■セクション3「問題解決の共通ステップ」問題解決研修
セクション1で述べたように、当コースでいう「問題解決の共通ステップ」とは、「組織運営・業務運営の上で発生する問題ならばいかなる問題に対しても適用すべき」と私が考えるところの、いわば最大公約数的な「問題解決へ向けてのステップ」のことである。このステップは「手順」や「段取り」へと読み替えて頂いても構わない。
そのステップとは、次の通り。
【ステップ1】問題を明確にする。※1
【ステップ2】原因を掴む。※2
【ステップ3】原因を取り除くことが可能か否か、判断する。
(もしくは、そもそも原因が発生しないようにすることが可能か否か、判断する)
【ステップ4】可能と判断した場合には、その原因を取り除く。(もしくは、そもそも原因が発生しないようにする)
【ステップ5】3にて否と判断した場合には、原因による悪影響を遮断する※3ことが可能か否か、判断する。
【ステップ6】5にて可能と判断した場合には、遮断するための対策を講じる。
【ステップ7】5にて否と判断した場合には、原因による悪影響を減少させるべく努力する。※4
ステップは以上である。では、さらに、各ステップに関して、以下、個別の説明を行う。
なお、以下の説明はすべて、「妥当なる所定の基準があり、その情報が共有できる状態となっている」ことを前提とする。
3-1「問題を明確にする」
セクション2にて定義したように、問題とは「所定の基準に達していない事態・状態・状況・場合等」である。
したがって、「問題あり」と判断した者は、「a.所定の基準」と「b.問題扱いしている状態」を示した上、aとbを比較し、aに対しbが下回っていること・劣っていることを示す義務がある。※5
3-2「原因を掴む」
問題が発生したら、まずはその原因を掴む必要があることは、今さら私が言うまでもないほど一般に広く言われているので、このステップについてはすんなり理解頂けると思う。が、念のため次の3点を補足しておく。
1)原因は、一つだけの場合もあれば、複数の場合もある。もし複数の場合には、次のステップ以降は、一つ一つの原因ごとに、進めていくこと。
2)原因は、直接的原因(いわば一次原因)だけの場合もあれば、間接的原因まである場合もある。間接的原因まである場合は、どの原因が直接的原因で、どの原因が間接的原因かが分かるようにして、他者に示すこと。
なお、間接的原因とは、「直接的原因を生んだ原因(いわば二次原因)」、および、「間接的原因を生んだ原因(いわば三次原因)」の双方を指す。
3)間接的原因をどこまで掘り下げて究明するかは、ケースごとに判断すること。
なお、どのようにその判断をしていいか分からない場合には、次の考え方(費用対効果についての考え方)を一助にして頂きたい。
それは、
原因を究明するために必要な経費・時間や労力等を総合したいわば「原因究明投資(a)」の規模が、得られるであろう効果(b)と、社会的責任の大きさ(c)※6を合わせた分より小さいと思われる限り、どこまでも原因究明をする、という費用対効果についての考え方である。
便宜的に計算式のようなイメージを用いて表現すれば、※7
「a⊆b+cと判断される限り、どこまでも究明する」となる。
つまり、aが、bとcを合わせた分よりも少ないか同じと判断される限り、どこまでも究明する。
3-3「原因を取り除くことが可能か否か、判断する」
(もしくは、そもそも原因が発生しないようにすることが可能か否か、判断する※8)
まずもう一度確認しておくが、直接間接かかわらず複数の原因がある場合には、このステップ以降は、一つ一つの原因ごとに進めていくこと。
さて、ここでいう「原因を取り除く」という意味は、次のようなことである。
たとえば、或る屋内作業場があり、或る日、作業者の手元が暗めで作業がしずらいことに気づいたとする。そして、暗めであることの原因を究明したところ、天井の電灯の 一部がいわゆる「球切れ」状態となっていた。そして、電灯の電球はすべて点灯していることが所定の基準であるという前提に立ち、この状態を問題ありと判断した。そして、切れていた電球を新品に交換した、とする。
この場合、「球切れ」が原因に該当し、「電球を新品に交換」という行為が、「原因を取り除く」に該当する。※9
それでは( )で括ったほうの「そもそも原因が発生しないようにする」とはどういうことか?
たとえば、小型のプレス等の機械にて、同じ部品を大量に作る反復作業をしていたとする。(右手で材料を差し入れた後、左手で作動ボタンを押す等の仕組みにて)
ところが、反復しているうちに、危ないと分かっていながらも、材料を入れた右手を手前に引く前に、つい、作動ボタンを押してしまい、右手を負傷する労災(労働災害)が相次いだとする。(ちなみに、危ないと分かっていながらも、つい犯してしまう過ち・うっかり犯してしまう過ちを、「ヒューマンエラー」と呼ぶ。※10)
そこで、ボタンを両手で二つ同時に押さなければ機械が作動しないような仕組みや、安全柵を閉めない限り機械が作動しないような仕組みへと変更し、こうしたヒューマンエラーがそもそも起きないようにしたとする。
この場合、「ヒューマンエラー」がこの労災の原因に該当し、「ボタンを両手で二つ同時に押さなければ機械が作動しないような仕組みや、安全柵を閉めない限り機械が作動しないような仕組みへの変更」が、「そもそも原因が発生しないようにする」という行為に該当する。
3-4「ステップ3にて可能と判断した場合には、その原因を取り除く」
(もしくは、そもそも原因が発生しないようにする)
前項のたとえ話により、すでに説明が済んでいるかたちとなるが、再確認すると、「電球を新品に交換」という行為が、「原因を取り除く」に該当する。
「電球を新品に交換」することは、技術的にも予算的にも可能であるゆえ、「原因を取り除くことが可能と判断した」とのたとえ話となる。が、法律上の照度基準により、そもそも交換義務があるというたとえにもなる話だと思う。
また、( )で括ったほうについて再確認すれば、「ボタンを両手で二つ同時に押さなければ機械が作動しないような仕組みや、安全柵を閉めない限り機械が作動しないような仕組みへの変更」が、「そもそも原因が発生しないようにする」という行為に該当する。
こちらのほうは技術開発と予算の上で大きな負荷がある。しかし、法律もさることながら「人権」という普遍的な理念により労災はゼロとすべきであり、技術開発と予算の大きな負荷があろうとも実施すべき社会的義務がある。
ちなみに、このことからも分かるように、3-2で示した便宜的イメージ「a⊆b+c」は、aを「原因究明投資」から「対策投資」へと入れ換えれば、対策をどこまで行うかの判断にも流用できる。
つまり、上述のプレス等の機械のたとえのように、仕組みを変更するために大きな費用が掛かり、それによる効果も時間当たりの部品生産数が落ちるという点においてはマイナスであっても、人権を守るという点において社会的責任が絶大であるため、「対策実施を断念してはならない」との判断に至って然るべきでる。
3-5「ステップ3にて否と判断した場合には、原因による悪影響を、遮断することが可能か否か、判断する」
たとえば、常設作業場の常設クレーンがあるとして、チェーンで鉄材等の重量物を吊し、A地点からB地点へ移動せる作業を行うとする。その途中で、チェーンが外れ重量物が落下する事故があり、落下地点にたまたま人がいたため死亡するという労働災害が起きたとする。
そこで再発防止策を検討したものの、チェーンが外れないことについて100パーセントの保障はできないとの結論となった。つまり、落下事故は完全に無くすことは不可能と判断された、とする。そこでさらに検討した結果、A地点からB地点までの間を立ち入り禁止区域とし、フェンスで囲み、人が立ち入ることができないようにしたとする。
この場合、まず「落下事故は完全に無くすことは不可能との判断」が、「否と判断した」(原因を取り除くことが不可能と判断した)ことに該当する。
そして、「死亡という労働災害」が「原因による悪影響」に該当する。
そして、「人が立ち入ることができないようにした」という行為が、「原因による悪影響を遮断した」ことに該当する。
3-6「ステップ5にて可能と判断した場合には、遮断するための対策を講じる」
前項のたとえ話により、当ステップの説明はすでに済んでいるかたちとなるが、そのポイントは、たとえ問題が発生しても悪影響が出ないように工夫をすること、である。
「問題が発生しても悪影響が出ないように」という、一見、ありえない状態を可能にしようとするのが当ステップである。
しかし、前項のたとえ話から分かるように、たとえば安全管理/危機管理においては、「事故」という概念と「災害」という概念を使い分け、事故→災害の順で起きる順番とし、→の部分、つまり事故から災害へとつながる部分を除去したり、この部分にくさび打ち込むといった着想により、「事故が起きても災害は防ぐ」という問題解決の考え方が成り立つ。※11
災害という言葉は、安全管理/危機管理以外に適用すると違和感があるだろうから、「損失」等に置き換えてよいと思う。が、ともあれ、問題が発生してから悪影響が出るまでの過程を分析し、途中に「くさび」を打ち込み、結果的に損失が出ない工夫をして頂きたい。
なお、工夫の仕方について説明し出すと、それはまた別の独立したコースとなってしまうのでここでは上述の例に留めておくが、そのコツをとりあえず一つだけ述べておけば、未知のユニークな発明をしようとする前に、既知のありふれた方法を流用・応用できないものか考えることにある。「なんだ、そんな平凡なことでよかったのか」と言われるような方法を探すことが先決というわけである。※12
3-7「ステップ5にて否と判断した場合には、原因による悪影響を、減少させる」
原因による悪影響を遮断することも不可能となれば、あとは、少しでも悪影響を減少させるしか、選択肢がなくなる。
たとえば、初めてガソリンエンジンを開発した技術者の立場に立ってみよう。ガソリンエンジンの利点は、それまでのエンジン(蒸気エンジン)に比べサイズが小さいにもかかわらず、大きな馬力が出ることである。その馬力は、シリンダーの中に空気とガソリンを吹き込んだ上で点火し爆発をさせることによって、獲得する。つまり、爆発が大きな馬力を作る。
しかし、爆発音は鼓膜が破れんばかりの大きさで、そのままでは実用性がない。つまり、ガソリンエンジンの実用化に向けての問題は騒音であり、騒音の原因はシリンダー内での爆発である。
では、原因となる爆発による悪影響を遮断することはできるか? 答えは否である。なぜならば空気を送り込んだ上で排気をする必要上、外気とのつながりを遮断するわけにはいかないからだ。外気とのつながりを遮断できない限り、爆発音は外に漏れる。
そこで原因による悪影響を減少すべく、つまり騒音を減少させるべく、エンジンカバーをつけ、マフラーをつけ、実用化に耐えうる基準に持ち込んだわけである。
ただし、どれだけ努力しても、これでよしと判断できる基準に達するまで、悪影響を減少できない場合も多々あろう。その場合には、該当業務・作業の一時停止(または廃止)をせざるをえない。無理を押して継続すれば、より大きな問題となっていくだろう。
したがって、その問題を担当した者は、基準に達することができないと判断するに至った経緯(つまり解決不可能との判断に至った経緯)を添えた報告書と、該当業務・作業の一時停止(または廃止)の上申書等を、組織へ提出する義務がある。組織としてはそれを受け入れ、一時停止(または廃止)をすること。
もしくは、基準を下げた上で再開することもあろうが、もちろんこれは、基準を下げること自体が問題とならないこと・基準を下げることによって別の問題が発生しないことが必須条件となる。※13
※1:
「問題を明確にする」という記述を、「問題点を明確にする」という記述に置き換えて頂いても、私のほうは構わない。
「問題」と「問題点」の概念の違いを重要視する人から見れば、ずぼらかもしれないが、当コースの文章の全体的流れからすると、「問題」と「問題点」の違いを反映した記述はしないほうが良いと判断したため、あえて「問題点」という用語は用いない。
※2:
ここでいう「原因」は、「要因」と読み替えて頂いても構わない。私自身、以後、両方の言葉を用い、文章の流れ次第では「原因」よりも「要因」を使うこともあれば、「原因・要因」という形にて併記する場合もあるので、ご了解下さい。
※3:
ここでいう「原因による悪影響を遮断する」とは、「原因による悪影響をゼロにする」という意味である。そして「ゼロにする」という意味は、「皆無にする」という意味である。「限りなくゼロに近づける」という意味ではない。完璧にゼロにすることが、「遮断する」ことである。
※4:
悪影響を遮断できないとなれば、あとは悪影響を減少させるしか道は残されない。が、それさえ不可能ならば、そのことを組織へ報告すること。そして組織側はその情報を組織全体に流し、認識の統一を図ること。たとえネガティブな事柄であっても、情報の共有を図ることが大切である。
※5:
他者に理解・納得してもらうための義務。説明責任である。
※6:
cを抜いて判断することは、どのような場合であっても、してはならない。
※7:
あくまでも費用対効果についてイメージを伝えるための便宜的な表現であり、数学の根拠は一切ない。特に、bとcの性質が異なるだけに、両者を足すという点においてイメージとしても無理があるかもしれない。が、この考え方を抜きに問題解決に取り組むことは、非現実なので、是非とも、あらゆる形で注意を喚起したく、あえて用いる。
※8:
「原因を取り除くこと」と、「そもそも原因が発生しないようにすること」は、方法の段階で着想が異なる。以前は前者に一本化して表現していたが、当コースを機に、分けて表記することにした。
※9:
これが最もシンプルな問題解決のケースとなるが、残念ながら、現実には、こう簡単に問題解決できないことが多いであろう。
そこで、次のステップ以降が活きてくることになる。
※10:
「ヒューマンエラー」の定義、および、詳細解説は、組織運営学科コース000002以降のヒューマンエラーシリーズを参照のこと。
※11:
この考え方は、私のオリジナルの考え方というわけではない。以前から存在する人類普遍の考え方である。
※12:
発見した後・実行してみた後に考えてみれば、誰でも考えつきそうな方法・誰でもやれそうな方法を探すという面では、「コロンブスの卵」の話にも似てなくもない。が、いずれにしても目的に達することが求められるのであり、方法のユニークさは無くても構わない。
※13:
このことからも、2-3で述べた「所定の基準」がいかに大切か、ご理解頂けるであろう。