セクション4

■セクション4
「エッセンシャル・インストラクショナルデザイン」

1.インストラクショナルデザインとは?

研修の効果と効率と魅力を高めるためのシステム的なアプローチに関する方法論であり、研修が受講者と所属組織のニーズを満たすことを目指したものである(鈴木,2004)。

基本的には、マネジメントサイクルをスパイラルでまわしていくことである。特に重要なポイントがPlanとActionである。インストラクショナルデザインにおけるPlanは、目的の明確化から始まる。この研修(教材)は、誰が何のためにするのかを明らかにするとともに、その研修(教材)を修了するとどのようなことを得ることが出来るかを表明する。また、学習者が学習しやすいかについての検討も重要となる。Doは、実際に研修(教材)で学習を行うことであり、Checkは、その評価である。Actionは、評価をもとに研修(教材)を改善することで、これにより研修(教材)の精度は向上していく。

インストラクショナルデザインを活用すれば、eラーニングで弱いと言われていたモチベーションの問題や行動変容へのアプローチも補うことが出来るのである。


2.システム的な教材設計・開発の手順

インストラクショナルデザインによるシステム的な教材設計・開発の手順を5つの要素に分解すると図15のとおりである。

「出入口を決める」とは、学習目標の明確化とテストを作成することである。「中の構造を見極める」とは、課題分析図を作成することで、「教え方を考える」は、指導方略表を作成することである。ここまでが、Planの段階で、「教材を作る」(教材の開発と形成的評価の準備)がDo、そして、「教材を改善する」(形成的評価の実施と教材の改善)がCheck・Actionにあたる。


3.PLAN

Planの段階で実施することをもう少し詳しく考えると、まず、受講者と教材作成者のニーズが一致しているかを検討するところから始める。これは、その教育の必然性を明確にするとともに、その教育を受講するにあたっての前提条件も浮き彫りにすることが出来る。ここをおろそかにすると無駄な教育を設計してしまう。最も、重要なポイントである。具体的には、事前アンケートや前提テストなどを実施することで必要性を分析することが出来る。

次に、ニーズの分析を行うのだが、まず、職場の課題と企業の戦略を認識することが条件となる。そうすれば、教育がソリューションになりうる。教育の実施が目的化しているとこういった発想にはならない。従業員意識調査などで社員の声を聞くとともに、会社の方針を照らし合わせたとき、教育がソリューションとなるのであれば実施する。不要な教育は廃止する。これで、人材開発にかかるコストの削減につながる。よく教育関係者が、「教育は投資」と言うが、ニーズ分析が出来ていなければ単なる無駄遣いに過ぎないということを認識しておきたいものである。

分析が進み、教育の概要が固まってきたら次は、出入口を決めなければならない。この教育はどのようなスキルを持った人が受講するのか、また、どのようなスキルを身につけることが出来るのか、具体的に表明する。例えば、個人情報保護の教育をeラーニングで行うとしよう。この場合、受講者の現状スキルは、パソコンを使って仕事が出来るが、個人情報保護についてどのような行動が必要かは知らない、という人たちであると考えられる。この人たちがこの教育を受講することで身につけるスキルは、個人情報保護の重要性を理解し、個人情報の入ったファイルのパスワードロックをすることが出来るようになる、といった具合である。ここまで具体的な行動レベルを表明することが出来れば教育効果の測定も容易になる。

出入口が決まったら、まず、テストを作成する。こういうと驚かれる方もいるかもしれないが、インストラクショナルデザインの立場では、テストは教育を評価する指針である。テストと聞くと全人評価をイメージされるかもしれないが、教育の本来のあり方は、受講した全員が内容を理解し、かつ、全員がテストで満点をとるのが究極の目的のはずである。であるならば、まずはテストを作成し、そのテストで満点が取れるようにカリキュラム設計をする必要があるのではないだろうか。

テストが出来れば、そのテストで満点を取ってもらえるためのアプローチを考える。例えば、コンプライアンスの教育を行うとしよう。その際、教育の担当者がねらっているのは、全社員がコンプライアンスに反するような行動をとらないことのはずである。であるにもかかわらず、コンプライアンスとは何か、とか、法令遵守の意味について教育してもあまり意味をなさないであろう。であれば、ミニケースを多数用意し、クイズ形式で学ばせればどうだろうか。これならば、ケースごとに自分がどういう行動を取り、それがコンプライアンスに反していないかどうかをアセスメントすることも出来る。このように、アプローチは多数あり、使い分けていくことが重要なのだ。

PLANの段階で重要な事は、“どこへ行くのか?”“たどりついたかどうかをどうやって知るのか?”“どうやってそこへ行くのか?”をきちんと設定し、表明する事である。


4.ガニュの9教授事象

教育のアプローチがいろいろあることは理解できても、どのように考えれば良いかわからないものである。そういう場合に、手がかりとなるのがロバート・M・ガニェが提唱する「ガニェの9教授事象」である。ガニェは、授業や教材を構成する指導過程を「学びを支援するための外側からのはたらきかけ(外的条件)」という視点で捉えている。詳しくは、説明しないが以下の表(ガニュの9教授事象)を参考にして欲しい

 


5.チャンク

教材を作成するにあたって、目次を作成する。その目次は、章と節で構成される。この節にあたる部分を「チャンク(Chunk,塊)」という。教育の内容を分解していくと、いくつかの要素で構成されていることが明確になる。この要素がチャンクである。教材を作成する場合、チャンクごとにアプローチを考えていく必要がある。

 


6.動機づけ

eラーニングを運用するにあたって最も課題となるのが、受講者の学習に対する意欲をマネジメントすることである。きちんとした動機づけが出来なければ受講者は学習を始めないし、仮に学習を開始したとしても長続きしない。動機づけの問題は、さまざまな分野で研究されており、リーダーシップ理論やマネジメント理論などでも取り上げられている。

動機づけを考えるとき、必ず登場するのが「外発的動機づけ」と「内発的動機づけ」である。外発的動機づけとは、インセンティブにより動機づけることで褒章や評価などによるものがある。対して、内発的動機づけとは、欲求や満足といった心理的アプローチである。基本的には、外発的動機づけに頼らず、内発的動機づけに注力すべきであるといわれている。しかし、内発的動機づけに対する具体的な方略が見出せないのが実際のところではないだろうか。

この動機づけ理論を4つの側面に分けて考えるというフレームワークを提唱したのがアメリカの教育工学者であるジョン・M・ケラーである。ケラーは、「Attention」「Relevance」「Confidence」「Satisfaction」という4つの側面で考えている。そして、その頭文字をとって「ARCSモデル」と名づけている。

・注意[Attention]:面白そうだな
・関連性[Relevance]:やりがいがありそうだな
・自信[Confidence]:やればできそうだな
・満足感[Satisfaction]:やってよかったな

簡単に説明すると、注意の側面は、関心を向かせることである。人間は、関心のあるものしか認知しないという特性をもっている。関心とは、ある対象に向けられている積極的、選択的な心がまえ、または感情のことである。関心は、人間の行動の源泉でもある。まず、注意・関心をひくことが重要なのである。例えば、新たな教材を公開するにあたって、社員に周知を行うが、その際、単に「教材を公開しました。ぜひ、ご覧下さい」と字で書くだけではなく、「今、ちまたで話題のコーチングスキルが身につくeラーニングの教材を導入!アクセスしなけりゃ損するよ!」といったキャッチフレーズとともにちょっと目をひく漫画でもつければ、なお目をひくであろう。前述したが、こういったマーケティングのセンスは、モチベーションを考えたときにも必要となるのだ。

 

関連性の側面は、やりがいがあるかどうかである。要は、この教育が自分にとってどういう意味があるのかが理解でき、かつ、納得できるかということである。目的と期待を表明することの重要性が動機づけの観点からも理解できると思う。

自信の側面は、成功体験をつませることである。やってもやっても進捗が伸びなかったり、内容が難しすぎたりすれば挫折する。適度な量と質が重要である。

満足感の側面は、やって良かったと思わせることである。特に、学習した内容が実際に役立つと満足感は高まる。


7.ユーザビリティと学習支援

eラーニングの場合、ユーザビリティは「学習のしやすさ」と「その気にさせられるか」が重要である。ユーザビリティというと、操作性のみに視点がいきがちであるが、学習システムであることを意識しつつ、学習のすすめやすさを追求していくことが重要なのである。

図19.ユーザビリティの5側面(ニールセンによる)
(1)学習しやすさ 何が出来るかがすぐわかり、使い方を学ぶ時間をあまりかけずに、すぐに活用できるかどうか。
(2)効率のよさ 使い方を身につけたら、効率よく仕事できるかどうか。
(3)覚えやすさ たまにしか使わない場合でも、使い方をすぐに思い出せるかどうか。
(4)間違えにくさ 使っている途中にエラーを起こさずにすむかどうか、また起こしたエラーを回復できるかどうか。
(5)満足感 心地よく使えるかどうか。いやがらずに使え、好きになれるかどうか。

出典:鈴木克明(2004)詳説インストラクショナルデザイン P6-9

また、学習支援の観点も重要となってくる。eラーニングにおける学習支援設計の3つの要素は以下のとおりである(Ingram&Hathorn,2003)。

・情報提示
・相互作用(インタラクション)
・外部リソース接続(リンク)

情報提示については、補足情報を提示したり、学習を進める際の着眼点などが提示されていたりすることを求めている。相互作用(インタラクション)は、テスティングやレポート作成を求めるなど、受講者にアクションを起こさせるものである。外部リソース接続(リンク)は、補完的な情報がある外部のWebサイト等へリンクされていることを求めているものである。

学習をすすめやすくするという観点からいえば、学習支援設計もユーザビリティ設計の一環であるといえよう。


8.ラピッドプロトタイピング

ラピッドプロトタイピングとは、試作品(Prototype)を高速に(Rapid)製造する技術をさす。

eラーニングの教材を作成する場合、どのような教材が成果物として納入されるかわからない場合が多い。いざ完成するとどうにも使えないといったことも起こりうる。発注者の立場からすれば、早い段階でどのような成果物になるのか知りたいと思うのが心情であろう。また、受注者の立場としても、せっかく完成した成果物が気に入らないので作り直せでは、時間がかかって仕方がない。こういった手戻りを無くす意味でもラピッドプロトタイピングが有効である。

私の経験からすると、発注者は、試作品を見るとイメージが膨らみ、あれもしたい、これもしたいと欲求が増幅する。その要望を可能な範囲で反映させて作成していけば、結果、受講者にとっても、発注者である教育担当者にとっても、受注者にとってもハッピーであろう。

 

9.研修の評価

研修の効果測定については、ずいぶん以前から研究されているが、これといった決定打はない。ドナルド・L・カークパトリックは、1959年に4つのレベルで研修効果を考える評価モデルを提唱している。また、1999年には、ジャック・J・フィリップスが、カークパトリックの4-レベルモデルにレベル5を追加し、5-レベルモデルを提唱している。以下の表を参照いただきたい。

フィリップスのレベル5より、さらにレベル6としてインタンジブルを考慮すべきであるという主張も出てきた。徐々に、難易度が上がっているような気配である。

このようなモデルについては、人材開発に携わる者としては、知っておかねばならないが、人材開発に携わる者の職務は、研修の効果測定を行うことではないことを認識しておく必要がある。企業においての教育は、新たな情報、業務遂行上、知っておくと得をする情報を習得し、活用することが求められている。そういう意味では、理論を丸暗記する必要も無いし、研修の内容を全て覚えておく必要も無いともいえる。

では、理解度の測定は何をもってするか、それは、その研修を受講したことで、今後どうしていくのかのアイデアを表明させること、そして、実際にそのアイデアを実践することが重要なのである。研修を受講することでアイデアを創造し、その構成を行い、そして、アイデアに基づいて実践計画を策定し、実践していけばおのずと成果も上がるし、業績の向上にも資するものになるであろう。


10.インストラクショナルデザイン理論の共通点

インストラクショナルデザインには、効果の上がっているさまざまな理論があるが、M.D.メリルは、インストラクショナルデザインの共通点を5つ掲げ、「5つ星の条件」と名づけて紹介している。以下のとおりである。

1.  課題:現実的に起こりそうな課題に挑戦する
2. 活性化:すでに知っている知識を動員する
3. 例示:例示がある(Tell meではなくShow me)
4. 応用:応用するチャンスがある(Let me)
5. 統合:現場で活用し、振り返るチャンスがある
出典:鈴木克明(2005)最近のID理論展開


11.インストラクショナルデザインは学習を魅力的にする

最近のインストラクショナルデザインに関する情報については、そのシステム的アプローチについてのみ強調されており、「教材設計の工程管理」とか、「教材開発用のプロジェクトマネジメントモデル」という誤解もある。

しかし、紹介したようにインストラクショナルデザインは、学習心理学を基盤に、教育工学や学習科学、コミュニケーション学、情報技術、メディア技術などの知見を統合したモデルである。システム的なアプローチは、その上に立つものであり、これらの基盤をおろそかにして、システム的アプローチのみで開発を行ったとしても良い教材にはなりえないであろう。

「eラーニングマネジャーは、eラーニングのことを忘れて、ラーニングを学ぼう」

講師/著者:小笠原豊道 講師プロフィール

提供:株式会社よんでんメディアワークス


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