四十一、島津の想像
「とりあえず、思いつくままだが・・・」
情報を渡された島津は、話し手に回った。
「石掛夫のみならず山田太郎のほうも偽名という推理。たぶん当たっているだろうね」
「なぜですか?」加藤君のお姉さんが訊いた。
「いや、勘でしかないけどね。が、いずれにしても本名を出すのに抵抗があったんだろうよ」
「なにか、後ろめいことがあったという意味ですか?」
「その線もあるけどね」
「では、両方とも偽名だとして、どちらを先に使ったのでしょうか?」
「うーむ。どっちもどっちじゃないかな。あえて言えば、石掛夫のほうかもしれん」
「なぜですか?」
「こじつけかもしれんが・・・」
石掛夫は、『石が欠ける』という意味を含ませたと想像できる。意図的だ。しかし、山田太郎のほうはそう思えない。だとすれば、石掛夫という名は以前より考え練られたもの。山田太郎という名は、病院で治療を受ける段になって、その場で急きょ思いついたもの。
「だが、いずれにせよ、山田太郎は病院の寄付帳に崩落寺の住所を残している。たとえその偽名に意味がないとしても、寺に関係していたことは明らかだ」
「それは、意識的なものなのでしょうか? それとも無意識?」現役公務員である加藤君のお姉さんは、なにやら心理捜査官のようなムードを帯びてきた。
「意識的だろうね。おそらく、本人にとって意味のある出来事が、その住所で起きたのだろう」島津は見解を述べた。
「出来事って、殺人事件とかのこと?」高橋さんが真顔で訊いた。
「やめてよ! 資産価値、下がっちゃうじゃん」高泉がクレームをつけた。
「いや、高橋さん。私の言う出来事とは、広い意味ですよ。悪い出来事に範囲を限定しているわけじゃない。良い出来事かもしれない」
「そして、崩落寺に寝泊りした可能性がある・・・。あ、でも、住居仕様じゃないから、泊まるところに困っていたか、よほどの物好きか」高橋さんが頭をひねった。
「物好きで悪かったね」高泉が顔をしかめた。
「あっ、ごめん。今の意見は撤回」高橋さんは詫びた。
「いや、高橋さんの想像、なかなかですよ。終戦後しばらく、住宅の供給が不足したはずだ。住職不在で管理が甘ければ、人が無断で寝泊りした可能性は充分ある。長期間は無理でも、短期間ならね」島津は高橋さんの想像を支援した。
「以前、誰か住んでいたとか、そうした記録はないの?」高橋さんが高泉へ訊いた。
「区にも、残されている記録はなかった。それこそ掛け軸だけが、ひょっこり出てきたんだ」高泉は言った。
「ひょっこり?」
「あれ、高橋さんには話してなかったっけ? 掛け軸は、二重底に隠された竹筒の中から、出てきたんだよ」
「よけいに謎めくねえ。でも、なぜ隠したのだろう?」高橋さんは腕を組んだ。
「一般に公開するつもりがなかったんじゃないの、きっと」高泉はコメントした。
「じゃあ、初めから描かなければ良かったのにね」芸術家の気持ちに立った経験のない高橋さんは、つい口にした。
「たとえ公開する意思がなくても、自分だけのために描くという場合もあろう。また、親しい人へ贈るために描く場合もあろう。依頼者がいて、その人のために描く場合もあるだろう。当初は公開してもいいと思っていたが、描きあがった後に気が変わることもあろう」島津は様々な可能性を述べた。
「隠したのが、作者本人なのか別の人間なのか。それによっても隠した動機は異なるだろうから、さらに多くの可能性が考えられる」島津は補足した。
「ひゃー、複雑だなあ、推理って!」高橋さんが根をあげた。
「今のは推理じゃないですよ。ただ想像してみただけのことです」
「ほら、高橋さん。推理とは、『既知の事実を組み合わせて、未知の事実を仮定する』って、坂上部屋の研修で、俺が教えたじゃん」高泉が補足した。
「そうだったね。思い出したよ。あ、でも、高泉さん、『仮説であることを明示すれば、その仮説を前提に推理しても構わない』とも言ったよね?」
「うん、言ったよ。だけど、その場合には推理が当たる確率が低くなる、とも言ったと思うよ。『推理ではなく想像』と島津探偵が遠慮したのも、今の時点では仮説だらけで高い確率が見込めないからじゃないの。ね、島津さん?」高泉は代弁した。
「まあね。ここで座って話している限り、あくまでも想像と言ったほうが、俺にはしっくりくる。足で稼いで現物を確認しないと、推理と自負するのはどうも心苦しい」
「いやあ、私自身、教育部長時代、部員たちへ現場主義の教育研修を考えろって怒鳴りつけていたくせに・・・。島津さんのお言葉、耳が痛いです。せめて今後、研修講師をやる際、心しておきます」高橋さんは姿勢を正した。
「ところで、高泉さん。掛け軸が隠してあった箱、どこにあるの?」高橋さんは本堂の中を見渡しながら言った。
「壊れたから、とっくに捨てちゃったよ」
「竹筒も?」
「それも箱と一緒に捨てちゃった」
「なあーんだ。まだあれば、それこそ島津さんの言う現物確認ができて、仮説を減らしていくことができたかもしれないのに。で、どこに捨てちゃったの?」
「あー、正確には捨てたんじゃなく、工務店の加藤君に引き取ってもらったんだ」
「あ、加藤さんの弟さんのことだね。じゃあ、星乃湯で燃やされてしまったわけかあ」
「えーと。星乃湯のおやじさんは、そう言ってた気がする」
「ということは、確信があるわけじゃないんだね?」高橋さんが高泉を追求した。
「そうだねえ、確信はないよ」高泉は素直に認めた。
「なら、燃やされずにまだ残っている可能性があるわけだ、資材置き場とかに」
「まあ、そういう可能性もあるね」
「ふむ。ならば、星乃湯の資材置き場、調べてみる必要があるな」高橋さんは真顔で言った。
「え? 誰が調べるの?」
「そりゃあ、高泉さんだよ」
「え? なんで。言いだしっぺの高橋さんが自分でやってよ」
「いや、だめだめ。その箱と竹筒をしっかり観たのは、高泉さんだけなんだから」
「面倒臭いよ、そんなの。だって、引き取ってもらう際に、バラバラに分解しちゃったもん。筒だって、加藤君がハンマーで割っちゃったし。他から持ち込まれる廃材だってバラバラだろうし。積み残してあったとしても見つけるの大変だよ。それに、ばっちい板とか混じっているだろうし」高泉はあからさまに逃げを打った。
「それなら、星乃湯の主人が燃やしたと言ったとしても、ますます不確実だ。各所からバラバラの状態で持ち込まれ、資材置き場に積み重ねられる以上はね。何を燃やしてしまったか、特定できないはずだ。調べてみる価値がありそうだな」島津は言った。
「えっ! 島津探偵までそんなこと言い出して。そんな面倒臭くて、ばっちいことまでして調べたいとは、俺、思わない!」
「おいおい、おまえ所有者なんだろ。しっかりしろよ」島津が叱るように言った。
「分かりました。私がやります。弟に手伝ってもらいます。星乃湯まで運んだ立場ですから、彼なら判定できるかもしれません。高泉さん、記憶の限りで結構ですから、バラバラになる前の箱と竹筒のこと、教えて下さい」お姉さんは手帳とペンを手にした。
「土日ならば、私もお手伝いしますよ」高橋さんが申し出た。
「ありがとうございます。私も勤務日は無理ですから、土日のほうがいいです」
高泉は頭を掻きながらもぞもぞした。
「あーあ、しょうがない。やっぱ、俺がやることにするよ。やれやれ。あの掛け軸、本当に手間がかかる」
「面倒臭がるな。俺みたいに本職だと、それこそ藁の山から一本の針を探し出すような探索だってするんだぜ。それに比べれば、資材置き場の廃材なんぞ、楽なものよ」
「お、そうかい。じゃあ、あんたも手伝ってよ」高泉は島津に突かかった。
「ああ、俺も今度の日曜ならばいいよ」島津は了承した。
「私も今度の日曜日、空いています」お姉さんは手帳を確認しながら言った。
「じゃあ、全部で四人。いや、うちのワイフにも手伝わせよう。全部で五人だ!」
「いいえ。弟も手伝うでしょうから、全部で六人です」
「じゃあ、俺の息子も手伝わせるさ」島津も身内を動員した。
「おっ! ということは・・・」高橋さんが意味ありげに間をあけた。
「全部で七人!」高橋さんは嬉しそうに大声を出した。どうやら高橋さん、黒澤明のファンのようだ。「七人の侍」のワンシーンを再現したくなったのだろう。
「いやはや、もう今日は勘弁! 掛け軸の話は終わりにして、みんなで飲もうよ」高泉は切り替えた。
「干物をつまみにね」高橋さんが補足した。
「あ、これが噂に聞く、崩落寺の七輪の宴ですね?」お姉さんがにっこり言った。
「おや、知ってたの。じゃ、加藤さんも一緒にいかが? たまには女性が参加するのもいいしねえ」
「ええ、是非ご一緒させて下さい。でも、お酌は致しませんよ。わたしの主義ですから」
「結構です、結構です。それに、地べたに座って野焼きするようなものだから、誰であろうとお酌どころじゃないですよ。あ、でも、スカートの加藤さんに地べたというわけには・・・」高橋さんが気をつかった。
「切り株の腰掛けがあるじゃん」
「そうだ。忘れてた。あれならスカートでも大丈夫だ。じゃ、資材置き場の探索隊、結成記念パーティだ! いざ、洗い場にいかん!」高橋さんは元気よく立ち上がった。
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