■セクション2
「eラーニングの効果的な活用法」
1.社員に求められるスキルの分類
企業で働く社員にはそれぞれ必要なスキルがある。下の図で分類しているので参照いただきたい。
独自性とは、その企業特有のスキルと言う意味であり、汎用性とは、ビジネス一般に必要なスキルである。また、知識重視とは、新たな情報を習得することが目的であり、人的能力は、コミュニケーションや技術を習得させることと理解していただきたい。
この分類で考えると、eラーニングの有為性はやはり知識重視の部分にある。しかし、人的能力開発のための補完としてeラーニングを活用することは出来る。例えば、作業について考えると、技能を向上させるためには実習が必須であるが、ポイントについてはeラーニングを活用することが出来る。動画や写真でイメージを構成するのである。この学習によってイメージトレーニングが行われ、効率的な実習が可能となる。実際に新入社員教育で活用してみたところ、形成的評価ではあるが、新入社員とその指導員から高い評価を得ている。
2.eラーニングの失敗パターン
「eラーニング元年」から4年経過し、その間、多くの企業でeラーニングを導入し、また失敗している。なぜ、失敗したのか、様々な情報から以下のようにまとめてみた。
■試験的導入
「育つ力」「育てる力」「育む力」の相乗効果が発揮されない
■システム先行
目的と手段が逆転
■狙い通りの教材が作れない
スマートな言葉に惑わされて目的を見失う
この3点で考えられるのは、eラーニングを導入することが目的化しているということである。
eラーニングはあくまで手段であり、それが目的化してはならない。先にも説明したとおり、人材開発とJob Aidを結びつけることが目的であり、そのためにeラーニングをどのように活用すればより効果的かを考える必要がある。
最近ではずいぶん良くなっているが、2000年当時のeラーニングベンダーの多くは、この整理が出来ておらずソリューションとしての提案ができていなかったと思われる。結果、eラーニングでは効果が上がらないという認識が広がってしまった。eラーニングの良さを実感している立場からすると悲しい限りである。
eラーニングを有効活用するには、その運用者がしっかりとしたビジョンを持ち、また、導入後にこそ注力していく姿勢で挑まなければ失敗してしまう。そして、活用していくためには、その良さを社内にアピールするマーケティングのセンスも必要となる。eラーニングに対して熱い思い入れを持ちつつ、人材戦略を鳥瞰して活用法を模索することが重要であろう。
3.最も費用対効果が大きい活用法
最近、いろいろな企業の方と接する機会があり、eラーニングについて話をさせてもらっている。その中で、最も尋ねられるのが費用対効果の問題である。教育効果の測定については後で述べるので、ここでは取り上げないが、Job Aidの観点から効果を考えると、社員に対する一斉教育に活用する場合にeラーニングを活用するのが最も効果的だ。
例えば、500人の社員に同じ内容の教育を集合教育で行おうとすると、講師にかかる費用、場所代、交通費、社員の出張旅費や日当、拘束費など膨大な支出が考えられる。これに対し、eラーニングであれば、初期投資と教材導入費のみの支出ですむ。社員の拘束時間も、比較的短いし、自分の時間をマネジメントしながら学習するため機会損失は格段に減少する。また、LMSの機能を活用し、理解度の測定や受講状況を把握できる。更に、受講歴や成績をデータベース化できるため、バックデータの確保も容易だ。最近では、多くの企業が一斉教育でeラーニングを活用し始めている。例えば、コンプライアンス教育や個人情報保護教育、環境教育などである。
4.いろいろな形態で、学習効果を高く
技術の進歩とともに、eラーニングの活用範囲も拡大している。また、そのアプローチについても多様化している。いろいろな形態で活用法を探ることも重要であろう。
ユビキタス時代といわれ、携帯端末も進化している。最近では、携帯電話で効果的な学習ができるようなシステムも登場してきている。eラーニングの長所・短所で、常時性の評価が比較的低かったが、携帯電話でeラーニングが出来れば、書籍以上に常時性が高まるのではなかろうか。例えば、新製品知識の習得学習をeラーニングで行うとしよう。新製品の情報を教材化するとともに、3Dで商品を閲覧できるようにすれば、お客さまに対するプレゼンテーション時に、その教材をプレゼンテーション資料の代替とすることも出来る。まさしく、EPSSだ。
このように、目的と用途を明確化し、アプローチを考えることでeラーニングの有効活用の幅が広がっていくのである。
5.最適なe化スタイルを選択
eラーニング化するときに、注意しなければならないのは、本当にe化が最適策なのかを検討することである。例えば、集合教育を単にe化したとき、本当に同等の効果を得られるのか、という問題である。ここの検討を怠ってしまうと、結局、eラーニングは使えないという短絡的な結論を迎えてしまう。
インストラクターによる研修の長所と短所を理解し、その上で何をe化するのか検討すれば効果的なeラーニングが可能になるであろう。
【長所】
・対人的なやり取りを可能にする
・受講者の人数に柔軟性がある
・受講者個々に応じたフィードバックが与えられる
・様々なメディアを駆使できる
・教材が受講者に合わせてオーダーメイドできる
・インストラクタが研修中でも臨機応変に調整できる
・準備に要する時間が短い
・伝統的な方法なので受講者も提供側も安心できる
・職場から離れるので妨害なしに研修に集中できる
【短所】
・スケジュールを合わせるのが難しい
・受講者全員に必要なフィードバックを与える時間がない
・研修ペースが固定され、個々の学習ペースやスタイルに応じられない
・職場への応用が利きにくい
・インストラクタの知識に負うところが大きい
・クラス間で内容が一致しなかったり強調点や軽く扱う事項がずれたり
すると学習成果や受講者の取組みに差が生じる
・評価が一定でない
・受講者やインストラクタの移動コスト(時間と費用)がかかる
・一度に受講できる人数に限界がある
注:リー&オーエン、2003の原著(p.53)から鈴木が訳したもの
出典:Lee.W.W.&Owen.D.L.(2000)Multimedia-Based instructional design.Jossey- Bass/Pfeiffer.
6.ブレンディング教育
最近、eラーニングの良さと集合教育の良さを組み合わせてアプローチしようという試みが普及し始めている。これをブレンディング教育という。
ブレンディング教育には、集合教育の事前にeラーニングを適用する場合と集合教育の事後に適用する場合、また、eラーニングの事前、事後に集合教育を行う場合、集合教育でもeラーニングを活用する場合とある。
事前、事後にeラーニングを活用する場合の目的を整理すると以下のとおりである。
■知識の平準化
難易度の高い教育内容に対し、受講前に予習をしてもらうこと
で内容の理解度を高める
■知識の刷り込み
集合教育で得た知識を形骸化しないための復習
■知識の活用
集合教育で得た知識を行動変容に結びつけるための応用力習得
また、この考え方を発展させたものがHybrid・Learning(四国電力株式会社,2003)である。
これは、一つの能力項目に対し、eラーニング、集合教育、通信教育、書籍などさまざまなアプローチで能力開発していこうという考え方である。この考え方では、時間が無く、書籍のみで理解できたなら他のアプローチは不要であるとしている。自分の学習スタイルに応じ、学習者に取捨選択をしてもらうのである。主体的学習が必然的に起こるしくみである。
6.ブレンディング教育の効果
ブレンディング教育の問題は、二重のコストが発生することである。単にコストダウンを目的としてeラーニングを導入している場合は、受容できない考え方であろう。そこで、ブレンディング教育の効果について考えていきたい。
上表は、実際にブレンディング教育を行った際の受講者評価を定量化したものである。
この講習会は、最後にテストを実施しているのだが、その点が80点に到達していない場合は、不合格となる。平成13年度より、ブレンディング教育を実施しているが、その目的は、不合格者を無くすことであった。難易度の高い教育内容であるため、集合教育のみでは十分な理解が得られないと考えたのである。
この結果、面白い現象が見受けられた。平成13年度に実施したとき、その教材はテキストをそのままWeb教材化したものであった。すると、アンケートの満足度と理解度が下がり、かつ、不合格者の増加を招いたのである。そこで、教材の抜本的な改修を行うことにした。アニメーションによる図解化と音声の導入が主な改善点である。結果、不合格者をゼロにすることができた。目的を達成できたのである。しかも、アンケートの満足度、理解度が上がった。コメントについても平成13年度の時の意見とは180度変わり、前向きな意見が多数を占めた。
以上のことから、ブレンディング教育の効果については理解を得られたと思うが、この結果から読み取れるのは、教材の良し悪しが学習効果を左右するということである。eラーニングを活用される際、十分に注意していただきたい。
7.eケーススタディ
WBTについては、知識習得を目的とするものが主となると説明してきたが、WBTをベースに行動変容に結びつける試みとしてeケーススタディがある。
これは、Webでケースを見てどのように対処すれば良いか、また、どのような心がけが必要なのかを気づいていく学習システムである。
この学習システムの特徴は、インタラクティブであることだ。受講者間のディスカッションや教育担当者とのやり取りを通じて気づきを与え、具体的なマネジメントのスキルを理解していくものである。
この教育システムのベースとなる考え方は、「GBS=Goal-Based Scenario」(山崎, 2004)とシナゴジー理論(J.S.ムートン&R.R.ブレーク,1985)にある。
GBSは、トランプ大学CLO(Chief Learning Officer)のロジャー・シャンクが提唱したモデルで、学習目標・使命・カバーストーリー・役割・シナリオ操作・情報源そしてフィードバックの7つの構成要素からなる(根本&鈴木, 2004)。eケーススタディは、実際のビジネス社会で起こりうる事例を取り上げているため、そこでの学習は現実世界で役に立つ。ケースに内在する問題を解決していくために情報を収集し、そして、ケース内の人物に自己を投影しつつ考えていくことで気づきのある学習がすすむのである。
また、シナゴジー理論においては、相互検討による知識習得としてTED(チーム効率方式)とチームメンバーが教える知識学習としてTMTD(相互教授方式)が提唱されている(J.S.ムートン&R.R.ブレーク,1985)。この理論は、集合教育におけるグループワークやラーニングゲームなどのベースとなっていることは周知のとおりであろう。この理論をeラーニングにおいて活用すべく設計されたものがeケーススタディである。
図14は、eケーススタディの学習法である。
通常、WBTにおけるテスティングは、LMSの機能に採点機能があればWeb上で完結する。ところが、ケーススタディの場合、絶対的な解答は存在しない場合が多い。これをWBTのシステムで採点することは困難である。WBTの弱点を逆手にとって人の手によるフィードバックを行うこととした。eラーニングはどうしても独学が中心となりがちであるが、掲示板機能の有効活用や人の手によるフィードバックでシナジー効果を発揮することが出来る。また、掲示板でのディスカッションは、問題解決のためのナレッジマネジメントにもつながる。
eラーニングのNEXTステージを考えたとき、eケーススタディが一つの可能性であると考えられる。
講師/著者:小笠原豊道 講師プロフィール