三十四、味噌屋のオカルト変身術
「はじめまして。紹介にあずかりました秋山です」
「はじめまして」しゃっきっとした立ち姿で頭をさげた味噌屋は続けた。
「ちょうどいいところにお越しで。高泉になり代わり、あつかましくお知恵を拝借したいのですが・・・」
(あれま。味噌屋、普通の話し方、できるんじゃん!)
高泉は口をあんぐり開けた。
「と申しますのは、このたび、商店街の者の多くが頼りにしております風呂屋さんが、廃業を検討されてまして。正直、途方にくれているところなのでございます」
「そうですか。それはさぞお困りでしょう」秋山青年も、その若さと派手めのスーツからは想像しにくいほど丁寧な応対へと変わった。
「お知恵拝借とは、この件に絡んでなのですが、今よろしゅうございますか?」
「はい。このあと、隣りの墓所で待ち合わせの予定ですが、かなり早く着いてしてしまったので、時間は充分あります」
「ありがとうございます。では、立ち話もなんですから、踊り場にでも腰掛けましょう」そう言った味噌屋は、秋山青年を丁重に誘導した。
「おい、こらっ、高泉! ぼやっと立ってとらんで、こっちへきんしゃい。そもそもあんたが星乃湯から依頼を受けてるんじゃろ。ふえっ!」
高泉を向いて話す時はがらりと元に戻った。この変化の激しさでは、霊媒が登場するオカルト映画と同じだ。
「失礼致しました。困ったことに、高泉はたいそうなものぐさ。動き出すまで時間が掛かります。どうかご理解下さい。それまで、私が代理でご相談します」
「おいおい。星乃湯から依頼を受けたこと、なんで知っているんだよ?」ようやくあごの関節を再稼動させた高泉はにじり寄った。
「お汁粉屋で打ち合わせをしたんじゃろ、星乃湯と。テレビで流すよりも効率良く、街中に伝わるわい」
「へえーっ? そうなんだあ。知らんかった」
「いいから、あんたもここへ座りんしゃい。 で風呂に入ることだけじゃなく、地元に貢献することも積極的に考えたらどうじゃい。ふえっ」
「 じゃなく業務提携だって、星乃湯のおやじさんも説明したろ? 緊急集会の時に。だから、そう言うの、勘弁してくれよ。地域社会への貢献、約束するからさあ」
高泉は頭をかきながら、踊り場に直接あぐらをかいた。向き合う形の味噌屋と秋山青年は、板の間との段差に腰掛けた。
「おほほ。おかげさまでようやく高泉が動き出したようです。では、星乃湯さんからの情報を説明させますので、まずはそれをお聞き下さい」味噌屋は坂上部屋のお上さんも霞むほどしなやかに頭をさげた。
「ほれ! 高泉。経緯のご説明じゃ」
高泉は腹をくくり、星乃湯の話を整理しながら話した。なにしろあの時は、病院で大量の書類を分析したため脳は疲労し、アイス善哉の糖分で多少は脳の働きは回復したものの、途中から整理がつかなくなかった。だが、情報の諸要素は記憶に新しかったので、ゆっくりと話すのであれば、自身の理解促進も兼ねて、説明は可能だった。
「でね・・・。お湯を沸かすのに、片方のボイラーは、本格的な貢献はしていない」
「木を燃やすボイラーのことですね」高尚寺の秋山青年が確認した。
「そう。だが、廃棄物処理の手間を省きたい業者から、木材だけ引き取るルートがまだ残っている。業者からは僅かながら手間賃をもらえる。そんな廃材でも、まとめて焚けば少しは湯が沸かせる」
「その二つのプラス要素を合わせれば、湯量の増減差で燃料代が増えるというマイナス要素をカバーできるわけですね・・・。それにしても、ずいぶん様々な話を経由して、その説明に至ったものだな。私なら、途中は飛ばしてしまうでしょう」
「きっと、爪に火を灯すような経営努力を、訴えたかったんじゃないかなあ」
高泉は続けた。
木を燃やすだけとはいえ、廃材である。環境問題が高まるにつれ、廃材集めは、一層目立つようになった。それでもこっそり継続していた。
決して、環境汚染を望んでいるからではない。なにしろ、廃材を燃料とするのが当り前だった時代から、星乃湯は石油製品の混在を徹底点検してきた自負がある。しかし、燃やし方次第で木材ですら有害だと騒がれる度合いがやたら増し、とうとう旧式ボイラーの使用を断念した。これで処理の手間賃がもらえなくなった。ぎりぎりの経営を続けてきた星の湯にとって、駄目押しといえる。
「以上だよ」高泉はようやく経緯の説明を終えた。
「なるほど。それで、いよいよ廃業を皆さんに打診したわけですね。そこで、星乃湯さんとしては、高泉さんへどのような依頼をされたわけですか?」高尚寺は訊いた。
「いやあ、依頼と言っても、具体性はないし。実現不可能とも思えることなんだけどね・・・」
「で?」
「旧式ボイラーを改造して正々堂々と運転再開できないだろうか、と言うんだよ。最後の淡い希望なんだろうけどね。しかし、これって、矛盾した希望なんだ。というのも・・・」
「星乃湯さんの投資力は尽きた。だから改造費用は出せない。にもかかわらず、改造したい。それが矛盾。ということですね?」秋山青年が高泉の指摘を引き取った。
「そう。まあ、かなりの旧式だから、そもそも改造が可能かどうかも分からないし。構造的に可能だとしても、改造費用は出せないし。だから、話はこの辺りで行きつ戻りつなんだ」
「それでは明確な依頼とはいえませんね。やはり経営者の苦しみを吐露しただけなのでは?」秋山青年がコメントした。
「そうかもしれんけど、主人、さばさばした感じだったよ」
「廃業後に土地も売り払うことまで決意し、かえって気が楽になったのかもしれませんね。今度のリニューアルに合わせて、うちが購入しようかな? 地下鉄側から直結のアクセスができるし・・・」
「おやおや、商売熱心だこと。水を差すようで申し訳ありませんが、秋山さん。それですと手前どもが困まってしまいますので、くれぐれも今の段階でのお知恵拝借を・・・」脱線した秋山青年を味噌屋が軌道修正した。
「あ、すみません。失礼しました。つい自分の商売のほうに頭が行ってしまいまして。でも、どうしたらいいんでしょうね。お伺いしたばかりで私もまだアイデアが出ませんが。いずれにしても、ボイラーの改造費用、目処だけでもつかなければ進みませんよね。融資を受けても返済は不可能なようだから、融資という形態ではなく、投資という形態・・・。いや、駄目だな。投資者にとってメリットがない。寄付か募金でなければ駄目だ。が、とにかく、まずはそうしたアイデア出しでしょう」
「たしかにそうだが、それが出来るならそもそも苦労はないってとこだなあ」
「もしくは、いっそのこと廃材処理の認可を取ることはできないものでしょうかね」
「うーん。それも、出来るなら苦労はないという話だなあ」
「今ふと思ったのですが、どこかの自治体では、観光活性化の目玉に、昔の蒸気機関車を運転していますよね」
「なるほど、あれ、濃い煙を出して走るな。木どころか、石炭を使うからだろうか。特例として許してもらっているのだろうか?」
「そうか、観光特例か。いっそのこと区の推奨文化材に申請してみては? そうとう古いボイラーなのでしょう? もし、星乃湯さんにだけ現存しているのならば・・・」
「うーん、でも、汽車ポッポは交通機関として社会貢献した過去があるわけだし。わけが違うのじゃあ?」
「その点を突くのなら、銭湯だって公衆浴場として社会貢献した過去、いやそれどころか現在と未来まであるでしょ。むしろ蒸気機関車以上じゃないですか」
「ふーむ。成り立ちそうな理屈だな」
「駄目で元々かもしれないけれど、申請してみては? 崩落寺の木像と高尚寺の仏舎利塔が推奨文化財になったから、そのお隣りの星乃湯も合わせて、三者連携のキャンペーンを仕掛けてもいいですよ。貸しのあるTVプロデューサーも何人かいますしね」
「はっ? 待てよ。三者連携と言えば、星乃湯がおっ立てた看板に・・・」
そう言って立ち上がった高泉。それに続いた味噌屋と秋山青年。三人は吸い寄せられるように祠の横の看板まで行った。そして、一斉に能書きを読み上げた。
「この祠。先の霊場と先の湯場。併せて効能、膝と腰!」
星乃湯が捻り出した七五調。突如、意味を帯びてきた。
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