四十八、経路
「お疲れさまでした。来年も、引き続きよろしくお願い致します。では、佳い新年を!」
リニューアル工事の第三期は長い。年を越してまだ続く。今年最後の、現地定例打ち合わせを終えた秋山青年は、業者の監督さんへ礼をした。
「佳い新年を! では、失礼します」監督さんは会社へ帰った。
曇天が多い夏至よりも、平均日照時間は遥かに長い冬至の日。陽は午後早く傾いたが、北風も吹かず、寒くない。暖冬である。これも夏の異様な暑さと同様、地球温暖化のせいかもしれない。実際、南極の氷が溶けていくスピードはますます加速しているという。
「高泉さんとも、今年はこれが最後ですね」
「そうだね。次回は一月の第三月曜だものね」
「その時には、遅れていたアニマルコンパニオンの納骨堂のデザイン、高泉さんにお見せできますね」
「ピクニックにもデートにも合うデザインにしたいんだものね。部長としては」
「ええ。犬を家族に加える人、増える一方なようですから」
「犬好きな人って、やっぱ多いだんなあ」
「犬に何か思い入れでもあるんですか?」
「ああ、俺自身のことじゃないけどね。ほら、掛け軸の作者」
「ええ。石掛夫ですね」
「その後、本名は岸岳夫ということが判明したんだけどね。彼、犬好きらしくてね。警察の記録にも、別件で闇市に張り込んでいた捜査官が、子犬をコートの内側に入れ抱きかかえながら歩いている岸らしき人物を見かけた、とあった・・・」
「そうですか。それは相当な犬好きですね。探偵の島津さんが調べたんですか?」
「いいや。情報は知事からだよ。いずれ小説にしてみたいとさ。お、そうだ。忘れてた。工事が落ち着いてきたら、一度、設計書と共に墓地を見せてもらえないかって、知事が言ってたよ」
「あ、それは是非、よろしくお願いします。大宣伝になるから」
「ラスベガス化に比べたら遥かに地味だが、墓地の公園化促進も、大都市再生の一手段となりうるかな、とか言っていたよ」
「そうですか。自信が湧きますね。じゃ、名刺を預けておきますから、次の七輪の会で、知事へ渡しておいて下さい」
「うん。渡しておくね」高泉は秋山青年から名刺を数枚受け取った。
「あ、今、斉藤君が前を通っていきましたよ。高泉さんに用があるのでは? でも、リアカー引いていたな。なんだろう?」名刺入れを背広の内ポケットにしまいながら、霊門のほうを向いた秋山青年が言った。
「うちで貯めた草や木、取りにきたんだよ。星乃湯に運び込んで、木のボイラーで、焼き芋するんだ」
「境内での焚き火、やめることにしたんですか?」
「やめてないよ。ただ時々、弔い火をすることになったんだ。言わなかったっけ?」
「いいえ。でも、想像はつきますよ。弔い火は、ボイラーが気に入っていた先代のためでしょう?」
「そう。さすが察しがいいね。当たりだよ。あと、犬ね」
「犬?」
「星乃湯の犬のこと、まだ話してなかったね」
「秘密なら、別にいいですよ」
「ま、経営継続が決まって、秘密にしておく必要性、なくなっちまったさ」
「それより、星乃湯のご主人、お元気ですか? ボイラー公開の企画をやめてしまって以来、お会いしてませんからね」
「じゃ、よければ今、一緒に行って、やきいも食っていかない?」
「ええ。いいですよ。どのみち、銭湯の前から商店街を抜けて、地下鉄に向かうので。今日、星乃湯、定休日なんですね」
「そうだよ。だから、弔い火ができるわけさ。すぐリアカーに積んでくるから、歩道で待っててね」
「分かりました。あ、ついでに、そこの枯れ木も、持っていってくれませんか? この前、造園会社が積み残しちゃって」
「俺のほう、あまり貯まってないから丁度良かった。ほんじゃ、ちょっと待っててね」
斉藤少年が引いていったリアカーは、星乃湯の搬入口につけた。そこは、正面玄関と同じく、南側の道路に面していた。インタフォーンで呼ぶと、主人は敷地の内側に周り搬入口を開けた。
「おっ、すごい量だね。これなら盛大な火になる」
リアカーを見た星乃湯の主人は、驚いた。
「秋山部長がたくさん寄付してくれたんでね」
「ご無沙汰してます。お元気そうですね」秋山青年が先に主人へ挨拶した。
「いやあ、そのせつはお世話になったねえ」主人は秋山青年に礼を述べた。
二人は、敷地の中で立ち話をした。主人は助成金を活用した新しい経営体制について、秋山青年はリニューアルの進捗について話した。その間、高泉と斉藤少年は、枯れ草、枯れ葉、枯れ枝をボイラー室まで移した。
「おーい、全部、運んだよ。始めない?」高泉は主人に声を掛けた。
「おう、わかった。じゃ、火つける紙、持ってくるから。あと、芋と金串もね」主人は屋内に入った。
「直接では、火、つかないわけですね」秋山青年は高泉へ訊いた。
「つくよ。境内の焚き火ではね。でも、ボイラーの場合には、紙を火種にしたほうがいいんじゃないのかな? ま、専門家に任せておこう」
斉藤少年は、ジャージに付着した枯れ草をパタパタと叩き落としていた。
「お待たせっ」
主人は、何やら雑多な紙が放り込んであるダンボール箱を、ボイラー室の入り口にドカッと置いた。新聞や雑誌の類いは全部リサイクルに出したらしい。
斉藤少年が紙を取り出し、ダンボール箱の底にぎっしり詰まっているイモをのぞき込んだ。
「今は亡き上さんの弟が農家でね。たくさん送ってくれたんだ。おいしそうだろう?」
「うん」斉藤少年はようやく声を出した。
「じゃ、草と葉っぱ、適当に放り込んで」主人はボイラーの蓋を開けた。
「うん」
斉藤少年は草と葉をボイラーへ放り込み始めた。高泉も手伝った。
「私も、何かお手伝いしましょうか?」秋山青年が主人に言った。
「じゃ、紙をねじるの、やって。スーツを汚しちゃならないからね。私は、木の選り分けをするよ」
「はい。で、これ全部、いいんですか?」秋山青年は主人に確認した。
「いや、半分もいらないよ」主人は答えた。
「はい。あ、でも、請求書とか、経理資料も入っていますね。書簡も随分混ざっている。いいんですか?」
「ああ。この際、古いのは何もかも、まとめて燃やしちまおうと思ってね・・・ そういえば、高泉さんよ」太めの枝と細めの枝を選り分けながら、主人は高泉のほうに向きを変えて話した。
「なんだい?」草と葉をほとんど放り込み終わった高泉は、手を休めて答えた。
「この前、お寺で話した、犬の手紙。そんなかに混じってると思う」
「そう。ほいじゃ、見納め役でも務めるかいな」そう言って高泉は、紙を丸めている秋山青年に合流した。
「あれま、手紙、結構あるね。探すの、面倒臭いな。やっぱ、いいわ」
「犬の手紙って、なんですか?」秋山青年は高泉へ訊いた。
「ほら、さっき、墓所で話しかけた、秘密でなくなっちまった件さ」
「ええ。たしかにあの時、犬と言ってましたね。で?」紙を丸める手を止めた秋山青年は訊いた。草と葉を放り込み終わった斉藤少年も、秋山青年の後に立って耳を傾けた。
「全部しゃべって、いいよね?」高泉は念のため確認した。
「ああ、いいよ」主人は構わない様子だった。
高泉は、星乃湯の先代と犬の話をした。秋山青年はいつも通りの態度で聞いた。斉藤少年は小さな目を潤ませながら聞いていた。
「ま、だいたいこんなわけだ・・・ なんか補足ある?」話し終えた高泉は主人へ確認した。
「いや、ないよ。じゃあ、火をつけるか。秋山さん。紙、丸めるの、もういいよ。残りは、火が回ったら、そのまま放り込むさ」
主人は棒状になった紙に次々と火をつけ、ボイラーへ放り込んでいった。細かい草に火が移った。葉も燃え出した。主人は、細い枝をくべた。しばらくして、残りの太い枝をくべた。
皆、黙って火を見た。火の音と、火の光と、火の暖かさだけが、静かに続いた。
「さて、そろそろ芋を入れてみるかね」主人は金串を手に取った。
「いいね。腹も減りごろだし」高泉は言った。
「じゃ、残りの紙、入れてしまいましょうか」秋山青年は両手で紙を取った。
「ああ、頼むね」主人は芋に金串を刺しながら言った。
「僕、手紙、見たい・・・」
「え? 斉藤君、なんか言った?」主人は斉藤少年へ聞き返した。その声は火の音よりも小さかったから、聞き取りにくかったのだ。
「手紙、見たい・・・」斉藤少年は繰り返した。
「ああ、犬の手紙のことね。丸めまたほうに入ってなければいいが・・・」
「大丈夫ですよ。手紙は丸めせんでしたから」秋山青年はそう言いながら、両手に持った紙の束を、床においた。
「じゃ、イモ、こんな感じで串に刺してみて。わたし、あの手紙、探すから」
「あいよ」高泉は主人から金串を数本受け取った。
主人は床に座り込んで、犬の手紙を探した。斉藤少年は背後からのぞいていた。
「はい。これだよ」
見つけた手紙を主人は斉藤少年へ渡した。そして残りの紙を全部ボイラーへ放り込んだ。太い枝にも充分火が回っていた。まとめて放り込まれた紙は、ぼおっー! と大きな音を立てた。
「なんか、これじゃ火が強すぎて。イモを突っ込んだら、ただこげちゃうだけになりそうだねえ」イモに串を刺し終わった高泉が言った。
「そんな感じだね。火勢が落ち着くまで、ちょっと待つか。あ、でも秋山さんをさらに引き止めることになるかな?」主人が気をつかった。
「いいえ。構いませんよ。どうせ直帰しますから」秋山青年は答えた。
斉藤少年は気が済むまで手紙を読んだ。視線はすでにボイラーの火に囚われていた。手紙は、ぶらりと下げた手に持っていた。
「じゃ、これも燃やすね」主人は斉藤少年の手から手紙を取った。火の光に照らし一読してから、ボイラーへ投げ入れた。一枚きりの手紙は音もなく燃え、炎に舞う蝶のようにして消えた。
「それにしても、癖のある字だったね」主人はぽつりと言った。
「犬の手紙のことですか?」秋山青年は訊いた。
「ああ」主人は火をみつめながら答えた。
「汚い字だったんですか?」
「いいや。綺麗な字だったよ。ただ、癖が強かったね。な、斉藤君」
「うん。とても綺麗・・・ でも、癖、あった」
「ほう。斉藤も、字体に興味を持つことがあるんだあ。概念の表記が字であるわけだし、論理性を養う上でも、そりゃいいことだぞおう」高泉が急に研修講師めいた。
「で、どんな印象だった? その字」高泉は斉藤少年にさらに訊いた。
「うーん、姉ちゃんの字みたいだった」
「それはうまいこと言うね」主人が感心した。
「斉藤君にお姉さん、いるんだっけ?」高泉が主人の少年と双方を見ながら言った。
「いいや。違うよ。うちの従業員のことを言ってるんだ」
「ああ、女湯を担当している彼女のことね」
「あれがフロントカウンターに座っているうちに、親しくなったみたいでね。な、斉藤君」主人は斉藤少年の肩に手をそっと置いた。斉藤少年の顔は赤くなった。が、火の明かりだけとなった夕闇のボイラー室。誰も気づかなかった。
「では、手紙、女性的な字だったのですね」秋山青年が主人と少年の両方へ言った。
「うーむ、そうとも言えるが、そうでないとも言える。丸っこいけど力強い字でね。やはり、あれは男の字だった」
「では、彼女のほうが男っぽい字を書くということですか?」
「そうだね。丸っこいけど、すっきりしていて男っぽい字だね。おかげで、彼女の書く帳簿や伝票、見やすくて助かっているよ。ほら」主人はジャンバーの胸ポケットから折りたたんだ伝票の写しを取り出し、広げてみせた。秋山青年と一緒に、高泉もそれを覗き込んだ。
「ほう。ふむ。あれ、あー、えー、この字が犬の手紙に似ているとすると、ひょっとすると、もしかして・・・」高泉は首を捻った。
「犬の手紙と、岸さんの字が一致しているとの前提に立てば、星乃湯さんの犬、闇市で目撃された子犬と同じという可能性があるということですね」秋山青年が整理をした。
「なに、闇市の子犬って?」主人が訊いた。
「いやね。警察の記録に、別件の捜査中、闇市で、岸さんらしき人物と子犬を見かけたという記録があったんだとさ」高泉は説明した。
「そうかい。で、その子犬の色なんて、分からないよね?」主人が訊いた。
「たしか茶色と記録されていたと思うよ」
「うちの犬も茶色だった。で、雑種かい? うちの犬はそうだったよ」
「そこまで記録になかったみたい。でも、雑種なんじゃない、きっと・・・」
「手紙、燃やす前に高泉さんに見せればよかったねえ」
「ま、いいさ。この伝票を借りて、病院でじっくり見比べてみるよ」
「病院、なにか関係あるの?」主人は高泉へ訊いた。
「あれ、寄付帳のこと、まだ話していなかったっけ?」
「それは私も初めて聞きますよ」秋山青年も言った。
「あっちこっちで話してきたから、誰にどこまで話したか、分かんなくなっちゃった。えーと、それはね・・・」
高泉は、病院の寄付帳と山田太郎のことを話した。加えて、岸岳夫が各所へ送付した書簡と、山田太郎の筆跡のことを話した。
「うーむ・・・」高泉の話を聞いた主人は、腕を組んだ。
「どうしたの? 考え込んじゃって」
「いやねえ、今、思い出してみれば・・・」
主人は説明した。
番犬として敷地に放し飼いになっていながらも、侵入犯におとなしくなでられていた事件。女性従業員が目撃したものの、応援を呼びに行っている間に、犯人は逃げてしまった。事件後、再発防止のためにも、星乃湯全員で話し合いをした。しかし、何度話し合っても、犯人の逃走経路がはっきりしなかった。
発見者の彼女が、応援の男性従業員と戻るまでの時間は、短かった。従業員は皆、機敏だったこともあったが、目撃地点と男性従業員がいた場所が近かったこともある。
当時から搬入口はあった。リアカーを出し入れするだけに、扉は幅がある。重量も結構あった。そして、内側には掛け金が付いている。ただし、隙間があるから、外側からでも薄い板を挿入して、掛け金を跳ね上げることはできる。
侵入者が搬入口から逃げたと思った男性従業員は、掛け金を上げ扉を開け、南側の道路へ飛び出した。左右そして前方を見渡したが、早朝の路上には誰一人いなかった。逃げ足の速い犯人だと彼は結論した。掛け金が降りていた矛盾に彼が気づいたのは、後日振り返った時だった。
塀を飛び越えて逃げたのでは? との見解もあった。当時は、木の塀だった。一般家庭の塀よりも高くしてあったが、その気になれば飛び越えられる。東側の塀沿いには、今でも残る小道がある。
「東側の道は、彼、確認しなかったの?」高泉が主人へ訊いた。
「確認したよ。南側を見回した後にね。でも、そこにも誰もいなかった」主人は答えた。
「じゃ、すごいスピードで走ったんだねえ・・・ あれ? でも、その侵入者が岸岳夫だとすると、彼、四十を超えていたはずだ。そこまで速く走れるのかなあ」高泉が言った。
「東側の道というと、うちの墓地との境界線、つまり北側で行き止まりになりますね」秋山青年が言った。
「そうだよ」と主人は言った。たしかに星乃湯の北側はすべて、高尚寺の離れ墓所に接している。
「とすると、もしかすると侵入犯の逃走経路は・・・」秋山青年が言いかけた。が、主人が遮った。
「うちの塀を飛び越え、東の小道に出てから、北側に曲がって、墓地に飛び込む。墓地に入れば、あとはゆっくり逃げることができる・・・」
「そうですね。私もそう思います」秋山青年は同意した。
「あれ? でも、さっき、秋山部長、墓地の境界線で行き止まると言わなかった?」
「ええ。星乃湯さんとの間には、当時から塀がありましたから」
「あのブロック塀?」
「いいえ。ブロック塀ではなく、木の塀だったようです。うちがブロック塀を立てたのは、昭和四十年。崩落寺との境界線を確認してもらった際に、資料を見せたじゃないですか」
「あ、そうだったね。じゃ、その木の塀も、飛び越えられるほどの高さだった、ということかあ」高泉は言った。
「うむ。わたしもそう思ったんだけどね。ただ、気になったのが、鉄条網のことなんだ」主人が腕組みをした。
「鉄条網?」高泉と秋山青年が同時に声を出した。
「ああ。今、こうやってあの事件のことを振り返って、初めて思い出したのだが、墓地の塀には鉄条網が張ってあってね。事件の後に、うちの塀も、見習ったんだ」
「鉄条網って、ぐるんぐるん、渦のように回して張るから、さぞ目立ったんだろうね」
「戦争とかでは、そうかもね。だけど、墓地の塀には、一本だけ、直線で打ち付けてあっただけだ」
「つまり、最上部の板幅の真ん中に、という意味ですか?」秋山青年が確認した。
「ああ。そうだよ」
「そうでしたか。そこまではこちらの記録に残ってませんでした」
「でもさあ、それじゃ、さらに高い所から塀を見下ろさない限り、鉄条網に気づかないんじゃない?」
「いや、ひょんなことで、それを知ったんだ。ボイラー室を拡張した時に倒してしまったが、当時、北東の角に、柿の木があってね。やたら柿が好きな男子従業員がいて、墓地のほうに落ちてしまった柿まで拾いに行ったんだ」
「へえー。じゃ、よっぽど甘い柿だったんだね」
「いや。渋柿だったよ」
「渋柿? 食えるの?」
「ああ、食えるよ。干し柿にして、渋みを取ってたんだ。その従業員、若くて筋力もあったもんだから、霊門から回らずに、塀を飛び越えて墓地へ入ったんだ」
「分かりました。その時、鉄条網で、手のひらに怪我をしたのでしょう?」
「そうなんだ。化膿して、浴槽の掃除に力が入らなかったものだから、バレてしまったんだ」
「高泉さん。山田太郎のカルテには、手ひらの裂傷とも書いてあったんでしょう?」秋山青年が高泉へ確認した。
「そうだよ。原因は書いてなかったけどね」
「では、山田太郎、つまり岸岳夫が、墓所の塀を越える際、鉄条網で手のひらに裂傷。こうした想像、可能なわけですね」秋山青年は言った。
「まあ、そうだね」
「わたしも、今、そんな想像をしたところだ。骨折は、墓地の塀に着地した時に、やっちまったんだろうよ」星乃湯が言った。
「あの辺りは、昔からたくさん、小さな墓石があったから、着地と言っても容易じゃなかったでしょうね」
「だからこそ、わたしも、骨折を想像したんだ。着地する先が平地だったら、予想していなかった鉄条網で慌てたとしても、捻挫ていどだろうから」
「きっと、そうでしょうねえ」秋山青年は同意した。
「じゃあ、岸岳夫は、預けた子犬の成長を見るために、早朝、敷地に侵入した。だが、お手伝いさんに発見され、塀から東の道に出て、さらに墓地の塀から墓場へ逃げた。その際、怪我して病院で世話になった・・・」高泉は半ば独り言になった。
「犬は、人の声や匂いを、長くこと覚えているらしいから。それで、おとなしく頭をなでられていたのでしょう。でも、多額の金を添えたり、リスクを負ってまで犬の成長を確認しにいくとは。よほど好きだったわけですね」秋山青年は言った。その後ろでは斉藤少年が再び目を潤ませてた。主人も無言でうなづいた。
「さ、イモ、入れてみるとするか」主人はそう言い、金串の端を持って、ボイラーにジャガイモを入れた。落ち着いてきた火は、煙も出さず、透明なオレンジ色で静かに燃えていた。
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