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「寺と風呂屋と謎の観音」  フリーWebカレッジ  蒔苗昌彦


三十八、集会ますます本格化

「おう、崩落寺。残りもんだが、持っていってくれ」

 お汁粉屋に入った高泉へ、先に来ていた魚屋がレジ袋を差し出した。最初の集会では、出刃包丁とサバイバルナイフの果し合いになりかねなかった二人。が、その後、高泉の貢献に魚屋は感心し、今では大の仲良しとなってしまった。なにしろ両者、魚に生活依存し魚を自分でさばくという点で、奇妙に共通する。

「悪いねえ。でも、こんな時間帯にもう残りもんが出ちゃうの?」

「ああ、そいつは昼過ぎまでに売り切れなかったら、なぜか最後まで残っちまう魚なんだ。今夜、食ってやってくれ」

「ありがとさん。でも今夜は坂上部屋に呼ばれててね。ちゃんこに使ってもいいかい?」

「もちろんさ。坂上部屋の魚は毎朝うちが届けているから、部屋のほうでも扱い慣れている。ま、運河の魚ばっかり食ってたら、身体が汚染されちまうだろうから、たまには清浄海域の魚をたっぷり食うんだな」

「あんがとさん。で、全員集まったかい?」

 星乃湯ボイラー保存運動の参加者はどんどん増え、あらかじめ出欠を確認した上で会場手配しなければならないほどになっていた。

「Aブロックは、全員揃ってます」薬屋のお上さんが答えた。

「Bブロックも揃ってるよ」畳屋のお爺さんが答えた。

「Cブロックも揃ってます」蕎麦屋のお上さんが答えた。

「Dブロックは一人遅れるが、構わず始めてくれ」寿司屋の主人が答えた。

「オーケー。星乃湯は欠席だけど、俺が代理人になっているから・・・。あと、当初から相談に乗ってもらっている高尚寺の秋山さんを呼んだけど、遅れているみたいだ。彼が到着するまで、最新の状況報告だけしておくね」

 運動の核となった高泉は仕切った。

 その気になりさえすれば、理路整然と筋道を立てて話すことができる。「分かりやすいのが何より」との共通意見がリーダーとしての信任を固くした。いったん信任が固まった後は、大男という物理的要素が、カリスマ性を付与する。長髪とひげも同様だ。

「えー、まず、この運動の前提をもう一度確認するね」出席メンバーが毎回同じというわけではないことを認識していた高泉は、繰り返した。

「前提その一。星乃湯の経営全体を救おうというわけではないこと」

 冷たいようだが、それはやってあげたくても、誰にもできない。自らの経営努力に掛かっている。たとえさびれた商店街に店を置いているとはいえ、運動の主力メンバーは事業主。経営という行為の厳しさは身に染みている。だから、ぎっちり詰まったお汁粉屋は、高泉の前提確認の言葉に静まりかえった。

「前提その二。星乃湯の旧式ボイラー、つまり木を燃料にしたボイラーを、区の推奨文化財にすること」

「前提その三。このボイラーで廃木材を燃やすのを可能にすること」

「高泉さん、畳も構わないんだよね」畳屋のお爺さんが確認した。

「全部天然の畳なら大丈夫だよ。で、廃木材を燃やすのを可能にするためには・・・

・甲『有害物質を出さないようにボイラーを改造すること』

・乙『環境基準の公的認証を得ること』

・丙『実際に燃やしても大丈夫な物のリストを作った上で、運営許可を得ること』

 高泉は年配者が多いことを考慮して、甲乙丙という言葉を使い、ゆっくりと話した。

「条件の甲と丙は分かるが、あいだに挟まっている乙。よく分からねえなあ」寿司屋が言った。

「そうなんだよ。俺も最初、分からなかったんだが、加藤君のお姉さんからアドバイスがあってな。乙を確保しておいたほうが着実だろうと判断したんだ」

「加藤君のお姉さんって、誰?」初参加となる駄菓子屋のお婆さんが訊いた。

「ほら、商店街の看板なんかもやってくれた田中工務店の若い人。いつもスーツで真面目な感じの・・・」肉屋の主人が言いかけた。

「ああ、はいはい。あれはとてもいい子だよ。いつぞやうちもお世話になったからね。でも、あれは男の子だったよねえ」

「いいや、駄菓子屋さん。あの子にお姉さんがいて、それが区の職員なんですよ」

 高泉と供に、一番最初に当件を知ることになったお汁粉屋が、フルーツ餡蜜を配りながら補足した。お汁粉屋を会場とする以上は何か注文しようということになったが、一人ひとりのオーダーに応じていたら時間をくう。だから一律、フルーツ餡蜜としたのだ。

「で、そのお姉さんのアドバイスってやつは?」寿司屋が訊いた。

「要は、自治体からボイラーの運営許可を得るためには、それ以前に環境基準に照らした公的認証を受けていたほうが有利ということなんだ。説明しだすと長くなっちまうから、とりあえずこの場では鵜呑みにしておいてくれ」

「ああ、分かった。だけど、そんなもん、いきなり区だか都だかが許可すりゃいいのに、それ以前に公的認証だなんて、よく分かんねえ世界だな。まあ、あとで詳しく聞くさ」そう言って腕組みをした寿司屋は黙った。

 前提は、もう一つ。それは、推奨文化財とするために一般公開できる状態とすることである。

「で、この運動では『1・ボイラーの改造費用』『2・公的認証の費用』『3・公開するための改造費用』この三つの費用集めを行うことになる。いいですね?」

「署名運動はしなくてもいいの?」薬屋の奥さんが訊いた。

「今のところ、要らないよ」

「説得力が増すんじゃないんですか?」

「そうかもしれないけど、有害物質の件と一般公開の件をクリアすれば、住民の要望に関係なく、推奨文化財として認められるだろうという情報だ」

「誰の情報?」魚屋が訊いた。

「これも加藤君のお姉さんからの裏情報だよ。ま、裏ついでに、逆の言い方をすれば、いくら住民の要望があっても、有害物質と一般公開の件、クリアしなければ、許可は降りないというわけさ。だからこの運動、金集めだけで構わない」

「いくら集めたらいいの?」魚屋が訊いた。

「それは今、試算中。ボイラーの改造費用は見積もりが出たが、公的認証の費用がまだだ」

「一般公開するための改造費用は?」肉屋が訊いた。

「それは、田中工務店が材料代だけで工事してくれるそうだよ。だが、材料代を算出するためには設計図が必要で、これもまだ出来ていないから、待ってるところ」

「田中工務店、今回、やたら親切だねえ。設計の費用まで にしてくれるんだあ」魚屋が感心した。

「いや。そこは高尚寺の担当だ」

「え? 高尚寺はデザイン業まで進出するのかい?」寿司屋が驚いた。

「いや、そうじゃなくて、こんど、あの離れ墓所をリニューアル、つまり改装することになってな。その際に休憩所や売店を建てるのさ。今その設計をしている会社に、おまけでやってもらうんだ」高泉は寿司屋を向いて説明した。

「墓場に売店? 突拍子もないこと考えやがるなあ。だいたい改装なんて、パチンコ屋みてえだ」寿司屋は変な顔つきになった。

「そんな顔すんなよ。その同じ高尚寺が、この運動の発案者でもあるんだから」

「へえー、そうかい。だがあ、高尚寺のお坊さん。ずっと荒れ放題にしてたのに、急にそんなにアイデアだすとは・・・」

「お坊さんじゃないよ。あそこの宗教法人の経営企画部長が考えてくれたんだ。秋山さんという若手なんだが・・・ おう、秋山部長。待っていたぜ」

 到着が遅れていた秋山青年が格子戸を開けて入ってきた。

「ご免なさい。乗ってきた電車で人身事故があって」

「大丈夫だよ。秋山さん。この運動の発端を作ってくれたこと、みんなで感謝していたところだったんだよ。ねえ、皆さん」

 高泉は会場全体をプッシュした。それを受けた出席者は各人各様に、しかし一斉に感謝の意を表明した。

「さあ、秋山部長。ここに座ってくれ」

秋山青年は、高泉の隣りに空けてあった席へ座った。

「でね、部長。最新状況を報告する前に、前提条件を再確認していてね。ちょうど終わるところなんだが、一般公開を想定した客導線の設計、どう? 進んでる?」

「ええ。設計担当者と星乃湯さんの打ち合わせも終わり、図面を待つだけです」

「じゃあ、不都合は予想されなかったわけだ」

「ええ、まあ。女湯側の空き地を経由した導線を作らざるを得ないことがネックでしたけど。実測したら空き地の幅が予想よりも広かったので、塀をもう1枚建て目隠しすることで合意しました。消防法上のゆとりもクリアできるそうです」

「ほう、そりゃあいい。昔からちょくちょくデバガメが出たらしいからな。星乃湯の塀、少しは高いが、その気で乗り越えようとすりゃあ・・・」

「おい、魚屋。ずいぶん詳しいじゃないか。おめえも、デバガメの一員じゃねえのか?」寿司屋がからかった。

「そういうおまえさんも、鼻の下、伸びとるぞ。ふえっ!」味噌屋が寿司屋をからかった。

「かあーっ! 味噌屋の裸なんか、見たくもねえや。見たら寿司が握れなくなる」

「なあーに。これでも若い時にはお乳も立派だったし、男どもが騒いだもんじゃぞ」

 寿司屋と味噌屋のやりあいに、出席者は秋山青年もろとも笑い転げた。それで肩から力が抜けた会場。あとはテキパキと打ち合わせが進んだ。

「じゃあ、募金は、一、予約の署名をもらうだけに止めること。二、実際に現金を集めるのは、公的認証の見込みがついた後。今日の決定事項は、この二点ということでいいね」

 高泉の最終確認を受け、お汁粉屋に集まった全員が同意した。

「書記の薬屋さん。記録しておいてね」

「はい。記録しておきます」

「じゃ、これで解散! 次回の予定は、情報伝達ツリーで連絡するね。お疲れさん」

「お疲れさーん」

「あっ、フルーツ餡蜜の代金、皆さん自分で払っていって下さいね。会からは出しませんからね」会計担当の中華屋の奥さんが大きな声でインフォメーションした。

 集会参加者は、わいわいがやがやレジを経由して順次お汁粉屋を出ていった。

「あ、秋山部長のぶんは会で払っておくから」レジの前に並んだ秋山青年の背中へ高泉は声を掛けた。

「それでは、遠慮なくごちそうになります」

「で、このあと、リニューアル関係の打ち合わせだったよね」

「はい。五時に墓所で合流する予定なので、あと三十分ぐらいあります。もし何か打ち合わせすることがあれば、まだ少し、大丈夫ですよ」

「募金キャンペーンの方法、さらにアイデアをもらえたらと思ってね」

「おう、ならば高泉さん。集会後に説明してもらおうと思ってた件、あとでもいいよ」寿司屋が気をつかった。

「あ、そうか。忘れていた。環境の公的認証のことだね。これ、ほんとにややこしいから、説明に時間が掛かりそうだしなあ」高泉は面倒臭そうに言った。

「じゃ、今晩うちへ寿司食いに来たらどうだい。まだ一度もうちで食ったことなかろうが。カウンターの席、空けとくから」

「今夜は、坂上部屋で募金キャンペーンの相撲大会について、飲みながら打ち合わせるんだ」

「じゃ、明日の晩でもいいよ」

「明日の晩なら空いてる。でも、俺、寿司食う金、ないよ」

「試食扱いで、一回、ただで食わすよ。だから、遠慮はいらねえ」寿司屋はきっぱりと言った。

「そうーお。悪いねえ。じゃあ、明日六時ごろ、行くね」

「おう、それなら、俺も行くわ。その公的認証とやらを聞きにな」高泉と寿司屋のやりとりを聞いていた魚屋が言った。

「おめえは、試食ってわけにいかんぞ。ちゃんと金払えよ」寿司屋が言った。

「払わねえよ。だって、今日、いつもよりも多く、届けてやったじゃないか」魚屋が笑いながら応戦した。

「てやんでえー。月末に請求書水増しするくせによ」寿司屋は魚屋の肩に自分の肩をぐいっと押し付けて言った。

「寝坊すけの代わりに、朝っぱらから築地に行ってるのは、こっちだぞ」

「なあに、四時だか五時だかに出かけるからって、偉そうな口ききやがって」

「起きもしないくせ、よく言うわ」

「こちとら、お客相手に夜が遅いだんよ。酒もつがれるしよ」

「あんまり遅くまで酒飲んで、魚を見る目を腐らせるなよ」

「腐ってもいいように、おまえに任せてるんじゃねえか」

「おう、任せてくれ。明日も築地で一番のとこから、仕入れてくるからよ」

「ふえっ! 毎度のパターンで道草食いおって。ほら、帰った帰った。こっちも味噌づけ作業が残ってるけん」

「おっ、やばい! 味噌屋が動き出したぞ。こりゃあ、退散だ。じゃ、崩落寺。明日の夜、寿司屋でな」魚屋が首をすくめて帰っていった。

「おっ、俺も退散だ。味噌屋、今週のランチタイムの味噌漬けは、きゅうりだぞ。なすびじゃないからな。間違えんなよ」

「ああ、間違えやしないよ。ほら、帰った帰った」味噌屋は寿司屋の背中を押した。

「じゃ、高泉さん。明日、腹すかしてこいよ」寿司屋は振り向きながら言った。

「悪いね。じゃ、明日」高泉は笑顔で応えた。

「昔ながらの商店街って、いいものですね」一連の様子を観ていた秋山青年がコメントした。

「どうやら、そうみたいね。俺も最近、分かったよ。じゃ、秋山部長。アイデア聞かせてね。でも、あんまり時間が残ってないから、墓所に帰りながら話そうか」

「そうですね」

「ついでに俺もリニューアルの打ち合わせ、参加させてもらうよ。参考のためにね」

「ええ、いいですよ」

「ほんじゃ、フルーツ餡蜜、ごちそうさん。これ二人分ね。こんどアイス善哉食べにくるからね」

「待っとるよ」

 お汁粉屋のお婆さんはレジ台から最後の二人を見送った。鮨詰め対策で一時的に付けていたクーラーを切った。ラジオやテレビを鳴らさない方針の店内には、あとは古い冷蔵庫の頑固な運転音と、餡蜜専用の容器を片付ける音だけが響いた。

<次の章へ続く>

 
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2006年10月20日

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