだが、心を遣った。

「高泉さん。大丈夫だよ。坂上部屋にでも相談すれば、きっと入れてくれるさあ。そう、病院だって、入れてくれるかもしれないよ」高橋さんの酩酊度合いでは、自宅のお風呂は視野の外らしい。

「なんだい、その、入れる入れない、というのは?」島津が高泉に訊いた。

「お風呂のこと・・・」高泉はぽつりと言った。

「お風呂?」

 島津の疑問を、舌がますます滑らかになった高橋さんが引き取り、高泉に代わって星乃湯の経緯を話した。

「そうか。それでさっき、一台がどうのこうの、と言ってたんだな」島津は独り言のように言った。

 そして、

「一台じゃない。二台だ。あそこのボイラーは」

 と島津は突然断言をした。

「え? なんで分かるの?」高泉は面をあげて島津を見た。

「昔、区の環境委員会の委員長で、警察業務のこと、よく分かっていない人がいてね。星乃湯の捜査を署長へ相談したんだ。二人は、高校が同じのポン友でね。でも、署内では笑い話になってさ」

「また、何についての捜査?」高橋さんが口を挟んだ。

「産業廃棄物の処理と、大気汚染の二点ですよ」

「なんで銭湯が?」高泉が島津に迫った。

「星乃湯にはボイラーは二台あり、片方はずいぶん旧式で、薪で運転する方式。だが、廃材ばかり使われていて、入手ルートも不法。産業廃棄物処理に関する法律違反。加えて、ボイラーから出る煙が、大気汚染に関する法律違反。委員長は、そう疑ってたらしい」

「区が直接調べればいいんじゃないの?」高橋さんがまた口を挟んだ。

「なにしろ星乃湯の主人、強硬な応戦姿勢だったそうだ。それに当時は区も弱腰でね。環境委員長は警察の力を借りることができないかと考えたらしい。署長は捜査こそ笑って断ったが、下調べだけしてやったんだ」

「で、結果は?」高橋さんが身を乗り出した。

 廃材を燃やしていることは確認された。しかし、「プラスチックやゴムなど害が出る物質が混じっているのでは?」という委員長の疑念は逆に晴れ、委員長は恥をかいてしまった。

「ま、そんなところでしたね」島津は説明し終えた。

「同じ街にいながらも、色々と知らないことがあるものですなあ。でも、それは昔の話でしょ。ボイラーが二台というのも当時のことで、旧式は撤去してしまったかもしませんよ」高橋さんは、島津へ軽く反論した。

「いいや、あくまで勘だが、いまだに二台ですな。ま、二台か一台かは、調べればすぐ分かることだから、高橋さん、何か賭けます? 高泉さんもどう。賭けない?」

「ああ、賭けるのはいいけど、国際探偵に調べてもらうのは悪いから、俺が今晩、直接聞いてみるよ。うちとの業務提携は、まだ終わったわけじゃないし」

「なんだい、その業務提携って?」島津は訊いた。

「ほら、あそこの看板。祠の横の。あの看板を立てさせる代わりに、俺、風呂に で入れるというわけ。それが業務提携だよ」

「なんだか奇妙な業務提携だねえ」高橋さんは言った。

「まあ、あそこに行って看板を眺めてごらん。その先に高尚寺の墓地が見えて。さらにその先に星乃湯の煙突が見えて。最近は見かけないけど、黒い煙が昇ることもあって・・・」そう言って高泉は急に口を閉じ、腕を組み、考え込んだ。

「ああ、やっぱり、賭けはやめた。島津さんの勘、きっと当たっているよ。いまだにボイラーは二台だ」高泉は断言した。

「え? またなぜ高泉さんまで?」高橋さんは訊いた。

「黒い煙が昇っていたのを見たことあるからだな」島津が引き取って答えた。

「そうかあ。それが、旧式ボイラーで廃材を燃やしている証拠というわけかあ・・・。でも、昔からとはいえ、なぜ二台併用しているのだろうか?」酩酊の度合いが進んだ高橋さんは、自らすでに予想していた点を忘れてしまっていた。

「ほら、きっとあれだよ、あれ。高橋さんがさっき言っていた」高泉が指摘した。

「なに、あれって?」高橋さんと島津が揃って訊いた。

「お湯の供給量の、変動差への対処として、複数のボイラーを組み合わせる方法がある。と高橋さんは言ってたんだ」高泉は島津を向いて答えた。

「そうだ、それだ。忘れていた。それなら、新式を導入した後も、旧式を引き続き残して利用する理由が立つ」高橋さんは合点がいった。しかし島津は腕組みしていた。

「なんだい。これじゃ納得できないのかい?」高泉は島津の顔をのぞき込んだ。

「うーむ。そんなに合理的な理由なのだろうか。なにか違う理由があるんじゃ?・・・。 これもあくまで勘だがね」

「どっちにしても崩落寺との業務提携があるんだから、星乃湯に直接確認してみればいいじゃない」高橋さんが言った。

「そうだねえ。あとで確認してみるさ」高泉は答えた。

<次の章へ続く>

 
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2006年10月20日

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