■セクション2「『社員教育(職員研修)』という概念の定義」
セクション1の最後に述べたように、当コースおよびこれに続くシリーズは、「社員教育(職員研修)」に限定して語る。家庭教育、学校教育等、その他の教育は対象外とする。
ちなみに、対象外とするからと言って、その価値や必要性を認めないといっているわけではない。むしろ、その価値や必要性は、「社員教育(職員研修)」より遥かに大きいと私は考える。※1
なお、上述で、社員教育と記す度に職員研修と( )で囲み併記したのは、「自治体等公共系の組織においては、『教育』という言葉が『学校教育』を指すと解釈されることがあり、それとの混同を避けるために、職員に対する教育は『研修』という言葉に置き換えて言う習慣がある」との話を職員研修の専門誌編集長から聞いたことがあり、当コースが官も民も受講対象としているからである。
後に詳しく説明するが、当コースにおいては、「教育」と「研修」の概念を使い分ける。したがって、混乱を避けるため、「社員教育(職員研修)」という記述はこれにて終了し、以下、職員研修という言葉は併記しない。ついては、自治体等公共系の組織の方々には違和感があって申し訳ないが、以下において「社員教育」という用語が出てきた際には、その都度「職員研修」と読み替えて頂きたい。
2-1「『教育』という概念の定義」
さて、社員教育とその他の教育では種類が異なることを前述にて確認したが、「教育」という二文字で言い表す概念の定義は異なることはなく、同一である。
ついては、まず、当コースにおける「教育」という概念の定義を次に述べる。
<「教育」という概念の定義>
●望ましい姿になってもらうための、働きかけ。(岩波書店・広辞苑を参照にして記述)
なお、ここでいう「望ましい姿」とは、働きかけをする側の価値観や都合等にとって望ましい姿を言う。また、ここでいう「働きかけ」とは、その手段を限定しない。
「教育」というと、教室に詰めこまれて所定の教科書やプログラムをこなす光景を反射的に思い浮かべる人もいるかもしれない。実は私自身も子供の頃はそうであったが、もしこうした光景を思い浮かべることが正常であったとしても、こうした形態は当コースにとっては狭義の教育となる。当コースは「教育」を最大限広く捉え、上述通りの定義を採用する。
2-2「『社員教育』と『従業員教育』の概念の違い」
当コースはタイトル通り「社員教育」をテーマとするが、類似する言葉で、「従業員教育」という言葉がある。
この二つの言葉についても、その違いをあらかじめ確認しておく。
が、「教育」という言葉は、前項の概念で共通するので、ここで違いを確認すべきは、教育の対象となる人を指す言葉、「社員」と「従業員」になる。
当コースでは「社員(または職員)」とは、或る組織を構成する者全員を言う。たとえば株式会社ならば、代表取締役からパートタイマーまで、社内の立場・雇用形態にかかわらず組織の構成員である限り全員が「社員」である。たとえば財団法人ならば、理事長も臨時職員も「職員」である。
これに対し、「従業員」とは、社員(または職員)ではあるものの、雇われて労務を提供する側になる人たちを言う。いわゆる「労使関係」で言うところの「労働者」に当たる。
労働者を雇い労務の提供を受ける側に立つ人、つまり使用者側に立つ人には、従業員という概念を適用しない。したがって、「社員(または職員)」と「従業員」の概念関係は従属関係となり、数式風に表現すれば、社員(または職員)⊃従業員となる。社員(または職員)の概念の範囲は従業員の概念の範囲よりも広く、社員(または職員)の概念が従業員の概念を包含する。
では、誰が使用者側に立つ人に該当するかと言えば、それは管理職以上の人たちである。では、管理職であることは、どのような基準により判断できるか? 一般における議論では、だいたいのところ見解が一致するものの、微妙に異なる場合もあるので、当コースにおける判断基準を確定しておく。それは次の通り。
<管理職であることの判断基準>
●部下を持ち、かつ、人事権を持つ職務に就く者。および、その予備役。
補足1.ここでいう「人事権」とは、部下の職務設定に関する決定権、および、部下に対する日常指導権、および、部下に対する人事考課権を指す。
補足2.ここでいう「予備役」とは、管理職になることができるだけの能力を認定され、まだ管理職には就いていないものの、いつでも管理職に就けるようスタンバイしている者を言う。
これで当コースにおける「社員と従業員の違い」が明確となり、それに伴い「社員教育と従業員教育の違い」も明確となった。
つまり、「社員教育」においては、組織を構成する者全員が、教育の対象となる。「従業員教育」においては、被雇用者(労働者)だけが、教育の対象となる。概念関係を数式風に表現すれば、社員教育⊃従業員教育となる。
なお、「社員教育」と「従業員教育」の概念の違いが「教育」の対象者の範囲によって確認できたと同様に、たとえば「管理職教育」も対象者の範囲によって、「社員教育」との違いが確認できる。つまり、概念関係で言えば、社員教育⊃管理職教育となる。
2-3「『社員教育』という概念の定義」
上述により「社員教育」という概念は自然と浮上したと思うが、正確を期すため、次の通り確定する。
<「社員教育」という概念の定義>
●社員を対象として行なう、組織にとって望ましい姿になってもらうために行なう、働きかけ。
補足1.ここでいう「社員」とは、その立場・階層等は限定しない。
補足2.ここでいう「働きかけ」とは、その手段を限定しない。
2-4「『研修』や『訓練』の概念定義と『教育』との関係」
「教育」と共によく使われる言葉で、「研修」や「訓練」という言葉がある。
実際、社員教育を担当する部署に「教育部」と命名している企業に招かれた経験はまだないが、「教育研修部」とか「教育訓練部」と命名した企業にはしばしば招かれた。
また、教育するための専門施設を、「教育所」と命名している企業を私は知らないが、「研修所」と命名している企業は知っている。
ついては、「研修」や「訓練」という概念もここで定義しておき、「教育」との違いを明確にしておきたい。
まずは「研修」という概念を定義すると、次の通り。
<「研修」という概念の定義>
●開催者・対象者・目的・期間・時間・場所・カリキュラム・手法・教材・担当講師等々を明確にした上で、計画的に実施する教育。
補足1.ここでいう「明確にした上で」とは、開催者と対象者(参加者)の双方が、前段の諸要素を認識していることを意味する。つまり、もし開催者側だけが認識していて、対象者側が認識していない場合は、それは教育であっても研修に該当しないこととする。
補足2.ここでいう「担当講師」とは、それを専門の職業としているプロの講師に限定せず、特定のカリキュラムを教えるよう、組織から委任された者ならば皆、該当することとする。委任は一時的であっても構わない。なお、「講師」を「教師」や「インストラクター」等へ読み替えて頂いても構わない。
補足3.「集合研修」は、上述でいう「研修」を、対象者を教室等の特定の場所に集合させた上で行なう場合を指すこととする。つまり、たとえ集合せずに実施したとしても、定義文前段の諸要素が明確になっていれば、研修に該当することとする。いわば「分散型研修」といった形態が、「集合研修」という形態と、表裏の関係にあるものとする。
なお、さらに詳しくは、続くシリーズにて「研修」にスポットライトを当てて説明を行なう。
次に「訓練」という概念を定義すると、次の通り。
<「訓練」という概念の定義>
●特定の能力・技術技能・作業手順等の習得や定着や向上を目的とし、同じ内容を反復的に行なってもよしとする、体験を伴う教育。
補足1.ここでいう「能力」には、いわゆる「スキル」も含める。
補足2.本来は「技術」と「技能」の概念の違いを明確にすべきところを、その手間を惜しみ、便宜的に同類の概念として扱うこととし、ここでは両者の言葉を合体して用いる。なお、「技術技能」には、いわゆる「コツ」や「勘どころ」といった感覚的な仕事の要領も含める。
補足3.ここでいう「体験を伴う」の「体験」とは、特定の能力・技術技能・作業手順等に直結する体験でさえあれば、実体験であっても模擬体験であっても該当することとする。したがって、「OJT」「演習」「シミュレーション」「模擬訓練」「ドリル」等々の類似概念はすべて「訓練」の概念に含むこととする。
補足4.ここでいう「同じ内容を反復的に行なってもよしとする」の文中の「も」という言葉は、「1回ぽっきりでもよしとする場合」「反復してもよしとする場合」、いずれも該当させるために用いた。また、「反復してもよし」とは、やむなく反復する場合、積極的に反復する場合、いずれも該当する。なお、このことについては、続くシリーズにて「訓練」にスポットライトを当てた説明を行なう際に解説する。
上記2点により、教育と研修の概念関係は、教育が研修を包含する従属関係(教育⊃研修)となる。教育と訓練の概念関係は、教育が訓練を包含する従属関係(教育⊃訓練)となる。
では、研修と訓練の関係はどうかと言えば、右の図のように、交差関係となる。なぜならば、「訓練を伴わずに研修を行なう場合(a)」「研修の中で訓練を行なう場合(b)」「訓練だけしか行なわない場合(c)」の3つの場合があり、bにおいて研修と訓練が重なるからである。
これらの関係については、後に、「研修」「訓練」それぞれスポットライトを当てて説明する際、詳しく説明する。が、aとは、たとえばワンウエイの講義しか行なわない研修が該当し、cとは、たとえば作業の腕前を向上させるために実際の業務の最中に一つの作業を繰り返し行なう場合等が該当することを、とりあえず付け加えておく。
2-5「その他の類似概念・関連概念との関係」
上述によって、「教育」「研修」「訓練」という3つの概念の定義と関係を明らかにした。が、一般には、他にも類似する概念や関係する概念等は色々と出回っている。たとえば、「HRD」「HRM」「キャリアディベロップメント」「アクションラーニング」「コーチング」「インターンシップ」「メンタリング」等々である。
本来、これらの概念も定義し、「教育」との関係を明確にすべきなのだろうが、これらは私が普段用いていない言葉であるため、当コースでは遠慮しておく。いずれ、それぞれの概念を研究する機会を持てた場合には、新コースとして立ち上げることを検討するかもしれない。しかし、「教育」「研修」「訓練」のたった3つの言葉、しかもすべて日本語であっても、概念定義と関係整理は煩雑であるため、そこへさらに多くの用語を投入する方向へ進むよりも、慎重に用語を選択する方向で進めていきたい。
が、いずれにしても、当シリーズは「社員教育」がテーマなので、たとえ類似する言葉や関係する言葉を取り上げるとしても、主題とはしない。
※1:
この考えについて解説を始めると、それは教育全般論として教育の種類別比較論を展開すべく多数のページを割く必要があるため、ここでは控える。が、家庭教育と学校教育の双方において理想の教育が施された人に対しては、社員教育(職員研修)の出番は、実務を覚えるために必要な情報提供と訓練以外は僅かで済む、と思うほどだ。