四十二、埋葬者リスト
「宅配便、まだ届いていませんか?」
秋山青年は高泉と墓所で落ち合うと、一番に訊いた。
「あ、ありがとう。昨日、届いたよ。さっそく試しに着てみたけどさ、今日は暖かいから、まだこの夏物でいいかと思ってさ」
例年より気温が高い秋。自らもブランドスーツを着込む秋山青年は、季節性にちゃんと気遣い、高泉へ宅配便で秋物を送りつけていた。
「だけど、作業服のわりには重々しい感じだね。夏物よりもぐっと僧侶っぽい感じがしちゃうよ」昨晩、星乃湯の脱衣所で、鏡に映してみた高泉は感想を述べた。
「生地が厚手で、配色も秋に合わせ濃厚ですからね。それより、髪の毛と髭、素敵になりましたね」
「あ、これね」
旧式ボイラーの件。星乃湯が廃業の意思決定をさらに延ばしたため、募金運動もまだ予約受付の段階で止めてある。にもかかわらず、運動メンバーたちがカンパを行ない、高泉を商店街の美容院へ行かせた。なにしろ我らが頼もしいリーダーだ。見栄え上も、尊敬に値するよう維持したい。
「大きなストライプの入った三つ揃えを着て、懐中時計の鎖でも内ポケットから這わせたら、きっと西部劇の紳士みたくなりますよ」
「ありがと。ま、リニューアルが大成功したら、一着作ってちょうだい。俺にも吊るしが一本あるけど、ずいぶん古くてね。あっ!」
「どうしたんですか?」
「防虫剤つけてないから、虫食っちまったかなと思って。クリーニングに出した後、全然着てないとはいえ・・・」
「そうですか。防虫剤を買いに行ってもいいですよ。どうせ、工事の第三期は長期間で、打ち合わせは何回もやりますから」
「いや、いいさ。一番暇なのは俺だし。今さら虫が急に増殖するわけでもなし。そら、業者さん、車から降りて来たし、始めよう」
高尚寺の墓所のリニューアル工事。第一期は、剪定と草刈り、そして樹木の一部撤去だった。総合設計が確定する以前から着手した。
第二期は、小道や小広場の石畳、じゃりや雑多な石ころを全て撤去する工事だった。シンボルタワー、仏舎利塔の周囲も、石畳を撤去した。石畳にも、それなりの由緒があるかもしれない。が、秋山青年の大胆な発想で、園内路面には特殊舗装の上、色を塗る方式にしたのである。この方式のほうが、定期的に色の上塗りをすることで、路面の美観を維持しやすい。水捌けは、舗装を粗めにすることで隙間から雨水が大地へ浸み込むようにする。また、新設の排水溝へと向かう緩やかな傾斜を付ける。
チューイングガムが路面にへばりつき、この上塗りの邪魔になるとの懸念もあったが、墓参に来た人がガムを紙にも包まず路面に吐き捨てる可能性は低いと判断した。たとえ夜のデートで忍び込むカップルが口臭消しにたんまりガムを噛んでいたとしても、ディープなキッスに備え墓所の手前で処分するだろう。
ちなみに、カップルの来園を今どき墓地に期待するのは妙かもしれないが、秋山青年が目指すリニューアは、日中はファミリーがピクニックを、夜間はカップルがキスをしたくなるほど綺麗な公園墓地とすることだ。その上で、新設する共同納骨堂への契約を増やそうとの企てだ。共同納骨堂は、北西の角に人間用を、南西の角にアニマルコンパニオン用を、それぞれ新設する。
整理をすれば・・・
キッスをきっかけに結婚。子供ができてピクニック。子供が育っていけば、ワンちゃんニャンちゃんも家族に加わり、いずれは永眠。もちろん親もいずれは永眠。そして、子供が大人になり、思い出の地でのデートを欲すれば、再び上記のサイクルを繰り返す。つまり、壮大なリピーター戦略なのである。
第三期工事は、この戦略を成り立たしめる最も大きな前提、区画整理だ。権利不明な区画と無縁仏の区画を、整理しようと言うものである。その上に住宅を建てるわけじゃないのでスピルバーグのオカルト作品「ポルターガイスト」には及ばぬが、大胆な発想である。
「高泉さんにも、一冊渡しておきましょう。原本はいつでもプリントアウトできるから、今日、私が持ってきた分、置いていきますよ」
土木業者の監督との打ち合わせが落ち着いた時、秋山青年は、大きなビジネスバックから埋葬者一覧表を取り出し、高泉へ渡した。
「工事期間中、巡回の参考になるかもしれませんからね」
「ということは、全面閉鎖しないわけ?」
「部分閉鎖を重ねる格好で進めます」
「あ、そう。ということは、俺のバイトも中断しないわけね。了解!」
「では、次回の日時を決めて、今日は解散しましょうか」秋山青年は監督とスケジュールをすり合わせた。
「高泉さんも、この日でいいですか?」
「オーケー」
「お疲れさまでした!」秋山青年はいつものように監督へ丁寧にお礼をし、監督も「失礼します!」と言って門から出て行った。
「右端から三列目が、現在の区画記号。二列目が、今計画中の新区画記号。他の列は、最上段を見れば意味が分かるでしょう。生前の名前とか、戒名とか、没年や埋葬年とかですから。場合によっては、何々家の墓とだけとか・・・」
渡された一覧表をぱらぱらとめくっている高泉を見て、秋山青年は解説した。
「それにしてもこの墓所、随分古くからあるんだねえ。明治どころか、どうやら江戸時代の墓もあるみたいじゃない」
「ええ。過去の資料と照合してみて、私も驚きました」
「一番右の列は、備考欄?」
「ええ。私には読めない文章がたくさんありまして。古い文章を多少は判読できる父にも手伝ってもらったのですが。参考になりそうなことを備考に記入しておきました」
「ほう。生前の職業なんかも、時たま出ているね」
「そうですね。でも、古い時代しか記されていないはずです。せいぜい明治ぐらいまでで、昭和、それも戦後になると、生前の職業は滅多に分かりません」
「ふーむ。地獄の沙汰も金次第みたいに、天国の沙汰も職業次第じゃあ差別的でいけない。そんな意識が徐々に浸透していったのかねえ? お、でも、この人。埋葬が戦後だけど、職業書いてあるね。どうやらお坊さんみたいだけど」
「ああ、普古野金太さんですね。覚えています。うちが で専用区画まで設けてあげた人だった、と父が言ってました」高泉がめくったページを脇からのぞいた後、秋山青年は言った。
「なに、お父さん、そんなお歳なの? この普古野って人の墓を作った年、昭和二十五年となってるぜ」
「埋葬を担当したのは曽祖父ですよ。同じ小学校の出身で、特に晩年、曽祖父と親しくしていたようです・・・。区画は、ハの五の三の七の二か」秋山青年は畳んでしまった工事計画図を再び開いてみた。
「この人、僧名みたいなもの、持っていなかったのかしら? あら、戒名も空欄だね」
「ええ。本名しかありませんでした。そうした信念だったようですね」秋山青年は工事計画図を眺めながら答えた。
「教戒師と巡回僧か。二つの職務をこなしてたという意味かな?」
「そうですね。しかし、それにしても古い区画の記号づけ、ごちゃごちゃで分かりずらいなあ」秋山青年は両手に図面を開いたまま言った。
「試しに図面と照合してみるか・・・ 高泉さんはどうします?」
「付き合うよ」
「せっかくだから、普古野さんの墓まで、途中の区画も確認しながら、辿っていきたいと思うのですが。けっこう時間掛かるかもしれませんけど、いいですか?」
「ああ、いいよ。俺も図面に慣れておいたほういいし。それに、墓の外見に関しては俺のほうが見慣れているからね。二人で組めば、効率的かもよ」
「そうですね。高泉さんが巡回始めて、もう二ヶ月ですものね。じゃ、お願いします。時給は、月報に書いてくれれば、加えて振り込んでおきます」
「あ、悪いねえ。ほんじゃ、いっちょ気合いを入れるか。どれ、たとえばそこの丸っこい墓石は・・・」
「『木門家の墓』ですね。えー、イの、二の、一の六みたいだな」
「あー、こっちの資料でも、イの二の一の六は、『木門家の墓』になっているね。一丁上がりだ。あれ、でも、これは四桁だね」
「ええ」
「普古野さんのは、えーと、五桁だね」
「桁数が多いほど、専有面積が半分ずつ狭くなっていくのです」
「そう。じゃ、次は、その三つ左隣り」
「ええ、つまり南側に三つですね。えー、それは・・・」
秋山青年と高泉は、区画記号と墓石に刻まれた表示を、全件照合ではなく、サンプリング照合しながら、少しずつ移動した。
「普古野さんがやってた教戒師って、罪人を改心させる仕事かな?」
照合作業に慣れてきた高泉は、秋山青年に雑談をもちかけた。
「ええ。父から聞いたばかりで詳しく知りませんが。面談して受刑の心構えをさせる仕事があったみたいですね」
「スーザン・サラウドンの『デッドマンウォーキング』と同じ話だな。昔、わざわざ映画館まで観たけど、えらいへビィな映画だったね」
「サラウドンではなく、サランドンですよ」
「そうか。サラウドンじゃ、皿うどんになってしまうものね。秋山さんも、この映画見たんだ? へビィだったでしょ」
「いいえ。テレビでCMを挟みながら休み休み観たから、そんなにへビィでは・・・」
「『巡回僧』のほうは、文字通り、あっちこっち巡回してまわるのかね?」
「ええ。関東甲信越を中心に、荒れた寺や墓とか、祈って回っていたそうです」
「所属団体からの業務命令かな?」
「無宗派で、どこにも所属していなかったようです。自主的活動ですね。崩落寺にも立ち寄ったはず、と父が言ってましたけどね」
「え、そうなの? おやまあ。ということはひょっとして、掛け軸を箱に隠したのは、普古野さんだったりして・・・」
「え? あの観音図のことですか?」
「うん」
「あの件、区が調査しても由来がつかめず、諦めたのでは?」
「うん。一度諦めたんだけど、偶然、新情報を見つけてね・・・」
図面を確認するために立ち止まった秋山青年へ、高泉は更新された情報を伝えた。星乃湯の資材置き場での捜索結果も伝えた。七人も動員した甲斐もあり、茶箱の残骸らしき板切れがみつかった。島津が持ち帰り、調べているところである。
「そうですか。じゃ、普古野さんに関する情報がみつかったら、全て提供しますね。それで、由来さえつかめれば、推奨文化財にできますものね」
「そうなんだよ。由来だけがネックだったから。でも、みんな、過剰反応するものだから、煩わしくも感じているんだ。月一万円とか二万円の手当てならば我慢してもいいけど、月たった千円じゃねえ」
「いっそ、掛け軸専用の賽銭箱を新設してみたらどうですか?」
「あっ! そうだ。俺もそう考えていたんだ。星乃湯の件でバタバタしているうち、すっかり忘れてたよ。工務店の加藤君に、頼まなくちゃ」
「もしくは、由来が分かれば高値がつくかもしれないので、骨董品屋に売り払うのは? いや、ヤフーのオークションのほうがいいかな。あ、でも崩落寺にはパソコンがないですものね」
「パソコンなら病院の事務長が得意だから、彼に頼んでみるよ。だが、加藤君やお姉さんが怒るだろうなあ」
「そこまでご執心なんですか? 観音がよく描けていることは理解できますけど」
「そうなんだよ。すっかり取り憑かれちまってねえ」
「なら、いっそのこと加藤家へ贈呈してしまえば?」
「ああ、それは申し出たんだけど、『崩落寺に置いておくべきだ!』とえらい剣幕なんだ」
「二人には、そう主張する根拠でもあるのですか?」
「いいや、まったく。ただ感情的になっていっているだけ。お姉さんのほうは、作者らしき人物が病院にアドレスを残したことが判明して以来、特にね」
そうこうしているうち、二人は、ハの五の三の七の二、普古野金太の墓石に到着した。
「小さな墓石だね。ま、 でやってもらったんだから、これでも贅沢ということか」高泉は墓石の前にしゃがみながら言った。そして墓石のてっぺんをコンコンとノックした上、犬の頭でも扱うようになでなでした。
「姓名しか刻んでないんだね」
「そうですね。『の墓』というのも付いていませんね」
「没年も刻んでないから、なんだか家の表札みたい」
「そうですね。この墓も区画整理の対象だから、移動の際、没年ぐらいは刻んでおきましょう」
「しかし、小さな墓石とはいえ、こんなのでも結構重たいんだろうなあ」
「いずれにしても、クレーン付きの小型トラックを入れますから。周囲の土を掘り起こし基礎部分を取りだすために、小型のショベルカーも・・・」
「そうか、墓石だけじゃなく、基礎部分も移動するわけだ。ま、それでなきゃ、区画整理できないものなあ」
「パズルのように組み合わせながら、なるべく少ない面積に寄せ込む計画です。もっとも、権利問題が発生しない墓の石は、コンクリートで共有基礎を作った上に、詰めて並べてしまいますがね」
「合理的だねえ。でも、基礎部分って、もしや死体が丸ごと埋まっているとか?」
「基礎を持っている墓は全て火葬だから、収めてあるのは骨壷のはずです。あとはせいぜい小物の遺品とかでしょうね」
「じゃ、この小さい墓でも、そういったもんを収納する余裕、あるのかな?」高泉はしゃがんだ身体を、墓石に乗せた手で維持しながら、足元の基礎部分をまじまじと観た。
「もしかして手がかりになる遺品が墓の下に・・・ そう思うわけですね?」
「まあね」
「なら、今、さっそく開けてみますか?」
「いいの?」
「ええ。父から色々聞いてきたものの、実際にはまだ墓の下を見たことはないので。試しに見てみましょう」
「そう。でも、バールでも使わないと開かないんじゃあ?」
「この墓は、そこの段差に手を当てて押し込めば、開くかもしれませんね」
「じゃ、試しに俺がやってみる。せっかく作業服を着ていることだし」高泉は雇用主である秋山青年のブランドスーツに気を使った。
「立像みたいに重たくなければいいけどな。どれ、よいしょっ、と」
ゴゴッ!
小さな石の蓋は斜めにずれた。
「あれ、骨壷って、丸っこい形じゃなかったけ?」収納スペースの中をのぞいた高泉が言った。
「いや。それは、遺品の箱でしょう。なぜか骨壷は入ってないようですね」高泉と並んでしゃがんだ秋山青年は、百科事典ほどの箱を取り出した。
「お菓子の缶カラかね? 商品名とか、何も書いてないけど・・・」高泉がコメントした。
「錆びているからよく分かりませんけど。結構、重たいな」そう言いながら秋山青年は墓石正面の段差に、箱を置いた。蓋を開けると、B5版ほどのノートが、ぎっしり詰まっていた。二十冊になりそうだった。
「なんだろうね? 巡回の記録かね?」高泉はしゃがんだまま言った。
「そうかもしれませんね。いや、それだと少ないかな?・・・」秋山青年はスーツの折り目を気にしてか、立ち上がってから言った。缶の蓋は右手に持ったままだった。
「長いこと、巡回僧やってたの? 普古野さん」
「分かりません」
「まあ、いずれにしてもこのノートを見てみれば分かるんだろうな」高泉は箱の中へ視線を移した。
「そうですね。掛け軸の手がかりに、箱ごと持って帰りますか?」
「ん、まあね。島津探偵、いや、加藤家の二人にでもチェックしてもらうか」
「熱が入っているのなら、そのほうがいいかもしれませんね。でもやはりプロの探偵のほうがいいかな?・・・ まあ、とにかく高泉さんにいったん預けますよ」
と言って、秋山青年は再びしゃがみこみながら、缶の蓋を持った右手を、墓石前の段差へと伸ばした。すると、薄っぺらな茶封筒がひらひらと落ちた。どうやら、蓋の裏にへばりついていたようである。秋山青年は茶封筒を拾い上げた。
「ほんじゃ、墓の蓋のほう、閉めとくね」
「ええ。よろしく」そう言った秋山青年は、茶封筒を開けた。
「ああ、なるほど」秋山青年は一枚きりの紙を見ながら言った。
「お。さっそく、掛け軸につながる新情報でもあった?」高泉は両手をぱんぱんと掃ってから立ち上がった。
「いいえ。普古野さんの灰、故郷の小川に流していたことが分かったまでです」
「誰が流したの?」
「おそらく私の曽祖父でしょうね」
「あ、そうだろうね。ふーむ。それで骨壷がないわけだ。でも、なんで、お墓も故郷に作らなかったのかね」
「亡くなった時には、もう故郷に縁者がいなかったからじゃないですか、きっと」
「なるほどねえ。淋しい感じだねえ。で、故郷の小川って、千葉の川?」
「いいえ。千葉への移転は、祖父の時代です」
「いわば新天地か。じゃ、移転前は、高尚寺、どこにあったの?」
「深川です」
「なるほど。そこからここまで通っていたわけか。あれ? ということは、普古野さんの故郷はどこだろう?」
「曽祖父と同郷ですよ」
「どこ?」
「鳥取です。曽祖父は、東京に来てから高尚寺を開いたようです。なぜ鳥取を出たのか、今となっては親族一同、誰も知りませんけどね」
「ふーん。ま、長い年月も経てば、色々なところで、色々なことが起きるものさ」
「おや、それはまた高泉流宗教観ですか?」からかったようにも真面目なようにも取れる口調で秋山青年は言った。
「このぶんですと、今度の秋用僧服も、似合うかもしれませんね」
「え? あれ、作業服だって、秋山さん言ったじゃない」
「寺男と僧侶の兼用作業服とは言いましたが、寺男専用とは言ってませんよ」
「頭を丸めれば、僧侶と同じというわけか。参ったなあ」
「いいや、美容院がまとめてくれたその髪と髭、なかなかですから。坊主頭にしなくても、秋物着るだけで相当風格が出ることでしょう」最後に秋山青年はスタイリストのような口調で言った。
「勘弁してよ、部長!」高泉は頭を掻いた。
リニューアル工事の第一期と第二期で風通しがよくなった墓所内。温もりが残る風が南から北へ、ふんわりと吹き抜けた。
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