■セクション1
「eラーニングとは何か 」
1.eラーニングの定義
eラーニングという言葉が一般的になってきたのは、2000年であろう。この年は、「eラーニング元年」と呼ばれ、eラーニング関連のコンベンションやフォーラムがかなり実施された。また、eラーニングのベンダーも相当数登場した。
しかし、eラーニングが登場したのは、もっと古く、例えばCAI(Computer Assisted Instruction /コンピュータによる支援教育)やCBT(Computer Based Training /コンピュータによる教育研修)、果ては、衛星遠隔教育などもそれにあたるといわれている。このような状態でeラーニングを考えても、用途や方法論が異なるので同列では扱えない。
そこで、eラーニングについて定義する必要がある。以下は、eラーニングのエッセンスの主な定義である。
eラーニングのエッセンスはデジタル化である
(ブロードベンド,2002)
eラーニングのエッセンスはトレーニングを超えることである
(ローゼンバーグ,2002)
eラーニングのエッセンスはインタラクション(双方向性)である
(ALIC,2002)
■「eラーニングのエッセンスの主な定義」
他にも、「ITを活用した教育・学習のシステム」とか、「コンピュータとネットワークを活用し、主体的に学習することを促すシステム」などといった定義づけがなされている。
香取(2001)は、eラーニングを(図1)のように整理している。当講座では、eラーニングの牽引役であるWBT(Web Based Training)を中心に考えていきたい。
2.企業内教育におけるeラーニングの動向
2000年の「eラーニング元年」を支えたのは、WBTである。これは、ホームページ閲覧用ソフトであるWebブラウザを介して学習するシステムである。なぜ、このシステムの登場が「eラーニング元年」につながったのかというと、従来のCAIやCBTは、専用のツールが必要であったり、遠隔地での学習が困難であったりと制限が大きかった。ところが、WBTの場合、学習環境の制約が格段に減少したのである。まず、学習するために必要なWebブラウザは、パソコンを購入すれば標準でインストールされている。このため、学習するにあたり、受講者は特別な準備が必要ではなく、インターネットにつながってさえいれば必要な学習ができる。当時は、衝撃的なシステムとして受け止められ、次世代型教育の最先鋒と考えられていた。合言葉は、「いつでも、どこでも学習できる」「動画や音声が使えるので学習効果が高い」「学習履歴や学習進捗が蓄積され、データベース化できる」といったものであった。
さて、このように良いこと尽くしのWBTであったが、現在は小康状態である。最近では、「踊り場についた」などと揶揄されている。本当にそうなのだろうか。WBT発祥の地、アメリカで開催されている世界最大の人材開発・教育のコンベンション「ASTD(American Society Training and Development)」での主要テーマには、減少傾向ながら「eラーニング」がある。しかも、「eラーニング」セッション以外のセッションで、eラーニングを活用した事例が発表されている。これは、「eラーニング」が定着し、すでに「ラーニング」と同化したためだと考えられる。
では、日本の状況に目を移すとどうであろうか。
表1は、日本最大の企業における人材開発・教育のコンベンションである日本能率協会主催の「HRD JAPAN能力開発総合大会」におけるeラーニングのセッション数を調査したものである。
この表を見ると、企業におけるeラーニングへの関心が薄れているようにも見える。君島は、「eラーニングブームの終焉」と評しているが、同時に「CBT(Computer-Based-Training)の価値はかけがえのないものであり続ける」と論じている。ITの進展を見ても、これは明らかであり、ブームに踊らされることなく、地道に活用範囲を模索する必要があるのではないだろうか。
3.eラーニングビジネスの動向
ところで、eラーニングビジネスの動向もやはり縮小傾向にあるのだろうか。日本能率協会総合研究所発行の「市場予測200X」によれば、eラーニングの市場規模は拡大傾向にあるという。これは、経済産業省が作成している「eラーニング白書(2005/2006年度版)」においても同様の傾向を示している。この背景には、企業のIT導入が進んだことと「コンプライアンス教育」や「個人情報保護教育」などの全従業員に対する教育ニーズが高まったことによると考えられる。実際、eラーニングの活用事例として、「コンプライアンス教育」や「個人情報保護教育」での一斉教育について報告されており、市場においてもこれらのコンテンツが増加傾向にある。eラーニングをコストVSパフォーマンスで考えたとき、一斉教育での活用が最も効果的であることは説明するまでもない。
一方で、「eラーニングは使えない」という声もある。「コンピュータを相手に学習できない」という批判である。しかし、人はインターネットによる情報収集でも学んでいる。思い返してほしい。何か新しいプロジェクトの担当者になれば、インターネットで関連情報を調べ、その情報を基にプロジェクトのプランを構築することもあるだろう。そして、そこで知り得た情報は、知識となり業務に活かされているはずである。このような学びを「インフォーマルラーニング」と呼ぶが、人の学びはこの「インフォーマルラーニング」が70?80%を占めているといわれている。「インフォーマルラーニング」が可能であるのに、いわゆる「フォーマル」なeラーニングだと効果が出ないなどということは考えられない。考えられるとしたら、「インフォーマル」の情報よりも質の悪いコンテンツに接してしまったということであろう。結局は、「インフォーマル」であれ、「フォーマル」であれ、重要なのは高品質な情報なのである。
日本イーラーニングコンソシアム執行役員の下山は、eラーニングビジネスの日本の現状について、「IT関連ベンダーが主導で導入してきたeラーニングの拡大が一巡し、教育関連のベンダーや人材開発系企業、大学などがeラーニングのインストラクションを主導し、ITベンダーとのシナジーを求め始めた」(下山,2005,e-ラーニングNEXTステージを考える)と分析する。このことからも、eラーニングにとっての肝は、“高品質な情報”であることが窺える。
4.eラーニングの立場
では、eラーニングをどのように活用すれば良いのか考えていきたい。先にも述べたが、高品質な情報が人の学びを深めるとすれば、情報の品質を向上させることが必要となる。しかし、これは前提条件であり、最も基本的なことだ。重要なことは、学習意欲を刺激することである。企業における学びは、いかに業務に役立つかが重要である。その観点から、eラーニングの活用法について考えてみたい。
まず、TBT(Technology Based Training)とEPSS(Electronic Performance Support System)、KMS(Knowledge Management System)、OLC(Online Learning Community)に絞って考えると、WBTを含むTBTは、どちらかというと知識習得型の教育に向いている。特にWBTは、「紙芝居型」教材などと呼ばれるとおり、必要な情報を教材から読み取っていくしくみであり、「フォーマル」のスタディツールといえる。対して、EPSSやKMS、OLCなどは、実践の中で気づいたことや実践で困ったことなどを学ぶ「インフォーマル」のラーニングツールである。
EPSSとは、「電子業務支援システム」のことで、その名のとおり、業務を支援するためのシステムである。「ヘルプデスク」なども含まれるが、もっと業務に資する内容のシステムと考えるほうが自然である。例えば、プレゼンテーションを支援するようなシステムとして商品情報はパソコンで理解してもらい、質疑応答を人が行うなどのように使う。KMSは、グループウェアなどのフォーラム機能等で実現できる。最近では、社内Blogなどが効果を上げているようだ。OLCも、KMSと類似しているが、もっとテーマが限定的である。BBS(Bulletin Board System)という掲示板やチャットなどが代表的である。
このようなシステムについては、どちらも必要であることは述べたが、eラーニングがNEXTステージへ進むには、スタディとラーニングの融合が重要なキーワードになると考える。知識を習得し、実務に活かしていければ業績の向上にもつながり、企業のソリューションにつながる。eラーニング先進企業の取組みもまさしくここにある。以下に、下山が主張する「日本におけるイーラーニングの可能性」(下山,2005,e-ラーニングNEXTステージを考える)を紹介する。
■「日本におけるイーラーニングの可能性」
・現場力を高めるeラーニング
・ビジネス成果を支援するeラーニング
・従業員のやる気を促進するeラーニング
・学習する組織を支援するeラーニング
・マインドスペースを埋めるeラーニング
(下山,2005,e-ラーニングNEXTステージを考える)
5.Online Education について
さて、eラーニングの現状と動向について見てきたわけだが、この授業のタイトルにもなっている“Online Education“とは何であろうか。
香取の図で見れば、ちょうどTBTの中の「WBT」や「同期型学習システム」などがそれにあたると考えられる。また、広義のeラーニングである「ネットワークを活用したコラボレーション(オンライン・ラーニング・コミュニティ)」などもOnline Educationと言えるかもしれない。もっと言えば、それらのネットワーク環境を通じたシステムを統合的に活用する教育と言っても良いだろう。
最近では、ライブ映像やストリーミング映像とチャットや掲示板、電子メールなどのコミュニケーションツールを統合したシステムで教育を行うような学習形態も増えてきているようである。下図は、インターネットテレビ会議システムを使って講義を受けたり、質問したりする際に使用されるツールのイメージである。
6.eラーニングに必要な環境
eラーニングは、最低限、モニターとネットワークを活用して学習するものと考えると、それなりに環境が必要となる。ここでは、特にWBTの環境について考えていきたい。なぜ、WBTかというと、前述したとおりeラーニングのNEXTステージで発展するであろうと考える形は、WBTの発展形であると考えるからである。
eラーニングに必要な環境は以下のとおりである。
・インフラネットワーク(LAN、Web)を利用できる環境基盤
・LMS(Learning Management System)
・学習教材を動かし、受講状況などを管理する基本ソフト
・学習教材
・学習者が利用するコンテンツ
最低、以上の環境があればeラーニング環境は成立する。極端にいえば、この中のLMSが有るか無いかでeラーニングか、単なるWebかの分かれ目となる。このように言うと、Webでも学習が出来ると反論がありそうだが、学習が起こったかどうかを管理するためのツールがLMSであり、例えば、eメールを活用して学習の管理を行ったとすれば、それはLMSであるといえる。ただし、市販されているLMSを活用すれば分析や評価、進捗の確認など高度な管理が出来るということは付記しておく。
ところで、eラーニングの構成はどのようになっているのであろうか。図5で確認する。
まず、サーバにデータベースを構築し、LMSと教材を導入する。データベースについては、不要な場合もある。サーバ側は、LMSのサービスが開始されれば準備完了である。このサーバにつながっているクライアントのうち、受講者として登録すれば、その対象者はネットワークの環境下で学習することが出来る。
次に、教材の導入についてであるが、これはサーバで直接行う必要があるものと、ネットワーク環境下のクライアントパソコンから導入できるものとがある。市販のLMSの多くは、HTML(Hyper Text Markup Language/Webブラウザで表示させるためのハイパーテキスト形式)で教材を作成した後、オーサリングツール(教材を生成するツール)を使ってサーバに教材を転送するようになっている。HTMLの知識があれば、簡単に教材を作成することが出来る。最近では、HTMLエディタも高度化しており、ワープロ感覚で作成できるものも増えている。
教材の公開が出来ると、受講者の管理を行う必要がある。そして、この管理が出来るところがeラーニングの重要なポイントである。市販LMSの多くは、Web上から管理が出来るようなしくみになっているが、詳細に管理したい場合は、成績を管理するためのソフトを使うことになる。これも、LMSのオプションとして設定されている。
7.eラーニングの長所と短所
eラーニングを活用していく上で、その長所と短所を把握しておくことは重要なポイントである。eラーニングの不得意分野で無理に使おうとすると、うまくいかず挫折してしまうことになる。以下に「ヒト」「モノ」「カネ」という経営資源の切り口で整理してみたので参照いただきたい。
まず、「ヒト」の観点から見るとeラーニングは動機づけと行動変容が若干弱いように見受けられる。しかし、この点についても、後に説明する「インストラクショナルデザイン」を活用すれば解決される。あと、OJTの評価が低めではあるが、これはOJTリーダーの資質によって左右される要素が多いためである。OJTが人材育成の要であることは間違いないので、eラーニングなどを有効に活用して進めていくことが必要であると考えていただきたい。
次に、「モノ」の観点から見ると、初期投資やバージョンアップなどの要素を含むため、設備面の評価が低い。また、集合教育に比べて事例などを盛り込みにくいなど教材内容の点で若干、評価が低くなっている。設備については仕方ないとして、教材内容については、「インストラクショナルデザイン」で解決できる。あと、OJTの頒布性を補うためにKMSとしてeラーニングを活用すれば、OJTノウハウの頒布性が向上すると考えられる。集合教育についても同様であろう。
さて、最後に「カネ」の観点で見ると、OJTに比較するとかなり評価が低い。しかし、教育費用の部分を見ると初期投資については費用が発生するが、一度導入すれば恒常的な費用は発生しない。総合的に見れば、費用対効果の評価は高くなるといえる。
8.eラーニング運用の心構え
以上、eラーニングの定義から考察を深め、長所・短所まで考えてきたが、それらを踏まえて、eラーニングを運用する際の心構えを整理しておきたい。
まず、LMSは集合教育の教室、ないしは研修室であるといえよう。環境の悪い教室で、いくら良質な教育を受けたとしても、効果が上がりにくい。学校法人産業能率大学における調査でも「教室の環境」で満足度が変動することが明らかとなっている(学校法人産業能率大学,「人的資源開発における戦略的投資とその評価・効果測定」に関する基礎調査報告書,1999)。eラーニングにおける学習環境とは、学習する場所や、パソコンのスペック、通信速度、そしてLMSのユーザビリティがある。eラーニング運用者の立場として関与できるのはLMSのみである。例えば、学習を進めるためのボタンが解りづらかったり、教材を探しづらいなどの要素がある場合は、LMSの変更をお勧めする。
次に、教材はインストラクターである。人によっては、テキストであると主張する方もいるが、私はインストラクターであると主張している。なぜなら、eラーニングで学習するということは、本を読んで学習することとは違うからである。本やテキストで可能なら、わざわざシステムを構築し、デジタルの教材を作成する必要などない。また、eテキストやe職務分掌マニュアルについては、プリントアウトをしなければどうにも読みにくい。このように考えれば、eラーニング教材は単なるテキストであってはならない。eラーニング教材で新たな知識を習得し、パフォーマンスの向上につなげてもらう必要があるのだ。
最後に、eラーニングは独学というイメージが強いが、ALIC(先進学習基盤協議会)の定義のとおり「インタラクション」という視点で考えれば、eラーニングで共に学ぶ受講者は共同学習者であると考えないといけない。その場合、WBTを単に個人学習で終わらせるのではなく、何らかのコラボレーションが起こる仕掛けが必要となる。そうすることで、WBTもKMSに発展していくと考えられる。
講師/著者:小笠原豊道 講師プロフィール