■セクション5
「実効性あるビジネスモデルを作るための数のセンス」 損益分岐点と誤差
【問題】
セクション2のビジネス状況をもう一度考える。それは以下のようなものであった。
ある工場である商品を作るために、作業費、材料費、作業電力料など直接的なコストが、1個あたり5000円かかる。また、その商品を1つでも作る体制を維持するために、生産個数とは関係なく月に140万円のコストが常にかかる。コストはこの2種類だけである。一方、生産した商品は、営業部が確実に1個7000円で引き取ってくれる。売れ残りや返品はないし、製造の失敗もない。
この時、月に700個以上営業部からこの商品の引き合いがあれば、工場として黒字が出せるはず。ここまではセクション2の復習である。
ところが、実際のビジネスでは、費用や売値や販売個数がぴったりと予定通りに進むということはありえない。そこで次のような誤差を許容することにした。売れ残りや返品はないし製造の失敗もないのは同じである。
・直接的なコスト:1個あたり5000円プラスマイナス500円
・体制を維持するためのコスト:月に140万円プラスマイナス10万円
・営業部への卸値:原則1個7000円だが、最大で1個500円の値引
きを余儀なくされる場合あり
・また、営業部からの月間引き合い数は、1400個プラスマイナス
400個とする
誤差が実際にどう出現するかは、相互に因果関係はないとする。たとえばコストが標準より多くかかったから値引き要請が来ない、などということはない。この時、考えられる最悪の場合に、月間の利益はいくらになるか?
(1)50万円 (2)0円 (3)マイナス50万円
(3)を選んだ人:確信を持った計算でマイナス50万円とわかるなら、実効性あるビジネスモデルの基本は理解できている。ただし参考までに、発展解説を読んでほしい。
それ以外を選んだ人:実効性あるビジネスモデルの基本を理解するため、基本解説を読んでほしい。
【基本解説】
仮にコストや売値の誤差がゼロであれば、損益分岐点は月に700個であった。この問題においては、引き合いは月に1000個~1800個あるわけだから、普通なら黒字は保てるはずである。しかしながら、すべての条件が悪い方に転ぶとどうなるだろうか。これは問題文の条件より、以下のような場合である。
・原料費高騰などで、直接的なコストが1個あたり5500円
・体制を維持するためのコストに思わぬ一時的要因が発生し
月に150万円
・営業部から断れない値引き要請があり卸値が1個6500円
・営業部からの引き合い数が、想定範囲内で最も少なく1000個
この場合、1000個作るわけだから、総コストは以下のようになる。
150万 + 5500×1000 = 700万円
一方、1個6500円の卸値で1000個出荷するわけだから、総収入は以下のようになる。
6500×1000 = 650万円
すなわち、トータルで50万円の赤字ということになる。もちろんすべての条件が悪い方に転ぶというのは、そう頻繁におこるはずの事態ではないが、ビジネスモデルを考える際に、悪い条件下では月に50万円の赤字もありうる、と覚悟することは重要なことである。
なお、どんな時でも「引き合い数最小(今回でいえば1000個)」が悪い条件であるとは限らない。1個あたりの直接的なコスト変動が今回の問題よりさらに大きくなり、5000円プラスマイナス2000円であったとしよう。この場合、最も悪くすると直接的コストは1個あたり7000円である。となると、最悪の場合の利益額は以下の式でよいのだろうか?
6500×1000-(150万+7000×1000)
=-200万円
これは違う。
このコストや卸値の条件下で、営業部からの引き合い数が上限の1800個だったとしよう。その場合、利益額は以下のようになる。
6500×1800-(150万+7000×1800)
=-240万円
つまり引き合い数が多い方が、赤字額はさらに膨らむのである。これは固定費に関係なく、変動費レベルで、作れば作るほど赤字、という状況に相当する。それでも契約上、あるいは付き合い上、すぐには納品停止や価格改定には踏み切れない、という場合も、ビジネスを進める上ではあるはずだ。最悪のケースの赤字をあらかじめ覚悟する場合、その値を間違えないよう十分に注意が肝心である。
【発展解説】
今回の問題の場合、コストや引き合い数の誤差が、プラスマイナスで最大いくつ、という形式であった。また卸値は、マイナスの方向に最大でいくつ、という形式であった。もっとも卸値に関しては、「7000円から最大500円の値引き」と考えるのではなく、「6750円からプラスマイナス最大250円」と考えても同じことなので、やはりプラスマイナス型と考えることができる。
しかし現実問題としては、「誤差はプラスマイナスで最大いくつ」という形より、「わずかな誤差は比較的ひんぱんに起こるが、まれには大きな誤差も起こる」くらいに考える方が自然だろう。大きな誤差ほど、めったに起きなくなっていく(しかし起きる可能性がゼロではない)、ということである。
これの代表的な場合が、いわゆる正規分布型の誤差だ。正規分布は、本来なら数式できちんと説明すべきことであるが、ここではそれは行わない。誤差なので、平均的にはゼロであると考えてよいが、絶対値が大きいほど出現しにくくなるような数字の出現パターンである。ただし平均ゼロの正規分布は一種類だけではない。絶対値の大きな誤差でも比較的出やすい正規分布もあれば、それがきわめて出にくい正規分布もある。前者を「標準偏差が大きい正規分布」、後者を「標準偏差が小さい正規分布」という。もう少し正確にいうと、誤差の絶対値の大きさの目安として標準偏差というものがあり、その値に応じて、さまざまな正規分布があるということだ。
ここでは正規分布を感覚的にとらえていただくため、2種類の正規分布に基づく乱数を、それぞれ100個ずつ掲げる。乱数列1の中においても、乱数列2の中においても、正の数と負の数が大体同じくらい出現し、また0に近い数ほど現われやすく、0から離れるほど出現しにくいことがわかると思う。一方で2つの乱数列を比較すると、乱数列2の方が、乱数列1に比べ、全体に0から離れている数が多い。つまり標準偏差が大きいことがわかるだろう。
≪乱数列1/平均0、標準偏差1の正規分布に基づく乱数≫
≪乱数列2/平均0、標準偏差2の正規分布に基づく乱数≫
正規分布に関しては、数学的な性質がかなり研究されており、それを用いてビジネスモデルを検証することができる。たとえば以下のような状況を考えよう。
【直接的な単価】
5000円に標準偏差500円の正規分布誤差が乗った額(全製品同額)
【体制を維持するためのコスト】
140万円に標準偏差10万円の正規分布誤差が乗った額
【営業部への卸値】
7000円で固定(簡単のため)
【営業部からの月間引き合い数】
1400個で固定(簡単のため)
ただし単価の誤差と体制維持コストの誤差との間には、何の因果関係もないとする。この時、収入は7000×1400=980万円で固定だが、総コストの方は、平均的には840万円、それに標準偏差70.71万円程度の正規分布誤差が乗った額となることが知られている。
仮に誤差がゼロなら、980万-840万=140万円の黒字が出るはずなのだが、実際にはコストに誤差がある(変動する)ので、まれに赤字になる場合もあるわけだ。そして正規分布の性質から、標準偏差70.71の正規分布誤差が140を越える確率は、2.4パーセント程度であることが知られている。
つまり上記のような正規分布的な誤差がある場合、通常は黒字なのだが、2.4パーセント程度の確率で赤字になることもある、と覚悟すべきである。
一方で、予想外にコストが安くて済み、280万円以上の利益が生まれる確率も、同じく2.4パーセント程度である。
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