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「寺と風呂屋と謎の観音」  フリーWebカレッジ  蒔苗昌彦


三十五、経済社会にも種類がある

「ふにゃら、ふにゃら。これこれしかじか。というわけ。分かった?」

「はい。よっく分かりました」火炎大神は納得した。

「あんがとさん。眠いの我慢して頑張った甲斐があったぜ」

「ところで師匠。何回か前に、『人類が依存している経済システムは、機能的で使い勝手も良いぶん、意思の弱い人をペテンに誘惑する側面も持ち合わせている』とおっしゃいましたね」

「え? そんなこと、俺、言ったけ? ふむ。だが、考えてみれば、そうした表現もできなくはないか・・・。いや、ペテンはちょっと言い過ぎだな」しょせん夢の中だが、高泉は目が覚めてきた。

「その話、もう少し説明を賜りたいのですが」

「ああ、いいよ。だが、別に難しいことを言ってるわけじゃない。具体的には、現在の我が国、および我が国と同類の経済システムを指して言ったつもりだけどね」

「つまり、近代の西洋型経済システムですか?」

「ま、いわばそうだね。でも、崩壊しちまったソ連や東欧の共産主義社会は除く西洋のことだけどね」

「え? ソ連という国は西洋と呼ばれるのですか? 東洋である日本のすぐ隣りまで国土が広がってましたよね」

「あ、そうか。あれは西洋じゃないのかな? じゃ、そのことはいったん脇に置いてといて。要は共産主義社会の計画経済を除いてだな。いわゆる資本主義というか自由主義というか、そうした社会における経済は、競争原理を活用しているじゃん」

「ただし、法律を大前提にして、ですね?」

「そう、法律を大前提にして競争原理はフル活用というわけさ。もちろん、競争原理とは、何も経済システムや人間様のために生まれたわけじゃない。そもそも生命の原理であり、動植物の段階、いやもっと原始的な生命の段階から機能している原理というわけだが・・・。人間様はそれを概念化した上で、経済システムへとがっちり組み込んだ。そのおかげで正々堂々と競争ができるようになった」

「なるほど」

「だがな、競争とはあくまでも勝ってなんぼ、成果を出してなんぼだ。成果を出せないようなことがあれば、どれだけ誠実な仕事をしようと負け組あつかいさ」

「世間には、負け組・勝ち組の仕分けが好きな人たちが多いですからね」

「いっぽう、競争に節度をもたらす役割を担う法律は、未来の出来事を全て予想し、事細かに規定できるわけじゃない。努力はしているんだろうけど」

「その努力が稔って、社会は進化していますよね」

「そうだな。たしかに進化はしている。だが、それでもまだ完璧というわけじゃない。だから、いわゆる『法律の網の目』ができる。そして、競争に勝つために、網の目をかいくぐる輩も現れる。さらには、バレなけれりゃ多少の法律違反は構わないと考える輩も現れる。この程度は誰だってやっていると考える輩も現れる・・・」

「なるほど。そうした諸行為を象徴して『ペテン』と呼んでみたわけですね。ようやく師匠の意図が分かりました」

「あんがとさん。ま、共産主義はこうした側面に抵抗する意図があったが、結局はそれすら利権化され、利権をめぐって争うお馬鹿さんが現れたりして・・・。理想は道半ばで色あせちまったみたいだけどね」

「しかし、そうした共産主義の失敗例ですら、経済システムが意思の弱い人をペテンに誘惑する側面も持ち合わせていることの証になる、ということか・・・」

「まあね。ただ、これは程度問題で、たとえばアマゾンやアフリカの奥地の社会だって広義では経済社会かもしれんが、人をペテンに誘惑するほどの経済社会じゃなかろうよ。彼らと暮らしたことがないから、あくまで勝手な想像だけどさ」

「彼らは善人という意味ですか?」

「いや。善人とか悪人とかいう問題じゃない」

「では、社会が成熟か未熟かという問題ですか?」

「いや。成熟とか未熟とかいう問題でもない。帰属する社会の基本的な傾向さ。その傾向の種類の違いというわけだ」

「でも、彼らの社会、未熟に見えませんか?」

「そりゃあ、違うだろうよ」

「反論の根拠は?」

「彼らの社会のほうが我々の社会よりも自然と共存しやすい。根拠はこれだけで充分だろ。ともかく、我々の社会はより一層、環境問題に取り組まざるをえない状況へと自らを追い込んでいるのだから」

「なるほど。了解しました」

「お、いい子だ、いい子だ」

「だが、待てよ、うぬ・・・」

 火炎大神は急に凄みのある声を出した。

「いい子だなんておだてよれば、ごまかさせると思いよって。そうはいかんぞおー」大神は憤怒の顔になった。

「な、なんだよ、いきなり。ど、どうしたんだ」

 うおっーっ! 

 天地に叫んだ火炎大神は、どーんとエベレスト並みにでかくなった。

 どっしーん! ぶおーっ!

「悔いよ、改めよ、高泉。たとえアマゾンやアフリカを例にだそうが、うぬが環境のことを語れる立場にあろうか!」ぶおーっ。

「ど、どうしてそんなこと言うんだよ! 善いことじゃない、環境のことは」

「なにをやいわんか! このたびの廃材使用の認可運動はなんじゃあ! 環境問題と矛盾するだろう。いやしくも論理思考の研修講師。矛盾は撤回せいっ!」

「いや、それは矛盾じゃなく、何を前提とするかの違いで、星乃湯の件は地域社会への貢献として・・・」

「きれいごとを言いおって! おまえ自身が風呂に困るという、単なる自己都合だろうが!」

「それもそうだが、同時に地域社会への貢献で・・・」

「ならば他の地域、そして地球全体はどうなるんだ! 地球は閉鎖システムなのだぞ!」

「だから、それは前提の設定の仕方による解釈論の違いであり・・・」

「うるさーい! もはや問答無用。おまえこそペテンの権化! 他人をペテン呼ばわりするなど言語道断! 不浄の大地とともに焼き払ってくれるわっ」

 ぶおーっ! 

「そんな、お釈迦さんの許可済みの受講だろ? あっ! あらら、こらら。すっかり灰になっちまった。知らねえーっと。もう、二度と講義してやんねえからよ」

 フェードアウト。そしてフェードイン。

「おお、久しぶりだなあ・・・」

 まばゆい陽光。青い空。透明な雲。遠くには低い山脈。高泉は再び、草原を蓮池へ向かって散歩した。

「うっ、うっ、うっ」

 蓮池ではまた若い女が泣いていた。

「ご無沙汰!」近づいた高泉は声をかけた。

「そうですね。ご無沙汰してました。お元気そうで何よりです」立ち上がって振り向いた女は、涙をぬぐわず微笑んだ。

「あんがとさん。それにしても、美しいねえ」

「そうですねえ」女は高泉と横並びに立ち周りを見渡した。

「でも、高泉さん。あなたあってこそ、この夢の世界。だから、たとえ大神の火にさらされようと、頑張って下さいね」

「あんがとさん。でも、俺、何を頑張ればいいんだっけ?」

「ほら、あの運動の」

「あ、そうか。あの運動ね」

「ええ、頑張って下さい。高泉さん。高泉さん、高泉さあーん・・・」

<次の章へ続く>

 
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2006年10月20日

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